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第一章 大迷宮クレバス
33話 大迷宮クレバス深層99階層
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「キュッ!?」
怯えたラーナの声が迷宮内に反響する。
怯えた声も可愛らしい。と頬が緩んでしまいそうになるが、それよりもうちの可愛いラーナを怖がらせる不届き者に対する怒りで顔は顰めっ面だ。
「なにラーナを怖がらせてくれてんじゃッ!!」
怒鳴りながら蝙蝠型のモンスター『ウィスピングバット』に影から潜影剣を5本程造り出し投擲する。
飛んでくる潜影剣を『ウィスピングバット』は華麗に躱そうと空中で身を翻すが、追尾機能のある潜影剣には無駄な動きだ。5本の潜影剣はコウモリの動きに惑わされることなく敵を串刺しにして葬る。
「死んで詫びろ」
無惨にも地面に落ちるコウモリに吐き捨て、ラーナの方を見る。
「大丈夫だったか?」
「キュイ!」
ラーナは「大丈夫!」と言わんばかりに鳴くと、俺の頭の上で寛ぎ始める。前までは手の平の上がお気に入りであったが、最近のラーナの特等席は専ら頭の上だった。
「せめてそのだらしない顔はどうにかならないのか?」
スカーの呆れた声がする。
が、ラーナの前では粗末な事だ。俺がラーナに接する時どんなだらしない顔をしていようが、他に人なんていないこの深層では関係ない。
そうポジティブに考えて、先を進む。
現在、大迷宮クレバス深層99階層。中流域辺りの細かい部屋や道を探索している最中だった。
相変わらずパッとしない岩肌の迷宮内を攻略していたが、ラーナが仲間になったお陰かモチベーションは下がること無く順調に進んできた。
「……ラーナ。俺に着いてくるようになってから少し大きくなったか?」
迷宮内を探索しながら頭に乗ったラーナの重みにそう感じる。
「キュイ?」
俺の言葉にラーナは宙を浮きながら前に出てくる。そんなラーナを見て確実に初めてあった時よりも一回りほど身体が大きくなっていると感じる。
モンスターが一体何を食べ成長するのか疑問だったが、意外と言うべきかラーナは用意したご飯を何でも美味しそうに食べた。主にモンスターの肉なのだが、ラーナはそれなりの『魔力耐性』があるのか問題なく食べる事ができた。まあモンスターだから問題は無いと思っていたが……。
「モンスターは人間と違って成長するのが速い。コイツらは魔力の蓄積量によってその身を進化させていく。それこそ適度な食事と魔力供給ができれば2日や3日で成体になる個体もいるんだ」
「ほーん、そうなんだな」
スカーの説明を聞き流しながらラーナを撫でてやる。
それならもしかしたら明日にでもラーナは成体に進化してしまうかもしれないのか……できることならばもう少しこの毛玉フォルムのままで居てもらいたいものだ。……理由は癒されるから。
気持ちよさそうに目を細めるラーナが狼型のモンスターの姿になる想像が全くつかず、スカーの言葉に現実味が湧かない。
「……」
何てことを考えながら適当に迷宮内を探索して行く。
数回の戦闘を経て、大方出てくるモンスターの強さにも慣れてきた。特質した問題もなく順調に探索が進む中、ふと思う。
「てかもう深層99階層か……随分と下まで潜ってきたもんだ」
「……そうだな──」
正確な時間の把握はしていないが、深層51階層に転移させられてからそれなりの時間が経過した。
