元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

21話 魔性の膝枕

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「……あ……?」

「っ! 目が覚めたんですね!?」

 目を覚ますと同時に視界に飛び込んできたのは綺麗な白金の長髪を揺らして涙ぐむアイリスだった。

 少し視界を横にずらせば殺風景な岩肌の天井が見下してきている。

 気を失っていた?
 今どういう状況だ……?
 どれくらい時間が経った?
 今何階層だ?

 意識の覚醒と共に色々な疑問が浮かび上がってくる。

 ハッキリと覚えているのは『グレータータウロス』と戦っていて、急にあの牛頭人が死んだところまでだ。
 その後は朧気だ。アイリスがこちらに来たところで完全に意識は無くなった。

 注意深く辺りを見てみればテントや焚き火、その他もろもろのキャンプの設営がなされている。全て俺の影に入れていたもので、おそらくスカーが勝手に出してそれをアイリスが設営したのだろうが……。

「あの……アイリスさん?」

 それよりも気になることがある。

「はい、なんでしょうか?」

 見上げた彼女の目元には若干の雫が残っているが、表情はとてもご機嫌だ。

「どうして俺は膝枕をされているのでしょうか?」

 そう俺は今浮かび上がってくきた数々の疑問のどれよりも、現在置かれている状況が一番の疑問であった。

 簡単に客観的に今の状況を説明すれば俺は『静剣』アイリス・ブルームに膝枕をされて看病を受けていた。

 一体全体どう言った経緯でこうなったのか、俺はそれを他のどんな疑問よりも解き明かしたかった。

「はい、ファイクさんが気を失われてから徐に影から色々な設営の道具が出てきて、まずは身体を休めることが先決だと判断し、セーフティポイントとなった25階層のこの階段の部屋でそれを素早く設営の後にファイクさんを焚き火の近くで休ませようと思ったのですがファイクさんの使う枕がありませんでした」

「ま、枕?」

 俺の質問にアイリスは早口で簡潔にこれまでの流れを含めて説明してくれる。しかし最後の方が少しおかしい。

「はい。枕のない硬い地面にファイクさんを寝かせる訳にはいきません。ですので僭越ながら私の膝を枕替わりにファイクさんに使って頂こうと……」

「……いやいやいや! ありがたい申し出だけれども全然硬い地面に寝かしといてくれてよかったのに……俺どれくらい寝てた? 長時間拘束してなら足とか痺れてるでしょ?」

 アイリスの言葉で俺は急いで頭を持ち上げて彼女の足から退けようとするがそれを彼女によって押し止められる。

「あ、アイリスさん?」

「動いてはダメですファイクさん。ハイポーションを飲んで体の傷が治ったと言っても出血や疲労はしています。まだ安静にしてなきゃダメです。それに私の足なら大丈夫です。まだ2時間程度ですし、何時間であろうとファイクさんにお貸しするのならば余裕です」

 俺の困惑した様子にアイリスはそう言うと、俺の持ち上がった頭をガッチリと両手でホールドして元の太ももの位置へと戻される。

 あ……柔らかい……。

「……じゃなくて!?」

「……?」

 思わず彼女の膝枕の気持ちよさに意識が持っていかれそうになるがそれどころでは無い。むしろさらに気になる事が出てきた。

「今ハイポーションって言った!?」

「はい。お休みになられる前にファイクさんにハイポーションを使いました。余計な治療でしたか?」

 俺のさらなる質問にアイリスは不安げに表情を曇らせ頷く。

「いや、迷惑ではないけど──」

 寧ろありがたい。
 よく考えて見れば起きてから身体の痛みがないどころかさっきよりも調子が良い。折れてると思ってた両腕の感覚も普段通りに戻っているし、よく見れば無数にできていた切傷も完全に全て治っている。

 ランクの低いポーションとは比べ物にならない。ほんの数時間、ハイポーションを飲んでただ寝ていただけでさっきの戦いで負った傷が完治している。
 これで上に戻る必要もなく攻略を続けられる。

 ……だが、手放しに喜んでいられない。
 これだけ即効性の高いポーションの上位互換、ハイポーションだ。今の時価で言えば一つ10万メギルは下らない超高級品だ。ソロで活動する彼女ならハイポーションの一つや二つリスク管理として所持しているとは思っていたが、俺なんかに使う必要はなかっただろう。

 普通、ハイポーションは全身骨折、内臓損傷や四肢損傷、すぐにでも放って置けば死んでしまうような重症人に使うものだ。
 俺の場合、両腕の骨は折れていたもののそれ以外は大したことは無い。血を流しすぎた程度でポーションの治療でどうとでもなるレベルだ。

