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第一章 大迷宮クレバス
19話 25階層にて
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「アイリス! そっちは任せてもいいか!?」
「はいっ! お任せ下さい!!」
鬱蒼とした森の中を駆け抜ける。
「「「グルルルッ……ガウッ!!!」」」
背後からは獲物を逃すまいと『スパイキーウルフ』の群れが雄叫びを上げ疾走する。
迷宮に潜ってから今日で二日目。
ターニングポイントとなる大迷宮クレバス25階層のセーフティポイントで一晩休憩し、現在俺たちは25階層の森の中を突き進んでいた。
不自然な程になんの違和感もなくそこに群生する植物の数々。ここが地下だと言うことを忘れさせるほどの、一つの階層を丸々覆い尽くすほどの森となっている。初めてこの階層を訪れた探索者は今まで探索してきた迷宮との違和感に慣れるまでそれなりの時間を要するだろう。
だが紛いなりにも元Sランククランの『荷物運び』の俺と現Sランク探索者の『静剣』様はその違和感を気にすることはなく、寧ろ後ろを一生懸命に追いかけてくるモンスターの群れをどうするか考えていた。
数にしておよそ30匹程の『スパイキーウルフ』の群れ。唯の『スパイキーウルフ』の群れならば何も考える必要などなく、ただそいつらを倒せばいいだけなのだが今俺たちに敵対しているのは唯の群れとは様子が少し違う。
その違いとは群れの長である『キングスパイキーウルフ』が二体いる……所謂『番い』が統率を執る群れなのだ。
説明するまでもなく、一体の『キングスパイキーウルフ』が指揮を執る群れよりも、番いとなる二体の『キングスパイキーウルフ』が指揮を執る群れの方が殲滅力、団結力は段違いで高く、いくらSランクのアイリスが居るとはいえ無策に戦闘する訳にはいかなかった。
そうして今、走りながらこの少し厄介な群れをどう対処するか話し合っていたのだが、作戦は決まった。
その作戦とは互いに一体ずつ『キングスパイキーウルフ』を屠る。という単純な答えである。
「よし、そんじゃあ頼んだ」
「畏まりました」
目配せをして同じタイミングで左右に別れ俺とアイリスは進行方向を変える。
「グルッ?」
「ガウガウッ!」
それを見た『キングスパイキーウルフ』二体は二手に分かれた俺たちと同じように群れを半分にして俺たちを追いかけてくる。
「……簡単に分担できたな」
"所詮は低能なモンスターだ。人間相手なら簡単にはいかんだろうな"
簡単に『番い』を分担できたことに拍子抜けしていると『自称賢者』の嗄れた声が脳裏に響く。
「だよなぁ。まだここら辺だから通用するだけだよなぁ」
スカーの言葉に納得していると、
"……余計な事は考えるな。それよりも今日の課題は覚えてるな?"
「……もちろんですともお師匠様」
今日何度目になるか分からない質問に俺はうんざりしながらも頷く。
"それならいい……始めろ。調整を間違えるな、少しでも狂えば途中で魔法が崩壊するかお前の体が崩壊するかの二択だ"
「わかってるって、戦う前に怖いこと言うなよ……」
常に具現化させ鞘に収めている潜影剣を抜剣し、身体中の魔力を熾す。標的は二手に別れた『キングスパイキーウルフ』の群れ両方だ。
本日、スカーに与えられた課題はこうだ。
『二つ以上の魔法を並行して使えるようにする』
この課題が出された目的として理由は二つ。
一つは複雑な魔力操作を体に覚えさせて慣れるため。と、戦闘のバリエーションを増やすため。
