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第一章 大迷宮クレバス
36話 賢者の説明
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「どうぞ」
「……どうも」
丁寧な所作で目の前に紅茶の入ったティーカップを置く牛頭人のカルミナティ。お茶請けのクッキーもテーブルの真ん中に置かれれば完全にお茶会の場は出来上がる。
「カルミナティが入れた紅茶はとても美味しいよ。クッキーも彼の手作りでね、味は保証する」
出された紅茶とクッキーをジッと見つめているとリイヴが紅茶に口を附けながら言ってくる。
「はあ……」
それに生返事をして、クッキーを一つ摘む。
このクッキーをカルミナティが手作りたのか?
……マジで?
百歩譲ってカルミナティが紅茶を入れるのは想像が着く。しかし、目の前の何の変哲もない美味しそうなクッキーを牛頭人が作ったというのは信じ難い。というか作っている所を想像できない。字面だけでもう色々とカオスだ。情報量が多すぎる。
リイヴの斜め後ろでソワソワと何やら落ち着きない牛頭人をチラ見してクッキーを一口で頬張る。
パキッ、と子気味良い音を立てて何度か咀嚼する。噛む度にじんわりと砂糖の甘みとバターの香ばしい香りが口に広がる。
「ッ……美味い」
「っし!」
久方ぶりの甘いお菓子に思わず感想が零れ出る。それをカルミナティは聞き逃さず。安堵したように小さくガッツポーズをして喜んでいた。
「気に入ってくれたようでよかったよ。それじゃあ適当に摘みながらお話でもしようか。まずはここの主として賛辞の言葉を送らせてもらおう──」
俺とカルミナティの反応を見て嬉しそうに頷いたリイヴは手に持っていたティーカップをテーブルに置いて切り出す。
「──若き魔法使いファイク・スフォルツォよ。よくぞ我が大迷宮クレバス、その全階層を踏破しここまでたどり着いた。生命の賢者リイヴ・エルガルドは君のその勇気と力に最大の敬意を送ろう」
「あ、ありがとうございます」
今までの柔らかい雰囲気から一転、凛とした態度で賢者らしく堂々と言い放つリイヴに俺はそんな言葉しか返せない。
「うむ。見事この大迷宮を完全踏破した君にはここまで来れた褒美として私の答えられる限りで全ての君の質問に答えよう。ここまで来るのに色々と疑問に思ったことがあるだろう。好きに質問してくれたまえ」
「何でもですか……」
「ああ。伊達に長生きはしてないからね。大抵の質問には答えられる自信があるよ」
歴史に名を刻むほどの数々の偉業を成し遂げて来た賢者と直接面と向かって話せるだけでも奇跡だと言うのに、どんな質問にも答えてくれるとは俺には勿体なさすぎる状況だ。
勿体なさすぎて何から聞けばいいのか思い浮かばない。ここに来るまでは色々と聞きたいことや知りたいことがあったはずなのに、いざこうしてその機会が与えられると言葉が出てこない。
「さあ! 何でもばっちこい!!」
リイヴは再び柔らかい雰囲気へと戻り、もう一度言う。
「えーと……それじゃあ、スカーって本当に賢者なんですか?」
考えて考えてようやく捻り出した最初の質問はこれだった。
「……ぷっ……あはははは!!」
「……おい!ファイク! お前まだ俺が賢者だと信じていなかったのか! リイヴも笑うな!!」
少しの間を置いてリイヴの爆笑とスカーの怒鳴り声が返ってくる。
「いや、だって信じる情報源が無いし」
実際、リイヴの含めた他の賢者の歴史的文献や資料、遺産が残っていても、スカーのそう言った情報らしきものは一切見たことがないし調べてみても存在しない。
ここまで一緒に死線をくぐり抜けといてなんだが、未だに俺は『賢者』だと自称するスカーに半信半疑だった。
まあここに来てさっきのリイヴの謝罪や今までのやり取りを聞いてスカーが本当に賢者だと言うのはほぼ確定しているのだが、この際だ。同じ賢者であるリイヴにこの真意を直接聞いて確かめたい。
「あははははは! スカー、君の弟子は本当に面白いね! まさか初めて大迷宮を完全踏破した人間が最初にする質問がこんな事とは思わなかった!!」
「うるさい! お前の笑い声は腹が立つから直ぐに止めろ!!」
過呼吸気味になりながら未だ爆笑するリイヴにブチギレるスカー。
このやり取りだけでこの二人が相当の仲だと言うことは分かる。
何ならこの質問は俺が本当に聞きたいことを考えるための場繋ぎの為にしたようなものだ。
「あの……」
「ああ! ごめんごめん。面白すぎて大爆笑しちゃったよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
困惑した表情でリイヴの返答を待っていると、彼女はお腹を抑えながら詫びる。
「それで──」
「──ああ。薄々……というかもう分かっている事なんだろうがスカーは正真正銘、私たちの同胞である『賢者』で間違いないよ」
紅茶を口にして気を落ち着けながらリイヴは断言する。
