元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

34話 暴虐の牛頭人

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「それでは殺し合いましょうか」

 その一言で突風が巻き起こる。

 身構えた時にはもう遅い。
 今まで眼前に立っていた牛頭人は一瞬にして俺との間合いを懐まで詰めてきている。

「ッ!?」

 気を抜いていた訳では無い。寧ろ、身体中には魔力が十全に循環し、いつ戦闘になっても問題はなかった。

 だが牛頭人の動きに反応できなかった。

 この牛野郎、速すぎる……!

 逆袈裟の形、鋭い弧を描き迫り来る鉄剣。それを何とか正面で迎え撃つが止めることはできない。

「うっ……!」

 全身に重たく伸し掛るような衝撃が響く。為す術なく、鉄剣に押し上げられるように宙へと吹っ飛ばされた。

「フスーーーッ!」

 荒々しく息を吐き牛頭人はコンパクトに膝を屈めて溜めを作る。そうして地面を抉るほどの脚力で跳躍し、追い討ちをかけてくる。

「チッ……!」

 好き勝手やられっぱなしなのは癪だ。こっちも反撃にでなければ。

 僅かな思考で改善点を探る。

 まずは循環率の調整だ。牛頭人の異次元な速度に目が慣れるまでまだ時間がかかる。両目に魔力を少し多めに集中、動体視力を上げて無理やり奴の動きを捉える。

「よし、見える」

 意識と同時に魔力が巡る。瞬間、視界が開けた感覚とともにこちらに突っ込んで来ている牛頭人の動きが先程よりも少し遅く見える。

 それでも牛頭人の根本的な強さが変わった訳では無い。このまま正面から攻撃を迎え打つのは避けたい。

 影の『支配領域』は六割、基礎魔法の行使ならば即座に可能だ。『支配領域』の解放で基礎魔法の威力は格段に上がった。この牛頭人相手でも邪魔程度にはなるだろう。

「……行けッ!」

 心像イメージをすれば下に広がる支配した影は勝手に蠢く。

「っ──」

 一瞬にして顕現した真下から這い寄る影の魔手は跳躍した牛頭人の右足を捕える。

「──軽いッ!」

 しかしそれで奴の動きを完全に止めることは不可能。全く停滞することなく奴は向かって来る。

 だが心像イメージした魔法はそれだけでは無い。

 一瞬視界を絡み付く魔手に奪われた牛頭人の視線を戻した先にはもう一つの基礎魔法、魔城の防壁が立ち塞がる。

「ッ!?」

 突然現れた障害物に牛頭人は目を見開き驚く。
 空中に突如として現れた防壁。方向を変えるための足場は空には無い。スピードは全く衰えることなく、このまま行けば奴は防壁にぶつかる。

 しかし、そんな障害物は奴にとって粗末な事に過ぎなかった。

「邪魔だッ!」

 吠えた牛頭人は鉄剣一振で容易く魔城の防壁を斬り伏せ、全く勢いが落ちることなく俺を殺そうと突っ込んでくる。

「……十分な隙だ。影遊──」

 そんな奴を見て俺は安堵する。
 ……安直な考えだったが上手く掛かってくれた。お陰で時間は稼げたし、完璧な心像イメージができた。

 それは決して崩壊することなく、全てを崩壊させる揺るぎない鉄槌の波動。

「──覇影戦気ッ!」

 魔力を帯びた言葉を引き金に支配した影を全身に纏う。それにより先程よりも全身に力が漲る。

 眼に魔力を集中させた事で他の部位は『魔力循環』による身体強化が弱くなる。これでは突っ込んでくる牛頭人と真正面からやり合うには不安しかない。それを覇影戦気による身体強化で補う。

