元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

第一章エピローグ

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 チクタクと無数の時を刻む時計に囲まれた店内。
『箱庭亭』を出たあと、俺は予定通りアイリスと落ち合って商業区の奥の方にあるロル爺の店を訪れていた。

「ほら。しっかりと治ったよ」

「おおっ! ありがとうロル爺!!」

 新品のように綺麗に磨かれた懐中時計をロル爺から受け取る。
 手に持った瞬間に一定のリズムで秒針の動く微弱な振動が手に伝わってくる。

 ロル爺は宣言通り一週間で時計を治してくれた。

「ホッホッホ。どういたしまして。そんなに喜んでくれたら頑張って治した甲斐があったというもんだ」

 朗らかに笑うロル爺。
 その頼もしさは流石、時計のスペシャリストと言ったところか。

「これ代金。足りる?」

 時計の仕上がりに大変満足して、影の中から予め出しておいた修理代の入った布袋をロル爺に渡す。

「……いや。代金はいいよ」

 しかしロル爺は頭振ると布袋を返してくる。

「え……なんで?」

「ファイク達は今日の午後に出発だろ。旅ってのは色々と物入りで金がかかるものだ。旅立ちの餞別だよ」

「でも……」

 ロル爺の気持ちは嬉しいがその提案は受け入れられない。
 依頼は依頼、仕事は仕事でその対価はしっかりと支払われるべきだ。ロル爺にはいつものお世話になっている。ここでも甘えるわけには……。

「ホッホッホ。気にするでない。寧ろそんな餞別しか送れんくて不甲斐ないばかりだ。がんばってくるんだよ」

「ロル爺…………うん。頑張るよ。ありがとう」

 ロル爺に押し切られて彼の厚意を有難く受け取る。
 本当にありがたい限りだ。

「良かったね、ファイク」

「ん?ああ。そうだねアイリス」

 近くでそこら中に置かれている時計を見ていたアイリスが話に入ってくる。
 すると彼女の手には少し小ぶりな懐中時計が握られていた。

「……アイリス。それどうしたの?」

「私もファイクみたいな時計が欲しいと思って。それでお店の中を見ていたらコレを見つけたの」

「ちょっと見せてもらってもいい?」

「うん」

 その時計が気になって少し見せてもらう。
 デザインは俺の懐中時計と少し似ている。大きさは一回り小さいぐらいだろうか。女の子が使うには取り回しやすい大きさだ。

「……ロル爺。この懐中時計っていくら?」

「ん?それかい? そうだね…………うん。それもあげるよ」

「えっ!?」

 アイリスに貸してもらった懐中時計をそのままロル爺に見せて値段を聞くとそんな大盤振る舞いな彼の発言に驚く。

「いやいや……修理代をマケて貰った上に時計もタダで貰う訳にはいかないよ」

「そうです。ぜひ買い取らせてください」

 流石にこれ以上ロル爺に甘えるわけにはいかない。
 そう思った俺たちはロル爺に遠慮するが、当の本人は全く聞く耳を持たず。

「よいよい。旅の餞別を渡したのだから次は二人の愛を祝福してこの時計をプレゼントという事にしよう」

「なっ! ロル爺、どうして……!?」

 ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべたロル爺に再び驚く。
 ロル爺にはまだ俺とアイリスが恋人同士になったという話はしていない。どうして分かったんだ。

「ホッホッホ。この前と比べて随分と二人の間の雰囲気が違う。。つまりはそういうことだろう?伊達に長生きはしとらんそれぐらいは分かるよ」

「…………そうですか」

 ロル爺の『甘々』と言う単語に一気に顔周りが熱くなって行くのが分かる。
 隣のアイリスも顔を林檎のように赤くしている。

 そんなに傍から見て俺達はイチャついているように見えるだろうか……。
 別に普段通り、寧ろ公共の場では節度を持って接しているつもりなのだが。

「まあそういう事だ。年寄りの後先短いお節介は受けておくものだよ。気にせず持って行ってくれ。その方が時計も喜ぶ」

「……そういう事でしたら、有難く使わせていただきます。ありがとうございます、ロル爺さま」

 アイリスはロル爺から懐中時計を受け取るそれを大事そうに見つめて頭を下げる。
 俺もそれに続いて頭を下げる。

「気にする事はない。また帰ってきた時にでも時計のメンテナンスをしにここに来ておくれ。それがその時計たちの報酬ということにしようか」

「うん、分かった。絶対にまた見てもらいに来るよ」

「うむ!」

 最後の別れの挨拶にと、ロル爺と握手を交わす。

 チクタクと無数の時を刻む時計工房。
 そこの主は昔から全く変わらない優しい笑顔で俺達の旅立ちを祝福してくれた。

 ・
 ・
 ・

 時計工房カルララを後にして、俺達は探協のマリーカさんやアイリスの友人であるルルカやチャーロットに最後の挨拶を済ませて、迷宮都市の最北端にある、とある場所へと向かっていた。