ここまでは彼女の言う通りほぼ分かっていた。賢者からの言質も取ったしこれからはスカーに賢者関連の弄りは出来なくなったが……それはまあいい。
この質問の答えに付随にして疑問を投げる。
「……『賢者』というのは伝説の魔法使いです。現在もあなた達と同等、それを超える魔法使いは現れていない。それ故に『賢者』は一部界隈では神格化すらされています。今でもあなた達の数々の逸話や偉業、歴史的文献が多く残っています。この大迷宮なんていい例ですよ。それなのにスカーの……影の賢者のそれらしき情報は一切残っていない。スカー本人もこの事に驚いていて理由が分からないみたいだし、どうして現代にスカーに関する情報が残ってないんですか?」
ずっと気になっていた疑問だ。スカーを本当の賢者だと信じられなかった理由でもあるこの質問を、スカーが生きていた昔から今日まで生きてきた彼女なら答えを知っているかもしれない。
「ふむ。そうだね……ファイク君はスカー本人にどこまで聞いているんだい?」
「どこまで……前世で叶えられなかった願いを叶えるために転生したけど、どういうわけか俺の影に転生したってことぐらいですかね? それ以外は特に詳しく聞くことはありませんでした」
「その前世で叶えられなかった願いというのは──」
「自分の魔法理論が正しかったと仲間の賢者たちに証明することと、魔法の消失を防ぐことですね」
「──そうだよね……」
一瞬、苦虫を噛み潰したように表情を固くしてリイヴは頷く。
「……話してもいいのかい?」
「構わん。それでどうして俺の賢者としての功績が残っていないのか分かるのならばな」
「そうか──」
スカーに確認を取るとリイヴは納得して続ける。
「──詳しく話すと長くなるから所々割愛させてもらうけれど、スカーは私たち賢者の中でも飛び抜けて優秀でね。それこそ世界最強の魔法使いと呼ばれていた──」
「あ。あれって本当だったんだ」
「なんだと!?」
てっきり痛いお爺ちゃんの妄言だとばかり思っていた。
「──ある時私たちは魔法理論の話で喧嘩になった。スカーの「魔導具は魔法の発展に悪影響だ」という意見を私たちは全否定してしまってね。それに腹を立てたスカーは一人でこの考えを証明するために研究を始めた──」
俺たちのうるさいガヤを無視してリイヴは淡々と続ける。
「──しかしその時には私を除く他の賢者やスカーは若くはなくてね。それを証明するには時間が無さすぎた。いくら賢者と言えど所詮は生き物だ、時の流れには逆らえない。そう思っていたのだがスカーは魔法使いの悲願の一つである転生魔法を完成させたと手紙を残して突然死んで行った──」
「……」
ここまではスカーから聞いた事と一致する。その結果、今こうして俺の影に転生しているわけだ。
「──律儀にその手紙を私達にだけに残していったことで私たちはスカーの訃報にいち早く気づくことが出来た。直ぐに全世界で「影の賢者死んだ」という知らせは広まり、多くの人々がスカーの死に悲しんだ。勿論私達もね──」
「お前、人気者だったんだな」
「まあ世界最強の魔法使いだからな!」
自分が死んだ後のことを初めて知れてスカーは嬉しそうだ。
「──みんなで悲しみながらスカーを見送る。それだけで終わればよかったのだけれど、そういう訳にも行かなかった。スカーは生前、分野を問わず数多くの魔法理論の研究をして成果が出ればそれを全世界に発表していた。賢者の知識と言うのは他の人間からすれば叡智の塊みたいなもので、スカーのお陰で多くの魔法技術や生活レベルが格段に向上して行った。そんな未来の発展に大きく関わる多くの研究成果を未発表のままスカーは死んでしまった。そんな公に出ることなくなった知識に各国の腐った治者達が目を付けた。「私たちがこの知識を独占すれば他の国を出す抜き世界を征することが出来るのでは」とね──」
「ッ……」
「……」
ああ。何となく予想が着いてしまった。
「──世界に存在する大国と呼ばれる国が血眼になってスカーの『知識』を手に入れようと大きな戦争を起こした。とても醜くて残酷で不毛な争いだった。多くの国……人間が死んだ。それを目の当たりにした私たちは決めた。「スカーの残したありとあらゆる全てを忘却しよう」とね。直ぐにそれは実行され成された。それにより多くに死者を出しながらも戦争は何とか終わりを告げた──」
苦しそうに話すリイヴは、今でもその時のことを後悔しているのだろう。
「──そうして何を考えたのかその時の人々はこの忌々しい記憶を表上では抹消した。単純に辛く苦しい記憶を忘れたかったのもあるかも知れない。でもそんな傷ついた理由でないのはすぐに分かった。多くの人が死ぬ悲劇を起こしたというのに、何とか生き残った治者達は全く懲りていなかった。彼らはまだ『賢者の知識』を諦めていなかった。彼らは「こんな記録が公式に残っていれば動きづらくなる」と考え、自分たちの都合のいいように歴史にテコ入れをしたんだ──」
「……」