 それを彼女は何の躊躇いもなくハイポーションを使って……。

「──迷惑ではない、迷惑ではないけど勿体ないだろ……ハイポーションなんて高級品だ。怪我の具合で言えばアイリスの方が重症でアイリスが自分に使うならわかる。けど俺の方は血を流しすぎただけで直ぐ死に至るほどのものじゃない。時間はかかるけどポーションで治せる範囲の怪我だし、そんな高級品のハイポーションを使う必要はなかったんじゃないか? ……いやっ! もちろん感謝はしてるよ? 有難い! 有難いけど……値段がなぁ……」

「値段なんて関係ないですし、私は勿体ないとも思いません」

「え?」

 気まずさから顔を横に逸らしているとアイリスは俺の両頬を手で固定して真上に向き直させる。
 彼女の綺麗な蒼色の瞳が俺を真っ直ぐに見据える。

「大切な人が苦しんでいるのならば私はハイポーションであろうが『秘薬』と呼ばれるフルポーションであろうが迷わず貴方に使います。ファイクさんは私の全てですから」

「っ!!」

 顔が一気に熱く火照っていくのが分かる。何度かアイリスにはこんな正面切ってどストレートな事を言われるとはあるが、何度言われてもこれは慣れない。

 それに俺も逆の立場なら迷わずアイリスにハイポーションやフルポーションを使うだろう。

 今のは愚問だった。
 どんな状況でも人の命が掛かっているんだ。最善を尽くすのはいつ死ぬとも分からない探索者として当然の考え方だ。

「……ごめん、今の言葉は忘れてくれ──」

 依然として真っ直ぐに向けられる視線を見つめ返す。

 今俺が考え、言うべき言葉はこんなことなんかじゃない。
 今俺が言うべきなのは──。

「──改めて、助けてくれてありがとうアイリス。君のおかげで絶好調だ」

 迷惑をかけただとか、申し訳ないだとかそんな余計な感情なんていらない。純粋な感謝の言葉だ。

「いえ……当然の事をした迄です。それに……これはお詫びでもあるんです……」

「……お詫び?」

 歯切れ悪く再び表情を曇らせてしまったアイリスに聞き返す。

「……私が相手の力量を見誤った所為でファイクさんに負担を掛けてしまいました。最初から私が魔法を使っていればファイクさんがあんなに傷つくことはなかったんです……」

 今度はアイリスの方から視線を横に流す。

「───」

 そうなのかもしれない。
 最初からアイリスが魔法を使っていれば俺は怪我をする必要もなくて、ハイポーションも使わなくて済んだのかもしれない。
 それでも──。

「いや、あれは俺も悪い。もっと『グレータータウロス』に対しての詳細な概要をアイリスと共有して戦いに望むべきだった」

「っ!? ファイクさんは悪くありません! 私が変な見栄を張って何も考えずに突っ込んだからあんな事に──」

 俺の返答に強く被りを振る彼女の姿はどこか駄々をこねる幼子のように感じられた。

「いいや、違うよアイリス。あれは俺も悪い。俺も油断してたんだよ。お互いにどこか傲りがあった──」

 どちらか一方が悪いなんて決められるはずがない。
 その時々によって人は間違うし、失敗する……さっきの戦いのように。

「──どっちが悪いとか悪くないとか決めるんじゃなくてさ、失敗は二人で背負おう。俺とアイリスは同じクランで仲間だ、互いに間違いがあったら互いに指摘し合って、お互いに成長してこうよ」

「──っ!」

 クラン……仲間と言うのは持ちつ持たれつなのだ。
 以前はできなかった、言えなかったこともアイリスとはしていきたい。

「はいっ……はいっ……!!」

 噛み締めるように何度も頷くアイリスの瞳には静かに涙が流れる。
 ぽたぽたとこちらに落ちてくる雫を無視して、俺は無意識に彼女の目元を優しく拭ってやる。

「よしっ! この話はこれで終わりだ。今日はこのまま25階層でゆっくり休んで、明日からまた攻略を再開しよう」

 そう区切るとアイリスは涙を流したまま頷く。

 泣いているというのにそのまま膝枕をしてもらうのは申し訳ないと思い、名残惜しいが今度こそアイリスの足から頭を退けようとする。が、それは許さないとアイリスは泣きながらも俺の頭をガッチリとホールドして離そうとしない。

