元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

27話 問題発生

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「はあ……はあ……!!」

 呼吸が乱れる。

「バテるな。腕力に六割、残りは全体に回せ」

 体内を激しく駆け巡る大量の魔力をスカーの指示どうりに循環させていく。

「ゲコガッッ!」

 不気味な斑点模様をチラつかせたカエルは間抜けな声で、上空からダイブしてくる。

「ッら!!」

 それを正面から黒剣で受け止め、弾き返す。

「締めだ。腕力8、脚力2で終わらせろ」

「ああ!」

 再び、魔力を循環させる。
 その間1秒、熱く滾る魔力で自然と汗が吹き出る。

「死ねデブガエル!」

『魔力循環』によって強化された脚力で、地面一蹴りで弾き飛ばしたカエルの目の前まで躍り出る。その勢いのままカエルの懐まで飛び込み、潜影剣を横一閃に振り抜く。

 体内に循環する殆どの魔力が腕力に集約し、そこから放たれた斬撃は、驚くほど柔軟で斬撃を受け付けず、斬り伏せる事が困難なカエルの身体を容易く引き裂き、真っ二つにする。

「ゲッ………!!!」

 短い断末魔と共に、風船のような破裂音が迷宮内に反響する。

「ふう……やっと倒せた……」

「ご苦労さん。今の『魔力循環』は上出来だ。循環にラグも少なく、俺の指示に直ぐに対応できていた。これなら先に進んでもなんとかなるだろう」

 忌々しいカエルが確実に死んだことを確認して一息つく。

 現在、大迷宮クレバス深層第51階層。ここの探索を始めてから約二ヶ月。

「……そうか、やっと先に進めるんだな」

「ああ。この短期間でよくここまで上達したもんだ」

「お褒めいただき光栄ですな」

 俺は先の階層に進むことなくこの51階層で魔法の修行をしていた。

 どうして二ヶ月という長い時間が経ったにも関わらず、まだ51階層にいるのか?

 理由は簡単。
 俺が思っていた以上に51階層は魔境だったのだ。というのもここに出現するモンスターは全て50階層で戦った牛頭人と同レベル、それ以上の強さを持っていた。今の俺の強さでは到底まともに攻略をするのは不可能などころか、即死必須の鬼畜ぶり。

 早急な俺自身の能力強化が必要だった。

 以前のような、迷宮を攻略しながらの鍛錬ではなく、集中的な鍛錬による強化。そうしなければこんな魔境で生き抜くことは不可能だと、肌で感じた俺たちは命懸けの鍛錬を始めた。

 この2ヶ月で行った鍛錬は一つのみ。徹底的に『魔力循環』の練度を磨き続けた。安定した循環技術、瞬時の魔力移動、精密な魔力操作……『魔力循環』の鍛錬一つで多くの技術が以前よりも進歩した。

 鍛錬の相手は言わずもがな、51階層にいるバケモノ達。

 この51階層には今倒したカラフルな斑点模様のカエル『スラッジフロッグ』をはじめとして、様々なモンスターが生息していた。その全てが俺の知識や図鑑にも載っていない未知のモンスター。

 黄土色の肌と一つ目が特徴的な巨人『アゴニーサイクロプス』や、鋼のような硬い鱗を持つ大蛇『ロックケイブスネイク』、百単位で群れをなす軍隊のような統率力と破壊力を兼ね備えた蟻『チャリオットアント』など、例を上げればキリが無いほどのモンスターが生息していた。

 そんな知りもしないモンスター達の名前や特性をどうして知っているのか?