最初はどうなるかと思ったこの深層の攻略だったが、何とか今日まで生き延びることができた。ここまでに何度か死にかけたり、未だにこの深層から脱出する見当は付いていないが命あっての物種、そう考えると随分と遠くまで来たものだ。
この階層を踏破すれば次は深層100階層。大台に乗るひとつの区切りにしてこの大迷宮クレバスの四度目のターニングポイントだ。一体次はどんなボスモンスターが出てくるのだろうか。……まあ何となく予想は着いているのだが……それを今口にするのは野暮ってもんだ。
「──本当によくここまで来たものだ……。お前はここまで本当に頑張ってきた」
俺の言葉にスカーは急にしみじみとそう呟く。
「何だよいきなり……スカーが素直に褒めるなんて気持ち悪いな」
スカーの言葉にむず痒さを覚える。
「俺だって普通に誰かを褒めたりする。今回のこの迷宮攻略は本当に死んでもおかしくない事の連続だった──」
しみじみと皮肉げに答える嗄れた声は続ける。
「──全く、あの女も趣味が悪い。昔のふざけてした決まり事を1000年たった今でも守って、仕舞いにはこんな馬鹿げた迷宮なんぞ創りおって……到底客人を迎え入れた主人のすることでは無いな。無駄に長すぎる」
「……は? どういうことだ?」
今まで溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように文句を垂れるスカーに俺の足が止まる。
「ファイク、本当によくここまで生きて辿り着いた。この99階層を踏破すれば、お前は晴れてこの深層から出ることができるだろう」
「質問に答えろ。どういうことだスカー?」
訳の分からない戯言を続けるスカーに頭は混乱していく。
「お前は50階層の牛頭人が言っていた『証』がどういった意味か分かるか?」
「は?」
スカーの質問の意図が測れず、答えることができない。
「どうして50階層の牛頭人を倒したあとお前だけこの深層に転移させられたんだ?」
「それは……」
深く追求してこなかったその原因を今更考えてしまう。
「そもそもこの大迷宮とは誰が創ったモノだったかお前は覚えているか?」
その質問だけはハッキリと分かった。
「そんなの生命の賢者──」
「──答えは直ぐそこにある。俺が言えるのはここまでだ、後はここの主から直接聞くといい。それがお前の望みだったからな」
俺の言葉を遮ってスカーは言い放つ。
「おいふざけん──」
意味が分からず声を荒らげてスカーを問いただそうとするが、それは直ぐ目の前に現れた二又の別れ道によって遮られる。
「──は?」
「右だ」
足を止めていたはずなのにいつの間に現れたのか。その分かれ道に困惑しているとスカーはその別れ道の片方を指定する。
「おい、なんだこれ?」
「右だ」
スカーは質問に答えず、ただ方向を示すのみ。
「だから──」
「──右だ。答えを知りたいのならさっさと進むことをオススメする」
「……ッチ……分かった」
これ以上は何を言っても無駄だと判断し、俺はラーナを連れてスカーの指定した右の別れ道を進む。
薄暗く、少し狭く感じる真直ぐな一本道。
舗装のされていないその岩肌剥き出しの道は、歩みを進める事に少しづつその様相を変化させていく。
等間隔に壁に打ち込まれていく魔晄石のトーチ。段々と石のレンガによって舗装されていく壁と道。
歩くのに不自由がなくなっていく。
そんな道をどれほど歩いたのか、体感にして10分ほど経ったところで奥の方に薄らとこの道の先にある部屋の光が見えてくる。