「……」

 それに逆らうこともできずアイリスの涙を拭いながら、静かに彼女が泣き止むのを待つ。

 焚き火の乾いた爆ぜる音と洞窟内の反響音が少しばかりの気まづさを和らげてくれる。目に映る彼女は泣いていても美しかった。

 ・
 ・
 ・

「マネギル! 早く行きましょう!」

「……ああ」

 丸一日の休息日を取って、今日再び迷宮内に潜る。

 時刻は午前10時過ぎ。
 大迷宮クレバスの入口前は今日もたくさんの人間でごった返している。

 五月蝿く騒いでいる喧騒に少しだけ煙たさを覚えながらも、仲間に手招きされるようにゆっくりと歩みを進める。

 道を進む度に視線を感じる。
 まじまじとこちらを見るのではなく、伺うように盗み見る。小声で何か話しているが詳しい内容はよく聞こえない。

 しかし、聞こえなくてもよく分かる。
 こういった視線や露骨な態度を取られるのには慣れたものだった。……良い意味でも悪い意味でも。

 今回の場合は良い意味での視線や話だろうから、大して気にすることも無い。

 どいつもこいつも俺たちが迷宮を完全攻略するのではないかと思っているのだ。

 この前の遠征で俺たちはまた一歩、迷宮の完全攻略に近づいた。

 そして本日からまた攻略を再開する。

 俺たちは今回で大迷宮クレバスの完全攻略を決めるつもりだ。
 その為、迷宮に潜る期間は前よりも長く、最終層と言われている50階層を踏破するまでは上に戻らない。

 その為の準備もしてきた。
 道具の準備はもちろんのこと、最高のパフォーマンスを発揮するためにクランメンバー全員には丸一日の休息日を取った。
 抜かりはない。クラン内の士気は完璧と言えた。

 ……そう今日の朝までは……。

「そんなに彼奴の参加が納得行かないのかえマネギル?」

「……いや、そんなことは無い」

 不満げな表情が出ていたのだろうか、ハロルドが聞いてくる。

「そうは見えんがのぅ~」

「なーにマネギル? まだ記者さん連れてくの反対なのー?」

 俺の答えに追い討ちをかけるハロルドとロール。

 今日の朝、探協にて一つの依頼があった。その依頼というのが──。

「いやー、図々しく付いてきた私が言うのも何ですが、クランの全責任を受け持つリーダーですから私を連れていくのに不満があるのは納得ですね~」

 ──この新聞記者を攻略に同行させて欲しいというものだった。

 癖のある栗毛は外に盛大に跳ね、それを押さえつけるように緑と黒のチェック柄が効いたベレー帽を被った男。歳の方は25と言っていたが、その背丈の小ささから実年齢よりは若く見える。垂れた猫目に、常に絶えることのない笑顔はとても温和な雰囲気を演出している。

 名前をロビンソン・バーベルク。
 世界的に有名な新聞社ラビリルタイムズ、クレバス支部の記者である。

 依頼の詳しい内容はこうだ。
 世界初となる大迷宮の完全攻略が成されるかもしれない。そんな歴史的瞬間を是非にもこの目で見届けたい、取材したい。就きましては完全攻略の筆頭格である『獰猛なる牙』を密着取材させて欲しい。というものだった。

 今日の朝、探協長直々に言い渡された依頼に俺は困惑した。

 最深層の攻略、それも完全攻略が掛かっている大事な探索にいきなり知らない人間を同行させる気にはどうしてもなれなかったからだ。

 やんわり断ろうと思いもしたが探協長から直々のお達し、そう簡単に断ることも世間体的にできなかった。渋った様子を見せて小さいながらも抵抗してみたが、そんなものは無意味。

 寧ろこのロビンソン・バーベルクと言う男、相当頭が切れて口も達者なようで、直ぐにうちのクランメンバーを懐柔した。

 巧みな褒め言葉に気を良くしたメンバーはひとつ返事でこの依頼を了承。なし崩し的に俺はこの依頼を受けることになった。

 奴への第一印象は胡散臭い。しかし他のメンバーは前述したとおり好印象だったようだ。

 これが今日の朝まで完璧だと思っていたコンディションを狂わされた理由の元凶だ。

「でもまあ私も一応探索者の端くれです、皆さんにご迷惑はかけませんよ。先程も言いましたがこう見えてAランクの実力はありますので自分の身は自分で守ります。皆さんはいつも通りの探索をなさってください。そちらの方がリアル感があっていい記事が書けますので!」

 ちょこちょこと隣まで来てロビンソン・バーベルクは破顔する。

 どうにも俺は奴の馴れ馴れしい態度が好きになれなかった。

「実力は疑っていない。探協長からの紹介だ、実力の方はそれなりに信用してると言っていい」

「"実力の方は"ですか。まだあって数十分なのに随分と嫌われちゃいましたね~!」

 寧ろなんで数十分で好かれると思っているのか。

 俺のわざとらしい発言にロビンソン・バーベルクは気にした様子は無く、ただただ楽しそうに笑うばかりである。

「……はあ、迷宮に入ったらそのお喋りも抑えてもらえると助かるな。気が散るし、何よりお前の声は通り過ぎる。直ぐにモンスターに位置がバレてしまう」

「任せてくださいよマネギルのダンナ! 皆さんのお邪魔だけは絶対にしませんのでっ!!」

「……はあ」

 どんどんこの男にペースを崩されている気がする。

 気乗りはしないがこれから探索者……延いては人類の悲願とされる大迷宮の完全攻略に挑む。

 俺の気分は迷宮に入るまで晴れなかった。
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