元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

30話 深紅の牛頭人

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 冷たい扉の先に広がるのは鋼鉄の監獄。

 灰色の大理石でできた部屋の地面や壁には無数に塔のような鉄格子が突き刺さり、その空間の異質さを強調している。

 辺りを見渡すがモンスターの姿はない。
 しかし、俺を中心として拡がる黒影の『支配領域』は確かにモンスターの気配を捉えている。

 禍々しい気配がする上に視線を動かすと、そこには一つの巨大な檻が頂点を鎖に繋げてぶら下がっていた。

 侵入者が部屋に入ってきたというのに動く気配のない部屋の守り手。

 檻にいる守り手はいつそこから降りてくるのか?

 そんなのを黙って見てる気は無いし、待っている義理もない。

「……そこか」

 獲物を視認し、影で造り出した一本の黒剣を檻を吊るしている鎖目掛けて投擲する。

 空中を駆ける黒剣は何にも阻まれることなく鎖を断ち切る。
 鈍い鉄の砕ける音がしたかと思えば、吊るされていた檻は無抵抗に落下を始める。

 檻が地面に叩きつけられる鈍い衝撃音と、巻き起こる爆風と土煙に目を逸らす。

「グォオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 それを雄叫びで吹き飛ばす一体のモンスター。階層の節目と言えるターニングポイントにいたそいつは見覚えのある奴だった。

「またかよ──」

 恐怖よりも嫌気が刺してしまうそいつにげっそりとした態度をとってしまう。

 しかし、それも仕方が無いだろう。

 何故こうもことある事に同じ種族のモンスターがターニングポイントのボスモンスターをしているんだ。

 眼前で依然として雄叫びを上げるモンスター。

 全長20mは有るであろう龍種を思わせる筋骨隆々の巨大な体躯。深紅に血塗れたような皮膚は視覚をチカチカと混乱させる。武器は持っておらず、ぶらんと手持ち無沙汰な手は虚空を掴む。そいつが身に付けた衣類は気持ち程度の黒い腰布のみ。