やけに眩しいその光に誘われ、俺の進む歩幅は大きくなる。
さらに数分。やっと長い道を進みきって階層の終着点となる階段部屋に入る。
スカーの言葉通りここが最後の階層ならば、実質この階段部屋も最後となる。
一体どんな広い部屋でどんなボスモンスターがその部屋を守っているのかと思っていたが、実際目にしたその部屋は意外にもこじんまりとしたいつも通りの普通の階段部屋だった。
それこそ50階層の大理石の大部屋、75階層での鉄牢獄の大部屋と比べるとだいぶ狭いその空間。
地面や壁なんて大理石ではなく土と岩、豪華絢爛なシャンデリアや無数の鉄格子はその部屋には存在せず、気持ち程度の魔晄石のトーチと木で出来た十字架の墓標が七つだけ地面に突き刺さっていた。
その部屋の守り手は一人。ターニングポイントでは無いただの階段部屋にボスモンスターとは異例なことではあるが、大迷宮最後の部屋ともなれば不思議ではない。しかしその部屋の守り手も他のターニングポイントのボスモンスターに比べるととても見劣りした。
今まで無駄に巨大な体躯を持ったボスモンスター達。だが、今目の前にいるその部屋の守り手の背丈は俺と大して変わらない大きさだ。あまりにその部屋には不釣り合いな大きさの守り手が確実にボスモンスターだと分かるのはその見た目。浅黒く剥き出しになった逞しく隆起する筋肉、身につけた装備は気持ち程度の茶色の腰布と一本の鉄剣。何よりも確実なのは人の身体に二本の角を持った牛の頭だ。
いかにも今まで見てきたボスモンスターと比べれば見劣りするその牛頭人。しかしその牛頭人は今まで見てきたどのモンスターよりも異様な雰囲気を纏っていた。
「ッ!!」
咄嗟に身体の魔力を最大出力で循環させる。
コイツは他のどの牛頭人よりも……いや今まで対峙してきたどのモンスターよりも強い
本能が瞬時にそう判断する。
腰の鞘に帯剣した潜影剣を抜剣して、臨戦態勢に入る。
一気に地面を蹴って目の前の牛頭人に斬り掛かろうとする……が身体は言うことを聞かない。初めて感じる圧倒的な威圧感に足が竦み、動き出すことができない。
「……よくぞここまでお越しくださいました。お待ちしておりました、影の賢者スカー・ヴェンデマン様」
「!?」
攻めあぐねていると眼前の牛頭人は丁寧な所作でお辞儀をする。
50階層の黒鉄の牛頭人も言葉を話していたがそれとは比べ物にはならないほど聞き取りやすく流暢な言葉遣い。それにこの牛頭人はスカーの事を知っている感じだ。
「……おいスカー。お前、この牛と知り合いか?」
「いや、この牛頭人は知らんがそいつの主人とは古くからの付き合いだな」
何食わぬ顔でそう答えるスカー。
丁寧なお辞儀をした牛頭人は顔を上げると続ける。
「我が主は長い間貴方様の事をお待ちしておりました。直ぐにでもこの奥の部屋にお連れしたいのですが……何やらお連れ様も一緒のご様子で……」
「このボンクラは俺の弟子だ。コイツが一緒に行っては何か不都合があるのか?」
困った様子の牛頭人にスカーは俺の影を使って姿を創り、首を傾げる。……誰がボンクラだ。
「我が主からは同じ賢者以外はここを通すなと言われております。申し訳ないのですがお弟子様はここでお待ちいただくことになるのですが宜しいでしょうか?」
依然として丁寧で物腰の柔らかい言葉遣いで確認をしてくる牛頭人。
……というかこの牛頭人にはスカーの声が普通に聞こえているみたいだ。今まで誰にも認知されなかったのにどうして……?
