元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

26話 深層攻略

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「……モンスターいねえな……」

 一日の休息を経て、俺は大迷宮の完全攻略兼上に戻るための脱出方法を見つけるため、51階層の探索を始めた。

 要領はいつもの探索と何ら変わりはしない。50階層のさらに下、異例の51階層と言えどその見た目は普通の大迷宮そのものだ。何なら安心感さえ覚える……いや、それは盛ったがまあいい。

 丁寧にマッピングをしながら無数に続く道を進んでいた。

「警戒は怠るな。それから課題の方もな」

「わーってるよ」

 セーフティポイントを出て探索を初めてからおよそ30分。未だ気配すら感じないモンスターに違和感を覚えながらも、俺はスカーの本日の課題をこなしていた。

「てかこの課題今更過ぎないか? 魔力を常時体内に流すなんて一番最初にやった課題じゃないか」

 本日のスカーの課題は身体の中に常に魔力を一定以上熾した状態での迷宮探索。

 これは初めてスカーと迷宮に潜った時にやった課題の一つだ。目的としては魔力の感覚を常に意識して、魔力を動かす感覚を掴むため。

 本格的に大迷宮の攻略を始めてからは、魔力の感覚もだいぶ掴み、消費を最小限にするため最近ではやっていなかったが、今回提示されたスカーの課題はこれだった。

「今更か……確かに今更かもしれないが、お前は少しこの技術を変に捉えてしまっている」

「どういうことで?」

 歩きながらスカーの言葉に首を傾げる。

「お前はこの魔力を体内に熾す──『魔力循環』をどう捉えている?」

「ああ、これそんな名前だったのね……えーと、魔法を使うための下準備みたいなもんだと思ってたけど……違うのか?」

 ここに来ての新しい情報に少し驚きながら答える。

 魔法とは魔力がなければ始まらない。当然のことだが、重要なことだ。魔力を燃料として魔法は発現・活動をする。

 魔法を十分に使えるようになって気づいたことがある。それは人が身一つで魔法を使うのと、魔導具を経由して魔法を使うのは対して違いがないこと。細かく言えばゴロゴロとその差異は多く見えてくるが根本的には何ら変わりはない。

 自分の身体を媒介にして魔法を発言させるか、魔導具を媒介に魔法を使うかの違いだ。媒体は違えどプロセスは同じだ。どちらも十分な魔力を溜め込んだ状態でなければ魔法を使うことはできない。身体と魔導具の両者はどちらも魔力を溜め、放出するという性質を持っており、魔法を使うことだけを考えればどちらを媒介にしても同じような事が起きているのだ。

 だから俺はこの『魔力循環』を魔法を使うための最初の準備だと認識している。

「近からず遠からず……だな。やはり悪い認識をしてしまっているか。いいか、まず理解して欲しいのは『魔力循環』も魔法の一つということだ」

「えっ、そうなのか?」

 まさかの事実に目を見開く。

「はあ、お前にはもっと根本的な事から魔法を教えるべきだったか? こんなの常識で……いや……あんな魔導具オモチャを使ってればこんな基礎的なことも知識としてなくなってしまうか……。まあいい、何も魔力を表に吐き出すだけが魔法ではないということだ」

 悲観した声音でスカーは続ける。

「なぜ驚異的な身体能力を持つモンスターに人間は対等に戦うことができると思う?」

「何故って……そりゃあ魔法があるからだろ」

「正解だが不十分だ。基本的にお前が思う表に出す魔法があっても根本的な身体能力の差は埋めることができない。地力に大きな差異があれば俺たち人間は魔法を使う前にモンスターに蹂躙されるだけだ」

「──」

 俺の答えに首を横に振るスカーを見てさらに考えてみる。

 元々、モンスターと人間に大した身体能力の差はない?
 ……ありえないな。身体能力だけで言えば人間はモンスターに勝てない。ゴブリンくらいならば何とか倒せないこともないが、無事ではすまないだろう。
 魔導具……は昔は無いから、今スカーが求めてる答えとしては不正解だろう。

「──ダメだわからん。答えは?」

 少しの間、瞑目して考えてみるが答えは出ない。

「簡単だ。お前が今やっている『魔力循環』による身体能力の強化だ」

「……は? そんなのやってないし、覚えがないぞ」

 スカーの答えに俺は眉を顰める。

「お前の今やっている『魔力循環』が身体強化魔法なんだ。魔力には不思議な性質あってな、生物の身体を賦活させる性質があるんだ。それを身体の中に満遍なく循環させることにより身体能力を向上させることが出来るんだ」

