元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

28話 領域解放

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「……水だ!」

「地下湖だな。運がいいな、水もなくなりそうだったろ?」

「ああ。本当にラッキーだ」

 静かに波打つ目の前の湖。
 魔晄石の淡い光に照らされてキラキラと宝石のように乱反射する水。その光景はとても幻想的で一瞬、時が止まったように湖を眺めてしまう。

 現在、大迷宮クレバス深層第60階層。初めてモンスターの肉『スラッジフロッグ』を食べてから、体感で6日程経過していた。

 懐中時計が壊れてから、攻略スピードが上がりすぎないように細心の注意を払いながら進んできたが、それでもかなり速いペースでここまで降りてくることができた。

 正確なタイムキープができず、身体・精神的な疲労疲弊は少なからず増えてくると思っていたが、ここまで体調は頗る快調だった。

 スカーのこまめな時間確認や、ペース配分のお陰もあるだろうが、何よりも食事の影響が大きかった。

 食べ応えがあり、栄養価も高い食事と言うのは重要なのだと改めて感じた。55階層でモンスターの肉を初めて食べてから、俺の主食は完全にモンスターの肉に切り替わっていた。それしか食料がないのもあるが、何よりも深層に生息するモンスターはそのどれもが美味かった。美味くて、栄養の高い食事が安定して食べれる。それだけで攻略の士気や、体調の具合は随分と変わる。

 何よりもモンスターの肉は迷宮攻略中に取れる食事の中で一番最適であった。

 モンスターの肉は高純度の魔力をその身に溜め込んでいる。充分な魔力耐性があれば食べるだけで魔力は直ぐに回復するし、一定量の魔力量を底上げすることができる。と、スカーは言っていたが、この効果が破格すぎた。

 消費した魔力は一定の時間をかけなければ回復しないし、魔力量の底上げも一朝一夕でできるものでは無い。それがモンスターの肉を食べただけでできてしまうというのは、実際に体験してみると分かっていても驚いてしまう。

 モンスターの肉のお陰か、魔力の純度が以前よりも増している気がするし、身体の調子も良い。

 そんないいこと尽くしの所為か、俺はすっかりモンスターの肉の虜になってしまった。

「周りにモンスターの気配はしないし、ちょっと休憩だな」

 辺りを見渡し、他のモンスターがいないことを確認する。

「セーフティポイントじゃないんだ、油断するなよ」

「わーってるよ」

 影の中から給水袋と貯水タンクを取り出して湖の水を汲む。

 量にして一つ1リットル入る給水袋が全部で10個、15リットル入る貯水タンクが20個。結構な量に思えるが、長期の迷宮遠征をするならばこれぐらいの量がなければ足りない。

 両手に給水袋を持って、開け口を湖に突っ込む。
 ぶくぶくと泡を立てながら給水袋が水で満たされていくのが分かる。

「この場所は覚えておかなきゃな。貴重な水源だし、もしかしたらまたここに戻ってきて給水することになるかもしれない」

 今回の水の補給で取り敢えず、また暫くは飲水に困らなくなった。

 しかし、この深層から出る方法はまだ目処がたっていない。加えて下に進み今以上に強いモンスターが出てきて攻略自体が難航する可能性も全然有り得る。だとするとこの地下湖のポイントはとても重要になってくる。

「それにしても……水場、それもこんな大きな湖なのに全然モンスターいないな。湖の中にもいる気配がないし」

 給水袋全てに水を全て入れ終わり、貯水タンクの方に水を入れ始めながら、改めて辺りを見渡す。

 湖の周りは依然として変わらず物静かで、モンスターが出てくる気配はない。

「……そうだな、少し様子がおかしい」

「だよな? 普通ならここら一帯の縄張り争いがあってもおかしくないぐらいの好条件な場所なのに……」

 迷宮内に於いて水場とはとても貴重だ。それはモンスターにとっても同じで、普通こんな大きな湖があれば強いモンスター同士が場所の取り合い『縄張り争い』をしていてもおかしくはない。

 その縄張り争いが起きていないと言うことは、湖の中に住み着いているモンスター達がいるのかと思ったが、今こうして安全に水を汲めていることから考えてそういう訳でもなさそうだ。

「はあ……久しぶりに魚が食えると思ったんだけどなあ……」

 期待していたモンスターが見つからず、気分が盛り下がる。

「段々とお前のモンスターに対する認識が食い物に変わりつつあるな……」

 俺のぼやきにスカーは呆れた様子で反応する。

 モンスターの肉が俺には無害ということが分かり。食料問題は改善され、食事の質も段違いに上がった。しかし、人間というのは愚かな生き物で、生活環境が向上すればさらに上の質の高い環境を求めてしまう生き物だ。