「ふむ、そうか……だが俺は見ての通り自分の身体を持っていない。今はこのボンクラの影の中に住み着いているのだ。コイツも奥に行けなければ、俺はお前の言う主とやらに会うことはできんのだ」
スカーは困った風を装ってわざとらしくおどけて見せる。
「そうですか……お弟子様も一緒にでなければ行けないと……」
「駄目か?」
腕を組み考え込む牛頭人の答えを待つ。
ここで何事もなく牛頭人の許可が降りれば無駄な争いを起こさず、穏便に先に進むことができる。できれば戦わない方向性でお願いしたい。
そんな祈るように牛頭人の様子を伺っていると、奴は答えが出たのか腕組みをとく。
「そうですね。我が主からの私へのお申し付けはこうです「賢者は顔パス、それ以外は貴方に勝てば通してよし」と……」
「ということはファイクがお前に勝てば良いってことか?」
「はい。いくらスカー様のお弟子様とは言え、主の命令は絶対です。御手数ですがお手合せをお願いしても宜しいでしょうか?」
「だ、そうだが?」
「……」
何となく分かっていたが俺の祈りは届かなかった。
「まあそう上手くはいかねぇよなぁ~」
「やるのか? やらないのか?」
「どう考えてもやるしかないだろうが。ここまで来て引き下がれるかっての……」
煽るようなスカーに食い気味で答える。
正直なことを言えば戦いたくない。この牛頭人が今まで見てきたどのモンスターよりも強いのは見た瞬間から分かりきっている。負けるつもりは毛頭ないが、一筋縄では行かないのも確かだ。しかし、ここまで来て戦わない選択肢はない。俺には何があっても先に進む選択肢しか残されていないのだ。
「決まりですね。それでは殺すつもりで行かせてもらいますので、お弟子様もそのつもりで来てくださいませ」
「あー……分かった。っと……ちょっと待ってくれ」
物騒なことを真顔で言う牛頭人に少し時間を貰う。
「ラーナ。危ないからちょっと離れて貰ってもいいか?」
いつの間にか装備の胸ポケットに隠れていたラーナを呼び、安全なところまで離れさせる。
まだラーナに戦闘をさせるのは無理だ。この牛頭人とやり合うには無傷で済む気がしないし、予め怪我をしないように離れてもらった方が俺も戦いやすい。
「キュイ……」
「大丈夫、死なないから安心して見てろ」
「キュッ、キュイ!」
心配そうに見つめてくるラーナを撫でてやると、元気に頷いて被害が及ばないであろう距離まで離れる。
「……」
それでも心配なので念の為ラーナに影の防御壁を張る。
「準備は宜しいでしょうか?」
「ああ。待たせて済まないな」
牛頭人の方に向き直り頷く。
すると牛頭人は今までの理性的な雰囲気から一転、荒々しい殺気を放つ。
「ッ!!」
「それでは殺し合いましょうか」
一本の無骨な鉄剣を構えた牛頭人の表情は、俺のよく知るモンスターのモノだった。
瞬間、突風が巻き起こる。
怯えたラーナの声が迷宮内に反響する。
怯えた声も可愛らしい。と頬が緩んでしまいそうになるが、それよりもうちの可愛いラーナを怖がらせる不届き者に対する怒りで顔は顰めっ面だ。
「なにラーナを怖がらせてくれてんじゃッ!!」
怒鳴りながら蝙蝠型のモンスター『ウィスピングバット』に影から潜影剣を5本程造り出し投擲する。
飛んでくる潜影剣を『ウィスピングバット』は華麗に躱そうと空中で身を翻すが、追尾機能のある潜影剣には無駄な動きだ。5本の潜影剣はコウモリの動きに惑わされることなく敵を串刺しにして葬る。
「死んで詫びろ」
無惨にも地面に落ちるコウモリに吐き捨て、ラーナの方を見る。
「大丈夫だったか?」
「キュイ!」
ラーナは「大丈夫!」と言わんばかりに鳴くと、俺の頭の上で寛ぎ始める。前までは手の平の上がお気に入りであったが、最近のラーナの特等席は専ら頭の上だった。
「せめてそのだらしない顔はどうにかならないのか?」
スカーの呆れた声がする。
が、ラーナの前では粗末な事だ。俺がラーナに接する時どんなだらしない顔をしていようが、他に人なんていないこの深層では関係ない。
そうポジティブに考えて、先を進む。
現在、大迷宮クレバス深層99階層。中流域辺りの細かい部屋や道を探索している最中だった。
相変わらずパッとしない岩肌の迷宮内を攻略していたが、ラーナが仲間になったお陰かモチベーションは下がること無く順調に進んできた。
