23 / 76
第一章 大迷宮クレバス
22話 遭遇
しおりを挟む
「敵の動きは全部止めた! 後は一気に片付けるぞ!」
「了解致しました!」
殺風景な迷宮内に反響する声。
「「「ギギィィィィィイイイッ!!」」」
両腕に大きく鋭利な鎌を携えた蟷螂型のモンスター『レイジングマンティス』との戦闘は決着を迎えようとしていた。
もう十八番となった拘束系の基礎魔法を駆使して『レイジングマンティス』6体の動きを難なく止める。後は一方的に屠るだけの簡単なお仕事。
数分と経たずに殲滅が完了する。
「ふう……お疲れ様。少し休憩するか?」
「お疲れ様です……そうですね。ここら一帯のモンスターは全て倒しましたし安全マージンは十分に取れてるでしょう。休みましょうか」
戦闘の終了を確認、辺り一帯を警戒して安全を確認してからお互いに労いの言葉をかける。
丁度よく盛り上がった岩場に腰掛けて影の中から水の入ったボトルを2つ取り出す。
「はいこれ」
「ありがとうございます」
その一つをアイリスに投げ渡すと、ボトルを一気に呷る。
常温の物ではあるがモンスターの死骸とゴツゴツとした岩や鉱石しかない迷宮内では贅沢など言っていられない。貴重な水だ、有難く頂く。
現在、大迷宮クレバス48階層。中域の辺りを探索中。『グレータータウロス』との戦いから一週間以上……細かい日数で言えば11日が経過した。
気がつけば最終層と言われる50階層まで残り2層と来ていた。ここまで来るのにもう少し時間がかかると思っていたが、本当になんの問題もなく快調に来ることができた。
最終層間近ということでモンスターの強さも跳ね上がると予想していたがそんなことも無く、『グレータータウロス』と比べると見劣りするモンスターばかりだった。
それに『グレータータウロス』との戦闘を経て、俺とアイリスの連携はモンスターとの戦闘を重ねる毎に洗練されていき、その事が拍車をかけて迷宮攻略は本当に順調だった。
"迷宮に潜る前と比べたらだいぶマシな顔付きになった、魔法もまあやっと見れる程度にはなってきたな"
「……随分と辛口なことで」
ふと聞こえてきた嗄れた声にボソリと返す。
影魔法の習得も順調だ。
『キングスパイキーウルフ』との戦闘以来、新しい『影遊』を覚えることは無かったが、ほとんどの基礎魔法はある程度心像の定着ができたし、実践レベルで問題なく使えるモノに仕上げることができた。
まだ簡単な詠唱は必要だが、目に見える成長を実感していた。
「……」
まさか俺がこんな深い階層まで来れるとはな……。
薄暗い岩肌の天井を仰ぎながらそんなことを考える。
この間までSランククランの『荷物運び』で、録な魔法なんて使えなかった。それが気がつけばこんな深層にいるモンスターと余裕で戦うことができている。
一昔前の俺なら想像だにしなかったことだ。
そんな昔と現実のギャップの所為か、今回の遠征を始めてから時々自分が今何をしているのか分からなくなる時がある。
今のこの感慨もその一種だ。
その感慨の次の瞬間には自分の意識が何処かに飛んでいく錯覚を覚え、無言で上を見つめている。
「……ファイクさん?」
そんなことを数分も続けているとアイリスが不思議そうに俺の名前を呼ぶ。
「……え?」
そこでぼやけていた意識が鮮明になる。
「お疲れでしょうか?」
「ああ、いや。ちょっとぼーっとしてただけ。何だかここにきて実感が湧かなくてさ」
心配そうに眉を顰め、こちらを見つめてくるアイリスに俺は被りを降ってもう一度天井を仰ぐ。
「実感ですか?」
「うん。俺みたいなのがよくこんな深層まで来れたな~って、今更って感じだけど俺が迷宮を攻略できてる実感が湧かなくてさ。たまに自分が今どこにいて何をしているのか一瞬分からなくなるんだ──」
無意識に考えていた事が言葉になり、自分が頭のおかしい事を口にしていることに気がつく。
「──なんてな……ごめん。意味わかんないよな!」
慌てて言葉を切り、アイリスの方に視線を向けて誤魔化すように笑う。
「……いえ。少し……分かるような気がします」
「え?」
しかし彼女から返ってきた答えは意外なものだった。
「私もわからなくなることがあります……ファイクさんとこうして迷宮の攻略を始めてから分からなくなるんです。こんなに幸せでいいのかと……」
「そんな大袈裟な──」
「──いいえ。大袈裟なんかじゃないです」
俺の言葉を遮りアイリスは続ける。
「私は今までずっと一人で迷宮の探索をしていました。好き好んで一人でいた訳ではありません……けれど気がついたら一人でした。だから以前と今のギャップで分からなくなるんです。今こうしてファイクさんと一緒にいられるのは実は夢で、目が覚めてしまえば私はまた一人になってしまうんじゃないかと」
そう語る彼女の瞳は何かに怯えているようで、震えている。
「だからファイクさんの言おうとしていることは何となく分かります」
アイリスは少しの間瞑目をすると、再び真っ直ぐと意志のある瞳でこちらを見る。
「そう……か……」
そこに恐れはもう無く。
優しく顔を綻ばせた彼女に見入ってしまう。
『静剣』様に、俺なんかと一緒にいるだけで『幸せだ』と言われるなんてこれほど光栄なことは無いな。
彼女が対人関係で苦労してきたのは聞いていたが、それで俺と似たような感覚を覚えていたとは思わなかった。
「──」
どれほどそうしていたのか。
実際は数十秒の出来事だったのだろうが、長時間アイリスの方を見つめていた感覚に陥る。
段々とアイリスの顔が赤く朱が刺していくのを見て、彼女の方を凝視しすぎたことに気づく。
「──っ! そ、そろそろ行くか!」
「そ、そうですねっ!」
お互いに目を逸らし態とらしくその場から立ち上がる。
休憩は十分に取れた。
気を取り直して攻略再開だ。
"お前たちはいつも隙があればそうやってイチャつくが飽きないのか?"