 その異様な出で立ちをさらに異様たらしめている主な原因は頭部にある。
 二本の逞しい黒角を携えた牛顔。皮膚と同じ色をした深紅の瞳は俺の姿を映し出している。

 一見、牛頭に人の体躯とチグハグな見た目をしているように思えるが、妙に釣り合ったその全体像は異様な感覚を芽生えさせる。

「──どうしてこの迷宮のボスモンスターは全部牛頭人なんだ?」

 そこには悠然と仁王立つ牛頭人がいた。

「ここの主が牛好きなんだろうさ」

「牛好きだとしてもこいつはちょっと毛色が違うだろ……」

 スカーの呑気な返答に呆れる。

 牛が好きだとしても牛頭人は違うだろ。

「まったく……こういった趣味は変わってないな」

 個性的すぎる大迷宮を作った賢者のセンスに呆然としているとスカーがボソリと何かを呟く。

「なんか言ったか?」

「いや、何も。……それより来るぞ」

 直ぐに聞き返すがスカーはそう言って影で牛頭人の方を指す。

 鬱陶しい煙が完全に晴れた先の牛頭人は鼻息を荒らげ、そのまま武器も持たずその身一つで突っ込んでくる。

「……ッ!」

 突風を巻き起こしながら突進してくる深紅の牛頭人に潜影剣を構えて迎え撃つ。

 数秒も経たずに巨岩と見間違えるほどの牛頭人の右拳が眼前に迫り来る。

 既に身体の中には魔力が十分に循環している。

 まずは力比べだ。

「グォオオオオオオオッ!」

「よっ……と!」

 耳煩い雄叫びに顔を顰めながら潜影剣と奴の右拳が打ち合う。

 瞬間、激しい衝撃が潜影剣を持った右手に重く響くが体制を崩されるという程でもない。勿論骨も折れてやいない。

 循環率は両腕に6割、他は全体に均等に割り振ってこれか……。無理をした循環率を取ってるわけじゃないし、深紅の牛頭人こいつがギアを上げるまではこの割合で様子見だな。

 一合で取り敢えずの魔力循環率を定めて、目の前の拳を弾き上げる。

「グォッ!?」

 右拳を天井に向けて大きく体制を崩した深紅の牛頭人は、まさか攻撃が弾かれるとは思っていなかったのか困惑したように瞳を揺らす。

 その隙を見逃すはずもなく、地面を蹴って奴の懐へと飛び込む。

「トロイな」

 魔力の循環率はそのまま、ガラ空きになっている腹部に当たりをつける。

 手数で稼ぐのではなく一撃で屠る。

「ッ!!」

 タメを造り一気に振り抜く。

 横一閃に放った剣身は阻まれることなく牛頭人の腹部を捉え、そのまま奴を後方へと吹き飛ばす。

「グゥウウッ!」

 無防備の状態で諸に攻撃をくらい、後ろに吹っ飛んだ牛頭人は当然の事ながらそのまま倒れてくれるはずもなく。二十数メートル程飛ばされたところで地面に突き刺さってる鉄格子を掴み受身を取る。

「チッ……硬いな」

 真っ二つに切り伏せるつもりで放った斬撃を受けた牛頭人の腹部を見遣ると、少し傷を付けた程度で致命傷には至っていない。
 予想以上に防御が強固のようだ。

「あまり遊びすぎるな。余裕振っていると痛い目を見るぞ」

「仰る通りで……」

 スカーから有難いお小言を頂き、再び地面を蹴る。

 牛頭人も飛ばされた勢いを殺すために掴んだ鉄格子を持ったまま、それを上段から振り下ろしてくる。

「そんな鉄の棒きれで受けきれんのか?」

 上空から襲いかかってくる巨大な鉄格子。
 全長10mを超え塔のような見た目をしたソレだが、ただの鉄の塊ならば問題は無い。潜影剣ならば難なく斬り伏せられる。

 振り落ちてくる鉄格子の勢いが最高点に到達する前に、上に飛んで迎え撃つ。

 数秒の跳躍の後、鉄格子と潜影剣の剣身がかち合う。振り落ちてくる鉄格子の勢いを途中で殺したことで押し負ける事無く、容易に鉄格子を斬る──

「なっ……っ!?」

「グォオオオオオオオ!」

 ──筈だった。

 斬り伏せれると思っていた鉄格子は想像以上の頑丈さで潜影剣で斬ることができなかった。

 空中での打ち合い。
 考えるまでもなく、下からそれを迎え入れている俺の方が体制は不安定で力が抜けるのも速い。

 そのまま斬れない鉄格子に上から押しつぶされるように地面に叩きつけられる。

「……ぐはッ!!」

 地面に叩きつけられたと同時に肺に溜まっていた空気が無理やりに吐きでる。

 全身に鈍く重たい衝撃が響き渡る。

 咄嗟に魔力量を増やして『魔力循環』に厚みを持たせ防御力を上げたがそれでもダメージはある。

 一瞬、視界が歪み意識が途切れそうになる。

「寝てる場合か! 影移動だ!」

 そこにスカーの怒鳴り声が聞こえてくる。

「っ!!」

 煩く頭に響く声のお陰が不確かな意識の中でもしっかりと奴の声は聞こえた。

 それで意識はさっきよりマシになり、すぐ様地面に広がる支配している影の中に入る。

「!?」

 続けざまに追撃をしようとしていた深紅の牛頭人は突然俺の姿が消えたことに驚き目を見開く。

「こっちだアホ」

 影から影への移動により即座に牛頭人の背後へと回り込み、影の中で作った複数の潜影剣をガラ空きになっている背中に撃ち放つ。

「グモッ!?」

 予期せぬ攻撃に深紅の牛頭人は困惑した声を上げてその身をよろけさせる。

 影から飛ばした潜影剣は全て命中した。しかし先程腹部に放った攻撃と同様、大したダメージにはならない。

「焦った……支配領域範囲内での影の移動がなかったらあのままグチャグチャに潰されてたぞ……」

 影から影の移動で取れだけ牛頭人との距離を取り一息つく。

「余裕ぶるなと言っただろうが」

「ああ……すまん。マジで助かった」

 スカーからのお叱りの言葉を真摯に受け止めて反省する。

 本当に危なかった。
 魔力量を増やした『魔力循環』で身体強化して防御したというのにここまでダメージを貰うとは……硬い上に火力もある。
 スカーの言う通りだ。

 気がつくと今まで手に持っていた潜影剣が砕け散って消えている。

「チッ……久しぶりに壊された」

 魔力操作の乱れによる破壊では無い。ただ単純な力較べの末、潜影剣の耐久力が無くなったのだ。

 以前の支配領域が1割未満の影で作った不完全もいい所の潜影剣ではなく、それよりも影の密度が高まった潜影剣。まだ数合も打ち合っていないというのにどれだけ馬鹿力何だあの赤牛は……。