「……ラーナ。俺に着いてくるようになってから少し大きくなったか?」
迷宮内を探索しながら頭に乗ったラーナの重みにそう感じる。
「キュイ?」
俺の言葉にラーナは宙を浮きながら前に出てくる。そんなラーナを見て確実に初めてあった時よりも一回りほど身体が大きくなっていると感じる。
モンスターが一体何を食べ成長するのか疑問だったが、意外と言うべきかラーナは用意したご飯を何でも美味しそうに食べた。主にモンスターの肉なのだが、ラーナはそれなりの『魔力耐性』があるのか問題なく食べる事ができた。まあモンスターだから問題は無いと思っていたが……。
「モンスターは人間と違って成長するのが速い。コイツらは魔力の蓄積量によってその身を進化させていく。それこそ適度な食事と魔力供給ができれば2日や3日で成体になる個体もいるんだ」
「ほーん、そうなんだな」
スカーの説明を聞き流しながらラーナを撫でてやる。
それならもしかしたら明日にでもラーナは成体に進化してしまうかもしれないのか……できることならばもう少しこの毛玉フォルムのままで居てもらいたいものだ。……理由は癒されるから。
気持ちよさそうに目を細めるラーナが狼型のモンスターの姿になる想像が全くつかず、スカーの言葉に現実味が湧かない。
「……」
何てことを考えながら適当に迷宮内を探索して行く。
数回の戦闘を経て、大方出てくるモンスターの強さにも慣れてきた。特質した問題もなく順調に探索が進む中、ふと思う。
「てかもう深層99階層か……随分と下まで潜ってきたもんだ」
「……そうだな──」
正確な時間の把握はしていないが、深層51階層に転移させられてからそれなりの時間が経過した。
最初はどうなるかと思ったこの深層の攻略だったが、何とか今日まで生き延びることができた。ここまでに何度か死にかけたり、未だにこの深層から脱出する見当は付いていないが命あっての物種、そう考えると随分と遠くまで来たものだ。
この階層を踏破すれば次は深層100階層。大台に乗るひとつの区切りにしてこの大迷宮クレバスの四度目のターニングポイントだ。一体次はどんなボスモンスターが出てくるのだろうか。……まあ何となく予想は着いているのだが……それを今口にするのは野暮ってもんだ。
「──本当によくここまで来たものだ……。お前はここまで本当に頑張ってきた」
俺の言葉にスカーは急にしみじみとそう呟く。
「何だよいきなり……スカーが素直に褒めるなんて気持ち悪いな」
スカーの言葉にむず痒さを覚える。
「俺だって普通に誰かを褒めたりする。今回のこの迷宮攻略は本当に死んでもおかしくない事の連続だった──」
しみじみと皮肉げに答える嗄れた声は続ける。
「──全く、あの女も趣味が悪い。昔のふざけてした決まり事を1000年たった今でも守って、仕舞いにはこんな馬鹿げた迷宮なんぞ創りおって……到底客人を迎え入れた主人のすることでは無いな。無駄に長すぎる」
「……は? どういうことだ?」
今まで溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように文句を垂れるスカーに俺の足が止まる。
「ファイク、本当によくここまで生きて辿り着いた。この99階層を踏破すれば、お前は晴れてこの深層から出ることができるだろう」
「質問に答えろ。どういうことだスカー?」
訳の分からない戯言を続けるスカーに頭は混乱していく。
「お前は50階層の牛頭人が言っていた『証』がどういった意味か分かるか?」
「は?」
スカーの質問の意図が測れず、答えることができない。
「どうして50階層の牛頭人を倒したあとお前だけこの深層に転移させられたんだ?」
「それは……」
深く追求してこなかったその原因を今更考えてしまう。
「そもそもこの大迷宮とは誰が創ったモノだったかお前は覚えているか?」
その質問だけはハッキリと分かった。
「そんなの生命の賢者──」
「──答えは直ぐそこにある。俺が言えるのはここまでだ、後はここの主から直接聞くといい。それがお前の望みだったからな」
俺の言葉を遮ってスカーは言い放つ。
「おいふざけん──」
意味が分からず声を荒らげてスカーを問いただそうとするが、それは直ぐ目の前に現れた二又の別れ道によって遮られる。
「──は?」
「右だ」