「……」
何か聴こえた気がするが無視する。
……いや、本当に気の所為だったのかもしれない。決して嗄れた自称賢者の声なんて聞こえていない。そして別にイチャついてなんかない。
無言を決め込み先へと進もう……とするがアイリスが着いてこない。
「どうしたアイリス?」
立ったままその場から動かず後ろの方を見つめるアイリスに声をかける。
「……」
「?」
しかし彼女は何も答えず人差し指を立てて、それを口元の前に持ってきてサインするだけ。
「静かにしろ」と言うことなのか、俺は首を傾げながらも静かにアイリスの見つめる方向を一緒に見る。
すると遠くからではあるが人の声が聞こえてくる。
「……?」
……人?この深層に?しかも最終層付近の場所だぞ。
最後に人と出会ったのは25階層での3人組のクランの時だ。それ以降は誰とも会っていない。
こんな深い階層まで来れる探索者は限られてくる。
それこそ迷宮都市クレバスにいる全探索者達の中でここまで来れる人間はそういないだろう。考えられるとすればマネギル達『獰猛なる牙』ぐらいのものだ。
……嫌な予感がする。
マネギル達がどう言ったスケジュールで迷宮を攻略しているのかは知らないが、段々とこちらに近づきハッキリとしてくるその声に、俺は嫌な汗が止まらない。
俺の情報が正しければマネギル達は遠征をしていて俺たちよりも先の階層に進んでいるはずだ。だからこの声はマネギル達『獰猛なる牙』では無い……はずだ。
「全然モンスターがいませんね」
「もーヒマ~! なんか面白いことないの?宝部屋とかありなさいよっ!」
「そー騒ぐでない。もう少し緊張感を持てないのかえ?」
そう、だから今聞こえた声は全然ロウドとロール、ハロルドじゃないし。あの声はマネギル達『獰猛なる牙』なんかじゃない。
「間違いだと言ってくれ……」
もう二度と顔も見たくない奴らとの遭遇の予感に思わずそんな声が漏れる。
「……ファイクさん、あの人達は……」
俺の隣まで来て耳打ちするアイリスに今は反応する気も起きない。
……本当に会いたくない。
しかし、そんな願いは叶うはずもなく。先頭を歩くとても目立つ真紅の鎧を身に纏った男と目が合う。
「どうしてお前らがいるんだ……」
「どうしてファイクがいるんだ?」
図らずも同じタイミングで出た疑問は同じものだった。
・
・
・
「まさかファイクとこんなところで会うとはな。俺たちより先にここにいるってことは『グレータータウロス』を倒したのはお前たちか?」
「……だったらなんだ?」
穏やかな声音で訪ねてくるマネギルに俺は顰めっ面で答える。
一触即発……とまでは言わないが迷宮内に重たい空気が漂う。どういう訳か俺はマネギル達『獰猛なる牙』と鉢合わせてしまった。
……いや、完全攻略を目的として迷宮に潜る事を決めてからマネギル達と鉢合わす可能性はあると思っていた。というかどちらかに不祥事がない限り確実に会うと思っていた。
いくら大迷宮と言えど最深層になればなるほど冒険者の絶対数は減る。加えていくら入り組んでいるとはいえ、奥へと進む道は一つしかない。互いに目的は迷宮の完全攻略なのだ、たどり着く先は同じだ。ずっと迷宮の中にいれば寧ろ、出会わない方が難しいかもしれない。
だから覚悟はしていた。
何処かで目の前にいるコイツらと鉢合わせる事があるだろうと覚悟はしていたのだが、そのタイミングは予想外すぎた。
まさか俺達を追いかける形でコイツらが出てくるなんて思いもしなかった。
「いや、ただの好奇心で聞いただけだ。気に触ったのならすまん」
俺の全く隠す気のない不機嫌極まりない態度をマネギルは気にした様子はない。
そんな奴に違和感を覚える。
「ファイクの癖にその生意気な態度はなんですか!」
「そうよ! ちょっと強い魔導武器を手に入れたからって調子に乗らない方がいいわよ!」
「全くだ。恩を仇で返されるとはこのことかいのう」
後ろから煩わしい声がするが無視する。
クランを抜けると言った時もそうだったが、以前の威圧的な態度が今のマネギルからは感じられない。他の三人は相変わらずのようだが、マネギルは随分と大人しくなったように感じられる。
それこそ昔の……いや、今はそんなことなんてどうでもいい。変わろうが変わらなかろうが今の俺には関係の無い話だ。
「ファイクさん、あの五月蝿いハエ虫を駆除してきていいですか?」
予測外の事態に思考がこんがらがっていると
、隣で様子を伺っていたアイリスが『颶剣グリムガル』に手を掛けて聞いてくる。
彼女の一言で今までうるさかったロウド達が口にチャックをする。
「え!? い、いや……今は止めとこう……」
「了解しました……」
物騒な事を言い始めたアイリスを止めに入るが、彼女は少し不満げだ。
……俺も同じ気持ちだけどなんでアイリスがそんなに殺気立ってるの?綺麗なご尊顔が今は少し怖いですよ?