話を聞いている途中でこれほど大規模な戦争の歴史がどうして残っていないのか不思議だったがそういう事か。
「──まだ彼らは諦めていない。それが分かった私たち賢者はその忌々しい戦争を皮切りに世界の表舞台から姿を消した……次彼らが狙うのは私たちの『知識』だから。何人かの賢者はこの事に自害を選ぼうとした。それでも私たちは死ななかった……死ねなかった。まだやるべき事があるから。そうして私たちは協力して深い地の底に賢者以外が立ち入ることの出来ない隠れ家をそれぞれ創った」
「それって……」
「ああ。この大迷宮のことだよ」
「やるべき事っていうのは……?」
「必ず転生して帰ってくるスカーへの謝罪と、この事実を伝えることだ──」
俺の続けてでた疑問にリイヴは今まで話し続けていた喉を潤す為に紅茶をひと口啜る。
「──8人いた賢者の中で突き抜けて優秀だったスカーだ。転生魔法を完成させたと手紙に残した時疑いはしなかった。だから必ず転生してここへ来ると信じていた」
「リイヴ……」
先程、どうしてリイヴがスカーに謝罪したのかその理由が分かった。
「結局長くなっちゃったけどまあ今話したことが理由で過去のスカーの情報が無い。付け加えて言うならば世に出回っている私や他の賢者たちの文献なんかはこれでも少ない方だよ。理解していただけたかな?」
「あ、はい。なんかとんでもない事まで知っちゃった気がするけど理解はしました」
苦笑を浮かべながら俺は頷く。
何だか色々ととんでもない話を聞いてしまったな。
「ああ。言うまでもないと思うが今話したことは私たち賢者と、大国のかなり上の人間しか知らない事だからくれぐれも口外しないようにね。もし、王族なんかが関わる場所で今聞いたことを話せばきっと君は死ななくちゃいけなくなるから」
「……」
……うん、忘れよう。今聞いたことはできる限り忘れよう。そうしよう。俺は何も聞いてない。
張り詰めていた緊張を解き朗らかに笑うリイヴを見てそう決意する。
「おいリイヴ。今の話が本当なら現代の魔法技術の停滞の理由も今の話が大きく関係しているな?」
「うん? ああそうだね。今話した戦争がきっかけで人類は魔導具技術に力を入れ始めた。賢者である私たちが表舞台を退いたのも理由の一つとしては上げられるが大きな理由としては、あのクズ野郎共は魔導具の誰でも簡単に魔法が使える、という可能性に目を付けて再び来るかもしれない戦争のために即戦力を作ろうとしたんだろう。あの時からあからさまに魔導具を強く推し進める動きが始まった」
「やはりそうか……」
「まあ結局、現代の魔法技術を見ればわかる通り奴らの思惑は失敗したようなものだけどね。数だけ増やせても質が落ちれば本末転倒さ」
俺が一刻も早く今の記憶を封印しようとしているとスカーが納得したように頷いている。
「さて。だいたい今のファイク君の質問の への答えは出せたか。他に聞きたいことはあるかい?」
一段落つけて再び質問タイムへと戻ってくる。
今の話だけでだいぶ濃い話を聞けたので結構満足感があるのだが、滅多にないチャンスだし思いついたことは聞いてみるべきか。
そう思いずっと気になっていた質問をする。
「えっと……ずっと気になったんですけど、リイヴさんがまだ現代に生きているのは辛うじて納得できるんですけど、他の賢者が生きてると言うのは本当なんですか?」
それは先程から話の中に度々出てくる賢者たちの生死だ。
賢者が生きていたと言われている時代からもう既に約1000年以上の時が流れている。普通、いくら長命な種族と言えど1000年もの長い時間を生きることは不可能だ。しかし、目の前の生命の賢者はこうして生きている。彼女の場合はエルフ種特有の不老長寿に生命魔法の力でこうして生きながらえているのだと察しはつくが、他の賢者も同じ理由で生きながらえているとは思えない。
なぜならリイヴと同じエルフ種は他の賢者にはいないからだ。エルフ種以外の他の種族の寿命は人なら長くて100歳、そのほかの種族でも長くて200歳辺りが限界だ。現代まで生きているというのは信じ難い。仮にリイヴの生命魔法で他の賢者達も寿命を操作していると言うのならば現代まで生きながらえているというのは可能なのだろが、そこまで彼女の魔法は万能なのだろうか。
「本当だとも。彼らは今も自分達の大迷宮でスカーが来るのを待っている」
「でも一体どうやって……?」
首肯したリイヴは続ける。
「──一番初めにしたスカーの謝罪の時と繋がるけれども。私以外の賢者たちはある特定の縛りを課して私とファーレの魔法で生きている」
「特定の条件ですか?」
「ああ。厳密に言えば私以外の賢者は一度死んでいるんだ」
カルミナティから紅茶のおかわりを貰って喉を潤す。
「もしかして転生魔法ですか?」
一度死んでいるのに生きている、と言うことは言い換えれば生き返っているということだ。スカーも一度死んで、今こうして俺の影に生き返っている。それならば他の賢者達もスカーのように転生魔法で生きながらえているのだろうか?