「それに──」

 ──あの牛頭人が振り回している鉄格子は何だ?
 一体どんな鉱石でできている?
 潜影剣で斬れないなんて、あの鉄格子も相当な強度だ。

 異様な硬さをしている鉄格子を凝視して、戦闘ということも忘れて思考していると、俺を見つけた牛頭人が手に持っていた鉄格子を槍のように投げてくる。

「──ってあぶね!?」

 それを再び影で作った潜影剣で紙一重でいなす

 いなす事はできたが今の打ち合いだけでまたも潜影剣が壊れる。

 それだけで牛頭人の攻撃は終わらず、地面に突き刺さっている鉄格子を次々と抜いては矢継ぎ早にそれをこっちに投擲してくる。

「クソッ……何なんだあの鉄格子!」

 その数の多さに再び影移動を使って牛頭人の死角に移動する。

「はあ……はあ……影移動しすぎた……。このままじゃジリ貧だ」

 影から影への移動を終えて地上に出る。

 呼吸が激しく乱れ、身体中から尋常ではない汗が吹き出る。

 この支配領域範囲内での影から影の移動、一見デメリットが無く使い勝手のいい魔法に見えるが全くそんなことは無い。

 影から影への移動をするだけなので魔力の消費は激しくないのだが、身体への負担が激しいのだ。

 影の中と言うのは良くも悪くも何も無い。
 空気が無ければ温度という概念も無く、影の中というのは無限の空間が拡がっている。だから生物や水を入れても腐ることは無いし、際限なく物を入れることもできる。

 しかし、生き物にとってこの空間は地獄でしかない。

 当然だが空気が無ければ生き物というのは死ぬ。加えて影の中は距離感覚や方向感覚があやふやだ。

 そんな条件下の中でどうやって影から影の移動をしているのか?

 答えは『魔力操作』と『魔力循環』の応用だ。まず『魔力操作』による魔力の操作で自分の位置から移動したい位置までの座標を設定する。そこから『魔力循環』の過剰な身体強化によって空気が無い影の中でも数秒間だけ耐えれる状態を作る。『魔力循環』で身体を強化して耐えれる状態を作ったとしても身体への負担は死なないだけで多大に掛かる。