 実際にこの2ヶ月間ビッシリと戦闘をした鍛錬相手だ、その特徴や習性、特性なんかは嫌でも頭に叩き込まれる。そんな嬉しくもなんともない理由もあるが、どういう訳か今例に上げたモンスター達含めてこの階層に存在する未知のモンスターをスカーは全て知っていたのだ。

 奴が言うにはこの51階層にいるモンスターは全て自分が生きていた頃によく戦ったヤツらだという。

 500年という昔から更新され続けている図鑑にも載っていない、歴史の記録から消えたモンスター達。この51階層にはそんなのがわんさかといる。

 俺はそんなヤツら相手に2ヶ月間、地獄の鍛錬を続けた。

 そして今、やっとその地獄から開放されたのだ。

「俺はもう捕まったら即人生終了ゲームオーバーの鬼ごっこをしなくていいし、循環調整を間違えれば即人生終了ゲームオーバーの組手をしなくて済むんだな……」

 この2ヶ月間で行った鍛錬の中で特に印象(キツかった)に残った鍛錬を思い返しながらボヤく。

「少しでも実力不足だと感じたら直ぐに集中鍛錬をさせるからな。先に進めるからと言って、気を抜いて精進を怠るなよ」

「う……ウッス……」

 そんな安堵しきった俺に水を差すスカーの一言で身が引き締まる。

 確かに気など抜いていられない。
 この2ヶ月で強くなったとは言え、それはこの51階層でようやく通用する程度の話だ。この先の52、53と続く階層でここで出でるくるモンスターよりも強いのが出てくるのは分かりきっている。

 いちいち、下の階層に行ってからその階層のモンスター達と互角に戦えるようになるまで、今回のような集中鍛錬を行っていたら、時間がいくらあっても足りない。

 常に現状に満足せず、強さを追い求めなければ、ここから外に出るのに何十年とかかってしまう。それは御免だ。俺にはまだやらなければいけない事が沢山あるんだ。

「……とりあえずセーフティポイントに戻って、テントやら何やらの片付けをしなきゃな」

「『魔力循環』で脚力を強化すれば直ぐだ。常に鍛錬。この感覚を忘れるなよ」

「分かってるっての、この2ヶ月間で耳にタコができるほど聞いたわ」

「それならいい」

 そんなやり取りをしながら身体に残っている魔力を循環させる。

 スカーの言っていた通り『魔力循環』で両脚全体に魔力を集約させて強化をする。人並みの能力を超えた、その脚力で颯爽とセーフティポイントへと走り出す。

 長かったが、ようやく攻略再開だ。
 早くこんなところ攻略して、アイリスに無事を伝えたい。

 ・
 ・
 ・

 そこからの攻略は支障なく進んだ。

 鍛錬の合間に階層のマッピングを全て終わらせていた51階層は、拠点の撤収を終わらせた2時間後には完全攻略をして次の階層へと行くができた。

 続く52、53、54階層も予想通り51階層よりも一癖も二癖もあるモンスターがわんさかと出てきたが、全く対処出来ないと言うわけでもなく。集中鍛錬で獲得した『魔力循環』をフルに活用して、時間がかかりながらも着実に攻略を進めて6日で踏破できた。

 そんなこんなで現在、代迷宮クレバス深層第55階層セーフティポイントにいるわけだが、俺はここにきて足止めをくらっていた。

「マジかよ……」

「ふむ……逝ったか」

 何が起きたのかと言うと、俺が愛用していた懐中時計が壊れたのだ。

「……食料ももう無い」

 加えて何とか食い繋いでいた食料が遂に底をついた。

 悪いこととは連鎖するもので、55階層に着いてそうそう俺の気分はどん底だった。

「食料は何となく分かってた……でも時計が逝くとは思わねぇよ……。時間感覚を完全に失ったのは精神的にヤバいぞ……」

 惰性で拠点の設営を終えて、少しでも心を落ち着けるために焚き火の前で暖を取る。しかし、俺の気分は沈む一方だった。

 迷宮攻略に於いて時計の役割と言うのは重要だ。朝や昼、夜の概念が気薄になる迷宮内で、時間を確かめる方法はもちろん時計でしかできない。時間の確認とは探索者の精神的支柱だ。時間感覚の狂いやすい迷宮内では、タイムキープと言うのはとても重要で、このタイムキープが正確にできるかどうかで、探索の進捗具合や、それによる疲労具合、精神安定が大きく変わる。