「いくら最強の影魔法と言えど、一つの魔法行使ではできることが限られるからそろそろ複数の魔法を使えるようになれ」と言うのが自称賢者様の有難いお言葉だ。
確かにいつまでの一つの魔法を使うことだけに注力していては頭止めになるのは目に見えている。スカーの言いたいことは十分に分かった。
そして細かい課題として与えられたのが、潜影剣と他の基礎魔法の組み合わせだ。
いきなり高度な心像を必要とする魔法同士を並行して使うのは不可能。しかし常に心像して、心像することに慣れ始めている『潜影剣』と基礎魔法の組み合わせなら俺にもできるだろうとスカーは細かい課題としてこれを設定した。
使う基礎魔法の指定は無し。
魔力の調整も全て俺任せ。
群れを分断させたとはいえ、俺の方に向かってきた群れだけに魔法を使うのではアイリスに申し訳ない。
「まあ、あの魔法でいいか……」
一回で群れ全体に影響を及ぼす魔法で、かと言ってアイリスの邪魔にならない魔法。無難なところでいえば拘束系の魔法だろう。
拘束系の魔法はよく使うし、心像もしやすい。それに彼女との相性も悪くは無いはずだ。
心像するは何をも逃すことの無い数多の魔手。
走る足を止めて、狼達の方に対峙する。
熾した魔力は心像を糧にふつふつと身体中を駆け巡る。
少し前ならばこの程度の朧気な心像では魔法を顕現させることは不可能であったが、今ならば問題なく心像は事象として成るだろう。
要した時間は瞬き一つ。
狼達との距離はまだ十分にある。
アイリスもこちらとの距離を十分に取り、走る足を止めていた。
「集え──」
言葉を紡ぎ、形と成す。
忘れていけないのは常に頭の隅に黒影の剣を思い描くこと。
ここ最近の課題のせいで忘れたくても忘れられなくなったその姿は今も脳裏に焼き付いている。
「──顕現するは奈落へ引きずり込む巨人の魔手ッ!」
荒らげた声と共に足元の影が不気味に蠢く。影は勢いよく『キングスパイキーウルフ』達の方へと伸びていくと形を成す。
地面から顕現した無数の魔手は無慈悲にも『キングスパイキーウルフ』達の健脚を封じ、たちまちその場に磔となる。
「ッ!? ……ありがとうございますファイクさん!」
突如として身動きを止められた狼達にアイリスは数瞬何が起きたのか困惑した表情を見せる、が直ぐに俺の方を見ると優しく微笑む。
無意識に彼女の方に視線が釘付けになる。
「風神疾走」
『静剣』は短い言葉と共に構えた蒼い空を思わせる細剣に魔力を込める。
魔導武器『颶剣グリムガル』それが剣の名前だった。
適正属性は風、その魔道階級は流星級の直ぐ下に位置する彗星級。
『焔剣イフガルド』には及ばないが一目で業物だと分かるその異様な雰囲気を放つ剣が彼女の愛剣であった。
『颶剣グリムガル』は『静剣』の魔力に呼応するかの如くその身を淡く光らせる。
それで準備は整ったのかアイリスは地面を一蹴りすると風に成る。
それは身体を強化する魔法だったのだろう。一息に『キングスパイキーウルフ』達へと飛び出した『静剣』は超加速して瞬きのうちに間合いを詰め、棒立ちの狼達を全て斬り伏せる。
「は、速すぎる……」
その音を感じさせる暇もない速さに、戦闘中ということも忘れて絶句する。
彼女に風属性の魔法適性が有り、Sランク探索者『静剣』の名に恥じない強力な魔導武器を使っていたの分かっていた。
実際にこの目でモンスターと戦う姿を何度も見ていたが、ちゃんとした魔導武器を介して放たれる魔法は今初めて見た。
彼らに追いつけるのだろうか?
マネギルと『焔剣イフガルド』の魔法に引けを取らないその威力。改めて彼女の強さを思い知る。
"呆けるな。死にたいか?"