「最後まで文句タラタラだったな二人とも」

「うん」

 そんな道すがら先程のルルカとチャーロットのやり取りを思い出す。

 事前に迷宮都市クレバスを旅立つとルルカに伝えていたアイリスは探協で最後の挨拶をしてきた。

 元々、アイリスを自分のクランに入れたかったルルカはこの話にとても不満げだった。アイリスとは涙ぐましい友情的な別れの挨拶をしたかと思えば、形的にはアイリスを横からかっさらった俺に対しては終始大して怖くもない睨みを効かせてきていた。

 チャーロットに関しては、何処から噂を聞きつけてきたのか旅立つ事を伝えていないのに、探協でルルカとアイリスの別れの挨拶に乱入して、その場をちょっとばかり面倒な事にしてくれた。

 チャーロットはどうして自分にこんな大事なことを伝えてくれなかったんだと喚いたり、最後に二人で一緒にお茶をしませんかとナンパしたり、終始煩かった。

 例に漏れずチャーロットも俺には敵対心をむき出しで喧嘩腰だったが無視した。

 そんなこんなで二人とのお別れを済ませて今だ。
 現在の時刻は午後の1時を少し過ぎたあたり。
 この道の角を曲がれば目的地が見えてくる。

「……相変わらずここは一層人が多いな」

「うん。さすがは迷宮都市の玄関口」

 大迷宮前の大通りや人が集まる繁華街とは比べ物にならない人通りの多さに圧倒される。
 人の波を掻き分けて十字路を右に曲がれば目的地が見える。

 それは探索者協会にも引けを取らない巨大なレンガ造りの建物。
 あったり一帯は白い蒸気で満たされ、ガタガタと硬い鉄の音と地面の振動、甲高い汽笛の音が響いている。

 そこは迷宮都市クレバスで一番人の出入りが多い場所。人呼んで『迷宮都市の玄関口』。
 高速で人を運ぶことができる乗り物『魔導列車』が停留する駅、通称『ターミナル』が見えてくる。

「アイリスは魔導列車にはどれくらい乗ったことがあるんだ?」

「私はクレバスに来る時の一回だけ。それ以外は乗ったことは無い。ファイクは?」

「俺もそんなに多くないよ。ほんと小さい頃に両親と王都メイジェンスに行く時に数回乗った程度。列車自体は数年ぶりだ」

「そうなんだ」

 互いの『魔導列車』に乗った回数を確認してみる。

『魔導列車』
 それは魔導具の発展によって進化した移動技術の賜物。
 人や物、なんでもござれの国境を越え世界中の主要都市や地域に張り巡らされた線路を移動する乗り物。

 上記が簡単に説明した『魔導列車』の概要。
 その歴史はそこまで長くはないが、今日まで人類の生活を豊かにしてきた偉大な発明だ。

 俺とアイリスもそんな偉大な発明を実際に体験した回数はそこまで多くなく。久方ぶりに乗る『魔導列車』に興奮気味だ。

「……とりあえず中に入るか。時間はまだあるけどなにぶん久しぶりに乗るし、余裕を持って行動しよう」

「うん」

 今一度、懐中時計で時間を確認してるターミナルの中に足を運ぶ。

 中に入ると人の数は一層多くなる。
 列車に乗るためのチケットを買おうと受付に並ぶ長蛇の列。遠い場所から来た家族や友人、観光客を出迎えようと待ち受ける者。列車に乗る前に飲みのや食べ物、今から向かう地域の情報を少しでも手に入れようとガイドブックを買おうと併設してある売店に駆け込む者。肝心の列車の到着を落ち着かない様子でベンチにすわって待つ者。様々な面持ちの人がそこにはいた。

 ″ほう。こんな場所があったとはな。実に興味深い……″

 辺り見回しながら覚束無い足取りでターミナルの中を進んでいると興奮気味なスカーの声が響く。

 ″ん?ココ最近ずっと都市を徘徊してたからてっきり知ってると思ってたけど、ターミナルは初めてだったか?″

 ″初めてだ。支配領域内を自由に動けるようになったからと言っても、お前はこの都市の最北端まで影を伸ばしてはいなかっただろうが。だからここは初めてだ″

 ″……言われてみればそうか″

 てっきり来たことがあると思っていたがスカーの返答を聞いて納得する。
 確かに支配領域内を自由に動けるようになったと言っても、それは俺が支配している領域内だけであって、スカーが自由に支配域を決めて移動できる訳では無い。
 少し考えれば分かる事だった。