『時計が無ければ迷宮攻略は不可能』

 そう言われるくらいに迷宮攻略に置いて時計は重要で、必要不可欠な物なのだ。
 そんな大事な物がここに来て壊れてしまった。

 加えて食料の枯渇。

 これも言わずもがなだ。
 貴重な栄養源の枯渇、それ即ち死を意味する。

 普通ならばこんな絶望的な状況に陥いる前に即刻、迷宮攻略を中断して補給をするために地上に戻るのだが、現在の状況ではそれも不可能。実質的に詰んでいる。

「どうする……どうすればいい……」

 子気味よく爆ぜる焚き火を見つめながら思考する。

 水はまだ残っている。節約すればあと10日は持たせることができるだろう。それまでに何とか打開策を模索しなければ。

 ……しかし、どうすればいい?
 水だけならば迷宮内で運良く水源を見つけることができれば補給ができる。でも食料はそれができない。貴重な鉱石はそこら中にあれど、25階層でも無い限り草木は存在しないし、食用が可能な動物なんて存在しない。

 唯一の生物はモンスターのみ。だがそのモンスターは──。

「何を悩んでいる。食料ならそこら辺に沢山いるだろう?」

「……スカーさん。それ本気で言ってる?」

 思考を遮って正気ではないことを言うスカーに俺は確認をする。

 例え、絶望的に沈んだ気分の俺を気遣っての冗談だったとしても、今のは笑えない。

「な、何だ? 何か俺は変なことを言ったか? 食料ならモンスターを食えばいいだろうが」

 俺の呆れきった様子に戸惑いながらも賢者様は、とんでもないことを言いやがる。

 まさか本気で言っているとは……。

「スカーって本当に賢者なのか? 今の発言で何だか疑わしくなってきたわ」

 呆れ果てて思わず聞いてしまう。

 魔法を極め、知識豊富な賢者の発言とは到底思えない。

「な! どういう事だ! 俺は正真正銘の影の賢者スカー・ヴェンデマンだ!!」

「なら知ってるよな? モンスターは食えないって」

「……そうなのか?」

「……」

 惚けた様子のスカーに今度は絶句する。

 この爺さん、実は賢者とか何でもなくてただ魔法に詳しいだけの一般常識が欠如したヤバい奴なのではなかろうか?

「遂にボケたかジジイ。『モンスターの肉を食ったら死ぬ』ってのは子供でも知ってる常識だろうが」

「ほう。どうしてモンスターの肉を食ったら死ぬんだ? 理屈が全く分からんな」

 真面目な顔で首を傾げるスカーに少しイラつきながらも俺は質問をする。まあ細かい表情の変化など影だから分かりはしないのだが。

「モンスターと野生動物の違いって何だか分かるよな?」

「魔力を持っているか、そうでないかだろ……それがどうした?」

「モンスターの肉は臭くて固くて不味い。加えてモンスターが体内に蓄積している魔力は人間が扱う魔力とは性質が異なり、人がモンスターの魔力を体内に取り込めば何かしらの異変を起こす。激しい嘔吐感や目眩、頭痛に痺れ、酷い時には急に四肢が壊死したり、視力が低下したり……命を落とした事例もあった」

 有名な昔話がある。

「昔、とても探究心旺盛な美食家の男がいた。そいつはこの世界に存在するありとあらゆる食材を食べるために旅をしていたという──」

「なんの話しだ?」

 急な語り口調にスカーは訝しげに眉を顰めるが無視する。……まあ影で表情など分かりはしないのだが。

「──男はその旺盛すぎる探究心の所為か旅をして行くうちにこう思うようになった。『モンスターはどんな味がするのだろう?』と。そんな疑問を持った男はたまたま換金用の素材として持っていた豚型モンスターをその場で丸焼きにしてみた──」