「ッ!!」
そうだ、まだ俺は敵の動きを止めただけで倒していない。呑気にアイリスに見惚れている場合ではない。
嗄れた声で何処かに飛びかけていた意識が引き戻る。
時間にして数十秒も経っていないだろう。しかしどうにも今のアイリスの戦闘がとても長い時間の間に起こった事のように感じられて時間感覚が狂う。
まだ倒しきれていない目の前の『キングスパイキーウルフ』達は依然として影の魔手から逃げることは叶わない。
アイリスを待たせるのも悪い。後は身動きの取れない狼を一方的に斬って斬って斬りまくるという簡単なお仕事だ。
斬れ味の良すぎる潜影剣があればそんな簡単なお仕事がさらに簡単のような事に感じるのは気の所為では無いだろう。
・
・
・
「よし、素材も回収したし先に進むか」
「そうですね」
無事に『キングスパイキーウルフ』の群れを討伐し、影の中にその素材や何やらを回収し終わると再び深い森の中を進み始める。
25階層の探索を始めてだいたい3時間が経っただろうか。階層の中も半分以上を移動し終わりもう30分ほど歩けば26階層へと続く階段がある洞窟が見えてくるはずだ。
「先程は魔法での援護、ありがとうございました」
マッピングされた25階層の地図を見てそんなことを考えていると隣を歩いているアイリスがお礼を言ってくる。
「え、ああ……何も言わないで余計なことしてごめんね?」
「余計なことなんて、そんな事ありません。ファイクさんの魔法のおかげでスムーズに倒すことができました」
「それなら良かった」
広げていた地図を影の中にしまって俺はホッと胸を撫で下ろす。
正直さっきの拘束魔法は失敗したと思った。結果的には勝てたが、あの魔法の所為で戦闘中にアイリスを不用意に困惑させてしまった。ちゃんと意思疎通をした上での援護魔法ならば問題は無いが、あの時のアレは考え無しだった。
「改めて思いましたがファイクさんの魔導武器は本当に色々な魔法が使えるのですね。さっきの戦闘での拘束魔法や防御魔法はもちろんのこと数種類の攻撃魔法と沢山です」
「いやいや、アイリスの魔法だってめちゃくちゃ凄かったぞ? 思わず戦闘のことも忘れて見入っちゃうほどだ」
俺はから笑いをして適当にそう答える。
アイリスにもスカーや影魔法の本当のことは話していない。
最初は本当の事を話そうと思っていたのだが、数回の検証やスカーと話し合った結果、今は話さなくてもいいのではという結論に至った。
今まで話してこなった理由と重なるところもあるが結局のところ信憑性が無さすぎるのだ。俺が懇切丁寧に魔法のことやスカーの事を説明したところで、その証明となるスカーを他の人は認知することができなかった。
前に、試しにいつも二人の時に話すように影を使った肉声でスカーがアイリスに声をかけてみたのだがスカーの声はアイリスに届かず、俺以外の人間はスカーを認知出来ないということが分かった。
どういう原理、理屈かはハッキリと分かっていないが結局のところ生き(?)証人であるスカーの存在を証明できなければ、俺が懇切丁寧に魔法やスカーの話をしたところで意味が無い。
魔導具至上主義のこの世の中では俺やスカーの話は頭のおかしい妄言としか捉えられない。
俺にそれ相応の魔法の実力があれば何も問題は無いのだが、生憎まだまだ人様に自慢できるほどのものでもない。
ということでアイリスにも俺の魔法の説明は魔導武器のおかげということで説明をしている。
「み、見惚れるだなんて……ありがとうございます……」
アイリスは俺の適当な受け答えを気にした様子もなく、顔を紅くさせて頬に手を当てる。
「……」
うん。その照れて恥じらう姿は可愛らしくてとても目の保養になるのですが、何をどう聞き間違えたら「見入る」と「見惚れる」を聞き間違えちゃうんですかね?
体を左右に揺らして嬉しそうにぶつぶつと何か呟くアイリスを見ているとこちらまで恥ずかしくなってくる。
「そ、そういえばアイリスは『グレータータウロス』と戦ったことはあるのか?」
そんな気を紛らわせるために俺はパッと思いついた話題を隣で未だ照れている少女にする。