「……噂は本当だったんだな」
「噂?」
俺達のやり取りを見ていたマネギルは意外そうに目を見開いているが、俺は奴の言葉に要領を得ず眉を顰める。
「お前と『静剣』はクランを結成したんだろ? 探協でかなり話題になっていた」
「……噂になってるのか?」
「今はどうか知らんが、俺達が迷宮に潜るまではお前達の話題で持ち切りだったな。それこそ俺達が迷宮の最深層を更新したことよりもな」
「……」
意外な話を嫌な奴から聞いてしまった。
まさかアイリスがクランを結成しただけで騒ぎになるとは……。
最深層更新の話よりも話題になるってどういうことだよ。
確かに今までソロで活動していたアイリスが突然クランを組むというのはビックなニュースなのかもしれないが、最深層更新が霞むというのは余程のことだ。
「それにしても二人だけのクランで、結成したばかりにも関わらず俺らより早く最深層の到達しているとは恐れ入った。これは思わぬ伏兵だな」
「私とファイクさんならこれくらい余裕です」
マネギルの感心した様子にアイリスは得意気に微笑む。
「……ふっ、良いコンビのようだな」
アイリスの返答が意外だったのかマネギルは一瞬驚くと直ぐに笑みを零す。
そんな二人のやり取りを見ていて気づく。
……そういえばマネギルはアイリスのこと怖がらないな。いつもなら遠目からでも謂れのないことを言われて恐れられているアイリスだがマネギルは至って平然としている。……他のアホ3人組はアイリスを異様に警戒している様子だが。
まあ他の奴らが異常すぎてマネギルの態度が普通なのだが、なんとも変な違和感を覚える。
「いやあ! これはこれは迷宮都市クレバスを代表するSランク探索者のツーショットとは珍しい! 是非写真を一枚撮ってもいいですか!?」
そんなことを考えていると、マネギルの後ろから背丈の小さい男が写真型魔導具のシャッターを切って話に入ってくる。
「答える前に撮るな。俺らの写真は好きに撮ってくれて構わないと言ったが、関係のない奴が勝手に撮られるのは話が違うだろう。今撮った写真は直ぐに消せ」
一瞬洞窟内を照らした光をマネギルは恨めしそうに睨むと、そのままこちらに近づいてきた男の方を見る。
「あはは……申し訳ない! 滅多に並ぶことの無い二人を目の前にシャッターを押す指が止まりませんでした! 確かにダンナの言う通りだ、この写真は消さしていただきます!!」
男はバツが悪そうに被っていたベレー帽を抑えると勢いよく頭を下げる。
「全く……悪いな『静剣』、このバカにはよく言い聞かせておくからどうか許してやってくれ」
「別に気にしていません。強いて言うなら私と貴方のツーショットを撮るのでは無く、私とファイクさんのツーショットを撮ってください。それならいくらでも撮って貰って構いません」
続けて、無礼を働いた同行者(?)と同じように頭を下げたマネギルにアイリスは気にした様子はなく、寧ろ余計なことを言ってのける。
「……で、この人は? 俺の代わりの荷物持ちか?」
それを聞かなかったことして俺はベレー帽の男を見ながらマネギルに説明を求める。
こっちに近づいてくるまで全くマネギル達と一緒にいるなんて気が付かなかった。背丈が小さいからそれで気付かなかったのかもしれないがそれにしても不自然な雰囲気の男だ。
「コイツは──」
「──どーもどーも初めまして! 私の名前はロビンソン・バーベルクです! 『皆さんにお届け世界の大迷宮事情っ!!』でお馴染みのラビリルタイムズ、クレバス支部で記者をやっている者です!!」
「ど、どうも……」
マネギルの言葉を遮ってこっちに迫るように溌剌と自己紹介をしてきたベレー帽の男──ロビンソン・バーベルクは身分を確証づけるために名刺を手渡してくる。
「今回は大迷宮の攻略に決着を付けると仰った、『獰猛なる牙』皆さんの勇姿を直接取材したいと思いまして、無理を言って同行させて貰ったんです! 以後お見知り置きをファイク・スフォルツォさん」
「……俺自己紹介しましたっけ?」
ニコニコと満面の笑みで握手を求めてくるロビンソン・バーベルクの手を握り返すことなく、俺は聞く。
「今も申し上げました通り、私は大迷宮の事や冒険者の事を発信するラビリルタイムズの記者です。ある程度名の知れた探索者さんのお名前とお顔は把握しております」
「ある程度名の知れた……って、俺なんて全然有名じゃないでしょ。この間までしがない『荷物運び』をしてたんですよ?」
「『荷物運び』は『荷物運び』でもSランククランで固定の『荷物運び』をしていたなら十分有名でしょう? 周りの人間はあなたに注目しなくても職業柄情報が命なもので、あなたの事はずっと前から存じていましたよ」
「は、はあ……」
「それに今私、あなたに注目してるんですよ」
「ちゅ……注目ですか?」
捲し立てる彼の言葉に気圧される。
「ええ! 突然『獰猛なる牙』を辞めてソロで活動し始めたと思えば、あの有名な『静剣』アイリス・ブルームとクランを結成した唯一の探索者! 貴方からは唯ならぬビックニュースなオーラを感じます!!」
「……」
なんだよビックニュースなオーラって。
なんて初対面の人間に言えるはずもなく。俺は未だ興奮気味に話すロビンソン・バーベルクに苦笑を浮かべることしかできない。
「そこら辺にしとけ、ファイクがお前のキモさに引いている」
「あだっ!……これは失敬。つい取材したい人と出会うとこうなってしまうのです、どうかお許しを」
話の止まらないロビンソンを見かねたマネギルは彼の頭を軽く小突き止めに入る。
「はあ……」
余りの勢いに呆然と気の抜けた返事しかできない。
驚いた、まさか俺の事をこんなに調べた人間がいたとは……。
Sランククランにいたからと言って、俺はマネギル達みたいに周りから注目されることなんて今まで一度もなかった。なんせ大抵の探索者や都市の人達から顔すら覚えられていなかった。
だから驚いた。ここまで熱心に『獰猛なる牙』について調べあげた人間がいたことに。
「悪いな、こんな奴で俺も困ってるんだ」
「い、いや……大丈夫だ……」
ロビンソンと共に頭を下げて謝罪をしてくるマネギルに一瞬の違和感を感じる。
こうもポンポンと素直に頭を下げて謝られるとコイツが本当にマネギルなのか疑ってしまう。以前のマネギルならばこんな簡単に謝罪なんてしてこなかった。
一体こいつにどんな心境の変化があったんだ?
