元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

1話 迷宮都市バルキオン

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 迷宮都市バルキオン。
 ラビリル大陸、ロッツエイド共和国が管理、所有する大迷宮バルキオンを攻略するために作られた拠点都市。

 メイジェンス王国の王都から見て北に位置し、気候は涼しめで夏場はとても過ごしやすく、バカンス地としても人気があり、探索者以外の観光客も多く訪れる。

 そんな別方面でも観光性のある迷宮都市バルキオンにある大迷宮バルキオンは全魔の賢者シエテ・オールレイが作ったと言われている。

 全魔の賢者シエテ・オールレイとは世界で唯一全ての属性魔法に適性があった人間だ。

 魔法の属性とは基本的には、火、水、風、雷、土、光、闇の7種類。例外として影魔法や生命魔法と言った固有魔法があるのだが、それを除いて属性魔法と呼ばれるのはこの7種類。

 常識として属性魔法の適正というのは一人一つ。ごく稀に複数の属性に適性を持った人間もいるが、それでも全部の属性魔法に適性を持った魔法使いは賢者シエテ・オールレイ一人だけだった。

 その異常性と唯ならぬ魔法の才能故に彼は人々から賢者と呼ばれた。異色揃いの固有魔法使い達の中で唯一の属性魔法の使い手。それがシエテ・オールレイだった。

「……固有魔法と比べれば性能が劣る属性魔法でも、7つ集まれば固有魔法と同等……それ以上の能力を発揮する。か……」

 目の前に立ちはだかる大きな全魔の賢者シエテ・オールレイの銅像を見上げながら、以前聞いたリィヴの話を思い出す。

「……なんで俺の銅像が無くて、バカシエテにはこんな立派な銅像があるんだ。納得できん」

「そんなこと言ってるから銅像が無いんだよ」

 迷宮都市バルキオンの探索者協会に行く道すがらたまたま見つけた広場に建てられシエテ・オールレイの銅像。

 スカーの悔しそうな声に適当に反応して、再び歩を目的地へと戻す。

 夕暮れ時に迷宮都市バルキオンに着いて、昨夜はターミナルの近くにある適当な宿屋に駆け込み休息を取った。
 そこから一日が経ち、只今の時刻は午前10時を回ったばかり、天気は快晴でこんな日は洗濯物がよく乾くだろう。

 迷宮都市バルキオンに着いてまずすることは大迷宮に潜るのではなく、地盤固めだ。
 まずは探索者協会で様々な情報収集と手続き、そこから都市の中心辺りにある宿屋を確保をしなければいけない。

 まだこの都市に来たばかりで右も左も分からない状況だ。だから情報収集は直ぐにしなければいけない。加えていつまでも立地の悪い都市の端にあるターミナル付近の宿屋を拠点にするのもやめておきたい。

 まずは身の回りの十分な生活環境の確保が最優先だ。大迷宮の探索はそれができてからじゃないと始められない。

 それに今回の場合はそういう言った情報収集や宿の確保の他にも探協でやらなければいけない手続きがある。大迷宮の探索を始めるのは少し先だ。

「……凄いねファイク。昨日は夕暮れ時でよく分からなかったけど……その都市ごとでこんなに雰囲気がちがうんだね」

 誰に話すでもなく頭の中で地盤固めの重要性を考えていると、隣を歩くアイリスが興奮気味にローブの裾を引っ張ってくる。

「そうだね。クレバスと似ているようで全然違うね」

「うんっ。建物の造りとかは同じはずなのにどうしてだろう……?」

「あはは。本当だよね」

 興味津々に視線を様々な方向に巡らせていくアイリス。
 そんな無邪気な彼女を見て笑みが零れる。

「キュッキュッ!」

 ラーナも頭の上でご機嫌だ。

 バルキオンの土地勘が全く無いと言っても、目的地である探索者協会には迷宮都市の地図が無くても辿り着くことが出来る。

 都市の中心に聳え立つ大きな建物。
 どの迷宮都市も探索者協会と大迷宮を中心として街を形成している。初めての土地でも中心を目指して歩き続ければ、相当の方向音痴でもない限りそのうち目的地には到着してしまう。