「ボスモンスター……ですか? いえ、私はないですね」
「あ、そうなの? てっきり戦ったことがあると思ってた」
意外な彼女の答えに驚く。
「はい。機会とタイミンが合わなかったのもありますが、さすがにソロでのボスモンスター討伐は危険が多すぎると思いまして、今まで挑戦したことはありませんね」
「まあそうだよな~。さすがにあの強すぎるバケモノを一人で討伐はリスキーすぎるか」
アイリスの最もな発言に納得し、マネギル達が倒したあの牛頭人のモンスターを思い出す。
SランクとAランクの探索者が四人がかりで挑んでもそれなりの苦戦を強いられるのがボスモンスターだ。
その先の深層付近で出会ったモンスターと比べても『グレータータウロス』の方が強かったとマネギル達も言っていた。
間違いなく現在発見されている大迷宮クレバス内でのモンスターで最強と言っても何らおかしくないだろう。
「ファイクさんは一度ボスモンスターを見たことがあるんですよね?」
「あるけど……俺はその時何もしないよ。唯の荷物運びだったし後ろでビクビク震えながら見てただけ」
本当の事をさも冗談のように鼻で笑いながら話す。
「……どうして突然そんな質問をしたのですか?」
しかしアイリスは俺の自虐ネタをスルーして首を傾げる。
「あー……それはね、俺の予想が正しければそろそろ『グレータータウロス』が再出現している頃だと思ってさ」
再出現。
それはモンスターが新たに出現する現象の事だ。
この再出現とはどのモンスターにも起こる現象でそれこそゴブリンやスパイキーウルフと言った低級のモンスターは毎日何回も再出現をしている。
しかし『グレータータウロス』と言ったその階層にしかいない特別だったり強力なモンスターは倒されてから直ぐに再出現するということは無く。何日間もの時間を空けてから再出現する。
「再出現ですか、前に倒されてからそれほど時間がたったんでしょうか?」
「うん。最後に『グレータータウロス』を倒したのはマネギル達『獰猛なる牙』でそこから最近まで『グレータータウロス』が再出現したって話は聞いてない。倒されてからの期間的にもそろそろ再出現してもおかしくないと思うんだよね」
憶測でしかないがあの時から一週間以上が経っている。
あのモンスターと遭遇する確率は十分にある。
「そろそろ件の牛さんがいる26階層へと続く階段の入口付近だから聞いておこうと思ってさ。それだけの理由だよ」
この道を曲がって少し進めば階段の入口がある洞窟が見えてくる。
もし再出現しているのならば『グレータータウロス』は階段の入口前を守っており、倒さなければその先に進むことはできない。
「そうでしたか」
「うん、そうでした」
そんなやり取りをしていると今言っていた曲がり角から何やら一つの集団が現れる。
「ん? あれは……」
「私たちより先に潜っていたクランですね」
不満げな表情を浮かべる男3人組を見てそう確信すると俺たちはそのクランに近づく。
「どうもこんにちは。上に戻るんですか?」
「ん? ああ、本当は先に進みてえけどそうするしかなさそうだ」
片手を上げて当たり障りのない挨拶をするとこちらに気づいた一人のリーダー格の男が答える。
「……もしかして再出現してます?」
彼の納得のいっていなさそうな発言に俺は嫌な予感がする。
「綺麗に元通りだ」
「あちゃあ……やっぱりしてたか」
嬉しくない予感の的中に俺は思わず痛くもない頭を手で抑える。
「ま、そういうことだ。死にたくないならお前らも戻った方がいいぜ? どうせまた『獰猛なる牙』が倒してくれるだろうからよ」
「あはは、ご忠告どうも。それじゃあ行こうか、アイリス」
「はい」
ご親切にも忠告してくれた男に会釈をして先へと進む。
「……っておい! 話し聞いてたか!? 『グレータータウロス』が再出現してるって言ったんだぞ!? お前らがどれだけ強いのかは知らないがたったの二人で倒せるわけ──」
「お、おいリーダー、あの男の隣にいる女って……」
「ま、間違いねぇ……『静剣』だ……どうして一匹狼のアイツが……」