依然として慣れないマネギルに調子が狂う。
……まるで昔のアイツと話してるみたいだ。
「ロビンソンの所為で随分と話し込んじまったな。この後も攻略は続けるんだろ?」
「……そのつもりだ」
「なら、足止めして悪かったな。俺達はここで少し休んでから行く。……俺が言うのもおかしな話だが攻略頑張れよ」
マネギルから出た言葉は以前のことを考えれば意外でしかない。しかし本心だったのだろう。
俺は久しぶりに奴の言葉を自然と受け取ることができた。
「随分と余裕だな。先に俺達が迷宮を完全攻略しても文句言うなよ?ギル──」
だからだろうか。
つい昔の癖が出てしまった。
「……お前、今の……」
取り繕うとしたところでもう遅い、完全に口に出してしまった。
「──ッチ。どうして今になって昔の癖が出てくるんだ……今のは忘れろ。じゃあなマネギル」
慌てて背を向けて俺は歩き始める。
アイリスが小走りで追いかけてくるが、今はそれに気を使う余裕もない。今すぐ少しでもこの場から立ち去りたかった。
「ちょっと待ったぁああああ!!」
どんどん歩が早くなろうとしたその時に目の前に人が立ちはだかる。
「ファイク・スフォルツォさん! あなたを取材させてください!!」
その人物とはとことん話や行動に割り込んでくるロビンソン・バーベルクだ。
「……は? 何言ってるんですか?」
「取材をさてくださいっ!!」
俺の疑問に目の前の記者は通せん坊してもう一度同じことを言う。
「いや、それは聞こえました。いきなりどうしたんですか? というかバーベルクさんは『獰猛なる牙』の取材中ですよね? それはどうするんですか」
「どっちもします!!」
「……」
何言ってんだこの人……。
支離滅裂な物言いに唖然とする。
「ファイクさん! あなたからはビックニュースな予感がする! 加えて謎に包まれた『静剣』アイリス・ブルームを直接取材できるかもしれないなんて、記者としてこの機会を見逃すわけにはいかないっ!」
「だからってどっちも取材するのは無理でしょう……」
また変なスイッチが入ってしまった彼に俺は再び気圧される。
「協力攻略を組みましょう!!」
「はあっ!?」
突拍子もないその発言に声を荒らげる。
協力攻略とはその名の通り、所属の違うクラン同士が一時的に協力して迷宮を攻略することである。
この協力攻略が起こりうる例として上げられるのは、モンスターハウスやボスモンスターなどの突発的な出来事や単体クランでは対処不可能な出来事が発生した場合などだ。
決してどっちのクランも取材したいからと言って、軽い気持ちで協力攻略なんか組むものでは無い。
「おいロビンソン──」
「──少し黙っててくださいマネギルのダンナ! これはマネギルのダンナ達のためでも有るんですよ!!」
慌ててマネギルが止めに入るがそれは遮られ、もう誰もこの記者を止めるこなどできない。
「どうですか協力攻略! いい案だと思いませんか? 最深層になって出現するモンスターは強敵ばかり! 次の49階層はさらに強いモンスターが出てくることでしょうし、最終層の50階層はターニングポイントでボスモンスターがいるはずです。協力攻略を組む条件としては十分なはずです!!」
どう考えてもこじつけとしか思えない理由に呆れる。確かに言ってることは正しいかもしれない。この先の49と50階層は強力なモンスターがうじゃうじゃ出てくることだろう。
だが──。
「──論外だ」
「……え?」
俺の答えは決まっている。
「世界的に有名なラビリルタイムズの記者に直接「取材をさせてくれ!」と言われるのはとても光栄なことだと思う……けど論外だ。俺は『獰猛なる牙』と協力攻略を組むつもりは無い」
「ど、どうして?」
俺の答えにベレー帽を被った記者は困惑した様子だ。
「簡単な話だ。俺達は『獰猛なる牙』よりも先に、この大迷宮クレバスを完全攻略するためにここに居るんだ。なのに何で完全攻略させたくない奴らと一緒に協力攻略を組んで仲良しこよしをしなきゃいけないんだ。だから論外だ」
「……」
記者のしつこさに怒りを覚え、俺はあからさまな敵意を込めて目の前に棒立ちしている男を睨みつける。
それで怖気付いた男は体を数歩横に動かして道を開ける。
「行こうアイリス」
「は、はい!」
俺はいつものように彼女に声をかけて、今度こそ先へ進むため歩を勧める。
無駄な時間、問答をした。
アイツらと協力攻略?
