元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

3話 集合場所にて

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「アイリス……そろそろ……ね?」

「……イヤ……」

 バルキオンの探索者協会で諸々の手続きを終えて次の日。
 俺達はベルルカから教えてもらった店のリストや地図を頼りに、何とか大迷宮と探索者協会のあるメインストリートから少し外れた宿屋街にある『煌めき亭』に宿をとる事が出来た。

 時刻は午前8時14分。まだ朝日は登り始めたばかりである。
 現在、間借させて貰っている『煌めき亭』の部屋、俺は大変困っていた。

 端的に現在の状況を説明すれば、アイリスが俺の腕にしがみついて離れようとしない。
 アイリスが離れない理由は単純。
 本日の別行動が彼女は気に入らないのだ。

 俺の本日の予定は昨日、探索者協会で予約した探索適正試験。トレジャーバッチ再発行にあたっての罰則の執行だ。

 これらの予定により本日、俺とアイリスは別行動となる。
 その理由としてはアイリスは俺が本日受ける適正試験に同行できないからだ。

 探索適正試験。
 その名の通り、大迷宮を探索する十分な能力・適正があるか見定める試験だ。

 魔導具によって、ある一定以上の魔法を使えるからと言って誰もが探索者になれる訳では無い。探索者には魔法以外にも要求される能能がある。探索者希望の人間が本当に大迷宮に入っても大丈夫な実力なのかを見極める試験。
 この謳い文句から、試験を受ける者以外の同行・付き添いは許されない。

 その人の探索者になるに相応しい実力や能力を見るのだ、一人でやらなければ意味が無いし当然だ。

 そう言った理由があることからアイリスは本日の試験には同行できず、強制的に別行動をせざるを得なくなった。

 アイリスもこれらの理由により今日は別行動になることは渋々理解している。理解はしているが、納得はいっていないらしい。

 だからなのか、可愛らしい抵抗として腕にしがみついて少しでも長くこの部屋に俺を留まらせようとしている。

 そのなんともあざとすぎるアイリスの行動に、気を抜けば頬が緩みそうになってしまい。完全にバカップルのそれな思考になってきている。

 しかし、いつまでもこうしてのんびりも出来ない。
 集合時間は大迷宮の前に午前9時。時間にはまだ余裕はあるが、出来るだけ余裕を持って集合場所には向かっておきたい。
 このままこうしていたいのも本心であるが、そろそろ宿を出たいのも本心だ。

「あの~……」

「イヤ……イヤイヤ……もう少し一緒に居て……」

「ッ……」

 腕に頬擦りをして駄々をこねるアイリス。それに一瞬、決意が揺らぎそうになる。

 ……それは反則だ。本当に反則だ。こんなの俺じゃなくても甘やかしたくなる。

「あーーーもーーー……」

 天を仰いで崩れかけた決心を再びつける。

 時計を見れば時刻は30分を回ろうとしている。
 この宿から大迷宮までは徒歩で15分程。走って向かうのであればあと10分程アイリスの我儘に付き合っていられるが、時間ギリギリで向かうのは試験官への印象が悪くなってしまうし、そもそも時間前行動は人として常識だ。
 名残惜しいが終わりにしよう。

「アイリス」

「……なに?」

 努めて冷静に、顔が緩まないように常に力を入れつつ言葉を続ける。

「そろそろワガママは終わりにしよう。もう本当に行かなきゃいけない。分かるよね?」

「…………うん」

 アイリスは頬擦りを止めると顔を俯かせて頷く。

「大丈夫。試験が終わったら直ぐに戻ってくるよ。別行動はほんの少しだけだよ」

「うん……」

 すっかりと元気をなくしてしまったアイリスに罪悪感を覚えながらも、心を鬼にする。

「そうだ。試験が終わったら今夜は二人でベルルカさんから貰ったリストを頼りに美味しいご飯でも食べに行こう。バルキオンは粉物?の料理が有名らしいから俺が戻ってくるまでに何処のお店がいいか調べておいてよ」

「ッ!! うんっ。わかった」

 しかし晩御飯の提案でアイリスの表情が今までの暗いものから一気に明るく嬉しそうなものに一転する。
 それを見て少し罪悪感も薄れる。

「ありがとう。それじゃあ行ってくるね」

「……ワガママ言ってごめんなさい。試験頑張ってね、ファイク」

「うん。ありがとう頑張るよ」

 別れの挨拶として最後に頭を撫でて部屋を後にする。

 ″はあ…………″

 部屋を出る最後に呆れ果てた嗄れ声がするが、無視する。

 スカーの言いたいことはわかっている。
 自分ですらこのバカッぷりはどうかと思う。しかし仕方ないのだ。『恋は盲目』つまりはそういう事だ。
 ……いや、この使い方は間違っているのか?