 すぐにでも探索者協会に向かいたいのならば地図は必須だろうが、今はそんなに急ぎではない。寧ろ初めて来た都市だ、色々と街を見回りながら探索者協会まで行きたい気分だ。

「あっ! ねぇファイク。あそこに見たことない屋台の出店がある。行ってみよ?」

「はいはい」

 こんな感じで少しは観光気分でもいいだろう。

 アイリスに腕を引かれながらそんな風に思ってしまう。

 ・
 ・
 ・

「どこの探協も人がたくさんなのは変わらないな」

「そうだね」

 のんびりとバルキオンの観光をしつつ探索者協会を目指して、目的地に着いたのは昼過ぎたあたりだった。

 見慣れた造りの建物の中に入って直ぐに出迎えてくれたのは広いフロアが狭く感じてしまうほどの探索者達と、そこから生じる喧騒だ。

「これは受付に並ぶのも一苦労だな」

 時刻は午前12時34分。
 昼飯時ということもあり併設してある酒場は大勢の探索者で賑わっているのは言わずもがななのだが、それに引けを取らず受付カウンターの方も賑わっている。

 普通、クレバスならばこの時間帯のカウンターはそれなりに空いているのだが、バルキオンの探協はそういった時間帯で人の混み具合は左右されないらしい。

「……並ぶか」

「うん」

 人の多さに文句を言っていても仕方がないので、とりあえず受付カウンターの列に並ぶ。
 ざっと目の前に並んでいる探索者の数は10数人。大行列とまではいかないが直ぐに自分たちの番が来るほど少なくもない。

 待ち時間ほど何も出来ず、暇な時間はない。この暇な時間を利用して、何か良い情報がないかと適当に周りの探索者達の楽しげな会話にでも聞き耳を立てようとしたところで、すぐ隣から声をかけられる。

「……本当にトレジャーバッチを再発行するの?」

「え? ああ、うん。そのつもりだよ」

「……そう……」

 その不満と疑問の篭った声の主は確認するまでもなくアイリスだ。
 どういう訳か彼女は俺が今からやろうとしていることに納得がいかない様子だ。

 その今からやろうとしていることと言うのは今アイリスも聞いてきたが、トレジャーバッチの再発行である。これが探協でやらなければいけない手続きと言う奴だ。

 トレジャーバッチと言うのは探索者の証で、これがなければ大迷宮の中に入ることは許されない。色々な探索の記録などもしており、簡単な身分証の役割も果たしている。

 そんな探索者にとって大事なトレジャーバッチを紛失してしまった場合どうなるのか?

 答えは簡単。
 まだ探索者を続けたいのならばもう一度、探索者協会でトレジャーバッチの再発行をしなければいけない。

 もちろん罰則なくして再発行はさせて貰えない。トレジャーバッチの再発行をする場合に生じる罰則は以下の通り。

 再発行の罰則金として10万メギル。トレジャーランクの降級。今までの探索での階層踏破やモンスターの討伐などの実績・功績の全てのリセット。探索適性試験の再試験。

 大きく分けてこの通り色々な罰則がある。探協側からしてみれば「これぐらいの罰則でトレジャーバッチを再発行してやるんだから感謝をしろ」らしい。

 この罰則か嫌ならばトレジャーバッチの再発行は不可能で、二度と探索者として活動できなくなる。

 どうして俺が今回、このトレジャーバッチの再発行をするのか。
 別にトレジャーバッチを紛失した訳では無いし、今もローブコートの胸ポケットにはトレジャーバッチがある。

 であるならばどうしてこんな得にならない事をしようとしているのか?

 これまた理由は簡単。
 俺のトレジャーバッチの記録をリセットするためだ。
 現在、俺のトレジャーバッチには大迷宮クレバスの全階層を踏破した記録と、大量のモンスターの討伐実績と功績が記録されている。
 これらの記録を罰則で全てリセットして、無かったことにしたいのだ。

 探索者は探索する大迷宮を変更する場合にその都度、その迷宮都市にある探索者協会で大迷宮に入る許可を貰う必要がある。

 今回の場合で言えば俺達は大迷宮クレバスを探索する許可を持ってはいるが、大迷宮バルキオンを探索する許可はまだ持っていない。クレバスの許可証とバルキオンの許可証は全く別々のもので、どこか一つの大迷宮の許可証を持っているからと言って、他の大迷宮でも使える訳では無い。新たな大迷宮を探索するためにはその迷宮都市の探索者協会で簡単な登録の更新をしなければいけない。

 その更新をする時にもトレジャーバッチの提示は欠かせず。その時に一度それまでの探索の記録を見られることになる。

 バルキオンの探協でクレバスでの記録を見られるのは都合が悪い。
 どこまで各迷宮都市にある探索者協会が情報の更新・共有をしているかは分からないが、公式では大迷宮クレバスを完全攻略したのはマネギルたち『獰猛なる牙』になっている。だと言うのに俺が登録の更新の為に今までのトレジャーバッチを提示すれば間違いなく前回のカイゼル達のような二の舞になる。