何食わぬ顔で通り過ぎようとする俺たちをリーダー格の男は驚いて引き留めようとしてくれるが、アイリスの存在に気づいた取り巻き二人のクランメンバーがリーダー格の男を止めようとする。
「……」
「「「ひぃっ!」」」
そんな何やら騒がしい三人組の男たちをアイリスは無言で一瞥すると男たちは情けない声を上げてその場から急いで立ち去る。
「やばい! 『静剣』の機嫌を損ねちまった! 殺される前にさっさとずらかるぞ!!」
「「お、おうっ!」」
逃げざまにそんな被害妄想もいいところの声が聞こえてくる。
「き、気にすることないよ……」
「……はい──」
心做しか落ち込んで見えるアイリスを慰めてみるが気の利いた言葉がそれ以上出てこない。
こんな時ほど自分の語彙のボキャブラリーの無さを恨む。
途端に気まづい空気が流れる。
「──ファイクさんだけが私の事を分かってくれていればそれでいいです……」
「っ!? ………」
だから最後に聞こえた彼女の独り言は敢えて聞かなかったことにした。
"イチャついてないでそろそろ切り替えろ"
今まで黙りだった自称賢者にもこう言われる始末だ。
明後日の方向に顔を背けながら、俺たちはボスモンスターがいる洞窟へと着実に歩みを進めた。
「はいっ! お任せ下さい!!」
鬱蒼とした森の中を駆け抜ける。
「「「グルルルッ……ガウッ!!!」」」
背後からは獲物を逃すまいと『スパイキーウルフ』の群れが雄叫びを上げ疾走する。
迷宮に潜ってから今日で二日目。
ターニングポイントとなる大迷宮クレバス25階層のセーフティポイントで一晩休憩し、現在俺たちは25階層の森の中を突き進んでいた。
不自然な程になんの違和感もなくそこに群生する植物の数々。ここが地下だと言うことを忘れさせるほどの、一つの階層を丸々覆い尽くすほどの森となっている。初めてこの階層を訪れた探索者は今まで探索してきた迷宮との違和感に慣れるまでそれなりの時間を要するだろう。
だが紛いなりにも元Sランククランの『荷物運び』の俺と現Sランク探索者の『静剣』様はその違和感を気にすることはなく、寧ろ後ろを一生懸命に追いかけてくるモンスターの群れをどうするか考えていた。
数にしておよそ30匹程の『スパイキーウルフ』の群れ。唯の『スパイキーウルフ』の群れならば何も考える必要などなく、ただそいつらを倒せばいいだけなのだが今俺たちに敵対しているのは唯の群れとは様子が少し違う。
その違いとは群れの長である『キングスパイキーウルフ』が二体いる……所謂『番い』が統率を執る群れなのだ。
説明するまでもなく、一体の『キングスパイキーウルフ』が指揮を執る群れよりも、番いとなる二体の『キングスパイキーウルフ』が指揮を執る群れの方が殲滅力、団結力は段違いで高く、いくらSランクのアイリスが居るとはいえ無策に戦闘する訳にはいかなかった。
そうして今、走りながらこの少し厄介な群れをどう対処するか話し合っていたのだが、作戦は決まった。
その作戦とは互いに一体ずつ『キングスパイキーウルフ』を屠る。という単純な答えである。
「よし、そんじゃあ頼んだ」
「畏まりました」
目配せをして同じタイミングで左右に別れ俺とアイリスは進行方向を変える。
「グルッ?」
「ガウガウッ!」
それを見た『キングスパイキーウルフ』二体は二手に分かれた俺たちと同じように群れを半分にして俺たちを追いかけてくる。
「……簡単に分担できたな」
"所詮は低能なモンスターだ。人間相手なら簡単にはいかんだろうな"
簡単に『番い』を分担できたことに拍子抜けしていると『自称賢者』の嗄れた声が脳裏に響く。
「だよなぁ。まだここら辺だから通用するだけだよなぁ」
スカーの言葉に納得していると、
"……余計な事は考えるな。それよりも今日の課題は覚えてるな?"
「……もちろんですともお師匠様」
今日何度目になるか分からない質問に俺はうんざりしながらも頷く。
"それならいい……始めろ。調整を間違えるな、少しでも狂えば途中で魔法が崩壊するかお前の体が崩壊するかの二択だ"
「わかってるって、戦う前に怖いこと言うなよ……」