 何が言いたいのかと言うと、俺はそろそろ変わり種のモンスターが食べたくなっていた。

 肉は肉でも牛型、豚型、蛙型等のモンスターではなく、そろそろ魚も食べたくなってきたという話だ。

「確か影の中に釣竿あったよな……試しに釣りでもしてみるか?」

 どうしても魚が食べたくて仕方が無い俺はそんな事を考えながら、次々と貯水タンクに水を汲んでいく。

 そんなこんなで全部の給水袋と貯水タンクに水を入れ終わる。

 影の中に今しがた汲んだ給水袋と貯水タンクを影の中に戻して、湖の綺麗な水を手で汲み一口呷る。

「……ぷはぁっ。冷えてて最高に美味いな」

 喉を通る水の冷たさが心地よい。
 久しぶりの感覚に目を見開き感動してしまう。

 その美味しさから喉は潤うどころか、水を要求して続けてもう一度湖の水を汲み、勢いよく呷る。

「下がれファイク!」

 それでも喉の乾きは収まらず、また湖の水を汲もうとしたところでスカーの叫ぶ声がする。

「っ!!」

 その声に俺は反射的に身体の魔力を即座に熾して、全力で後ろに飛ぶ。

 すると直ぐに今まで俺が水を汲んでいた場所に、激しい水飛沫を上げて一本の巨大な角が出現する。

「角!?」

 突然の攻撃に驚く。

 周囲の警戒を怠っていたわけではない。むしろいつもより周囲に注意を払っていた。

 だが、それでも気がつけなかった。スカーに下がれと言われるまで全く攻撃の気配を感じ取ることができなかった。

 水面から飛び出した巨大な角はさらに激しく波立たせて、上に飛び跳ねてその全貌を顕にする。

 飛び跳ねて頭上に大きく舞い上がったモンスターの見た目を一言で表すならば『巨大な魚』だ。しかしただの魚とは様相は全く異なる。

 目測で全長は30m。淡い翠色に輝くその体型は水からの抵抗を減らし、素早く泳ぐためかガッシリと大きいもののシャープな形をしている。異常に先に尖る角ように長く鋭く発達した上顎は、鋼鉄すらも貫くだろう。

「なるほど。道理で周りに他のモンスターがいない訳だ」

「知ってるなら詳しく!」

 一人納得した様子のスカーに説明を求める。

「あいつは『ステルスマーリン』と言ってな。あの特徴的な翠色の鱗は魔力を通すと姿を消す性質がある。その性質で縄張りに足を踏み入れた獲物を異常に鋭く尖った上顎で黙殺して縄張りを守っている。『ステルスマーリン』は神経質でな、他の生物の存在を許さず、あいつが生息する場所には他のモンスターは寄り付かない」

「……なるほど」

 簡単な説明を聞いて、スカーが納得していた理由が分かった。

 腰に携えた潜影剣を抜き、身体に熾した魔力を循環させて戦闘態勢に入る。

「……さてどうしたもんか」

 あのモンスターの概要、ここにモンスターがいない理由は分かった。

 が、あの魚を倒すビジョンが見えてこない。

 こんな巨大な水中モンスターとの戦闘は経験がない。加えて湖も広いし、その水深は目測では到底測れない。

 さっきまで空中を舞っていた『ステルスマーリン』は既に水中に潜っており、魔力を通すと姿が消せるという翠色の鱗の効果で姿を消している。

 どうやって戦ったもんか……。

「『ステルスマーリン』は音に敏感だ。音……それも爆音による威嚇でアイツは魔力の制御が乱れて、暫くの間は姿を消すことができなくなる」

 視認することができず、攻めあぐねているとスカーは対処法を説明してくれる。

「爆音ねぇ……」

 しかし、それを聞いても動き出すことはできない。手持ちに音を出す道具がないのだ。しかも相手は水の中で姿も見えない。姿を表したところで、俺に水中での自由な戦闘は不可能だ。せめて、水上に複数の足場を作れれば戦えないことは無いのだが……。