「なかなか行動力のある奴だな」

 表情を曇らせていたスカーはいつの間にか話に聞き入っている。まあ影で表情は──。

「──煌々と燃え盛る焚き火に当てられた豚型モンスターの皮膚はこんがりと炙られ、透き通るような綺麗な油が滴り落ちていた。美食家の男は言った。「こんなに美味そうな豚の丸焼きは見たことがない!こんなに美味そうな見た目だ、味にも期待できる!」と。その美味しそうな見た目から期待感を膨らませ、焼きあがった豚型モンスターの丸焼きを食べた男は絶句した──」

「ほう」

 小さい子供に聞かせるような話なのだが、意外とウケがいいことに何とも言えない気持ちになってくる。

「──しかし、その美味しそうな見た目から一転、男が豚型モンスターの丸焼きを口にした瞬間、言い表せない不快感が襲った。岩のように硬い肉質に、鼻の奥を突き刺すようなエグ味と臭味。とにかくその肉は不味かった。次第に丸焼きを口にした男は激しい嘔吐感と頭痛に襲われ三日三晩寝込むことになった。そんな日々が続いたかと思えば男は突然亡くなったのだという……」

 話はそこでお終いだ。

「まあ、こんな昔話ができるくらい、最初に言った理由も含めてモンスターの肉は食えない。分かったかい、おじいちゃん」

 説明を終えて一息着く。

 どうしてこんな当たり前な事をこの爺さんは知らないのか、本当に疑問だ。疑問すぎて全く必要のない昔話までしてしまった。

「ふむ……具体的にその昔話の元となった事が起きたのは何百年くらい前だ?」

 何て反省していると嗄れた声で質問される。

「……は?」

「だから、この話はどれくらい前に起きたことなんだ?」

「えーと……確か600年前の話だとか有名な歴史学者が言ってた気がするけど……?」

 繰り返される質問の意図が分からないが、とりあえず朧気な記憶を頼りに答える。

「お前は実際にモンスターを食べたことはあるか?」

「いや、ねえよ。小さい頃から今した昔話聞かされてモンスターなんて食べるもんじゃないと思ってるし」

「そうか」

「……それがなんだよ?」

 重ねられる質問に不審感は増していく。
 しかし、スカーはそれ以上何も話すことはなく。しばらくの間考え込むように黙る。

「……よし。今からモンスターを食うぞ」

 そうしてようやく口を開いたかと思えばそんなことを言い始めた。

「……お前俺の話し聞いてた?」

「ああ、しっかりと聞いた上での提案だ」

 スカーは影の中から51階層でよく戦った『スラッジフロッグ』の足を取り出して、徐に焚き火で焼き始める。

 いつの間に取っておいたんだ……。

「おい、まだ食うなんて一言も言ってないぞ。そもそも何でそんな自殺行為をしなきゃいけないんだ。俺に死んで欲しいのか?」

「いいから黙って食え。どの道このままでは飢え死にするだろう。食って死ぬか飢えて死ぬかの違いだ」

 じっくりと『スラッジフロッグ』の腿の部位を焼くスカーに抵抗してみるが、正論で黙らされる。

 確かにスカーの言う通りなのだが、何でいきなりモンスターを食べることになるんだ。気でも狂ったかこのジジイ。

 俺の睨みを効かせた視線を気にした様子もなく、スカーは黙々と影を勝手に使って『スラッジフロッグ』の身を焼いていく。

「ほれ、食ってみろ」

 数分間、そんな光景を睨んでいると目の前にこんがりと美味しそうに焼けた『スラッジフロッグ』の腿肉の丸焼きを差し出される。

「……」

 不審物を観察するように出てきた肉を観察する。

 見た目は普通に腿肉の丸焼きだ。「スラッジフロッグ」の特徴的な斑点模様の皮膚は事前に剥がされているようで、何の変哲もない肉の塊だ。キラキラと透き通る油が内側から弾けんばかりに溢れ出してきており、匂いも癖がなくとても香ばく良い匂いだ。