「初耳なんだが……」

 次から次へと出てくる新事実にもう驚くのをやめて、呆れてくる。

「お前は『魔力循環』を魔法の下準備と言った。それも正解だがその実、『魔力循環』とは身体強化魔法と呼ばれる魔法の一つで、魔法戦闘を行う上で一番大事な魔法なんだ」

「……おいクソジジイ、何故そんなに大事な事を今更しっかりと説明してんだ?」

 調子よくペラが回るスカーに圧をかける。

 色々と順番がおかしい。どうしてこんな大事なことを最初に教えてくれなかったんだ。

「……常識だと思って……」

「こんな時だけ汐らしく言ってんじゃねえッ! お前これ滅茶苦茶大事じゃねえか!」

 ついには我慢が効かず自分の影に向かって怒鳴る。

 しかし、文句ばかり言っていても始まらない。この爺さん、知識は豊富だが常識は全くない。いや、千年も昔の常識しかなくて、今の常識と比べればその差異が大きすぎる。

 魔法技術の停滞をどうにかしたいと言っていたのに、今のような意識ではいけないのではなかろうか?

「……はあ、まあいい。言ってても仕方がない、続きを頼む」

「う、うむ──」

 珍しく反省した様子のスカーは再び教鞭を執る。

「──当然、この『魔力循環』は魔力を持っている者ならば誰もが扱うことができる。根本的な技術としての知識は失われていても、今を生きている人間、主に魔導具を頻繁に使う探索者たちは無意識に不出来ではあるが『魔力循環』のコツを掴み、扱えている。しかしファイク、お前の場合は話が別だ」

「といいますと?」

 再び真面目な様子で話すスカーに聞く。

「お前の場合は魔力を扱うことが無さ過ぎて『魔力循環』が下手すぎる。魔法の習得を初めてからはだいぶマシにはなってきたが、それは他の探索者達の無意識に行っている『魔力循環』と比べれば天と地ほどの差がある。そこら辺にいる子供よりも下手かもしれないな」

「……」

 返ってきたスカーの手厳しいその発言に絶句する。

 最近、この『魔力循環』も慣れたものだと思い始めてきた。
 しかし、そう思ってた矢先のスカーの今の手厳しい言葉。かなりメンタルに来た。

「魔法を使えるレベルまでには至ってるが、今の練度では大して身体には影響がないし、『魔力循環』の真価は発揮されていない。これを習得できれば変なところで骨を折ることも無くなるし、魔法の強度、自由度も跳ね上がる。いい機会だからここらで復習をする。そう思ってのこの課題だ」

「……なるほど」

 とどめの一撃に、スカーの説明で俺は今回の課題設定の理由を理解し、頷く。

 全くもってさっきまでのイキってた自分の考えが恥ずかしい。
 慣れてきていると思っていたら、そこら辺にいる魔導具が使える子供より『魔力循環』が下手くそだって?

 そりゃあズタボロに黒い牛頭人にやられる訳だ。

 よく考えなくても、今まで魔法とは無縁の生活を送ってきた。自分で魔力を流して魔導具なんて使った事が無かったし、魔力の感覚なんて最近覚えたばかりなのだ、調子になんて乗っていられらない。

 俺は誰よりも本物の魔法に触れるのが遅かったんだ。一ヶ月やそこいらで今まで魔法を使っていた人間に追いつけるはずがない。手に入れた浅はかな力に驕らず、誰よりも貪欲に魔法について知識を深め、研鑽させていく必要がある。