 スカーとのやり取りがそこで終わると、次はローブコートの中がモゾモゾと動く。

「キュッ! キュキュ!!」

「おー。ラーナも初めての所で興奮してるなぁ~。でもゴメンな。表に出るのは少し我慢しててくれ」

 ラーナも初めて見るものに興奮気味だ。
 本当はローブの中なんて言う窮屈な場所ではなくしっかりと外に出してその全貌をラーナに見せてやりたいところだが、今は少し遠慮してもらう。

 探協で正式な従魔契約をしたとは言え、それでも世間一般的にモンスターというのは恐怖の対象で何も気にせずに連れ回すのは難しい。こんな人の多いところなんて尚更だ。要らぬ混乱を招かぬようにラーナにはコートの中で待機してもらっている。

「……ねぇファイク。私たちはあの列に並ばなくていいの?」

「ん?」

 適当に座る場所がないか探しているとアイリスが不思議そうな顔で服を引っ張ってくる。

「……ああ、大丈夫だよ。列車のチケットはかなり前に取ってある。わざわざ乗るその日にあの長蛇の列に並ぶのはイヤだろ?」

「……確かに、用意周到だね」

「だろ」

 説明を聞いて納得したアイリスは少しの間を置いて再び口を開く。

「……聞いてなかったけど、旅の目的地は何処なの?」

 アイリスの質問に彼女に目的地の話を全くしてこなかったことを思い出す。

 時計の修理や魔法の鍛錬など別のことに思考の時間が取られてしまい、忙しかった所為か旅の準備や移動の手配だけ手短に済ませて肝心の説明を忘れていた。

 これは大変失礼なことをした。

「あー……そういえばまだ言ってなかったな。とりあえずこの魔導列車でメイジェンス領を出て、北にあるロッツエイド領を目指す。ロッツエイドの王都で列車を乗り換えて迷宮都市バルキオンが最終目的地」

「今度の攻略対象は大迷宮バルキオン?」

「ああ。迷宮都市クレバスから一番近い迷宮都市はバルキオンだからな。まずは身近な大迷宮から攻めていこうと思って」

 申し訳ない気持ちになりがらアイリスにこれから乗る列車の簡単な経路と目的地を説明する。

 アイリスは自分がこれから向かう場所が分かり満足したのか、説明を聞き終わると「そっか」と一言だけ頷く。

 説明し忘れたことをあまり気にしていない彼女に内心安堵する。
 今度からはこういうことがないようにこまめにしっかりと情報共有をしておこう。

 そう心に誓って、再び辺りに視界を彷徨わせ座る場所を探そうとすると見覚えのある人影を見つける。

「……」

 あちらもこっちに気がついたようでゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 ……まさかこんなところで再開するとはな。

 意外……という訳では無いが、全くこんなところで出会うとは思っていなかったのでその人影に驚く。
 というか今の今まで、ここでそいつらを見るまでその存在を軽く忘れていた。

 深紅の鎧に身を包んだ見覚えのある金髪の男。背中には禍々しい赤黒い大剣型の魔導武器を背負っており、その見た目から探索者どうぎょうしゃだと言うのは一目瞭然。
 男の後ろにはこれまた見覚えのある男と女、ドワーフの男がぶっきらぼうな顔でこっちを見ている。

「よう。生きて帰ってきたとは聞いていたがまさかここで会うとはな」

 目の前に現れたのは大迷宮クレバスを完全攻略したクラン『獰猛なる牙』御一行様だった。

「少し癪だが同感だな。そっちも相変わらずお元気なようで何よりだよ」

 軽い雰囲気で声を掛けてきたのはかつてのクランメンバーに皮肉を込めてそう言う。

「ああ。そっちも無事で本当に何よりだ」

 しかし金髪の男はこちらの皮肉に気づいていないのか、真に受けると微かに笑みを零す。

 ……誰だコイツ?本当にマネギルか?