「……ゴクッ……」

 モンスターと言えど、そのビジュアルだけで言えば久しぶりのまともな肉。無意識に喉を鳴らしてしまう。

 しかし、騙されてはいけない。見た目はいいかもしれないがその実、目の前の肉は人間にとって毒の塊。食った瞬間にお陀仏、天に召されてしまう。

 だが──。

「さっさと食え、冷めるぞ?」

「……」

 ──だか、どういう訳か俺の右手は自然と腿肉を受け取り、至近距離でそれを凝視している。

「味付けは何もしていないが記憶が、正しければこのカエルは味付けをしなくても十分に上手い。それどころか──」

 スカーが何やら食材の説明をしてくれているが、既に俺の耳には半分も聞こえてこない。

 目の前の肉にしか意識が行かない。

 ココ最近ずっと我慢をしてきた。
 無くなりつつある保存食を何とか節約して、ここまで食いつないできた。十分な量がないのだ、十分に腹を満たせる訳が無い。ずっと腹の何処かに居座り続ける空腹感に苛立ちを覚えていた。

「……」

 食えば身体を壊す、下手すれば死ぬかもしれない。頭では分かっていても、身体は言うことを聞かない。

 早く目の前の肉を貪り食えと本能が叫んでいる。抗いようのない空腹の欲求。

「……あむ──」

 気がつけば手に持っていた肉にかぶりついていた。

「どうだ?」

「───ッッッ!!?」

 雷が落ちたような衝撃が全身を覆う。

 聞いてた話と違う、全くもって違うじゃないか。

「滅茶苦茶うめぇじゃねえか……!!」

「だから言っただろう」

 肉に噛み付いた瞬間、訪れるのは大量の肉汁。濃厚でとても甘く、油だと言うのに諄くなく、水のようにすんなりと飲めてしまう。次に肉本体だ、噛む度に柔らかい弾力と歯切れの良いパツパツとした食感が堪らない。イヤな臭みも全くなく、寧ろ焚き火で燻された香ばしい匂いが鼻を優しく抜けていく。何も味付けをせず、焼いただけだと言うのに満足感が半端では無い。

 こんなの王都の高級レストランでもお目にかかれないのではなかろうか。実際にそんな所行ったことなどないがそう錯覚してしまうほどのクオリティだ。

「どういう事だスカー! このカエル、クソ美味いじゃん!!」

 興奮が抑えきれず自分の影に詰め寄る。

「どうだ? 吐き気や頭痛、痺れに四肢の壊死や視力の低下、それと死にそうか?」

「……今のところは全くない」

 スカーに言われて全身を隈無く触診してみるが目立った症状は出ていない。

 死ぬのはあれだが、聞いた話で言えば吐き気や頭痛、痺れなどは直ぐに症状が出るはずだ。

「……どういう事だ?」

 ようやく冷静さが戻ってきてスカーに聞く。

「さあ、どういうことだろうなぁ~」

 表情が分からないと言うのに声音から得意げなクソ賢者の顔が思い浮かぶ。

「……クソっ、俺が間違ってた。さっさと説明しろ」

「ふむ。分かればいい。簡単な話だ、今食べた『スラッジフロッグ』の肉はお前にとっては何の害もないただの肉だったというだけだ。というか、殆どのモンスターは問題なく食えるだろうな。まあ素材本来の善し悪しはあるが……」

「俺にとっては……ってどういう事だ?」

 含みのある言葉に俺は肉を食いながら聞く。

「どうして人間がモンスターを食ったら死ぬか。そもそも俺が生きてた時代ではモンスターも立派な食料だった」

「……マジで?」

「マジだ。それがどういう訳かお前から話を聞いてみれば今の人間はモンスターを食えば死ぬと言い出した。確かにお前の言った通り、モンスターが体内に蓄積している魔力は人間の魔力と性質は違う。だがモンスターの魔力がふんだんに染み込んだ肉を食ったからと言って人間の身体に異変が起こること何てのは普通はない。寧ろ魔法使いにとっては高純度の栄養の塊だ」

「……マジ?」

 とんでもない事実に脳の処理が追いつかず、単調な言葉しか出てこない。しかしそれを気にした様子もなくスカーは続ける。

「マジだ。モンスターの肉を食えば魔力の回復は疎か魔力量をある程度まで底上げすることができる。ファイクの話を元に現在の人間がモンスターの肉を食ったら死ぬ理由を考えてみたが、理由はすぐに分かった」