「うん。いい線だが少し違うな。私たちがとった方法は見方によっては転生魔法よりも手軽で有用に思えものだ。が、実際は呪いの様なものさ」
「……呪い」
呪いという不吉な単語に一瞬彼女の話を聞くのを躊躇ってしまう。俺のようなただの探索者が聞いてもいいような話なのかと。
「もう察しはついているのだろうけど、私はエルフ種特有の不老長寿と生命魔法使いだけが使える生命操作魔法で今もこうして生きながらえている。言うまでもないがこの方法は他の賢者達には使えない。理由は2つ。一つは他の賢者達は不老長寿では無いから。もう一つはこの生命操作魔法は術者以外には使えない、言わば生命魔法使いにしか使えない身体強化魔法の一種なんだ。だからこの方法は他の賢者には使えない」
……でもここまで来て引き返すことなどもうできない。腹を括るしかない。
「それでも「まだ死ねない」と言った賢者は縛りをつけて生き長らえることを選んだ。ファイク君はファーレ・メイクシングは知っているね?」
「はい。創造の賢者ファーレ・メイクシング様ですよね」
リイヴの質問に首肯する。
ファーレ・メイクシング。ドワーフ種で創造魔法の賢者にして世界最高峰の創造者だ。世界各国に存在する最古の建築物は全て彼が残したものだと言われている。基礎となる魔導具の骨組みも彼が作成したらしい。物作りの天才だ。
「そうだ。そのファーレと私でとある人形を創ったんだ」
「人形?」
実物があった方が分かりやすいと思ったのかリイヴはカルミナティに小屋から話に出てきた人形を取らせに行く。
そうしてカルミナティが持ってきたのは全長150cm程の真白な人形だった。
「この人形はね。人の魂を保管、記憶し、模倣することができる人形だ。そして私の使える生命魔法はほんの短い時間だけではあるけど死者の魂を自在に操ることができる」
「えっ! それって……」
「そう。他の賢者達は一度死んで、この人形に自身の魂を宿して今も生き長らえているんだ。成功率は今のところ100%、下手に博打な転生魔法を使うよりも確実だ」
リイヴは人形を抱えて俺たちによく見せてくれる。
「……確かにそれだけ聞けばこっちの人形に魂を移し替えた方がいいように思えますけど。特定の縛りというのは一度死ぬ事ですか?」
リイヴはこの合作魔法には特定の縛りがあると言っていた。死ぬだけでも十分な縛りになり得るが、どうにもそれだけでは終わらない気がした。
「いいや。死ぬのは魔法を使用するための準備であって、縛りではない。この人形の欠点は二つはある──」
再びカルミナティに人形を預けて、リイヴは二本の指を立てる。
「──一つ目は魔法の使用が不可能。この人形は魔力を原動力にして動かしているのだが、全く魔法を使えなくなる。もちろん魔導具の使用も無理だ。これはこの人形が魔力を留めるだけの器に過ぎず、留めた魔力を魔法に変換させるプロセスを知らないからだ。知識として知ってはいてもこの人形の機能としてはそれは備わっていないんだ──」
今まで当然のように使えていた魔法がこの人形に魂を定着させた瞬間から使えなくなる。確かにこれは重たい縛りだ。
「──二つ目は、この人形に魂を定着させた瞬間にその人間は死ねなくなる。簡単に言えば不老不死になるんだ」
「え……」
「ッ……」
不老不死。
それは一見すれば誰もが夢見ることなのだろうが、この場合は……。
「この人形は便利でね。一度魂を定着させて起動してしまえば、待機中に漂う魔素を魔力に変換させて半永久的に生き続けられる。頑丈さも折り紙付きで、この世界にこの人形を壊せる生命体はいないだろう。魔法が使えなければ、意思、記憶、感情があっても決して今以上に成長することは無い。何も出来ない生ける屍の様なものさ。それでも彼らはこの人形で生き続けることを選んだ」
リイヴが「呪い」と言った理由がようやく分かった。確かにこれほどの『呪い』は存在しないだろう。何も進歩しないまま生き続けることなど何が楽しいのか。人の生とは毎日変化して、何かが起こるから楽しく渇望するものなのだ。これはまさに生き地獄だ。
「どうしてそこまでして……?」
単純にそんな疑問が浮かぶ。
「……それが過ちを犯した私たちの罰だと思ったからだよ。私たちには先に死んでしまったスカーの分までこの世界の行く末を見届ける義務があった。そしてさっきも言ったが私たちはこうして直接スカーにこの事実を伝えて、謝罪をしたかった」
「全く。アホな奴らだ──」
リイヴが話切るとスカーのそんな呆れた声がする。
「おいスカー、そんな言い方無いだろうが。リイヴさん達はお前の事を…………ッ!」
そんなスカーを食い気味に咎めようとするが、それが直ぐに本心ではないと分かる。
「──全く本当にどいつもこいつもそこまでして俺に謝りたいなんて、どうかしてやがる……」
「そうさ。私たちは頭のどうかした魔法使いだ。それと同時に君の友人でもある」
優しく微笑むリイヴにスカーはそれ以外何も言えなくなる。
「……さて、だいぶ脱線してしまったけどまあ私含めた賢者が今もこうして生きている理屈はそういう事さ」
「なんか、ありがとうございます」
最後にまとめをするリイヴに俺は無意識に頭を下げる。
何に対するお礼なのかは自分でしといてよく分かっていない。しかしどうしても言わなければいけない気がしたのだ。
「……はは! お礼をするのはこちらの方だよ。君がいなければ私たちとスカーは再開することは無かった。本当にありがとう」
破顔したリイヴはそう言うと俺の目を真っ直ぐと見つめて礼をする。
「ふう。だいぶ話し込んでしまったね。まだ目が覚めたばかりのファイク君にするには重たすぎたかもしれないね。配慮が足りずに済まない」
「いえ、そんなことないです」
「そう言って貰えると助かるよ。今日のお茶会はここまでにしようか。せっかくこんな奥深くまで来てくれたんだ傷と疲れが癒えるまでゆっくりしていくといい。その間に色々と語り合おうじゃないか」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
願ってもない申し出だ。
直ぐに出発したい気持ちはあるが、まだ聞きたいことが沢山ある。それにかなり疲れも溜まってるしここでゆっくりできるのは有難い。
「うん。そうしてくれ。何も無いところだが静かに療養を取るならこれほど適した所もそうない」
「あはは。そうかもですね」
ティーカップに入っていた残り少ない紅茶を全部飲みきってリイヴは立ち上がる。それにつられて俺も椅子から立ち笑い合う。
そうして俺はしばらくの間、ここでお世話ることにした。
「……どうも」
丁寧な所作で目の前に紅茶の入ったティーカップを置く牛頭人のカルミナティ。お茶請けのクッキーもテーブルの真ん中に置かれれば完全にお茶会の場は出来上がる。
「カルミナティが入れた紅茶はとても美味しいよ。クッキーも彼の手作りでね、味は保証する」
出された紅茶とクッキーをジッと見つめているとリイヴが紅茶に口を附けながら言ってくる。
「はあ……」
それに生返事をして、クッキーを一つ摘む。
このクッキーをカルミナティが手作りたのか?