巫山戯るのも大概にしろよあのベレー帽。
先を進む中、延々と居座り続ける怒りに腹が立った。
「了解致しました!」
殺風景な迷宮内に反響する声。
「「「ギギィィィィィイイイッ!!」」」
両腕に大きく鋭利な鎌を携えた蟷螂型のモンスター『レイジングマンティス』との戦闘は決着を迎えようとしていた。
もう十八番となった拘束系の基礎魔法を駆使して『レイジングマンティス』6体の動きを難なく止める。後は一方的に屠るだけの簡単なお仕事。
数分と経たずに殲滅が完了する。
「ふう……お疲れ様。少し休憩するか?」
「お疲れ様です……そうですね。ここら一帯のモンスターは全て倒しましたし安全マージンは十分に取れてるでしょう。休みましょうか」
戦闘の終了を確認、辺り一帯を警戒して安全を確認してからお互いに労いの言葉をかける。
丁度よく盛り上がった岩場に腰掛けて影の中から水の入ったボトルを2つ取り出す。
「はいこれ」
「ありがとうございます」
その一つをアイリスに投げ渡すと、ボトルを一気に呷る。
常温の物ではあるがモンスターの死骸とゴツゴツとした岩や鉱石しかない迷宮内では贅沢など言っていられない。貴重な水だ、有難く頂く。
現在、大迷宮クレバス48階層。中域の辺りを探索中。『グレータータウロス』との戦いから一週間以上……細かい日数で言えば11日が経過した。
気がつけば最終層と言われる50階層まで残り2層と来ていた。ここまで来るのにもう少し時間がかかると思っていたが、本当になんの問題もなく快調に来ることができた。
最終層間近ということでモンスターの強さも跳ね上がると予想していたがそんなことも無く、『グレータータウロス』と比べると見劣りするモンスターばかりだった。
それに『グレータータウロス』との戦闘を経て、俺とアイリスの連携はモンスターとの戦闘を重ねる毎に洗練されていき、その事が拍車をかけて迷宮攻略は本当に順調だった。
"迷宮に潜る前と比べたらだいぶマシな顔付きになった、魔法もまあやっと見れる程度にはなってきたな"
「……随分と辛口なことで」
ふと聞こえてきた嗄れた声にボソリと返す。
影魔法の習得も順調だ。
『キングスパイキーウルフ』との戦闘以来、新しい『影遊』を覚えることは無かったが、ほとんどの基礎魔法はある程度心像の定着ができたし、実践レベルで問題なく使えるモノに仕上げることができた。
まだ簡単な詠唱は必要だが、目に見える成長を実感していた。
「……」
まさか俺がこんな深い階層まで来れるとはな……。
薄暗い岩肌の天井を仰ぎながらそんなことを考える。
この間までSランククランの『荷物運び』で、録な魔法なんて使えなかった。それが気がつけばこんな深層にいるモンスターと余裕で戦うことができている。
一昔前の俺なら想像だにしなかったことだ。
そんな昔と現実のギャップの所為か、今回の遠征を始めてから時々自分が今何をしているのか分からなくなる時がある。
今のこの感慨もその一種だ。
その感慨の次の瞬間には自分の意識が何処かに飛んでいく錯覚を覚え、無言で上を見つめている。
「……ファイクさん?」
そんなことを数分も続けているとアイリスが不思議そうに俺の名前を呼ぶ。
「……え?」
そこでぼやけていた意識が鮮明になる。
「お疲れでしょうか?」
「ああ、いや。ちょっとぼーっとしてただけ。何だかここにきて実感が湧かなくてさ」
心配そうに眉を顰め、こちらを見つめてくるアイリスに俺は被りを降ってもう一度天井を仰ぐ。
「実感ですか?」
「うん。俺みたいなのがよくこんな深層まで来れたな~って、今更って感じだけど俺が迷宮を攻略できてる実感が湧かなくてさ。たまに自分が今どこにいて何をしているのか一瞬分からなくなるんだ──」
無意識に考えていた事が言葉になり、自分が頭のおかしい事を口にしていることに気がつく。
「──なんてな……ごめん。意味わかんないよな!」
慌てて言葉を切り、アイリスの方に視線を向けて誤魔化すように笑う。
「……いえ。少し……分かるような気がします」
「え?」
しかし彼女から返ってきた答えは意外なものだった。
「私もわからなくなることがあります……ファイクさんとこうして迷宮の攻略を始めてから分からなくなるんです。こんなに幸せでいいのかと……」
「そんな大袈裟な──」
「──いいえ。大袈裟なんかじゃないです」
俺の言葉を遮りアイリスは続ける。
「私は今までずっと一人で迷宮の探索をしていました。好き好んで一人でいた訳ではありません……けれど気がついたら一人でした。だから以前と今のギャップで分からなくなるんです。今こうしてファイクさんと一緒にいられるのは実は夢で、目が覚めてしまえば私はまた一人になってしまうんじゃないかと」
そう語る彼女の瞳は何かに怯えているようで、震えている。
「だからファイクさんの言おうとしていることは何となく分かります」
アイリスは少しの間瞑目をすると、再び真っ直ぐと意志のある瞳でこちらを見る。
「そう……か……」
そこに恐れはもう無く。
優しく顔を綻ばせた彼女に見入ってしまう。
『静剣』様に、俺なんかと一緒にいるだけで『幸せだ』と言われるなんてこれほど光栄なことは無いな。
彼女が対人関係で苦労してきたのは聞いていたが、それで俺と似たような感覚を覚えていたとは思わなかった。
「──」
どれほどそうしていたのか。
実際は数十秒の出来事だったのだろうが、長時間アイリスの方を見つめていた感覚に陥る。
段々とアイリスの顔が赤く朱が刺していくのを見て、彼女の方を凝視しすぎたことに気づく。
「──っ! そ、そろそろ行くか!」
「そ、そうですねっ!」
お互いに目を逸らし態とらしくその場から立ち上がる。
休憩は十分に取れた。
気を取り直して攻略再開だ。
"お前たちはいつも隙があればそうやってイチャつくが飽きないのか?"