「マジか」

「マジだ。魔導具に頼りきりになり、魔法技術が圧倒的に低下した今の時代では、モンスターの肉から摂取できる高純度の魔力に順応できるほどの魔力耐性を備ている人間がいないんだ」

「魔力耐性……ってなんだ?」

 初耳の単語に詳しい説明を要求する。

「言葉の通り、魔力に対する耐性だ。生物には個体によって扱える魔力量が違ってくると言ったが、その魔力を身体に留めれる限界値も異なる。身に余る魔力行使や魔力摂取はその身を滅ぼすことになり、個体によって耐えれる魔力には違いがある」

「なるほど」

「普通は実力以上の魔力行使は不可能で魔力耐性の限界値を超えることはないのだが、外部から魔力を摂取した場合は話が違う。さっき言った通りモンスターの肉は栄養の塊──つまり高純度の魔力の塊だ。食えば魔力を補充することができるし、魔力量を増やすこともできる。俺が生きてた時代、魔法技術が一番発展してたと言えた時代の人間にとって、モンスターの肉はこの上ない栄養源だが、今の魔力耐性が劣りに劣りきった人間にとってはモンスターの肉の高純度の魔力は毒でしかない」

「それじゃあ俺がモンスターの肉を食っても問題ないのはその耐性があるってことなのか?」

「ああ。お前にはもう俺の時代で言う人並み程度の魔力耐性は備わっている。だからお前に肉を食わせたんだ」

 スカーの長ったらしい説明を聞いて納得する。

 まさか昔はモンスターの肉が普通に食べられていたなんて、聞いた今でも信じられない。だが、筋は通っている。魔力とは使わなければ衰えるものだ。単調な魔力操作だけでは魔力は成長しない。このことは魔法を使い始めてからこの身でヒシヒシと感じている。魔力耐性も同じようなものなのだろう。

 魔導具の弊害がここにもあったとは驚きだ。

「こんなに美味いものがあったとは……」

 いつの間にか骨だけになっていた『スラッジフロッグ』の残骸を見て、先程の感動を思い返す。

「モンスターの肉の中でも『スラッジフロッグ』の肉は別格だ。昔はその美味さから狩り尽くされて個体数が減り、よく高値で取引されたものだ」

「そうなのか」

 51階層で出会うモンスターはこの『スラッジフロッグ』が殆どを締めていたが、昔は個体が少なかったのか。まあこれだけ美味ければ狩り尽くされるのも納得だが……。

「これで食料問題は解決だな」

「え……ああ、そうだな」

 少し感慨に浸っているとスカーの得意気な声が聞こえて、それに遅れて答える。

 色々と遠回りをしたが問題だった食料は何とかなった。『スラッジフロッグ』の肉はまだ影の中に残っているし、他のモンスターの肉も十分にある。当分の間は食料に困らないだろう。

「時計の方はどうする? ないと困るんだろう?」

 スカーは影で懐中時計を指しながら聞いてくる。

「うーん……まあ無いと困るけど治す宛もないし、キッパリ諦めるしかないな。一人の探索だったら時計がないのは絶望的だったけど幸か不幸かスカーがいるし、大雑把になるけど時間感覚もなんとかなるだろう」

「おい、幸か不幸かってどういう事だ」

「と言うわけで大雑把でいいからタイムキーパーよろしくな」

「おい! 無視するな!」

 一時はどうなるかと思ったが、何とか二つの問題は対処できた。これで気兼ねなく攻略を再会できる。

「おい! 聞いているのか!?」

 必死に訴えかける嗄れた声を無視して、俺は影の中から『スラッジフロッグ』の肉を取り出して再び焚き火で焼き始める。

 腹ごしらえは大事だ。
 55階層の攻略は肉をたらふく食って英気を養ってからでも遅くはない……はずだ。
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