……マジで?
百歩譲ってカルミナティが紅茶を入れるのは想像が着く。しかし、目の前の何の変哲もない美味しそうなクッキーを牛頭人が作ったというのは信じ難い。というか作っている所を想像できない。字面だけでもう色々とカオスだ。情報量が多すぎる。
リイヴの斜め後ろでソワソワと何やら落ち着きない牛頭人をチラ見してクッキーを一口で頬張る。
パキッ、と子気味良い音を立てて何度か咀嚼する。噛む度にじんわりと砂糖の甘みとバターの香ばしい香りが口に広がる。
「ッ……美味い」
「っし!」
久方ぶりの甘いお菓子に思わず感想が零れ出る。それをカルミナティは聞き逃さず。安堵したように小さくガッツポーズをして喜んでいた。
「気に入ってくれたようでよかったよ。それじゃあ適当に摘みながらお話でもしようか。まずはここの主として賛辞の言葉を送らせてもらおう──」
俺とカルミナティの反応を見て嬉しそうに頷いたリイヴは手に持っていたティーカップをテーブルに置いて切り出す。
「──若き魔法使いファイク・スフォルツォよ。よくぞ我が大迷宮クレバス、その全階層を踏破しここまでたどり着いた。生命の賢者リイヴ・エルガルドは君のその勇気と力に最大の敬意を送ろう」
「あ、ありがとうございます」
今までの柔らかい雰囲気から一転、凛とした態度で賢者らしく堂々と言い放つリイヴに俺はそんな言葉しか返せない。
「うむ。見事この大迷宮を完全踏破した君にはここまで来れた褒美として私の答えられる限りで全ての君の質問に答えよう。ここまで来るのに色々と疑問に思ったことがあるだろう。好きに質問してくれたまえ」
「何でもですか……」
「ああ。伊達に長生きはしてないからね。大抵の質問には答えられる自信があるよ」
歴史に名を刻むほどの数々の偉業を成し遂げて来た賢者と直接面と向かって話せるだけでも奇跡だと言うのに、どんな質問にも答えてくれるとは俺には勿体なさすぎる状況だ。
勿体なさすぎて何から聞けばいいのか思い浮かばない。ここに来るまでは色々と聞きたいことや知りたいことがあったはずなのに、いざこうしてその機会が与えられると言葉が出てこない。
「さあ! 何でもばっちこい!!」
リイヴは再び柔らかい雰囲気へと戻り、もう一度言う。
「えーと……それじゃあ、スカーって本当に賢者なんですか?」
考えて考えてようやく捻り出した最初の質問はこれだった。
「……ぷっ……あはははは!!」
「……おい!ファイク! お前まだ俺が賢者だと信じていなかったのか! リイヴも笑うな!!」
少しの間を置いてリイヴの爆笑とスカーの怒鳴り声が返ってくる。
「いや、だって信じる情報源が無いし」
実際、リイヴの含めた他の賢者の歴史的文献や資料、遺産が残っていても、スカーのそう言った情報らしきものは一切見たことがないし調べてみても存在しない。
ここまで一緒に死線をくぐり抜けといてなんだが、未だに俺は『賢者』だと自称するスカーに半信半疑だった。
まあここに来てさっきのリイヴの謝罪や今までのやり取りを聞いてスカーが本当に賢者だと言うのはほぼ確定しているのだが、この際だ。同じ賢者であるリイヴにこの真意を直接聞いて確かめたい。
「あははははは! スカー、君の弟子は本当に面白いね! まさか初めて大迷宮を完全踏破した人間が最初にする質問がこんな事とは思わなかった!!」
「うるさい! お前の笑い声は腹が立つから直ぐに止めろ!!」
過呼吸気味になりながら未だ爆笑するリイヴにブチギレるスカー。
このやり取りだけでこの二人が相当の仲だと言うことは分かる。
何ならこの質問は俺が本当に聞きたいことを考えるための場繋ぎの為にしたようなものだ。
「あの……」
「ああ! ごめんごめん。面白すぎて大爆笑しちゃったよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
困惑した表情でリイヴの返答を待っていると、彼女はお腹を抑えながら詫びる。
「それで──」
「──ああ。薄々……というかもう分かっている事なんだろうがスカーは正真正銘、私たちの同胞である『賢者』で間違いないよ」
紅茶を口にして気を落ち着けながらリイヴは断言する。
ここまでは彼女の言う通りほぼ分かっていた。賢者からの言質も取ったしこれからはスカーに賢者関連の弄りは出来なくなったが……それはまあいい。
この質問の答えに付随にして疑問を投げる。
「……『賢者』というのは伝説の魔法使いです。現在もあなた達と同等、それを超える魔法使いは現れていない。それ故に『賢者』は一部界隈では神格化すらされています。今でもあなた達の数々の逸話や偉業、歴史的文献が多く残っています。この大迷宮なんていい例ですよ。それなのにスカーの……影の賢者のそれらしき情報は一切残っていない。スカー本人もこの事に驚いていて理由が分からないみたいだし、どうして現代にスカーに関する情報が残ってないんですか?」