足を止めていたはずなのにいつの間に現れたのか。その分かれ道に困惑しているとスカーはその別れ道の片方を指定する。
「おい、なんだこれ?」
「右だ」
スカーは質問に答えず、ただ方向を示すのみ。
「だから──」
「──右だ。答えを知りたいのならさっさと進むことをオススメする」
「……ッチ……分かった」
これ以上は何を言っても無駄だと判断し、俺はラーナを連れてスカーの指定した右の別れ道を進む。
薄暗く、少し狭く感じる真直ぐな一本道。
舗装のされていないその岩肌剥き出しの道は、歩みを進める事に少しづつその様相を変化させていく。
等間隔に壁に打ち込まれていく魔晄石のトーチ。段々と石のレンガによって舗装されていく壁と道。
歩くのに不自由がなくなっていく。
そんな道をどれほど歩いたのか、体感にして10分ほど経ったところで奥の方に薄らとこの道の先にある部屋の光が見えてくる。
やけに眩しいその光に誘われ、俺の進む歩幅は大きくなる。
さらに数分。やっと長い道を進みきって階層の終着点となる階段部屋に入る。
スカーの言葉通りここが最後の階層ならば、実質この階段部屋も最後となる。
一体どんな広い部屋でどんなボスモンスターがその部屋を守っているのかと思っていたが、実際目にしたその部屋は意外にもこじんまりとしたいつも通りの普通の階段部屋だった。
それこそ50階層の大理石の大部屋、75階層での鉄牢獄の大部屋と比べるとだいぶ狭いその空間。
地面や壁なんて大理石ではなく土と岩、豪華絢爛なシャンデリアや無数の鉄格子はその部屋には存在せず、気持ち程度の魔晄石のトーチと木で出来た十字架の墓標が七つだけ地面に突き刺さっていた。
その部屋の守り手は一人。ターニングポイントでは無いただの階段部屋にボスモンスターとは異例なことではあるが、大迷宮最後の部屋ともなれば不思議ではない。しかしその部屋の守り手も他のターニングポイントのボスモンスターに比べるととても見劣りした。
今まで無駄に巨大な体躯を持ったボスモンスター達。だが、今目の前にいるその部屋の守り手の背丈は俺と大して変わらない大きさだ。あまりにその部屋には不釣り合いな大きさの守り手が確実にボスモンスターだと分かるのはその見た目。浅黒く剥き出しになった逞しく隆起する筋肉、身につけた装備は気持ち程度の茶色の腰布と一本の鉄剣。何よりも確実なのは人の身体に二本の角を持った牛の頭だ。
いかにも今まで見てきたボスモンスターと比べれば見劣りするその牛頭人。しかしその牛頭人は今まで見てきたどのモンスターよりも異様な雰囲気を纏っていた。
「ッ!!」
咄嗟に身体の魔力を最大出力で循環させる。
コイツは他のどの牛頭人よりも……いや今まで対峙してきたどのモンスターよりも強い
本能が瞬時にそう判断する。
腰の鞘に帯剣した潜影剣を抜剣して、臨戦態勢に入る。
一気に地面を蹴って目の前の牛頭人に斬り掛かろうとする……が身体は言うことを聞かない。初めて感じる圧倒的な威圧感に足が竦み、動き出すことができない。
「……よくぞここまでお越しくださいました。お待ちしておりました、影の賢者スカー・ヴェンデマン様」
「!?」
攻めあぐねていると眼前の牛頭人は丁寧な所作でお辞儀をする。
50階層の黒鉄の牛頭人も言葉を話していたがそれとは比べ物にはならないほど聞き取りやすく流暢な言葉遣い。それにこの牛頭人はスカーの事を知っている感じだ。
「……おいスカー。お前、この牛と知り合いか?」
「いや、この牛頭人は知らんがそいつの主人とは古くからの付き合いだな」
何食わぬ顔でそう答えるスカー。
丁寧なお辞儀をした牛頭人は顔を上げると続ける。
「我が主は長い間貴方様の事をお待ちしておりました。直ぐにでもこの奥の部屋にお連れしたいのですが……何やらお連れ様も一緒のご様子で……」
「このボンクラは俺の弟子だ。コイツが一緒に行っては何か不都合があるのか?」
困った様子の牛頭人にスカーは俺の影を使って姿を創り、首を傾げる。……誰がボンクラだ。
「我が主からは同じ賢者以外はここを通すなと言われております。申し訳ないのですがお弟子様はここでお待ちいただくことになるのですが宜しいでしょうか?」
依然として丁寧で物腰の柔らかい言葉遣いで確認をしてくる牛頭人。
……というかこの牛頭人にはスカーの声が普通に聞こえているみたいだ。今まで誰にも認知されなかったのにどうして……?