 そうしてようやく影移動が使える。

 今まで簡単そうに影移動を連続で使用していたが、実際は疲労困憊だ。あと2、3回も使えば過度な身体疲労でぶっ倒れるだろう。

「はあ……はあ……」

 依然として呼吸は整わない。

 魔力はまだ潤沢だ、捨てて余るほどある。だが身体的疲労が激しすぎる。体が付いてこない。

 分かっていたが強い。
 さすがは深層のターニングポイントを守るボスモンスターだ。

 まだ体勢は立て直せて無い、しかしそれを牛頭人が悠長に見て待っている道理は無い。

「グゥウッッ!!」

 雄叫びを上げて深紅の牛頭人は距離を詰めてくる。

 影移動での回避は不可能。移動するよりも奴の方が速い。
 迎え撃つしかない。

「……ッ!!」

 風切り音を立てて迫り来る鉄格子。

 それを何とか受け止めるが、さっきまでのような余裕などない。魔力の循環率に変わりはない、潜影剣の強度も申し分ない。

 ……それでも徐々に押し負けている。

 身体的疲労による魔力強化の及ばない根本的な自力の差が出始めている。
 それにこの赤牛、隠していた余力をここに来て解放してきやがった。

「チッ……いやらしい性格してやがる!」

 声を荒らげて力を込めるがそれでも鉄格子を弾き返す事は不可能。

「あ──」

 寧ろ逆に俺の潜影剣が弾き飛ばされ、体勢を崩される。

 ニタリと厭らしく腹の立つ笑みを牛頭人は浮かべる。

「最初のお返しだ」

 言葉にはしないが眼前の牛頭人はそう言っている気がした。

 深紅の牛頭人は俺の手に武器が無くなったことを確認すると、続けざまに鉄格子を持っていない右拳で攻撃してくる。

「ありったけの魔力で強化しろ!!」

 スカーの声がする。

 基礎魔法の構築は間に合わない。

 心像イメージをする前に真正面から奴の巨岩のような拳が迫ってくる。

「──ぁ───ッ──」

 か細い声と肺に溜まった空気が吐きでる。それと一緒に血の味がしたような気がした。

 視界がぐらんと揺れる。
 身体は宙に浮いて勝手に何処かへと飛ばされる。聞こえるのは煩い風の音。

 意識が霞む、ハッキリとしない。
 朧気な意識の中、突然それは叩き起される。

「──ぐふッッッ!!!」

 何かに叩きつけられる衝撃。
 それと同時に身体の中の臓物が全て吐きでたのではと思うほどの嘔吐感。

 気がつけば俺は牛頭人の打撃により大理石の壁まで叩き飛ばされていた。

「……はっ……はっ……」

 意識はある。
 息も辛うじてできる。
 全身がグチャグチャに千切れて無くなっていると思っていたがそんなことは無い。万力ですり潰されるぐらいに痛むが五体満足だ。

「おい! 大丈夫かッ!?」

 スカーのうるさい声が聞こえているということは耳もしっかりと機能している。

 遠くまで離れた深紅の牛頭人の姿がまだ見えるということは視界もそこそこ良好だ。

 ただ少し口元がベチャベチャしていて気持ち悪い。

「……」

 そんなこの状況に限ってはどうでもいいことが気になってしょうがなくなり。覚束無い手の感覚でまさぐるように口元を確認する。

 口元から顎、首、胸元までかけて確認すると、その全てが謎の液体によってベチャベチャに汚れている。

「……血……か……」

 まさぐっていた自分の手を確認するとその謎の液体の正体は分かる。

 真っ赤っかの綺麗な自分の血だ。

 吐血した感覚があったが、あれは勘違いでも何でもなく本当に吐血していたらしい。

「──」

 久しぶりに視界に収める自分の血液。

 どうしてこうなった?

 自問する。

 油断は無い。
 驕りも無い。
 目の前の深紅の牛頭人を確かな強者として認識していた。

 しかしそれでも負けた。

 俺じゃあこの牛頭人には勝てないのか?

 自問する。

「──まだだ──」

 思考の後、呟く。

「──スカー、6割だ……それと影を纏う。いいよな?」

「お、おい……大丈夫なのか? ここは一旦退いて出直した方が……」

 錆で動きの鈍くなった軋む体に鞭打って立ち上がる。

「いいのかって聞いてんだ。今のこの状況だったら持って1分がいい所だろ?」

「あ、ああ」

 思考はいつになく明瞭だ。自分の限界も把握できる。

「グォ……?」

 俺が立ち上がると思っていなかったのか深紅の牛頭人は首を傾げて不思議がっている。

 それでも、もう俺には自身を脅かす脅威は残っていないと判断したのかその場から動こうとしない。

 油断や驕りは無かった。
 敵が強いということも分かっていた。
 ならば何故今こんな瀕死の状態なのか?

 答えは簡単だ。
 俺があの牛頭人の速さに着いていけなかっただけ。
 俺が弱かっただけのことだ。

 奴を倒す術はある。
 しかし、それを使う前に俺が負ければ意味が無い。

 今俺が使おうとしている魔法はまだ制御が難しいからと言う理由で、実戦での使用は初めて使った時だけの一度きり。

 だからまだ心像イメージに時間を要するし、その後も力の暴発を防ぐ制御が難しい。それに今の俺の『魔力耐性』じゃあこの魔法は実戦で使用できるレベルじゃない。

 一応使い方はスカーから教わったがまだ練習が必要な魔法だ。
 だからこの魔法を使う時は俺が死にそうな時だと決めていた。

 ……いや、この考え方や言い訳が油断だし、驕りなのでは?
 結局の所、俺はまだ口先だけのクソ野郎だったってことでは?