ずっと気になっていた疑問だ。スカーを本当の賢者だと信じられなかった理由でもあるこの質問を、スカーが生きていた昔から今日まで生きてきた彼女なら答えを知っているかもしれない。
「ふむ。そうだね……ファイク君はスカー本人にどこまで聞いているんだい?」
「どこまで……前世で叶えられなかった願いを叶えるために転生したけど、どういうわけか俺の影に転生したってことぐらいですかね? それ以外は特に詳しく聞くことはありませんでした」
「その前世で叶えられなかった願いというのは──」
「自分の魔法理論が正しかったと仲間の賢者たちに証明することと、魔法の消失を防ぐことですね」
「──そうだよね……」
一瞬、苦虫を噛み潰したように表情を固くしてリイヴは頷く。
「……話してもいいのかい?」
「構わん。それでどうして俺の賢者としての功績が残っていないのか分かるのならばな」
「そうか──」
スカーに確認を取るとリイヴは納得して続ける。
「──詳しく話すと長くなるから所々割愛させてもらうけれど、スカーは私たち賢者の中でも飛び抜けて優秀でね。それこそ世界最強の魔法使いと呼ばれていた──」
「あ。あれって本当だったんだ」
「なんだと!?」
てっきり痛いお爺ちゃんの妄言だとばかり思っていた。
「──ある時私たちは魔法理論の話で喧嘩になった。スカーの「魔導具は魔法の発展に悪影響だ」という意見を私たちは全否定してしまってね。それに腹を立てたスカーは一人でこの考えを証明するために研究を始めた──」
俺たちのうるさいガヤを無視してリイヴは淡々と続ける。
「──しかしその時には私を除く他の賢者やスカーは若くはなくてね。それを証明するには時間が無さすぎた。いくら賢者と言えど所詮は生き物だ、時の流れには逆らえない。そう思っていたのだがスカーは魔法使いの悲願の一つである転生魔法を完成させたと手紙を残して突然死んで行った──」
「……」
ここまではスカーから聞いた事と一致する。その結果、今こうして俺の影に転生しているわけだ。
「──律儀にその手紙を私達にだけに残していったことで私たちはスカーの訃報にいち早く気づくことが出来た。直ぐに全世界で「影の賢者死んだ」という知らせは広まり、多くの人々がスカーの死に悲しんだ。勿論私達もね──」
「お前、人気者だったんだな」
「まあ世界最強の魔法使いだからな!」
自分が死んだ後のことを初めて知れてスカーは嬉しそうだ。
「──みんなで悲しみながらスカーを見送る。それだけで終わればよかったのだけれど、そういう訳にも行かなかった。スカーは生前、分野を問わず数多くの魔法理論の研究をして成果が出ればそれを全世界に発表していた。賢者の知識と言うのは他の人間からすれば叡智の塊みたいなもので、スカーのお陰で多くの魔法技術や生活レベルが格段に向上して行った。そんな未来の発展に大きく関わる多くの研究成果を未発表のままスカーは死んでしまった。そんな公に出ることなくなった知識に各国の腐った治者達が目を付けた。「私たちがこの知識を独占すれば他の国を出す抜き世界を征することが出来るのでは」とね──」
「ッ……」
「……」
ああ。何となく予想が着いてしまった。
「──世界に存在する大国と呼ばれる国が血眼になってスカーの『知識』を手に入れようと大きな戦争を起こした。とても醜くて残酷で不毛な争いだった。多くの国……人間が死んだ。それを目の当たりにした私たちは決めた。「スカーの残したありとあらゆる全てを忘却しよう」とね。直ぐにそれは実行され成された。それにより多くに死者を出しながらも戦争は何とか終わりを告げた──」
苦しそうに話すリイヴは、今でもその時のことを後悔しているのだろう。
「──そうして何を考えたのかその時の人々はこの忌々しい記憶を表上では抹消した。単純に辛く苦しい記憶を忘れたかったのもあるかも知れない。でもそんな傷ついた理由でないのはすぐに分かった。多くの人が死ぬ悲劇を起こしたというのに、何とか生き残った治者達は全く懲りていなかった。彼らはまだ『賢者の知識』を諦めていなかった。彼らは「こんな記録が公式に残っていれば動きづらくなる」と考え、自分たちの都合のいいように歴史にテコ入れをしたんだ──」
「……」
話を聞いている途中でこれほど大規模な戦争の歴史がどうして残っていないのか不思議だったがそういう事か。