 またクレバスの時と同じように、バルキオン支部の探協長と事情聴取をするのは御免だ。それを回避するためのトレジャーバッチの再発行なのだ。

 少し手続きをする時間が長引いてしまうがデメリットはそれぐらいで、俺にとって先程上げた数々の罰則は大して気にならないものだ。

 金は深層のモンスターの素材をカイゼルに提供したことで予想以上に潤っているし、元々トレジャーランクは最底辺だ、加えて色々とバレてはマズイ記録の数々を全て白紙にすることが出来る。
 なんならメリットの方が多い。

 色々とトレジャーバッチの対策を取らなければいけないと考えた結果。今回の再発行が一番理にかなっていると言うことでそれを実行することにした。

 ……のだが、今のアイリスの態度から察するに、彼女は俺にトレジャーバッチの再発行をして欲しくないらしい。

「ご不満な様子だけど、俺がトレジャーバッチを再発行するのはダメ?」

 既にアイリスにはトレジャーバッチの再発行、その理由は列車の中で説明して、納得してもらったはずなのだが、どうしてここに来て彼女は不満そうなのだろうか?

「……ダメじゃない。ちゃんと再発行の理由も納得してるよ? でも───」

「でも?」

「──再発行するって言うことは今までの私とファイクの冒険の記録も全部無くなるってことでしょ? それはなんか……イヤ……」

 アイリスは頭を振ると可愛らしく頬をふくらませてこちらを見てくる。

「っ……」

 その破壊力の高すぎる彼女の、あざとさすら感じる仕草に息を飲む。

 ……俺の嫁さん可愛すぎんか?
 え?なに?なんでこんな可愛いこと言えんの?
 なに?俺を悶え殺す気か?

「ファイクは私との思い出が無くなってもいいの?」

 頭の中が暴走する中、アイリスは止まらずに追撃をしてくる。

「……」

 自身の理性が機能を停止させて「今すぐに目の前の少女を抱きしめたい」と言う衝動に駆られる。が、それを何とか制して理性を保つ。
 そうして公共の面前で節操のない行動に移らずにすんで内心安堵しつつ口を開く。

「……記録上は無くなっちゃうかもしれないけど、トレジャーバッチの記録だけが全てじゃないんじゃない? 俺とアイリスの心にはしっかりとそれは残っているし、なんなら今まで以上に二人の冒険の記録を新しいトレジャーバッチに記録出来るって考え方はどう?」

「それはそうだけど……やっぱり無くなるのはイヤ……」

「えーっと……俺のトレジャーバッチの記録は消えちゃうけどアイリスのトレジャーバッチには残ってるだろ? それじゃあダメなの?」

「…………二人一緒に残ってなきゃヤダ……」

 なかなか納得してくれないアイリスを説得してみるが、彼女のその言葉に段々と罪悪感が募っていく。

 こんなにアイリスがトレジャーバッチの記録を大事にしてくれているとは思わなかった。
 そんな事を言われてしまったら俺もトレジャーバッチの再発行を躊躇ってしまう。
 ……なんならもうほとんどこの案を却下しかけている。

 ″おい。そろそろアホな問答は止めとけ。お前達の番が回ってくるぞ″

「……………ゴメンなアイリス。全てスカーが悪いんだ……」

 俺にしか聞こえない念話で釘を差してくるスカー。
 俺はそんな血も涙もないスカーに全責任をなすり付ける事にした。

 ″おい。どうしてそうなる!″

 今度はスカーの不満げな嗄れ声が聞こえてくるが無視だ。

 本当にすまないアイリス。俺もトレジャーバッチの記録を全部リセットするのは嫌なんだ、嫌なんだけどお偉い影の賢者様に強要されてるんだ。本当にゴメンよアイリス。

 もうトレジャーバッチの再発行は決定事項なのでアイリスの願いを聞き届けることは出来ないのだが、半端じゃない罪悪感から心の中で何度もスカーの所為にして謝る。

「むぅ……私もワガママ言ってゴメンなさい」

 心の中で謝るだけで罪悪感は拭いきれないのでアイリスの頭を目立たない範囲で優しく撫でていると、彼女は謝ってくれる。

「うん。わかってくれればいいよ。ありがとうね」

 そのまたも破壊力の高すぎる彼女のしゅんとした姿に胸が締め付けられる。

 天使や……。

 そんな毒されきったアホなことを考えている所為か───

「はーい。次の方どうぞ~!」

 ───という受付嬢が俺達を手招きする声に数秒反応が遅れてしまう。

 これも全部スカーが悪い。
 うん。もう全部スカーが悪いことにしよう。
 世界が平和にならないのもスカーの所為だ。

 …………いや、最後のはあながち間違いでは無いのか?

 こんな感じで思考の収拾がつかなくなりながらも俺達は受付嬢に招かれてカウンターへと前出る。

 本題はここからだ。
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