「……」
何か聴こえた気がするが無視する。
……いや、本当に気の所為だったのかもしれない。決して嗄れた自称賢者の声なんて聞こえていない。そして別にイチャついてなんかない。
無言を決め込み先へと進もう……とするがアイリスが着いてこない。
「どうしたアイリス?」
立ったままその場から動かず後ろの方を見つめるアイリスに声をかける。
「……」
「?」
しかし彼女は何も答えず人差し指を立てて、それを口元の前に持ってきてサインするだけ。
「静かにしろ」と言うことなのか、俺は首を傾げながらも静かにアイリスの見つめる方向を一緒に見る。
すると遠くからではあるが人の声が聞こえてくる。
「……?」
……人?この深層に?しかも最終層付近の場所だぞ。
最後に人と出会ったのは25階層での3人組のクランの時だ。それ以降は誰とも会っていない。
こんな深い階層まで来れる探索者は限られてくる。
それこそ迷宮都市クレバスにいる全探索者達の中でここまで来れる人間はそういないだろう。考えられるとすればマネギル達『獰猛なる牙』ぐらいのものだ。
……嫌な予感がする。
マネギル達がどう言ったスケジュールで迷宮を攻略しているのかは知らないが、段々とこちらに近づきハッキリとしてくるその声に、俺は嫌な汗が止まらない。
俺の情報が正しければマネギル達は遠征をしていて俺たちよりも先の階層に進んでいるはずだ。だからこの声はマネギル達『獰猛なる牙』では無い……はずだ。
「全然モンスターがいませんね」
「もーヒマ~! なんか面白いことないの?宝部屋とかありなさいよっ!」
「そー騒ぐでない。もう少し緊張感を持てないのかえ?」
そう、だから今聞こえた声は全然ロウドとロール、ハロルドじゃないし。あの声はマネギル達『獰猛なる牙』なんかじゃない。
「間違いだと言ってくれ……」
もう二度と顔も見たくない奴らとの遭遇の予感に思わずそんな声が漏れる。
「……ファイクさん、あの人達は……」
俺の隣まで来て耳打ちするアイリスに今は反応する気も起きない。
……本当に会いたくない。
しかし、そんな願いは叶うはずもなく。先頭を歩くとても目立つ真紅の鎧を身に纏った男と目が合う。
「どうしてお前らがいるんだ……」
「どうしてファイクがいるんだ?」
図らずも同じタイミングで出た疑問は同じものだった。
・
・
・
「まさかファイクとこんなところで会うとはな。俺たちより先にここにいるってことは『グレータータウロス』を倒したのはお前たちか?」
「……だったらなんだ?」
穏やかな声音で訪ねてくるマネギルに俺は顰めっ面で答える。
一触即発……とまでは言わないが迷宮内に重たい空気が漂う。どういう訳か俺はマネギル達『獰猛なる牙』と鉢合わせてしまった。
……いや、完全攻略を目的として迷宮に潜る事を決めてからマネギル達と鉢合わす可能性はあると思っていた。というかどちらかに不祥事がない限り確実に会うと思っていた。
いくら大迷宮と言えど最深層になればなるほど冒険者の絶対数は減る。加えていくら入り組んでいるとはいえ、奥へと進む道は一つしかない。互いに目的は迷宮の完全攻略なのだ、たどり着く先は同じだ。ずっと迷宮の中にいれば寧ろ、出会わない方が難しいかもしれない。
だから覚悟はしていた。
何処かで目の前にいるコイツらと鉢合わせる事があるだろうと覚悟はしていたのだが、そのタイミングは予想外すぎた。
まさか俺達を追いかける形でコイツらが出てくるなんて思いもしなかった。
「いや、ただの好奇心で聞いただけだ。気に触ったのならすまん」
俺の全く隠す気のない不機嫌極まりない態度をマネギルは気にした様子はない。
そんな奴に違和感を覚える。
「ファイクの癖にその生意気な態度はなんですか!」
「そうよ! ちょっと強い魔導武器を手に入れたからって調子に乗らない方がいいわよ!」
「全くだ。恩を仇で返されるとはこのことかいのう」
後ろから煩わしい声がするが無視する。
クランを抜けると言った時もそうだったが、以前の威圧的な態度が今のマネギルからは感じられない。他の三人は相変わらずのようだが、マネギルは随分と大人しくなったように感じられる。
それこそ昔の……いや、今はそんなことなんてどうでもいい。変わろうが変わらなかろうが今の俺には関係の無い話だ。
「ファイクさん、あの五月蝿いハエ虫を駆除してきていいですか?」
予測外の事態に思考がこんがらがっていると
、隣で様子を伺っていたアイリスが『颶剣グリムガル』に手を掛けて聞いてくる。
彼女の一言で今までうるさかったロウド達が口にチャックをする。
「え!? い、いや……今は止めとこう……」
「了解しました……」
物騒な事を言い始めたアイリスを止めに入るが、彼女は少し不満げだ。
……俺も同じ気持ちだけどなんでアイリスがそんなに殺気立ってるの?綺麗なご尊顔が今は少し怖いですよ?