 これで準備は整った。ようやく牛頭人と真向からやり合える。

「死ぬがいいッ!」

 俺の影魔法による邪魔を難なくやり過ごし、牛頭人の鉄剣が直ぐそこまでに迫ってくる。

「お前が死ねッ!!」

 それを潜影剣で迎えに行く。

「なっ……!?」

 牛頭人の間抜けな声とともに鉄がぶつかり合う甲高い音が鼓膜を震わせる。鍔迫り合いの形と相成り、互いの視線がかち合う。

 牛頭人はまさか自身の攻撃が受け止められるとは思っていなかったのか、驚愕した表情だ。

 空中による打ち合いは長く続かない。打ち合った事により牛頭人に加わっていた力は分散する。

「今度はお前が吹っ飛べ!」

 自然と上から迎え入れている俺の方が力を入れることが容易になり、流れるままに牛頭人を下に叩き落とす。

「くっ……」

 驚愕から苦痛の色に表情を変えた牛頭人は、それでも勢いを殺して難なく地面に着地する。

「まだだ」

 影で足場を作り、それを踏み台に加速する。

 牛頭人の着地により辺り一帯には濃い土煙が巻き散っている。それでも奴の姿は捉えている。

 上空から振り下ろした潜影剣が牛頭人の脳天めがけて疾走する。

「遅いですッ!」

 死角からの完璧な攻撃。しかし牛頭人はそれに反応して難なく受け止める。

「くっ……覇影戦気で強化してもまだ破れないか……!」

 地面に押し潰すつもりで放った剣撃、覇影戦気によって今持ちうる最大の身体強化も施している。それでも力は五分五分。

 簡単に突き破ることのできない牛頭人の防御に眉間の皺がよる。

「お見事な斬撃です。しかし……」

 牛頭人は潜影剣を上に弾き上げると、瞬きの合間に六連の斬撃を放ってくる。

 その速さはまさに電光石火。『魔力循環』で視覚を強化してもなおその剣速を捉えるのは至難の業だ。

「チッ……まだ上がるのかよ……」

 その証拠に何とか四つ目の太刀筋までは受けきれても、さらに加速する残りの二連撃は諸に斬撃を貰ってしまう。

 右の脇腹と左の腿に深めの切傷を負う。傷口から血が吹き出て激痛が走るが、幸いまだ動く分には支障は無い。

 しかし悠長に戦っていては確実にこっちが先にバテる。自力は圧倒的にあっちが上だ。無理矢理にでも大技を決めに行かなければ──

「影遊・潜影剣舞ッ!」

 ──それは黒よりも深い黒。
 潜影剣の派生系魔法『潜影剣舞』を発動する。足元に広がる黒い影が蠢き、大きく後ろに飛ぶ。

 次の瞬間には牛頭人の足元から数千という黒き刃が突如として吹き荒れる。

「なっ……!?」

 後ろに飛んだ俺を逃すまいと次の攻撃モーションに移行していた牛頭人は不意な死角からの攻撃に反応が遅れる。

 激しい風切り音を立てる大量の潜影剣は確実に牛頭人へと直撃し、上空へと打ち上げる。

「──」

 しかしそれでは終わらせない。この牛頭人にはこれだけでは勝負を決める決定打にはならない。

「──喰らえッ!!」

 空中で溜めを作り、着地と同時にそれを解き放つ。

 後ろに飛んだことにより俺と牛頭人の間には少なからずの間合いが生まれる。このままでは基礎魔法を当てることはできても、潜影剣での直接的な物理攻撃は不可能だ。

 だがそれでも俺は迷いなく上段から綺麗な弧を描き、潜影剣を振り抜く。
 軽く潜影剣が空を斬る音の次には眼前の空間が真二つに区切られ、地面と天井の両方を穿ち抉る衝撃波が発生する。

 覇影戦気で纏った影を余すことなく一気に潜影剣に乗せて、無防備に打ち上げられた牛頭人へ向けて解き放つ。

 回避は不可能。その部屋を埋め尽くさんばかりに膨張していく影の衝撃は宙を舞う牛頭人を喰らう。

 激しい衝撃と地面や天井の崩れる轟音が部屋を埋め尽くす。もう宙にいた牛頭人がどうなったのかそれを確認するのも難しい。

「はあ……はあ……」

 一気に魔力を使いすぎた事で呼吸が乱れる。それでも集中力は切らさずに注意深く周囲を警戒する。

 依然としてまだ瓦礫は崩れ落ち、濃い土煙が部屋に充満している。腕で口元を隠さなければ噎せて、乱れている呼吸が更に酷くなってしまう。

「……覇影戦気」

 再び影を纏って、攻撃がいつ飛んで来ても良いように体勢を整える。

 攻撃が当たった感覚はあるが倒せた自信は無い。これで駄目なら現時点の俺にできる事はもう無い。今できうる最大火力の魔法を二つ同時に使ったのだ、殺せはしなくてもこれで合格にならないだろうか。