 最近の俺にはその姿勢が圧倒的に足りなかった。

 やることは既に決まっている。
 そのための方法も分かっている。

「……それで? 今んとこいつも通りに『魔力循環』をやってるだけだけど、こっからどうすればいいんだ?」

「ふむ。身体も魔力で温まってきたな。それでは本格的に課題に取り掛かるぞ」

「おう」

 考えを改め、気を引き締める。

 前のような温い思考じゃ駄目だ。もう50階層の時みたいな後悔はしたくない。大切な人を失うなんて、結果的になかった事でも、あんな最悪な気分になるのは御免だ。

 そう思い、スカーの次の言葉を聞こうとした瞬間だった。

「っ!!」

「隠れろっ!」

 突如、前方から凄まじい威圧感を感じる。
 スカーの声で近くにあった岩場に身を隠す。

 気配を悟られないように慎重に岩陰から威圧感の正体を探る。

 するとそこには一体のモンスターが跋扈していた。

「……なんだ? 初めて見るモンスターだ……」

 距離はまだ十分にある。
 その証拠にモンスターはこちらにまだ気づいていない。だがそれを差し引いても分かる巨体。赤、紫、緑……とカラフルな色の斑点模様の肌は見ているだけで色覚を混乱させる。柔らかく弛むその丸い体躯は、斑点模様さえなければ愛くるしい見た目だ。
 一言で言い表すならばそれは蛙によく似たモンスターだった。

「『スラッジフロッグ』か、久しぶりに見たな」

 そんな未知のモンスターを注意深く観察していると、スカーが懐かしそうにそう言った。

「知ってるのか?」

「ああ。昔によく戦ったモンスターだ。アイツはこう言った薄暗い湿った所に好んで生息していてな。なんだ知らないのか?」

「知らん。初めて見る。それにしても気持ち悪い見た目してんな」

 こんなモンスター、古い図鑑にも載ってないぞ。スカーは今まで上の階層で出てきたモンスターの事は全く知らない様子だった。それなのにどうしていきなりここに来てスカーが知っていて、俺の知らないのモンスターが出てくるんだ?

「猛毒があるから気をつけろよ。あいつが吐き出す毒玉に掠っただけでも丸3日は動けなくなる、全身に喰らえば死ぬぞ」

「……ちなみにどれくらいの強さだ? 俺一人でも殺れそうか?」

「そうだな……強さで言えば50階層で戦ったあの牛頭人と同等……いやそれ以上かもな」

「……」

 親切に注意点を教えてくれるスカーの答えはとても残酷なもので、残酷すぎて返す言葉も出ない。

 いやいや、あんなゆるい見た目してあの黒い牛頭人と同等、それ以上の強さってどういうことだよ?嘘だろおい。嘘だと言ってくれ……。

 のペ~っとした呑気な表情からは全く想像のつかない、その予想外のスカーの評価に頭を抱えたくなるがそんなことをしている場合ではない。

「……とりあえず逃げる方針でいいんだよな?」

「そうだな。今のお前の強さでは無謀もいいところだ。まずはしっかりと基礎を固める」

「だよな……」

 スカーの返答に俺はホッと胸を撫で下ろす。また、いつものようにGOサインを出すかと思っていたが、最悪の答えは間逃れた。

「だが逃げるにしてもただ逃げるだけでは意味が無い。課題に取り掛かるぞ」

「こんな時にかよ!?」

 思わず声をあげてしまう。

「……ゲ?」

 俺の声は遠くまで反響してまん丸した巨大なカエルまで届く。そこでカエルはこちらに気づく。

「走れ!」

「クソがっ!」

 透き通るような黒い瞳に見つめられたと同時に岩陰から飛び出し走る。

「よし、それじゃあ走りながら説明をするからな」

「あーーーそうだった! お前はそういう奴だったよっ!!」

 背後から嫌に響く地鳴りと威圧感。そのゆったりボディからは考えられない速度で迫ってくるカエルに必死に逃げる中、スカーは呑気に説明を始める。

 ちょっとはこれまでのことを反省していると思っていたが、前言撤回だ。このクソジジイ、根本的な考え方は全く変わってねぇ。

「いいか。『魔力循環』のポイントは2つだ。一つは身体に熾す魔力の総量、そして精密な魔力操作。今熾してるそんなちっぽけな魔力量じゃ全く足りない。もっと体内に魔力を熾せ」

 全速力で走りながら、スカーの言葉は聞き逃さない。身体の奥底に未だ眠っている魔力を一気に熾す。

 魔力とはその個体によって総量が変わる。先天的に大量の魔力を有している者もいれば、後天的に魔力量を増やした者もいるのだという。

 俺の場合は前者、先天的に膨大な魔力量が備わっていたらしい。それこそ自分自身で魔力の総量を推し量れない程に。

 大抵の人間は自分の魔力の総量と言うのを感覚で理解できる。しかし俺にはそれができない。その膨大すぎる量と、今まで魔力をまともに扱って来なかったか事が、魔力総量を判断できない理由ではないかとスカーは言っていたが、よく覚えていない。