「………」

 いつ襲ってくるかも分からない『ステルスマーリン』に警戒をしながら、色々と思考してみるが一向にいい作戦は思いつかない。

 その場でどうする事もできず、様子を伺っていると水面から不意に、水弾がこちら目掛けて真っ直ぐに飛び出してくる。

「……ッチ!」

 予備動作など読み取る事もできず、完璧な不意を付いての攻撃に思わず舌を鳴らす。間一髪で目の前に飛び込んできた水弾を潜影剣で斬り伏せる。

 その場に突っ立ていてもいい的だ。
 まずは地上で足を使って走り回り、遠距離からの攻撃を散らすか。

 そう判断して、水辺から距離を取って走り出す。

 矢継ぎ早に次々と放たれる水弾を躱しながら、水面を注意深く観察する。

「……ああもう! 全部バラバラの位置から飛んでくるからあの魚の正確な位置がわからねぇ!!」

 水面から撃たれる水弾の軌道から『ステルスマーリン』の正確な位置を割出そうと考えたが、そう上手くはいかない。

 このままじゃあジリ貧だ。
 一旦出直すか?

 考えを巡らし続けるが一向にこの状況を打開する案は思い浮かばない。
 退却の選択肢が頭をチラつき始める。

「ふむ……そろそろ頃合か……」

「なんだ! なんかいい方法があるのか!?」

 しかしそれは直ぐに消え去る。

「ああ。音を出す道具がないならゴリ押しするしかない」

「具体的にはどうすればいい?」

 依然として無数に放たれる水弾を躱して、スカーの言葉を待つ。

「この深層に来てから『魔力循環』を身につけて、『魔力耐性』も上がった。ゆっくり、しっかりと魔法を教えることができたおかげで本当の意味での下地はできた。今なら『支配領域』を解放しても大丈夫だろう」

「『支配領域』の解放?」

 聞き覚えのない単語に眉を顰める。

「基礎魔法と『影遊』の違いを覚えているか?」

「……確か影の使用率だったよな? 基礎魔法が俺の影だけを使った魔法で、『影遊』がそこにある全ての影を使う魔法……だったか?」

 突然の質問に俺は以前スカーがしてくれた説明を思い出す。

「そうだ。魔法の強度・威力は魔力量、影の使用率で決まると説明したな。もう一つ質問だ。お前は今まで『影遊』をどれだけの影の使用率で扱っていた?」

「……」

 どれだけの影の使用率?

 スカーの質問に俺は口を噤んで思考する。

 初めて『影遊』を使ったのは『キングスパイキーウルフ』との時だ。あの時はスカーの言葉通り「そこにある全ての影を使う」と言う感覚があった。俺はあの時、確実に全ての影を支配していた。だが、その後『魔力操作』の不慣れ、『魔力耐性』の低さから俺は意識を失い。それではいけないと『魔力操作』に慣れるために潜影剣を使った修行を始めたんだ。

 よく考えてみれば俺は『キングスパイキーウルフ』の時以来、本当の意味で『影遊』を使っていただろうか?全ての影を支配していたか?

 ……いや、あれ以来俺は『そこにある全ての影を使う』ということは無かった。──全開で『影遊』を使うと俺はその反動に耐えきれず意識を失う──寧ろ、その経験から影の使用率を抑えて……と言うか自分の影だけで今まで潜影剣を造っていた。それが癖になっていた。

「スカー……俺が今使ってる潜影剣はもしかしなくても『影遊』じゃないのか?」

 今までの事やスカーの教えを思い出し、俺はその答えに辿り着く。

「ふむ。俺の言いたいことが分かったようだな。そうだなお前が今まで使っていた『影遊・潜影剣』は俺の理論で言えば『影遊』では無いということになる。だがな、お前が今まで使っていた『影遊』は正真正銘の『影遊』だ」

「なんか矛盾してないか?」

「そうかもな、だが本当のことだ。今までお前が使っていた『影遊』は確かにお前の『影遊』だ。俺はお前が『影遊』を使って意識を失った時から、お前にあった『影魔法の意識』を別の方向に向けさせた」

「別の方向?」

 どういうことだ?

「『全ての影を支配する』と言うのは今までのお前には実力不足もいい所だと分かった俺は態と、お前が『影の使用率』よりも『魔力の操作』に重点を置くように仕向けた。加えて俺の方でもお前が支配できる影の『支配領域』を制御させてもらっていた」

「……」

 脳内が混乱していていく。

「俺の適当さが伺えるな。教えといて何だが、お前にはまだ『影遊』は早かった。そう気づいた俺は、お前に何も言わず意識を縛り、『支配領域』を勝手に制御していた。今思えばそれも間違っていたんだがな」