「──まだ彼らは諦めていない。それが分かった私たち賢者はその忌々しい戦争を皮切りに世界の表舞台から姿を消した……次彼らが狙うのは私たちの『知識』だから。何人かの賢者はこの事に自害を選ぼうとした。それでも私たちは死ななかった……死ねなかった。まだやるべき事があるから。そうして私たちは協力して深い地の底に賢者以外が立ち入ることの出来ない隠れ家をそれぞれ創った」
「それって……」
「ああ。この大迷宮のことだよ」
「やるべき事っていうのは……?」
「必ず転生して帰ってくるスカーへの謝罪と、この事実を伝えることだ──」
俺の続けてでた疑問にリイヴは今まで話し続けていた喉を潤す為に紅茶をひと口啜る。
「──8人いた賢者の中で突き抜けて優秀だったスカーだ。転生魔法を完成させたと手紙に残した時疑いはしなかった。だから必ず転生してここへ来ると信じていた」
「リイヴ……」
先程、どうしてリイヴがスカーに謝罪したのかその理由が分かった。
「結局長くなっちゃったけどまあ今話したことが理由で過去のスカーの情報が無い。付け加えて言うならば世に出回っている私や他の賢者たちの文献なんかはこれでも少ない方だよ。理解していただけたかな?」
「あ、はい。なんかとんでもない事まで知っちゃった気がするけど理解はしました」
苦笑を浮かべながら俺は頷く。
何だか色々ととんでもない話を聞いてしまったな。
「ああ。言うまでもないと思うが今話したことは私たち賢者と、大国のかなり上の人間しか知らない事だからくれぐれも口外しないようにね。もし、王族なんかが関わる場所で今聞いたことを話せばきっと君は死ななくちゃいけなくなるから」
「……」
……うん、忘れよう。今聞いたことはできる限り忘れよう。そうしよう。俺は何も聞いてない。
張り詰めていた緊張を解き朗らかに笑うリイヴを見てそう決意する。
「おいリイヴ。今の話が本当なら現代の魔法技術の停滞の理由も今の話が大きく関係しているな?」
「うん? ああそうだね。今話した戦争がきっかけで人類は魔導具技術に力を入れ始めた。賢者である私たちが表舞台を退いたのも理由の一つとしては上げられるが大きな理由としては、あのクズ野郎共は魔導具の誰でも簡単に魔法が使える、という可能性に目を付けて再び来るかもしれない戦争のために即戦力を作ろうとしたんだろう。あの時からあからさまに魔導具を強く推し進める動きが始まった」
「やはりそうか……」
「まあ結局、現代の魔法技術を見ればわかる通り奴らの思惑は失敗したようなものだけどね。数だけ増やせても質が落ちれば本末転倒さ」
俺が一刻も早く今の記憶を封印しようとしているとスカーが納得したように頷いている。
「さて。だいたい今のファイク君の質問の への答えは出せたか。他に聞きたいことはあるかい?」
一段落つけて再び質問タイムへと戻ってくる。
今の話だけでだいぶ濃い話を聞けたので結構満足感があるのだが、滅多にないチャンスだし思いついたことは聞いてみるべきか。
そう思いずっと気になっていた質問をする。
「えっと……ずっと気になったんですけど、リイヴさんがまだ現代に生きているのは辛うじて納得できるんですけど、他の賢者が生きてると言うのは本当なんですか?」
それは先程から話の中に度々出てくる賢者たちの生死だ。
賢者が生きていたと言われている時代からもう既に約1000年以上の時が流れている。普通、いくら長命な種族と言えど1000年もの長い時間を生きることは不可能だ。しかし、目の前の生命の賢者はこうして生きている。彼女の場合はエルフ種特有の不老長寿に生命魔法の力でこうして生きながらえているのだと察しはつくが、他の賢者も同じ理由で生きながらえているとは思えない。
なぜならリイヴと同じエルフ種は他の賢者にはいないからだ。エルフ種以外の他の種族の寿命は人なら長くて100歳、そのほかの種族でも長くて200歳辺りが限界だ。現代まで生きているというのは信じ難い。仮にリイヴの生命魔法で他の賢者達も寿命を操作していると言うのならば現代まで生きながらえているというのは可能なのだろが、そこまで彼女の魔法は万能なのだろうか。
「本当だとも。彼らは今も自分達の大迷宮でスカーが来るのを待っている」
「でも一体どうやって……?」
首肯したリイヴは続ける。
「──一番初めにしたスカーの謝罪の時と繋がるけれども。私以外の賢者たちはある特定の縛りを課して私とファーレの魔法で生きている」
「特定の条件ですか?」
「ああ。厳密に言えば私以外の賢者は一度死んでいるんだ」
カルミナティから紅茶のおかわりを貰って喉を潤す。
「もしかして転生魔法ですか?」
一度死んでいるのに生きている、と言うことは言い換えれば生き返っているということだ。スカーも一度死んで、今こうして俺の影に生き返っている。それならば他の賢者達もスカーのように転生魔法で生きながらえているのだろうか?
「うん。いい線だが少し違うな。私たちがとった方法は見方によっては転生魔法よりも手軽で有用に思えものだ。が、実際は呪いの様なものさ」
「……呪い」
呪いという不吉な単語に一瞬彼女の話を聞くのを躊躇ってしまう。俺のようなただの探索者が聞いてもいいような話なのかと。
「もう察しはついているのだろうけど、私はエルフ種特有の不老長寿と生命魔法使いだけが使える生命操作魔法で今もこうして生きながらえている。言うまでもないがこの方法は他の賢者達には使えない。理由は2つ。一つは他の賢者達は不老長寿では無いから。もう一つはこの生命操作魔法は術者以外には使えない、言わば生命魔法使いにしか使えない身体強化魔法の一種なんだ。だからこの方法は他の賢者には使えない」
……でもここまで来て引き返すことなどもうできない。腹を括るしかない。
「それでも「まだ死ねない」と言った賢者は縛りをつけて生き長らえることを選んだ。ファイク君はファーレ・メイクシングは知っているね?」
「はい。創造の賢者ファーレ・メイクシング様ですよね」
リイヴの質問に首肯する。
ファーレ・メイクシング。ドワーフ種で創造魔法の賢者にして世界最高峰の創造者だ。世界各国に存在する最古の建築物は全て彼が残したものだと言われている。基礎となる魔導具の骨組みも彼が作成したらしい。物作りの天才だ。
「そうだ。そのファーレと私でとある人形を創ったんだ」
「人形?」
実物があった方が分かりやすいと思ったのかリイヴはカルミナティに小屋から話に出てきた人形を取らせに行く。
そうしてカルミナティが持ってきたのは全長150cm程の真白な人形だった。
「この人形はね。人の魂を保管、記憶し、模倣することができる人形だ。そして私の使える生命魔法はほんの短い時間だけではあるけど死者の魂を自在に操ることができる」
「えっ! それって……」
「そう。他の賢者達は一度死んで、この人形に自身の魂を宿して今も生き長らえているんだ。成功率は今のところ100%、下手に博打な転生魔法を使うよりも確実だ」
リイヴは人形を抱えて俺たちによく見せてくれる。
「……確かにそれだけ聞けばこっちの人形に魂を移し替えた方がいいように思えますけど。特定の縛りというのは一度死ぬ事ですか?」
リイヴはこの合作魔法には特定の縛りがあると言っていた。死ぬだけでも十分な縛りになり得るが、どうにもそれだけでは終わらない気がした。
「いいや。死ぬのは魔法を使用するための準備であって、縛りではない。この人形の欠点は二つはある──」
再びカルミナティに人形を預けて、リイヴは二本の指を立てる。
「──一つ目は魔法の使用が不可能。この人形は魔力を原動力にして動かしているのだが、全く魔法を使えなくなる。もちろん魔導具の使用も無理だ。これはこの人形が魔力を留めるだけの器に過ぎず、留めた魔力を魔法に変換させるプロセスを知らないからだ。知識として知ってはいてもこの人形の機能としてはそれは備わっていないんだ──」
今まで当然のように使えていた魔法がこの人形に魂を定着させた瞬間から使えなくなる。確かにこれは重たい縛りだ。
「──二つ目は、この人形に魂を定着させた瞬間にその人間は死ねなくなる。簡単に言えば不老不死になるんだ」
「え……」
「ッ……」
不老不死。
それは一見すれば誰もが夢見ることなのだろうが、この場合は……。
「この人形は便利でね。一度魂を定着させて起動してしまえば、待機中に漂う魔素を魔力に変換させて半永久的に生き続けられる。頑丈さも折り紙付きで、この世界にこの人形を壊せる生命体はいないだろう。魔法が使えなければ、意思、記憶、感情があっても決して今以上に成長することは無い。何も出来ない生ける屍の様なものさ。それでも彼らはこの人形で生き続けることを選んだ」
リイヴが「呪い」と言った理由がようやく分かった。確かにこれほどの『呪い』は存在しないだろう。何も進歩しないまま生き続けることなど何が楽しいのか。人の生とは毎日変化して、何かが起こるから楽しく渇望するものなのだ。これはまさに生き地獄だ。
「どうしてそこまでして……?」
単純にそんな疑問が浮かぶ。
「……それが過ちを犯した私たちの罰だと思ったからだよ。私たちには先に死んでしまったスカーの分までこの世界の行く末を見届ける義務があった。そしてさっきも言ったが私たちはこうして直接スカーにこの事実を伝えて、謝罪をしたかった」
「全く。アホな奴らだ──」
リイヴが話切るとスカーのそんな呆れた声がする。
「おいスカー、そんな言い方無いだろうが。リイヴさん達はお前の事を…………ッ!」
そんなスカーを食い気味に咎めようとするが、それが直ぐに本心ではないと分かる。
「──全く本当にどいつもこいつもそこまでして俺に謝りたいなんて、どうかしてやがる……」
「そうさ。私たちは頭のどうかした魔法使いだ。それと同時に君の友人でもある」
優しく微笑むリイヴにスカーはそれ以外何も言えなくなる。
「……さて、だいぶ脱線してしまったけどまあ私含めた賢者が今もこうして生きている理屈はそういう事さ」
「なんか、ありがとうございます」
最後にまとめをするリイヴに俺は無意識に頭を下げる。
何に対するお礼なのかは自分でしといてよく分かっていない。しかしどうしても言わなければいけない気がしたのだ。
「……はは! お礼をするのはこちらの方だよ。君がいなければ私たちとスカーは再開することは無かった。本当にありがとう」
破顔したリイヴはそう言うと俺の目を真っ直ぐと見つめて礼をする。
「ふう。だいぶ話し込んでしまったね。まだ目が覚めたばかりのファイク君にするには重たすぎたかもしれないね。配慮が足りずに済まない」
「いえ、そんなことないです」
「そう言って貰えると助かるよ。今日のお茶会はここまでにしようか。せっかくこんな奥深くまで来てくれたんだ傷と疲れが癒えるまでゆっくりしていくといい。その間に色々と語り合おうじゃないか」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
願ってもない申し出だ。
直ぐに出発したい気持ちはあるが、まだ聞きたいことが沢山ある。それにかなり疲れも溜まってるしここでゆっくりできるのは有難い。
「うん。そうしてくれ。何も無いところだが静かに療養を取るならこれほど適した所もそうない」
「あはは。そうかもですね」
ティーカップに入っていた残り少ない紅茶を全部飲みきってリイヴは立ち上がる。それにつられて俺も椅子から立ち笑い合う。
そうして俺はしばらくの間、ここでお世話ることにした。
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