常に具現化させ鞘に収めている潜影剣を抜剣し、身体中の魔力を熾す。標的は二手に別れた『キングスパイキーウルフ』の群れ両方だ。
本日、スカーに与えられた課題はこうだ。
『二つ以上の魔法を並行して使えるようにする』
この課題が出された目的として理由は二つ。
一つは複雑な魔力操作を体に覚えさせて慣れるため。と、戦闘のバリエーションを増やすため。
「いくら最強の影魔法と言えど、一つの魔法行使ではできることが限られるからそろそろ複数の魔法を使えるようになれ」と言うのが自称賢者様の有難いお言葉だ。
確かにいつまでの一つの魔法を使うことだけに注力していては頭止めになるのは目に見えている。スカーの言いたいことは十分に分かった。
そして細かい課題として与えられたのが、潜影剣と他の基礎魔法の組み合わせだ。
いきなり高度な心像を必要とする魔法同士を並行して使うのは不可能。しかし常に心像して、心像することに慣れ始めている『潜影剣』と基礎魔法の組み合わせなら俺にもできるだろうとスカーは細かい課題としてこれを設定した。
使う基礎魔法の指定は無し。
魔力の調整も全て俺任せ。
群れを分断させたとはいえ、俺の方に向かってきた群れだけに魔法を使うのではアイリスに申し訳ない。
「まあ、あの魔法でいいか……」
一回で群れ全体に影響を及ぼす魔法で、かと言ってアイリスの邪魔にならない魔法。無難なところでいえば拘束系の魔法だろう。
拘束系の魔法はよく使うし、心像もしやすい。それに彼女との相性も悪くは無いはずだ。
心像するは何をも逃すことの無い数多の魔手。
走る足を止めて、狼達の方に対峙する。
熾した魔力は心像を糧にふつふつと身体中を駆け巡る。
少し前ならばこの程度の朧気な心像では魔法を顕現させることは不可能であったが、今ならば問題なく心像は事象として成るだろう。
要した時間は瞬き一つ。
狼達との距離はまだ十分にある。
アイリスもこちらとの距離を十分に取り、走る足を止めていた。
「集え──」
言葉を紡ぎ、形と成す。
忘れていけないのは常に頭の隅に黒影の剣を思い描くこと。
ここ最近の課題のせいで忘れたくても忘れられなくなったその姿は今も脳裏に焼き付いている。
「──顕現するは奈落へ引きずり込む巨人の魔手ッ!」
荒らげた声と共に足元の影が不気味に蠢く。影は勢いよく『キングスパイキーウルフ』達の方へと伸びていくと形を成す。
地面から顕現した無数の魔手は無慈悲にも『キングスパイキーウルフ』達の健脚を封じ、たちまちその場に磔となる。
「ッ!? ……ありがとうございますファイクさん!」
突如として身動きを止められた狼達にアイリスは数瞬何が起きたのか困惑した表情を見せる、が直ぐに俺の方を見ると優しく微笑む。
無意識に彼女の方に視線が釘付けになる。
「風神疾走」
『静剣』は短い言葉と共に構えた蒼い空を思わせる細剣に魔力を込める。
魔導武器『颶剣グリムガル』それが剣の名前だった。
適正属性は風、その魔道階級は流星級の直ぐ下に位置する彗星級。
『焔剣イフガルド』には及ばないが一目で業物だと分かるその異様な雰囲気を放つ剣が彼女の愛剣であった。
『颶剣グリムガル』は『静剣』の魔力に呼応するかの如くその身を淡く光らせる。
それで準備は整ったのかアイリスは地面を一蹴りすると風に成る。
それは身体を強化する魔法だったのだろう。一息に『キングスパイキーウルフ』達へと飛び出した『静剣』は超加速して瞬きのうちに間合いを詰め、棒立ちの狼達を全て斬り伏せる。
「は、速すぎる……」
その音を感じさせる暇もない速さに、戦闘中ということも忘れて絶句する。
彼女に風属性の魔法適性が有り、Sランク探索者『静剣』の名に恥じない強力な魔導武器を使っていたの分かっていた。
実際にこの目でモンスターと戦う姿を何度も見ていたが、ちゃんとした魔導武器を介して放たれる魔法は今初めて見た。
彼らに追いつけるのだろうか?
マネギルと『焔剣イフガルド』の魔法に引けを取らないその威力。改めて彼女の強さを思い知る。
"呆けるな。死にたいか?"