 あの牛頭人は「殺すつもりで」と言っていてたし、「手合わせ」とも言っていた。だからこれはどちらかが死ぬまで続けるなんて言う物騒なものでは無いと俺は認識しているが、イマイチ何がどうなれば勝ちなのか判断基準が分からない。

「殺し合いましょうか。とも言っていたがな」

「……」

 今まで静観していた嗄れた爺の声が響き、敢えて触れていなかった牛頭人の物騒発言にベタベタに触れてくる。

 何とも都合のいい考え方をしてしまったがスカーの言う通り、あの牛頭人が最後に言っていたその言葉で一気に分からなくなっている。結局これは殺し合いなのか?それとも殺すつもりの手合わせなのか?

 まあ今の時点で判断するのであればこれは殺し合いなのだが……その殺し合いはまだ終わりではない気がする。

「ッ!?」

 そんな嫌な予感と同時に、今までよりも凄まじい殺気を感じ取る。

 無意識に身体中の『魔力循環』を高める。予想通りこの殺し合いは終わっていない。まだ収まらない土煙の中でも分かるその凍てつくような殺気に冷や汗が止まらない。

「とても素晴らしい魔法でした。流石は影の賢者様のお弟子様ですね。我が主に治療をお願いしなければと思うほどの傷を負うのは久しぶりです。ですが──」

 煙の向こうから声がする。

 くつくつと笑うように、嬉しそうに、楽しそうに喋るその牛頭人は続ける。

「──まだまだ若く、荒削りな魔法です。これではこの大迷宮クレバス最後の守り手である暴虐の牛頭人『カルミナティ』は殺せませんよッ!!」

 突風……いや……嵐が巻き起こる。

「疾風怒濤……我は追い風を捉える」

「なッ!?」

 今濃く舞い上がる土煙や瓦礫を吹き飛ばす嵐が、魔を帯びた言葉により生じる。

 それは確かに魔法だった。

 瞬きをした次には牛頭人が俺の真横に居て、また瞬きをした次には牛頭人は鉄剣振り抜いて俺の背後に立っていた。

「あっ……がッ……!!?」

 異様な感覚と激痛が走る。何処かから血が異常なほど吹き出る音がする。

 次第に激痛は増していき、訳が分からなくなるほどの激痛を発している左腕の方を見遣れば──

「あ……ああああああぁぁぁッッッ!!」

 ──俺の左前腕が綺麗に斬られて無くなっており、地面に転げ落ちていた。

「う、腕ッ! 腕が! 俺の腕がッ!!」

「おい! 落ち着けファイク!!」

 鼻を劈くような噎せ返る血の匂い。意識は瞬く間に狂っていく。

 何がどうして、どうなってこうなったのか全く分からない。

「腕を斬られた程度でこんなに気を動転させるとは……まだ子供ということか──」

 背後から侮蔑した暴虐の牛頭人──カルミナティがそう言った気がした。

「──終わりにしましょう。貴方にはこの先に進む資格は無い」

「影で止血しろ! 今ならまだ間に合う!」

 今まで何も助言をしてこなかったスカーが慌てた様子で叫ぶ。

 カルミナティは俺の血で濡れた鉄剣を構え直し、この殺し合いを終わらせようとする。

 腕が痛くてたまらない、ドクドクと血の流れ出る感覚が脱力感を呼び込む、もう繋がっていないはずなのに左手の指先を動かす感覚が鮮明に分かる。

 色んなことを感じ、考えれば考えるほど分からなくなる。

 どうしてカルミナティと名乗った牛頭人は魔法を使えるのか。どうしてモンスターが魔法を何食わぬ顔で行使しているのか。

 魔導具を介した簡単な魔法モノではない。しっかりと心像イメージし、それを現象として発現させる為に魔を帯びた言葉で詠唱した魔法モノ。遠い昔に魔法使い達が普通に使用していた魔法そのものだ。

 確かに奴は風を纏い身体を強化させて、異次元な速度で俺を斬った。

「クソっ! 手のかかる奴だ! 止血は勝手にやった! さっさと正気に戻れ!!」

 強烈な圧迫感が左腕を襲う。押し潰さんばかりに左腕の切傷は影に覆われ血が流れるのは止まる。

 プチッ……と。

 途端に何処かで何かの切れる音がする。

 それを皮切りに思考はクリアになっていき、冷静さを取り戻していく。

 暴虐の牛頭人は地を蹴って駆け出した。

「……分からねぇ──」

 血が足りない。俺の行動が遅いせいで無駄に流しすぎた。気怠さが尋常ではない。今すぐにでもふかふかのベットで眠りたい。

 ……ああ『箱庭亭』の自分の部屋のベットが懐かしい。

 メリッサ達は元気にしているだろうか。これだけ長い間帰ってこない俺をどう思っているのだろうか。もう死んだものと思って忘れているのだろうか。

 アイリスは今何をしているのだろうか。無事に目を覚ましただろうか。勝手に居なくなって帰ってこない俺の事などもうどうでも良くなってしまっているのだろうか。

 ……分からない。

 血の回ってない頭をどれだけ捻って考えても無駄だ。分からないモンは分からない。こればかりはどうしようもない。後で知ってるやつに直接聞くしかない。

 ──そのために先ずは──

「──分からねぇけど、お前を殺さなきゃあどうにもこうにも行かない訳だ」

 直ぐそこまで鉄剣を振りかぶり向かって来る牛野郎をぶっ殺さなければ行けない。

「死んでくださいッ!」

 カルミナティは俺の腕を斬った先程と同じ速度で迫って来る。今まで流暢に喋っていたというのにその瞳はモンスターらしく血走り、強い殺意が宿っている。

 視界が広がる。

 奴の一挙手一投足が良く見える。

 今ならばこの速度に反応する事が出来る。

「拡張」

 足元に広がり、部屋を支配する黒い影が蠢く。影はその領域を一つ上の段階へと広げる。

 意識が隅々へと行き渡る。

 脳に尋常ではない情報が入り込む。

「追いついた!?」

 潜影剣を発現させ、右腕一本でカルミナティの斬撃を受け止める。どうしてか奴の驚いた顔が間抜けに見える。

 魔力は十全に循環しいる、覇影戦気も効果を失ってはいない。魔力も十分に残っている。戦う準備はとっくの前から整っている。

 一つ問題があるとすれば身体が尋常じゃなく怠い。大技を連発しての疲労もあるが、血を流しすぎたのが尾を引いている。あれほど無駄な時間は無かった。場数の少なさがここに来て出た。

「ひとつ反省点だな……」

 それにやはりまだは俺には負担が大き過ぎる。『魔力耐性』がまだまだ未熟な証拠だ。数分程度なら余裕だろうと調子に乗って『領域拡張』をしてみたものの持って後30秒と言ったところだろう。

 全身の気怠さに加えて、激しい頭痛に意識がガンガンに揺さぶられる。

「おいファイク! まだ七割は──」

 スカーが何か大声で言っているがよく聞こえない。

 まあどうせ大したことではないだろう。今まで黙りを決め込んでいたのだ、今更口出しなどされても言うことなど聞く気はない。今回は俺の好きにさせてもらう。

 ……それにこの牛野郎は俺一人で殺さなきゃいけない。

 ここは大迷宮クレバス最後のターニングポイント、最後のボスモンスターだ。これまでの修行の集大成を披露するにはとっておきの舞台だ。

「お前はそこで黙って見てろ」

「くっ……」

 カルミナティの鉄剣を適当に弾いて奴の体勢を崩す。

 この『支配領域』の状態であの魔法を使ったらどうなるのか分からないが、相手にとって不足なし。俺の取って置きのを見せてやろう。

「──爆ぜろ──」

 心像イメージするのは弾け、炸裂する小さな火種。

 心像イメージするのは激しく迸り、全てを引き裂く閃烈なる火花。

 心像イメージし、想起する。

「──影遊・──」

 がら空きになったカルミナティの胸の中心部に凝縮させた影の針を飛ばす。

 針は何者にも邪魔されずに奴の胸に突き刺さる。

「……針?」

 大して気にすることも無い痛みに牛頭人は、攻撃の意図が掴めないと僅かに眉を顰める。

 カルミナティがその針に触れようとした瞬間に針は完全に奴の体内へと入り込む。『支配領域』が広がったことで影の強度や諸々の性能が格段に上がった。今の俺の影ならば易々と奴の鉄壁の肉体に影の針を入れることができる。