「……噂は本当だったんだな」
「噂?」
俺達のやり取りを見ていたマネギルは意外そうに目を見開いているが、俺は奴の言葉に要領を得ず眉を顰める。
「お前と『静剣』はクランを結成したんだろ? 探協でかなり話題になっていた」
「……噂になってるのか?」
「今はどうか知らんが、俺達が迷宮に潜るまではお前達の話題で持ち切りだったな。それこそ俺達が迷宮の最深層を更新したことよりもな」
「……」
意外な話を嫌な奴から聞いてしまった。
まさかアイリスがクランを結成しただけで騒ぎになるとは……。
最深層更新の話よりも話題になるってどういうことだよ。
確かに今までソロで活動していたアイリスが突然クランを組むというのはビックなニュースなのかもしれないが、最深層更新が霞むというのは余程のことだ。
「それにしても二人だけのクランで、結成したばかりにも関わらず俺らより早く最深層の到達しているとは恐れ入った。これは思わぬ伏兵だな」
「私とファイクさんならこれくらい余裕です」
マネギルの感心した様子にアイリスは得意気に微笑む。
「……ふっ、良いコンビのようだな」
アイリスの返答が意外だったのかマネギルは一瞬驚くと直ぐに笑みを零す。
そんな二人のやり取りを見ていて気づく。
……そういえばマネギルはアイリスのこと怖がらないな。いつもなら遠目からでも謂れのないことを言われて恐れられているアイリスだがマネギルは至って平然としている。……他のアホ3人組はアイリスを異様に警戒している様子だが。
まあ他の奴らが異常すぎてマネギルの態度が普通なのだが、なんとも変な違和感を覚える。
「いやあ! これはこれは迷宮都市クレバスを代表するSランク探索者のツーショットとは珍しい! 是非写真を一枚撮ってもいいですか!?」
そんなことを考えていると、マネギルの後ろから背丈の小さい男が写真型魔導具のシャッターを切って話に入ってくる。
「答える前に撮るな。俺らの写真は好きに撮ってくれて構わないと言ったが、関係のない奴が勝手に撮られるのは話が違うだろう。今撮った写真は直ぐに消せ」
一瞬洞窟内を照らした光をマネギルは恨めしそうに睨むと、そのままこちらに近づいてきた男の方を見る。
「あはは……申し訳ない! 滅多に並ぶことの無い二人を目の前にシャッターを押す指が止まりませんでした! 確かにダンナの言う通りだ、この写真は消さしていただきます!!」
男はバツが悪そうに被っていたベレー帽を抑えると勢いよく頭を下げる。
「全く……悪いな『静剣』、このバカにはよく言い聞かせておくからどうか許してやってくれ」
「別に気にしていません。強いて言うなら私と貴方のツーショットを撮るのでは無く、私とファイクさんのツーショットを撮ってください。それならいくらでも撮って貰って構いません」
続けて、無礼を働いた同行者(?)と同じように頭を下げたマネギルにアイリスは気にした様子はなく、寧ろ余計なことを言ってのける。
「……で、この人は? 俺の代わりの荷物持ちか?」
それを聞かなかったことして俺はベレー帽の男を見ながらマネギルに説明を求める。
こっちに近づいてくるまで全くマネギル達と一緒にいるなんて気が付かなかった。背丈が小さいからそれで気付かなかったのかもしれないがそれにしても不自然な雰囲気の男だ。
「コイツは──」
「──どーもどーも初めまして! 私の名前はロビンソン・バーベルクです! 『皆さんにお届け世界の大迷宮事情っ!!』でお馴染みのラビリルタイムズ、クレバス支部で記者をやっている者です!!」
「ど、どうも……」
マネギルの言葉を遮ってこっちに迫るように溌剌と自己紹介をしてきたベレー帽の男──ロビンソン・バーベルクは身分を確証づけるために名刺を手渡してくる。
「今回は大迷宮の攻略に決着を付けると仰った、『獰猛なる牙』皆さんの勇姿を直接取材したいと思いまして、無理を言って同行させて貰ったんです! 以後お見知り置きをファイク・スフォルツォさん」
「……俺自己紹介しましたっけ?」
ニコニコと満面の笑みで握手を求めてくるロビンソン・バーベルクの手を握り返すことなく、俺は聞く。
「今も申し上げました通り、私は大迷宮の事や冒険者の事を発信するラビリルタイムズの記者です。ある程度名の知れた探索者さんのお名前とお顔は把握しております」
「ある程度名の知れた……って、俺なんて全然有名じゃないでしょ。この間までしがない『荷物運び』をしてたんですよ?」
「『荷物運び』は『荷物運び』でもSランククランで固定の『荷物運び』をしていたなら十分有名でしょう? 周りの人間はあなたに注目しなくても職業柄情報が命なもので、あなたの事はずっと前から存じていましたよ」
「は、はあ……」
「それに今私、あなたに注目してるんですよ」
「ちゅ……注目ですか?」
捲し立てる彼の言葉に気圧される。
「ええ! 突然『獰猛なる牙』を辞めてソロで活動し始めたと思えば、あの有名な『静剣』アイリス・ブルームとクランを結成した唯一の探索者! 貴方からは唯ならぬビックニュースなオーラを感じます!!」
「……」
なんだよビックニュースなオーラって。
なんて初対面の人間に言えるはずもなく。俺は未だ興奮気味に話すロビンソン・バーベルクに苦笑を浮かべることしかできない。
「そこら辺にしとけ、ファイクがお前のキモさに引いている」
「あだっ!……これは失敬。つい取材したい人と出会うとこうなってしまうのです、どうかお許しを」
話の止まらないロビンソンを見かねたマネギルは彼の頭を軽く小突き止めに入る。
「はあ……」
余りの勢いに呆然と気の抜けた返事しかできない。
驚いた、まさか俺の事をこんなに調べた人間がいたとは……。
Sランククランにいたからと言って、俺はマネギル達みたいに周りから注目されることなんて今まで一度もなかった。なんせ大抵の探索者や都市の人達から顔すら覚えられていなかった。
だから驚いた。ここまで熱心に『獰猛なる牙』について調べあげた人間がいたことに。
「悪いな、こんな奴で俺も困ってるんだ」
「い、いや……大丈夫だ……」
ロビンソンと共に頭を下げて謝罪をしてくるマネギルに一瞬の違和感を感じる。
こうもポンポンと素直に頭を下げて謝られるとコイツが本当にマネギルなのか疑ってしまう。以前のマネギルならばこんな簡単に謝罪なんてしてこなかった。
一体こいつにどんな心境の変化があったんだ?