 相変わらず慣れない奴の反応に調子が狂う。

「……ところでターミナルなんかに顔を出してどうしたんだ?誰かの出迎えか?」

 そんな事を考えていると素っ頓狂な質問をしてくるマネギル。

「あ?違ぇよ。これから列車に乗るんだよ」

「列車に……ということは迷宮都市クレバスを離れるのか?どうして?目的地はどこだ?」

「……なんでそんなことをお前に教えなきゃいけないんだよ。別に何処でもいいだろ。てか、そっちこそ何でこんなところに居るんだよ?」

 目を見開いて驚いた様子のマネギルの質問を適当に流して、逆に聞き返す。

「俺達は王都メイジェンスから帰ってきたところだ。大迷宮を攻略したことになってから色々と忙しくてな。クレバスと王都を行ったりきたりだ」

「おー、それはそれは。聞くところによれば『獰猛なる牙』もメイジェンス国王から勲章を貰うほどの昇進ぶり。さぞお忙しいことでしょう。…………人の手柄を横取りして得た地位はどうだ?」

「くっ……それは……申し訳ないことをしたと思っている……」

 素直にこちらの質問に答えたマネギルに追い打ちで嫌味を言うと、奴はそれを真に受けて気まづそうに表情を曇らせる。

 適当に言った嫌味をここまでモロに食らうとは……以前のマネギルならば図々しいぐらい、こんな嫌味では怯まなかっただろうに、随分と丸くなったものだ。

「はあ……別に気にしてねぇよ。寧ろそっちの手柄になってて俺的には好都合だ。お前にはアイリスの事とか、捜索隊の事とかで世話になったからな。その礼とでも思っとけ」

「しかし……」

 マネギルの反応に毒気を抜かれて思わずそんな事を口走るが、当のマネギルは納得がいかない様子だ。

 こっちとしては本当に「大迷宮を完全攻略した」という手柄は今回に限ってはどうでもいい。色々と気になる点もあるが、寧ろ今言った通り好都合だ。だから本当にマネギル達が表彰されようが何をしようが気にはならない。

「はあ……「どうして列車に乗るのか?」だったか?理由は単純だ。攻略された大迷宮をいつまで探索していてもしょうがないだろ、次の大迷宮に挑むんだよ」

 気持ちが悪いほどこっちに後ろめたさを覚えているマネギルが鬱陶しくて、それを誤魔化すために奴の先程の質問に答える。

 答えられなかった質問の返答にマネギルは再び目を見開く。

「次の大迷宮……それは何処の?」

「そこまでは教えてやる義理は無ぇ。また変に突っかかれても面倒だしな」

「くっ……」

 手痛い所を突かれたのかマネギルはそれ以上は聞いてこようとはしない。

 はあ……本当にコイツ誰だよ。別人にも程があるだろ。

 もう何度目かになるため息を内側だけに留め、マネギルから視線を外す。

 ここでチンたらとこいつらと話している理由もない。言いたいことは言ったしここら辺で適当に退散するか。座るところもないみたいだし、時間的には少し早いがもう改札を通ってしまおう。

「それじゃあな。もう二度と会うことはないと思うがまあせいぜい死ぬなよ。行こうかアイリス」

「……うん」

「あっ! おいファイク!」

 口早に適当な挨拶をしてアイリスと一緒に改札に向かう。
 背後から焦った様子のマネギルの声がするが無視しよう。

 しかしそう思った矢先に足は無意識に止まる。

「俺がこんなことを言える立場じゃないのは分かっているが…………あの時! 50階層で俺達の事を助けてくれてありがとう! 本当に感謝している!」

「ッ……」

 唐突なマネギルからの感謝の言葉。
 後ろにいるロウドやハロルド、ロールまで頭を下げているではないか。

 ……別にあれはお前たちだから助けた訳では無い。誰であろうとあの時、あそこで助けずに見捨てていれば気分が悪いと思ったから助けただけだ。だから別にお前たちに感謝される筋合いはない。

「……ファイクがあいつらから受けてきた屈辱は私も許せない。だけど、感謝は素直に受け取っていいと思う。あの人達は変わろうとしてる。ファイクはいつまでも過去に囚われ続けるの?」