「ッ!!」
そうだ、まだ俺は敵の動きを止めただけで倒していない。呑気にアイリスに見惚れている場合ではない。
嗄れた声で何処かに飛びかけていた意識が引き戻る。
時間にして数十秒も経っていないだろう。しかしどうにも今のアイリスの戦闘がとても長い時間の間に起こった事のように感じられて時間感覚が狂う。
まだ倒しきれていない目の前の『キングスパイキーウルフ』達は依然として影の魔手から逃げることは叶わない。
アイリスを待たせるのも悪い。後は身動きの取れない狼を一方的に斬って斬って斬りまくるという簡単なお仕事だ。
斬れ味の良すぎる潜影剣があればそんな簡単なお仕事がさらに簡単のような事に感じるのは気の所為では無いだろう。
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「よし、素材も回収したし先に進むか」
「そうですね」
無事に『キングスパイキーウルフ』の群れを討伐し、影の中にその素材や何やらを回収し終わると再び深い森の中を進み始める。
25階層の探索を始めてだいたい3時間が経っただろうか。階層の中も半分以上を移動し終わりもう30分ほど歩けば26階層へと続く階段がある洞窟が見えてくるはずだ。
「先程は魔法での援護、ありがとうございました」
マッピングされた25階層の地図を見てそんなことを考えていると隣を歩いているアイリスがお礼を言ってくる。
「え、ああ……何も言わないで余計なことしてごめんね?」
「余計なことなんて、そんな事ありません。ファイクさんの魔法のおかげでスムーズに倒すことができました」
「それなら良かった」
広げていた地図を影の中にしまって俺はホッと胸を撫で下ろす。
正直さっきの拘束魔法は失敗したと思った。結果的には勝てたが、あの魔法の所為で戦闘中にアイリスを不用意に困惑させてしまった。ちゃんと意思疎通をした上での援護魔法ならば問題は無いが、あの時のアレは考え無しだった。
「改めて思いましたがファイクさんの魔導武器は本当に色々な魔法が使えるのですね。さっきの戦闘での拘束魔法や防御魔法はもちろんのこと数種類の攻撃魔法と沢山です」
「いやいや、アイリスの魔法だってめちゃくちゃ凄かったぞ? 思わず戦闘のことも忘れて見入っちゃうほどだ」
俺はから笑いをして適当にそう答える。
アイリスにもスカーや影魔法の本当のことは話していない。
最初は本当の事を話そうと思っていたのだが、数回の検証やスカーと話し合った結果、今は話さなくてもいいのではという結論に至った。
今まで話してこなった理由と重なるところもあるが結局のところ信憑性が無さすぎるのだ。俺が懇切丁寧に魔法のことやスカーの事を説明したところで、その証明となるスカーを他の人は認知することができなかった。
前に、試しにいつも二人の時に話すように影を使った肉声でスカーがアイリスに声をかけてみたのだがスカーの声はアイリスに届かず、俺以外の人間はスカーを認知出来ないということが分かった。
どういう原理、理屈かはハッキリと分かっていないが結局のところ生き(?)証人であるスカーの存在を証明できなければ、俺が懇切丁寧に魔法やスカーの話をしたところで意味が無い。
魔導具至上主義のこの世の中では俺やスカーの話は頭のおかしい妄言としか捉えられない。
俺にそれ相応の魔法の実力があれば何も問題は無いのだが、生憎まだまだ人様に自慢できるほどのものでもない。
ということでアイリスにも俺の魔法の説明は魔導武器のおかげということで説明をしている。
「み、見惚れるだなんて……ありがとうございます……」
アイリスは俺の適当な受け答えを気にした様子もなく、顔を紅くさせて頬に手を当てる。
「……」
うん。その照れて恥じらう姿は可愛らしくてとても目の保養になるのですが、何をどう聞き間違えたら「見入る」と「見惚れる」を聞き間違えちゃうんですかね?
体を左右に揺らして嬉しそうにぶつぶつと何か呟くアイリスを見ているとこちらまで恥ずかしくなってくる。
「そ、そういえばアイリスは『グレータータウロス』と戦ったことはあるのか?」
そんな気を紛らわせるために俺はパッと思いついた話題を隣で未だ照れている少女にする。
「ボスモンスター……ですか? いえ、私はないですね」
「あ、そうなの? てっきり戦ったことがあると思ってた」
意外な彼女の答えに驚く。
「はい。機会とタイミンが合わなかったのもありますが、さすがにソロでのボスモンスター討伐は危険が多すぎると思いまして、今まで挑戦したことはありませんね」
「まあそうだよな~。さすがにあの強すぎるバケモノを一人で討伐はリスキーすぎるか」
アイリスの最もな発言に納得し、マネギル達が倒したあの牛頭人のモンスターを思い出す。