依然として慣れないマネギルに調子が狂う。
……まるで昔のアイツと話してるみたいだ。
「ロビンソンの所為で随分と話し込んじまったな。この後も攻略は続けるんだろ?」
「……そのつもりだ」
「なら、足止めして悪かったな。俺達はここで少し休んでから行く。……俺が言うのもおかしな話だが攻略頑張れよ」
マネギルから出た言葉は以前のことを考えれば意外でしかない。しかし本心だったのだろう。
俺は久しぶりに奴の言葉を自然と受け取ることができた。
「随分と余裕だな。先に俺達が迷宮を完全攻略しても文句言うなよ?ギル──」
だからだろうか。
つい昔の癖が出てしまった。
「……お前、今の……」
取り繕うとしたところでもう遅い、完全に口に出してしまった。
「──ッチ。どうして今になって昔の癖が出てくるんだ……今のは忘れろ。じゃあなマネギル」
慌てて背を向けて俺は歩き始める。
アイリスが小走りで追いかけてくるが、今はそれに気を使う余裕もない。今すぐ少しでもこの場から立ち去りたかった。
「ちょっと待ったぁああああ!!」
どんどん歩が早くなろうとしたその時に目の前に人が立ちはだかる。
「ファイク・スフォルツォさん! あなたを取材させてください!!」
その人物とはとことん話や行動に割り込んでくるロビンソン・バーベルクだ。
「……は? 何言ってるんですか?」
「取材をさてくださいっ!!」
俺の疑問に目の前の記者は通せん坊してもう一度同じことを言う。
「いや、それは聞こえました。いきなりどうしたんですか? というかバーベルクさんは『獰猛なる牙』の取材中ですよね? それはどうするんですか」
「どっちもします!!」
「……」
何言ってんだこの人……。
支離滅裂な物言いに唖然とする。
「ファイクさん! あなたからはビックニュースな予感がする! 加えて謎に包まれた『静剣』アイリス・ブルームを直接取材できるかもしれないなんて、記者としてこの機会を見逃すわけにはいかないっ!」
「だからってどっちも取材するのは無理でしょう……」
また変なスイッチが入ってしまった彼に俺は再び気圧される。
「協力攻略を組みましょう!!」
「はあっ!?」
突拍子もないその発言に声を荒らげる。
協力攻略とはその名の通り、所属の違うクラン同士が一時的に協力して迷宮を攻略することである。
この協力攻略が起こりうる例として上げられるのは、モンスターハウスやボスモンスターなどの突発的な出来事や単体クランでは対処不可能な出来事が発生した場合などだ。
決してどっちのクランも取材したいからと言って、軽い気持ちで協力攻略なんか組むものでは無い。
「おいロビンソン──」
「──少し黙っててくださいマネギルのダンナ! これはマネギルのダンナ達のためでも有るんですよ!!」
慌ててマネギルが止めに入るがそれは遮られ、もう誰もこの記者を止めるこなどできない。
「どうですか協力攻略! いい案だと思いませんか? 最深層になって出現するモンスターは強敵ばかり! 次の49階層はさらに強いモンスターが出てくることでしょうし、最終層の50階層はターニングポイントでボスモンスターがいるはずです。協力攻略を組む条件としては十分なはずです!!」
どう考えてもこじつけとしか思えない理由に呆れる。確かに言ってることは正しいかもしれない。この先の49と50階層は強力なモンスターがうじゃうじゃ出てくることだろう。
だが──。
「──論外だ」
「……え?」
俺の答えは決まっている。
「世界的に有名なラビリルタイムズの記者に直接「取材をさせてくれ!」と言われるのはとても光栄なことだと思う……けど論外だ。俺は『獰猛なる牙』と協力攻略を組むつもりは無い」
「ど、どうして?」
俺の答えにベレー帽を被った記者は困惑した様子だ。
「簡単な話だ。俺達は『獰猛なる牙』よりも先に、この大迷宮クレバスを完全攻略するためにここに居るんだ。なのに何で完全攻略させたくない奴らと一緒に協力攻略を組んで仲良しこよしをしなきゃいけないんだ。だから論外だ」
「……」
記者のしつこさに怒りを覚え、俺はあからさまな敵意を込めて目の前に棒立ちしている男を睨みつける。
それで怖気付いた男は体を数歩横に動かして道を開ける。
「行こうアイリス」
「は、はい!」
俺はいつものように彼女に声をかけて、今度こそ先へ進むため歩を勧める。
無駄な時間、問答をした。
アイツらと協力攻略?
巫山戯るのも大概にしろよあのベレー帽。
先を進む中、延々と居座り続ける怒りに腹が立った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
ファンタジー
「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる