元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

43話 局長室にて

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 為す術なく鉄格子の箱の移動型魔導具で探協の最上階に連行された俺達は、豪華絢爛、一際大きな部屋に通される。

「まあ適当にそこら辺に掛けてくれ」

「うおっ!? あぶね!!」

 首根っこを掴まれたまま部屋に入るなりそんな無造作なオッサンの声がしたかと思えば、次の瞬間には身体は宙を舞って高級そうなソファーへと投げ飛ばされる。

 それに続くようにしてアイリスと彼女に抱かれたラーナが静かに俺の隣に座る。

 ……急すぎて状況の処理が追いつかない。
 なんだって俺はこんな探協の一番上の階……それもメチャクチャ偉い人が使ってそうな部屋に連行されてるんだ。
 それにこのオッサン誰だよ。

 部屋の奥にある細かい職人の装飾が施された机、俺達が座っているソファーよりも座り心地の良さそうなリクライニングチェアに腰掛けた壮年の男を見て疑問を抱く。

 短く切り揃えられた白髪混じりの黒髪。鋭い目付きに厳つい顔立ち、見ただけで赤ん坊はギャン泣きだろう。その身長の高さとガタイの良さが厳つさを更に際立たせている。
 一言でこのオッサンを言い表すならば筋肉ダルマ。とにかく厳つい。

「さて。それじゃあ訊問といこうか」

「いや。オッサン誰だよ。誰が好き好んでこんなところで身元の分からないオッサンと楽しくお話しなくちゃいけないんだよ。なあアイリス?」

 何の自己紹介もなく話を始めようとするオッサンの言葉を遮ってアイリスに同意を求める。

「……ファイクさんはこの人を知らないんですか?」

「え? アイリスは知ってるの?」

「まあ……」

 控えめに聞いてくるアイリスに逆に聞き返してしまう。
 マジか。アイリスはどうやらこのオッサンを知っているらしい。

「……カハハッ! まさか探索者をしてて俺の事を知らないとはな!!」

 数秒、面を喰らったように驚いたオッサンは次の瞬間には哄笑する。

 それに幾許かのイラつきを覚えながら再びアイリスに問いかける。

「……アイリスが知ってるなら聞くけど目の前で爆笑してる偉そうなオッサンは何者なの?」

「はい。目の前で笑っている御仁はこの探索者協会クレバス支部の探協長をしている、カイゼル・ウォークライです」

「……え?」

 カイゼル・ウォークライ。
 その名前はもちろん知っている。
 それこそアイリスの言っている通りこの迷宮都市クレバスにある探索者協会の長だという知識は持っている。
 その探協長が目の前のオッサンだとアイリスは言っているのだ。

「……」

 確かにワイシャツにネクタイ、黒のスラックスと格好は探協の関係者っぽい。厳ついだけあって風格も有るちゃある。
 しかしこのオッサンが探協長ねぇ……アイリスに言われても納得できない。

 そもそも探協長は全くと言っていいほど下の受付ロビー兼酒場には姿を現さない、殆どの探索者が名前を知っているがその姿を知らないと思うんだが……。

 まあそれこそアイリス程の探索者……Sランク探索者にもなれば何かしらの理由で直接その姿を見たことがあるのかもしれないが、俺には縁のない話だ。万年Fランクだし。

「ご紹介に預かった通り。俺がここの主、カイゼル・ウォークライだ。さて、これで俺の身元も分かったことだし、オッサンと楽しくお話してくれるよな、ファイク・スフォルツォ?」

 先程の俺の言葉を根に持っているのか目の前のオッサン……カイゼル・ウォークライは棘のある言葉で言う。

 ……うん。どうやらこのオッサンは本当にカイゼル・ウォークライ本人らしい。
 だって部屋の壁に立てかけられている歴代の探協長の写真の一番左にオッサンの写真あるし……。

 そんな確認をして今までの言動を思い返す。
 随分と生意気なクソガキムーブをカマしておいて、しかもこのオッサンが何のために俺をこんな所に連行してきたのかなんて分かりきっている。

 俺の予想正しく。
 トレジャーバッチに俺のこれまでに踏破してきた階層がしっかりと記録されていたのだ。そしてカイゼルは直接その確認をしに来た。

「いやいや! 仮にアンタが探協長のカイゼル・ウォークライだっとしても万年Fランクの俺と何を話そうって言うんですか~。俺なんかと話しても面白くないっすよ? それこそ最近まで大迷宮に潜ってて世間のアレやコレやに疎いですしぃ~……」

 血の気が引いていくあまり気持ちの良くない感覚を覚えながら早口で捲し立てる。
 無駄だと分かっていてもこの場からどうにか撤退しようと、しょうもない戯言で誤魔化そうとする。

「急に畏まってどうした? ガキって言うのは生意気な方が元気があっていいもんだぜ? そんな謙遜なんかすんな。とっくに死んだと思ったFランクの探索者が一年経った今頃に大迷宮から帰還。さぞ奇妙奇天烈で大迫力な冒険劇が繰り広げられたことだろうさ。その話を聞かせてくれよ。特に俺たちがいくら探しても見つけられなかった未知なる階層……深層のこととかな」

 獲物を狩る鷹のような鋭い目つきで睨まれる。

 それと同時に悟る。
 ……あ。これ詰んだわ。

「……はい」

 その深層ですら感じたことない妙な威圧感に為す術なく、頷くことしか出来ない。

「よろしい。それじゃあ担当直入に聞こう。ファイク・スフォルツォ、お前はそこで何を見た?」

「ッ……!」

 魔力など微塵も感じない普通の声音。しかしその声に尋常ではない威圧感を感じる。

 ……どういう理屈で俺はこのオッサンに恐れを覚えている?
 こんなの深層の数々の死線に比べれば大したことはないと言うのに。

「お前がどういう理由・理屈で姿を消したのかはロビンソンから聞いている。何でもお前はマネギルやそこにいるアイリス、迷宮都市クレバスが誇る最強の探索者二人でも倒せなかったボスモンスターの牛頭人を倒して、そして謎の転移魔法に巻き込まれて姿を消したらしいじゃねえか。その転移の行き先がお前のトレジャーバッチに記録されてた深層だって言うのは予想がつく──」

 このオッサンには大体の事情は知られてると思っていい。いや確実に知られているだろう。
 ……それもそうか、このオッサンは探索者協会で一番偉いんだ、俺の行方不明の経緯など知りたくなくても勝手に耳に入ってくるだろう。

「──どうやってお前がそのボスモンスターを倒したのかも気になるがそこはまあいい。俺が知りたいの最初に言った通りだ。嘘偽りなく答えろ。お前は未踏の地で何を見て、何を識った」

「……」

 さて、どう答えるべきか。
 まずこのオッサンはどっちの意味でこの質問をしてきているかだ。

 探索者協会として、大迷宮の謎を解き明かしたいと言う義務感からか?
 それとも今までの消し去られた過去を全て知っていて、その上で賢者達の『知識』を我が手にしようと企んでいるのか?

 今の発言から読み取ればどちらとも取れる発言だ。
 こいつの立場的にも各国の治者……それこそ大迷宮クレバスの管理権を持っているメイジェンス王国の権力者達と繋がっていても不思議ではない。寧ろ十中八九繋がっていると思った方がいいだろう。

「スゥ……ハァ……」

 深呼吸をして、思考をしていくうちに冷や汗は引いていき、冷静さを取り戻していく。
 そう思えば目の前の男が放っている威圧感も大したモノでは無いことに気づく。やはりあの時の死線と比べればこの男のソレは薄っぺらい。

 どちらに転んでも俺の答えは変わらない。
 白を切る。
 俺は今回のことに関しては何も知らないを貫き通すと決めている。

 恐怖、怖気、恐れは無い。
 先程感じたのは気の動転から来る錯覚のようなもの。
 俺もまだまだ修行が足りない。こんなことで狼狽えるとは。

 意趣返しも込めて今度はこちらがプレッシャーをかけようでは無いか。

「さっきも言ったけど面白いことなんてないですよ。実際飛ばされた俺自身もよく分かっていないんです。どうしてそこに飛ばされたのか、どうしてこんな場所が存在するのか、名前も分からない強力なモンスター達、分からないことだらけでした。ただ俺は死にたくない一心で下を目指して進んだ。そして気がついたら深層100階層まで辿り着いてその階層にある転移魔法陣で戻ってくることが出来ました。……ほら。話を聞けば大したことないでしょ? "アンタたちが何を期待していたかは知らないが俺が話せるのはこのぐらいですよ"」

「───ッ!!」

 アイリスが何とか根性で耐えることの出来た魔力量を最後の一言に込めて目の前の男に放つ。男は全身をビクッと強ばらせて、面白い反応を見せてくれる。

 真っ赤な嘘だが最後の一言が無理やりに真実味を帯びさせる。……いや、こんな威圧をされれば無意識に信じざるを得ない。

「──あくまでお前は何も見ていないと? 何も識らないと?」

 なんとか正気を保って再度聞いてくるカイゼル。

「ええ。深層で彷徨ってたからって大迷宮の謎なんかは何も見ませんでし、分かりませんでしたよ。……いや、これは語弊がありますね。厳密に言えば『識ること』は出来ませんでしたけど『見ること』は出来ましたよ。名前も知らないモンスターをこの目でしっかりとね。なんならアイリスが抱いてる白い毛玉も深層のモンスターです。良い値で買い取ってくれるなら深層モンスターの素材を譲ることも出来ます」

「なに!? その妙ちくりんな毛玉が深層のモンスター!? というかどうしてモンスターが人に懐いているんだ!?」

 俺の返答にカイゼルは興奮気味に立ち上がるとまじまじとラーナを凝視する。

「ちなみにこれが深層のモンスターです。皮とか爪、肉にバラした状態ですけど調査するにはいいんじゃないんですか?」

「うお!! なんだこの素材は!?」

 追い打ちをかけるように影の中から数点の深層から持ち帰ったモンスターの素材を取り出して机の上に並べる。
 それをカイゼルはまたまた目を大きく見開いて至近距離で観察し始める。

 ……いちいち反応が面白いなこのオッサン。

 その見た目にそぐわないはしゃぎっぷりに若干引いてしまう。

 そんな底冷えた視線を感じ取ったのかカイゼルは一つ咳払いをして冷静さを取り戻すとこう続けた。

「うむ。お前の言い分は分かった。トレジャーバッチの記録がある以上俺たちはその言葉を信じる他ない。お前はたまたま転移に巻き込まれて、たまたま運良くそこから生還した。そうだな?」

「……え、あっ、はい。そうです……」

「まあどうやって一年もの間大迷宮を生き残ったのかとか、アイリスでも倒せなかったボスモンスターをどうやって倒したとか詳しく聞きたいがそれはいい。どうせその腰に携えている黒い魔導具のお陰だろう。貴重な素材と情報提供感謝する。金は後でマリーカの方に渡すように言っておく。いきなり連行して悪かったな。もう帰っていいぞ」

「はあ……」

 カイゼルの確認に拍子抜けした返事しかできない。

 まさかこんな適当な誤魔化しで本当に何とかなるとは思っていなかった。
 ここからさらに詳しい事情聴取があると思っていたのだが、これで終わりでいいのか?

 これで開放されるのは非常に有難いが、逆に上手く行き過ぎて疑いたくなってくる。

「ん? どうした? 帰っていいんだぞ? それともまだ俺とお話でもしたいのか?」

 そんなことを考え、ソファーに座っているとカイゼルが嬉しそうに笑う。

 ……帰れるなら帰ろう。
 これ以上ここで話しているといつボロが出るか分かったもんじゃない。
 こんなとこ即撤退だ。

「あっ、いえ、帰ります。お疲れした~」

 そそくさと立ち上がり軽く会釈をしてアイリスを連れて部屋から出ていく。

 なんか見逃された感がハンパでは無いが、知らないフリをしておこう。
 何とかこの危機的状況を乗り切ることが出来た。
 やったねファイク。

 内心安堵しながら俺達は局長室を後にした。

 ・
 ・
 ・

 焦った様子で部屋から出ていく少年とそれに連れられた少女を見送って男は椅子に深く腰かける。

「ハァ……」

 なんとも不思議な雰囲気の少年だった。
 狼狽えていたかと思えば、咄嗟のあの初めて感じた威圧感。全く食えない少年だ。

 それが男の所感だった。

「それにしてもどうしたもんか……」

 だがしかし、今はそんな感想を述べるよりも男には考えなければいけないことがあった。
 まさか約一年経った今頃にこんなどう処理していいか分からない爆弾が持ち込まれるとは男は思っていなかった。

「……ハァ……」

 机に乱雑に置かれた見た事ない素材の数々に思わず憂鬱な溜め息が零れる。

「やっとしつこく大迷宮の調査をしろって五月蝿い王国の対応が終わったって言うのに、こんなの出てきたらまた残業の毎日に逆戻りじゃねえか」

 男は何が目的なのかは知らないが、最終層である50階層が攻略されて、これでウチの大迷宮が世界で初めての完全攻略大迷宮だと思った矢先に、大迷宮の管理権を持っているメイジェンス王国のお偉いさんから「最終層には何かなかったのか?」と聞かれ、その時は首を傾げた。

「何も発見はなかったです」と報告したらお偉いさんからは「もっとしっかりと調査をしろ。最終層には絶対何かある」とのお達しで何度も最終層を調査する羽目になった。

 結果は何も見つからずお偉いさん達の目的のモノは無いと分かって意図段落着いたと思ったらこれだ。

「……これがお偉いさん達の探してたモノなのか?」

 天井から再び机のブツに視線を落として独り言る。

 それに問題はまだある。
 大迷宮の完全攻略者のことだ。
 既に公式発表として大迷宮は50階層しか存在せず、その大迷宮を完全攻略したのはクラン『獰猛なる牙』だと言うことになって、勲章まで授与してしまっている。

「……ハァ。帰すの早すぎたか?」

 今更男は自分の軽率な発言を後悔するが時すでに遅し、どうすることも出来ない。

 探協長と言えど出来ることは少ない。
 結局のところ男は国のお偉いさんからすれば便利な小間使い程度の認識だ。
 男には彼らの指示を仰ぎ、それに従うしかない。

「ハァ……本当に憂鬱だ……」

 これから待ち受けている激務の予感に男は絶望する。

 しかし男にはどうすることも出来ない。これは逃れられない運命であった。

「ハァ…………」

 そうして何度目かの深いため息が広い部屋に木霊した。
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