 俺はそれを見て引き金トリガーを引く。

「──包穿影ッ!」

「うぐっ!?」

 その言葉と同時にカルミナティの体内から何かが割れるような破裂音がして、苦痛の声と共に大きく身体を跳ねさせる。

 段々と破裂音の回数は増えていき、カルミナティの身体が大きく跳ねる度に奴の身体の内側が変な方向に変形していき骨や内蔵の壊れる音が響く。

「あがッ……なに……を……!!」

 次第に破裂の回数の間隔が短くなって行く。もう既に奴の体内では毎秒で影の種の破裂が起こっている。

 全身の骨は粉々に砕け、内蔵もグチャグチャに中でかき混ぜられている。立っているのも不思議な程の激痛がカルミナティを襲っているはずなのに、奴はどうしてか地面に膝を着くことは無い。

「流石は最後のボスモンスターってところか──」

 アイツの強さは尋常ではない。こんな拷問みたいな魔法を喰らってもアイツはたち続けている。本当に今まで戦ってきたどの好敵手よりもお前は最強だよカルミナティ。

 ──だから──

「──最後は派手に爆ぜろ」

 今までで一番大きな炸裂音が部屋中に反響する。

「あっ─────」

 カルミナティの全身が大きく跳ねて、そこから無数の影の棘が突き出し奴の身体はバラバラに飛び散る。

 粉々になった骨に内蔵、飛び散る肉塊に鮮血が部屋中に転がる。

「終わった……」

 そこで俺も限界を迎える。

「勝った……勝ったぞスカー……」

 もう二度と起き上がることは無い肉塊を見てほくそ笑む。

「全く無理をしやがって……」

 呆れたスカーの声がする。

「キュイーーーッ!」

 今まで遠くで見ていたラーナが物凄い勢いで俺の胸に飛び込んでくる。

「ハハッ──」

 無事に生き残ることができた。
 スカーの声とラーナを見てそんな安堵感が遅れてやって来る。

 満身創痍。もう本当に無理だ。
 一気に魔力を使いすぎた反動と血の流しすぎで身体はほぼ動かせないし、『領域拡張』を無理矢理した所為で意識を上手く保っていられない。加えて今まで忘れていた左腕の痛みもやって来た。

 ……駄目だ、眠たすぎる。

「もう無理寝る。後のことは任せたわ」

「あ、おいファイク! 勝手なこと言うな!」

 俺の投げやりな物言いにスカーは怒鳴るが、それに構ってる余裕もない。今回ばかりは本当に疲れた。

「じゃあな」

「おい! 本当に寝るな!」

 奥にいるって言う主様に色々と聞きたいことはあるが、それは後だ。今はゆっくり寝たい。

 目を閉じ意識が深く落ちていく。暗く、ゆったりとした包容感が全身を襲う。これは抗いようのない睡魔。

「こんなところで寝るなんて行儀が悪いな。一体弟子にどんな教育をしたらこうなるんだ、スカー?」

「……お前は!」

 意識が完全に落ちかける間際、薄ら眼にカルミナティが守っていた扉の奥から一人の人間が出てくるのが見える。

 落ち着いた聞き取りやすい綺麗な声音からその人が女性なのが伺える。何やらスカーが驚いている様子だがどうしたというのか。

「それにまた派手にやってくれたな。私のお気に入りをここまで壊すとは思ってなかったぞ。ファイク・スフォルツォ」

「……やはり生きていたのかリイヴ」

「ああ。お生憎様ピンピンしているよ」

 名前を呼ばれた気がするが反応はできない。

 もう本当に無理だ。色々と後にしてくれ……。

 そこで俺の意識は本当に消えた。
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