「ッ!!」

 マネギルの言葉に何も答えず黙っていると、隣で静かにアイリスが俺の手を握る。
 彼女の言葉に目を見開く。

 ───過去を振り返るな、後悔するな───

 ふと、そんな嗄れ声が頭の中にフラッシュバックする。

「……そうだな。いつまでもウジウジと昔のことを気にするのはダサいよな──」

 彼女の手を強く握り返して頷く。

 決して忘れることは無い。
 忘れることなどできるはずは無い。
 そこが俺の原点にして、始発点なのは変わらない。
 決して忘れてはいけない。

 けれど、今日は新たな門出だ。
 いつまでも無駄な感情に囚われるのはやめよう。
 ここで俺と奴らに一つの区切りを付けよう。

 決心が着く。
 許す訳では無い。けれども許さない訳では無い。
 リセットだ。
 やり直しだ。

 その意味を込めて、奴にこの言葉を送ろう。

「──おう。元気でなギル」

 これでかつてのように友に戻る訳では無い。

 しかし、無意識に俺は懐かしき過去の親友にこの言葉を送る。

 慌ただし喧騒。
 魔導列車の汽笛が迷宮都市に響き渡る。
 その日俺は生まれ育った故郷を発ち、新たな旅へと出た。

 ・
 ・
 ・

「失礼致します、メイジェンス王よ」

 厳かな雰囲気の中、一人の壮年の男が玉座に赴く。

 複数の兵士が両端に列を成して剣を構える。真ん中に敷かれている赤い絨毯を進み、玉座へと上がる階段の数歩手前で男は傅く。

「表を上げよ。どうかしたかナイジェルド卿よ」

 部屋の最奥、少し小高になった位置にある玉座に腰深くかけた老人はつまらなそうに男に顔を上げることを許す。

「はい。至急、王のお耳に入れたい事が御座いまして。不肖、ウェール・ナイジェルド、馳せ参じました」

「ほう……至急とな。話してみよ」

「ハッ!」

 王に発言を許されナイジェルド卿は続ける。

「迷宮都市クレバスにある探索者協会の探協長であるカイゼル・ウォークライから新たな大迷宮に関する報告が届きました」

「何か進展があったのか?」

「はい。ちょうど一年前に50階層で行方不明になった探索者が生きて大迷宮から帰還したとの報告です」

「それがどうかしたのか?」

 玉座の男はナイジェルド卿の報告内容に疑問を抱く。

「はい。カイゼルの話には続きがありまして……どうにもその探索者、いくら探しても見つからなかった50階層以降の階層を攻略して大迷宮から帰ってきたらしいのです」

「なに!! それは本当か!?」

「はい。証拠としてその探索者から幾つかその階層にいたモンスターの素材を提供してもらったようで……こちらが件の品です……」

 ナイジェルド卿は白い布で包んでいたモンスターの爪や皮、骨などの素材を玉座の男に献上する。

「……ふふっ……ふはははっ!!」

 その幾つかの素材を見て男は楽しそうに笑う。

「その帰ってきた探索者とやらはそこで何か見たと言っていたか?」

「いえ。カイゼルの報告によれば、未知のモンスターは見たが、何も識ることはなかったそうです」

「その探索者の名前は?」

「はい。確か名前はファイク・スフォルツォ。17の若い少年とのことです」

「ファイク・スフォルツォ……か」

 玉座の男はその名前を無意識に呟く。

「……如何なさいましょうか? そのスフォルツォという少年を拘束して詳しい事情を聞きますか?」

「……いや。まだそこまでする程でも無いだろう。情報が無さすぎる。それにそのカイゼルの報告通り、何も『識らない』かもしれん。とりあえず、その少年に監視を付けておけ。何か進展があったら報告しろ」

 男はナイジェルド卿の提案に頭を振るとそう指示を出す。

「畏まりました。報告は以上です。貴重なお時間をありがとうございます。早速監視の手配を致します」

「うむ。頼んだぞナイジェルド卿よ」

「ハッ! それでは失礼致します」

 ナイジェルド卿は再び顔を下げてそう挨拶をすると立ち上がって玉座を後にする。

「ふう……」

 ナイジェルドは玉座を出て少しすると小さく息を吐く。

 男は何度経験してもあそこで王に直接報告をするのはなれなかった。

 純粋な貴族の生まれ、父が王の直近の部下だったと言う理由で彼もそんな立ち位置になっていた。

 彼は優秀であった。
 それはそうだろう優秀でなければ、例え親の七光りでもこんな由緒ある立場には慣れていない。
 並々ならぬ努力の上に彼はそこに居た。

 それほどの野心はなかった。
 貴族にしては珍しく控えめで、立場などは彼にとってはさほど気にするものではなかった。

 しかし、ココ最近の彼は気が違ったかのように、何かに取り憑かれたかのように意欲的に何かにのめり込んでいた。

「ああ……。これでまたお役に立てる……!」

 それは歓喜の声。
 主に仕え、役立てることを史上の喜びとした悦楽の表情。

「フューネル」

 そんな中、人気のいない所まで来るとナイジェルドは虚空に向かって誰かを呼ぶ。

「はい。ナイジェルド様」

 瞬間、彼の目の前に黒ずくめの盗賊が現れる。

「新しい任務です。この男を監視・調査しなさい」

「……畏まりました」

 黒ずくめの盗賊は頷くと、瞬きの間に姿を消す。

「くふふふ……さて、お前はどっちだ? ファイク・スフォルツォ」

 男は再び誰に言うでもなく、虚空へと言葉を投げる。

 窓から覗く空模様は黒い雲がかかり始めていた。
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