SランクとAランクの探索者が四人がかりで挑んでもそれなりの苦戦を強いられるのがボスモンスターだ。
その先の深層付近で出会ったモンスターと比べても『グレータータウロス』の方が強かったとマネギル達も言っていた。
間違いなく現在発見されている大迷宮クレバス内でのモンスターで最強と言っても何らおかしくないだろう。
「ファイクさんは一度ボスモンスターを見たことがあるんですよね?」
「あるけど……俺はその時何もしないよ。唯の荷物運びだったし後ろでビクビク震えながら見てただけ」
本当の事をさも冗談のように鼻で笑いながら話す。
「……どうして突然そんな質問をしたのですか?」
しかしアイリスは俺の自虐ネタをスルーして首を傾げる。
「あー……それはね、俺の予想が正しければそろそろ『グレータータウロス』が再出現している頃だと思ってさ」
再出現。
それはモンスターが新たに出現する現象の事だ。
この再出現とはどのモンスターにも起こる現象でそれこそゴブリンやスパイキーウルフと言った低級のモンスターは毎日何回も再出現をしている。
しかし『グレータータウロス』と言ったその階層にしかいない特別だったり強力なモンスターは倒されてから直ぐに再出現するということは無く。何日間もの時間を空けてから再出現する。
「再出現ですか、前に倒されてからそれほど時間がたったんでしょうか?」
「うん。最後に『グレータータウロス』を倒したのはマネギル達『獰猛なる牙』でそこから最近まで『グレータータウロス』が再出現したって話は聞いてない。倒されてからの期間的にもそろそろ再出現してもおかしくないと思うんだよね」
憶測でしかないがあの時から一週間以上が経っている。
あのモンスターと遭遇する確率は十分にある。
「そろそろ件の牛さんがいる26階層へと続く階段の入口付近だから聞いておこうと思ってさ。それだけの理由だよ」
この道を曲がって少し進めば階段の入口がある洞窟が見えてくる。
もし再出現しているのならば『グレータータウロス』は階段の入口前を守っており、倒さなければその先に進むことはできない。
「そうでしたか」
「うん、そうでした」
そんなやり取りをしていると今言っていた曲がり角から何やら一つの集団が現れる。
「ん? あれは……」
「私たちより先に潜っていたクランですね」
不満げな表情を浮かべる男3人組を見てそう確信すると俺たちはそのクランに近づく。
「どうもこんにちは。上に戻るんですか?」
「ん? ああ、本当は先に進みてえけどそうするしかなさそうだ」
片手を上げて当たり障りのない挨拶をするとこちらに気づいた一人のリーダー格の男が答える。
「……もしかして再出現してます?」
彼の納得のいっていなさそうな発言に俺は嫌な予感がする。
「綺麗に元通りだ」
「あちゃあ……やっぱりしてたか」
嬉しくない予感の的中に俺は思わず痛くもない頭を手で抑える。
「ま、そういうことだ。死にたくないならお前らも戻った方がいいぜ? どうせまた『獰猛なる牙』が倒してくれるだろうからよ」
「あはは、ご忠告どうも。それじゃあ行こうか、アイリス」
「はい」
ご親切にも忠告してくれた男に会釈をして先へと進む。
「……っておい! 話し聞いてたか!? 『グレータータウロス』が再出現してるって言ったんだぞ!? お前らがどれだけ強いのかは知らないがたったの二人で倒せるわけ──」
「お、おいリーダー、あの男の隣にいる女って……」
「ま、間違いねぇ……『静剣』だ……どうして一匹狼のアイツが……」
何食わぬ顔で通り過ぎようとする俺たちをリーダー格の男は驚いて引き留めようとしてくれるが、アイリスの存在に気づいた取り巻き二人のクランメンバーがリーダー格の男を止めようとする。
「……」
「「「ひぃっ!」」」
そんな何やら騒がしい三人組の男たちをアイリスは無言で一瞥すると男たちは情けない声を上げてその場から急いで立ち去る。
「やばい! 『静剣』の機嫌を損ねちまった! 殺される前にさっさとずらかるぞ!!」
「「お、おうっ!」」
逃げざまにそんな被害妄想もいいところの声が聞こえてくる。
「き、気にすることないよ……」
「……はい──」
心做しか落ち込んで見えるアイリスを慰めてみるが気の利いた言葉がそれ以上出てこない。
こんな時ほど自分の語彙のボキャブラリーの無さを恨む。
途端に気まづい空気が流れる。
「──ファイクさんだけが私の事を分かってくれていればそれでいいです……」
「っ!? ………」
だから最後に聞こえた彼女の独り言は敢えて聞かなかったことにした。
"イチャついてないでそろそろ切り替えろ"
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