「……あーーーもうよく分からん。頭がグラグラするし考えるのが面倒だ。あの赤牛は殺す……今考えるのはそれだけでいい──」

 結局こうなってる時点で俺は負けている。
 ならばうだうだと面倒な事を考えるの辞めだ。

「──こんな感じで頭おかしくなってきてるから制御がブレそうになったら助けてくれ。頼むぜスカー」

「あ、ああ」

 口元にべっとりと付いた血を拭って遠く離れた牛頭人を見据える。

 依然として深紅の牛頭人は攻撃はする気配はない。

「……」

 今はその油断が有難い。
 これならば魔法を心像イメージする時間が十分にある。

 身体はボロボロだが魔力は十全に循環している。直ぐにでも基礎魔法ならば使うことができる。

 だが今俺が使おうとしている魔法は基礎魔法それではない。

「……領域拡張──」

 自身の中に課していた枷を外す。

 瞬間、足元にある影はその支配域を拡張していき領域を拡げていく。同時に認識していた空間が大きくなる。自身の届く意識が広くなる。

 そんな感覚を得ると犠牲に身体は先程よりも怠く、疲労感が増していく。やはりまだこの領域解放には無理があるらしい。

 しかし今は知ったことではない。

「──纏い、穿て──」

 心像イメージするのはその場にある全ての影を支配し、己の鎧として纏うこと。

 心像イメージするのは決して崩壊することなく、全てを崩壊させる揺るぎない鉄槌の波導。

 心像イメージし、想起する。

「──影遊・覇影戦気」

 魔力を帯びた言葉を引き金に足元の影は蠢く。

 この階層の半分以上を支配し拡がる影が俺の身体に覆い被さるようにして集まる。

 膨大な影は生物の普通の視覚では視認不可能な淡い黒き闘気として身体に漂う。この階層の殆どの影が俺の力……そして鎧となり──俺は影を纏う。

「ッ!? グォウッ!!」

 瞬間、今まで何もせず余裕気に俺の様子を伺っていた牛頭人が焦ったように地面を蹴って飛び出す。

 その深紅の瞳には先程の嘲笑や油断の色は無く。確実にこちらを敵として認識した殺気立つものだ。

 魔力の流れを見通すことができなければ視認することができない不可視の影なる闘気。

 深紅の牛頭人は本能的にそれを感じ取り、この魔法を危険だと判断したのだろう。

「もう遅せぇよ」

 しかし、こちらの準備は既に整った。今更動きだしたところで遅い。

 寧ろあっちから突っ込んできて有難いくらいだ。もう歩くのも億劫に思えるほど身体中が痛くて怠い。

「グォオオオオオオオッッッ!!」

 左手に持った鉄格子を振り上げ、深紅の牛頭人は疾風の如く向かってくる。

 奴の間合いに入るのに瞬き一回も要さないだろう。

 変な動きは必要ない。
 ただ単純に真向から突撃してくる敵を迎え撃てばいいだけだ。

 振り上げられた鉄格子が真上から振り落ちてくる。

 それに合わせて大きく一歩前に踏み込み、勢いをつけて潜影剣を上段から斬り下ろす。

 ……………。

 数秒間の何も無い時間が生まれる。

 剣は何にもぶつかることなくただ空を斬る。

「グォオッ!!」

 牛頭人は空を斬る剣を見て勝利を確信したのか安堵の表情を見せ、腹の立つ笑みを浮かべながらそのまま鉄格子を振り切る。

 しかし、鉄格子が俺は疎か地面に到達することは無い。

「────ッッッ!!!?」

 時間差で訪れる突風と影の衝撃。

 地面と天井を深く抉る程の斬撃が深紅の牛頭人を襲う。

「……ざまあみやがれ」

 声を上げることもできず、何が起きたのかも分からないまま死んでいく牛頭人に吐き捨てる。

 脳天から真二つに斬られた深紅の牛頭人の死肉が地面に激しい音を立て転げ落ちる。

「っはあ…………」

 それと同時に俺も気が抜けたように地面に尻もちを付いて倒れる。

 全身が疲労で限界だ。
 今日はもう指一本も動かしたくない。

 直ぐに支配領域を4割までに戻し、影遊の能力も切る。

 ……勝った。
 しかし、完勝ではなく辛勝。反省点の多く残る結果となった。更なる精進が必要だ。

「めちゃくちゃ疲れた……」

 吐いてでる溜息には疲労感が篭っている。

 反省会はまた今度だ。
 今はもう何も考えたくない。
 仮に考え事をするならばもっと他の楽しいことに今はしよう。

「……腹が、減った……」

 そうして直ぐに思い浮かんだのは食い気。

 異様な空気感の深層75階層に呑気な腹の虫の鳴き声が響き渡る。
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