 魔力とは原動力、力の本質なのだという。膨大な魔力を制御できなければ身を滅ぼす。そういうモノらしい。

 だから今まで何度も過剰な一点の魔力放出、魔力制御不足で何度か身を滅ぼしそうになったことがある。『キングスパイキーウルフ』や50階層の牛頭人がいい例だ。スカーが魔力操作を重視する最大の理由はコレだ。

 自滅をしないためにスカーは魔力制御を一番に重視する。

 その所為か、俺は平静を保っている時は身体に熾す魔力をいつも最小限に抑えてきた。身体中に満遍なく、薄く行き渡らせる、そんな感覚で。なぜならその方が魔力操作も容易だし、自滅の可能性は無いから。

『キングスパイキーウルフ』や黒の牛頭人との戦闘で、無意識に暴走して魔力を熾し過ぎることはあった。そんな時は決まって死にそうなほどの苦痛に襲われ、意識が飛んだ。

 怖かった。
 死ぬのが怖かった。
 誰だって死ぬのは怖い。
 当たり前だ、誰だって消えたくない。

 でも──。

「これでいいかッ!?」

 ──大切な何かを失うことの方がもっと怖かった。

 身体の奥底から無限と思えるほどの魔力が溢れ出す。腕が足が、顔が腹が、胸が熱く滾る。

 臨界点を超える。
 脳が焼き切れるようにチリチリと熱くなる。
 視界も薄らと霞んできた。

「出しすぎだ。少し抑えろ……そうそんなもんで十分だ。今のお前ならそこら辺が限界だ」

 叫んだ声に反射してスカーの声がする。

 そこで飛びかけた平静を取り戻し、どこかから溢れ出す魔力の蛇口に固く栓を閉める。

「おお……すげえな。頭痛が無くなった! さすが賢者さま」

「無駄口を叩くな。その感覚をよく覚えろ。これからは常にそれ位の魔力量を意識して『魔力循環』させろ」

「へーい──」

 再び意識が冴えたところで軽口を叩いていると背後からの地鳴りが近くなっていることに気がつく。

「ゲコガッッッ!!」

 背後からカエルの間抜けな声がしたかと思えば、奴の口からドス黒い泥の玉が吐き出される。

「──ッぶね!?」

 それを少し横に飛んでスレスレで躱す。

「し、死ぬかと思った……」

 至近距離、しかもかなりの速度で迫ってくる泥の玉を躱せたことに驚く。正直、死んだと思った。これが『魔力循環』による身体強化か?

「今の状態ならアレぐらいの速さは余裕だ」

 カエルから逃げるため、速度を上げて走っているとスカーは続ける。

「次のステップだ。今お前の全身には莫大な魔力が内包された状態だ。その魔力をより強化したい部位に移動させる」

「移動?」

「さっき魔力は生物の身体を賦活させる性質があると言ったろう。その性質は魔力が一点に集まれば集まるほど強くなる。その性質を利用してある特定の部位に魔力を集中的に移動させて跳躍的な身体強化をする。今回の場合なら両脚だな。やってみろ。感覚はいつも影魔法を使う時と変わらん。表に出すか内に留めるかの違いだ──」

「……」

 聞くより、慣れろ、だ。
 言われた通り、両脚に魔力を集中させていく。

 不明瞭な力の波を掴む。
 依然として熱く滾るその波は一定のリズムで血液のように身体の中を波打つ。心像イメージは必要ない。ただその波のリズムに合わせて動かすだけだ。

 煮えるような全身の熱量が両脚、膝から爪先まで落ちてくる。

 そこで『循環』は完了する。

「───っは…………」

 瞬間、駆ける足が地面を抉る。

 激しい強風の追い風に後押しされるように俺の身体だけが加速を開始する。

「ゲコッ!?」

 空中に舞い散る抉れた地面と砂埃が真後ろにまで迫ってきたカエルを襲う。

 後ろを振り向くことは無い。
 いや……振り向く余裕などあるはずが無い。

「やべ……は、速いッ……!!」

 初めて体験する速度。
 瞬きした次には自分が何処を走っているのか少しだけ分からなくなる。

 両脚は活力に満ちる。
 このままどこまでも延々と走っていられそうだ。

 10秒後には、後ろにいたはずのカエルの姿は消え去っていた。
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