「ふむ、そうか……だが俺は見ての通り自分の身体を持っていない。今はこのボンクラの影の中に住み着いているのだ。コイツも奥に行けなければ、俺はお前の言う主とやらに会うことはできんのだ」
スカーは困った風を装ってわざとらしくおどけて見せる。
「そうですか……お弟子様も一緒にでなければ行けないと……」
「駄目か?」
腕を組み考え込む牛頭人の答えを待つ。
ここで何事もなく牛頭人の許可が降りれば無駄な争いを起こさず、穏便に先に進むことができる。できれば戦わない方向性でお願いしたい。
そんな祈るように牛頭人の様子を伺っていると、奴は答えが出たのか腕組みをとく。
「そうですね。我が主からの私へのお申し付けはこうです「賢者は顔パス、それ以外は貴方に勝てば通してよし」と……」
「ということはファイクがお前に勝てば良いってことか?」
「はい。いくらスカー様のお弟子様とは言え、主の命令は絶対です。御手数ですがお手合せをお願いしても宜しいでしょうか?」
「だ、そうだが?」
「……」
何となく分かっていたが俺の祈りは届かなかった。
「まあそう上手くはいかねぇよなぁ~」
「やるのか? やらないのか?」
「どう考えてもやるしかないだろうが。ここまで来て引き下がれるかっての……」
煽るようなスカーに食い気味で答える。
正直なことを言えば戦いたくない。この牛頭人が今まで見てきたどのモンスターよりも強いのは見た瞬間から分かりきっている。負けるつもりは毛頭ないが、一筋縄では行かないのも確かだ。しかし、ここまで来て戦わない選択肢はない。俺には何があっても先に進む選択肢しか残されていないのだ。
「決まりですね。それでは殺すつもりで行かせてもらいますので、お弟子様もそのつもりで来てくださいませ」
「あー……分かった。っと……ちょっと待ってくれ」
物騒なことを真顔で言う牛頭人に少し時間を貰う。
「ラーナ。危ないからちょっと離れて貰ってもいいか?」
いつの間にか装備の胸ポケットに隠れていたラーナを呼び、安全なところまで離れさせる。
まだラーナに戦闘をさせるのは無理だ。この牛頭人とやり合うには無傷で済む気がしないし、予め怪我をしないように離れてもらった方が俺も戦いやすい。
「キュイ……」
「大丈夫、死なないから安心して見てろ」
「キュッ、キュイ!」
心配そうに見つめてくるラーナを撫でてやると、元気に頷いて被害が及ばないであろう距離まで離れる。
「……」
それでも心配なので念の為ラーナに影の防御壁を張る。
「準備は宜しいでしょうか?」
「ああ。待たせて済まないな」
牛頭人の方に向き直り頷く。
すると牛頭人は今までの理性的な雰囲気から一転、荒々しい殺気を放つ。
「ッ!!」
「それでは殺し合いましょうか」
一本の無骨な鉄剣を構えた牛頭人の表情は、俺のよく知るモンスターのモノだった。
瞬間、突風が巻き起こる。
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本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
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