 自嘲的に笑うスカーは続ける。

「まあここまで長々と説明することになったが、結局のところ俺の思惑通りに動いてくれたお前は、お前が使える範囲で今まで『影遊』を使っていた」

「そうだったのか……」

 依然として頭の中は混乱している。
 こんな大事なこと、敵の攻撃を避けながら走っている最中に聞くことなんかではない。

「お前は十分に強くなった。もう俺が勝手に、独りよがりに守らなくても強い。本当に済まなかった」

「……」

 謝罪するスカーと同時に俺は走るのを止める。

「おいスカー」

「……何だ?」

「なんでお前は謝ってんだ?」

 降り掛かってくる水弾を斬り伏せて、賢者に問いかける。

「それは……この所為でお前は本来の力が──」

「──それはお前の考えでそうしたんだろ。実際、スカーの考えは正しいと俺も思う。俺にはまだ『影遊』を十分に扱う能力はないし、宝の持ち腐れだ──」

 どうして今更こんなことを言うのか?

「──そんなこともう分かってる──」

 俺たちはもうこんな所で止まらないと決めたはずだ。

「──お前が言ったんだ。『過去を振り返るな──後悔するな』ってな。もうお前の謝罪はかなり前に貰った。だから謝るな、強くなるなら問題ない。お前の考えは正しかったぜ、スカー」

 自信を持って言い張る。
 もう振り返ることではないのだ、迷いなどない。

「……そうだな。俺は何処かでまだ後悔して、吹っ切れていなかった。だからこんな事を口走ってしまったのかもしれん。だから今言ったことは忘れろ」

「ああ」

 そこでようやく吹っ切れたのかスカーに覇気が戻る。

「さっきも言った通り、お前に制限していた『支配領域』を解放する。だが全部解放する訳では無い。以前よりお前は『魔力耐性』が上がったが、まだ全開放に耐えうる状態ではない。様子を見て最適なところで止めさせてもらう」

「分かった。細かい調整は任せるぞスカー」

「ああ。任された」

 意識を研ぎ澄ます。

 身体の中を循環する魔力が加速する。

 心像イメージするのはその場にある全ての影を掌握し、己の刃として研磨すること。

 心像イメージするのは決して折れぬことのない刃。

 心像イメージし、想起する。

 それは黒よりも深い黒。

「──来いッ!」

 その一言で影は蠢く。

 瞬く間に足元の影はその支配領域を円形に拡大していく。数秒と経たずにその空間の6割が支配した影で埋め尽くされる。

「──影遊・潜影剣舞ッ!!」

 依然として襲いかかる水弾を手に握った粗末な黒剣で斬り伏せ、それを合図に足元に拡がる影から剣が顕現する。

「最大出力で6割、安定させるなら4割だ。この感覚を覚えておけ」

 微かに嗄れた声に頷いて、無数に射出された潜影剣と共に走り出す。

 身体に循環する魔力を脚力に集中させる。
 魔力によって超強化された脚力は一蹴りで天井ギリギリまでの跳躍を可能とする。

 影から造りだした潜影剣の数は凡そ千本。俺の後を追うように飛ぶ千の黒剣は一直線に、未だ何処かに隠れている『ステルスマーリン』がいる湖全面へと雪崩込んでいくでいく。

「───ッ!!」

 次々と水中に突撃する潜影剣が荒々しく水飛沫を上げる中、猛々しい叫びが鼓膜を震わせる。

「見つけた!」

 叫びと同時に薄らと澄んでいた水が赤く滲み、今までその姿を隠していた『ステルスマーリン』が姿を現す。

 その全身には大量の潜影剣が突き刺さっており、角の様に鋭く尖っていた上顎は真っ二つに切断されている。

「隠れてないで出てこいよ」

 瞬時に基礎魔法で影の魔手を作り出し『ステルスマーリン』を拘束する。そのまま拘束した魚を空中へと引き上げ、こちらの土俵へと引きずり出す。

「終いだ魚野郎ッ!!」

 空中で影の足場を造り、それを踏み付けて打ち上げられた『ステルスマーリン』へと飛ぶ。

「───ッッッ!!!」

 一閃。
 横に薙いだ潜影剣は阻まれることなく巨大な魚を斬る。

 苦痛の色に染まる瞳に少しばかりの同情が芽生えるが、直ぐに拭い去る。

 地面に難なく着地して、同時に斬り殺した『ステルスマーリン』もかなりの高さから水面へと落ちていく。

「今日の飯は久しぶりの魚だな」

 今日一番の水飛沫を上げながら水面に浮かぶ魚のモンスターを見て、腹の虫が盛大に鳴いた。
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