 まあ小難しいことはどうでもいい。
 スカーの言いたいことも重々分かるが、これは俺にはどうしようもない。

 ・
 ・
 ・

「ふう……まだ試験官は来てないみたいだな」

 アイリスを何とか納得させて『煌めき亭』を出て無事に集合時間前に大迷宮の前まで来ることが出来た。

 ざっと辺りを見渡したところ大迷宮の入口前には試験官らしき人の姿はなく、まだ集合場所に到着したのは自分だけらしい。

 懐中時計を取り出して時間を確認してみれば時刻は午前8時45分、まだ集合時間まで10分程ある。予定通りの到着だ。

「ここら辺で待っとくか」

 どこの迷宮都市でも朝方の大迷宮は混むらしく、たくさんの探索者達が入口前にごった返している。
 探索者協会の腕章をつけた職員達が忙しそうに大迷宮の入場整理をしているのを横目に、少し離れた場所に置いてあるベンチに腰掛ける。

「あの光景はいつ見ても同情せざるを得ないな……」

 一人の職員が、「早く迷宮の中に入れろ!」と大声で文句を言う探索者を宥めている。

 朝の一番混む時間帯ならば大迷宮に入るのに最長で1時間もかかる事なんてザラにある。
 だいたいの探索者は文句を胸の中にしまって静かに列が進むのを待っていられるのだが、たまにああやって「自分が全て!」「超強い!」「超偉い!」と何か勘違いをした探索者が騒ぎ立てることがある。

 その厭に良く響く声を聞いているだけで、その傲慢で醜悪な姿を見ているだけで腹の底が煮えるような不快感を覚えるが、ここであの文句を言っている男に突っかかるのは三流だ。

 変に騒ぎを大きくすればそれだけで職員の仕事が増えてしまう。今回の場合に限らずだが、ああいう文句を言うクソみたいな我儘野郎はガン無視で職員に任せるのが一番いい。
 周りにいる他の探索者もそれを当然理解しているから、変に絡む輩はいない。皆、我関せずと言った感じだ。
 対応しなければいけない職員には申し訳ないが、こういうクレーマー対処も仕事だと割り切ってもらいたい。

 だと言うのに……。

「おいオッサンッ! 他の人に迷惑だろうが! 静かに自分の順番も待てないのか!?」

 無鉄砲な少年の正義感に満ち満ちた声が遠くから聞こえてきて、痛くも無い頭を抑える。

 少年の声で、男を宥めていた職員や周りにいた他の探索者も俺と同じことを思っただろう。
「面倒なことになった」と。

 ここからではその容姿は良く確認できないが、大きなカバンを背負った小さい背丈の少年が自身よりも数倍巨体な、文句を言っていた男に怒鳴りかかっている。

 この状況を見た瞬間にその場にいた全員が察しただろう。
「もうこの場はタダでは済まない」と。

 憤慨していた男は突如として怒鳴られたことに一瞬驚くが、直ぐに憤りを再燃焼させて、職員に向けていた視線を少年の方へと落とす。

「は? なんだテメェ?」

「僕様の名前はエルバート・ザー……通りすがりの探索者の卵! エルバートだ!!」

 あからさまな殺気を放つ男を気にした様子も無く少年は堂々と答える。

 探索者の卵……か。

 その言葉で色々と察しが着く。
 探索者になりたての新人がその界隈の暗黙の了解を心得ず、今のような問題を起こすことは多々ある。
 今回もその類が男に突っかかったのだろうと思ったのだが、どうやら違うらしい。

「おい、お前。俺は今虫の居所が悪い。死にたくないならさっさと失せろ。ここはお前みたいなガキか来るとこじゃねえ」

「誰がガキだと!? それを言うなら順番も待てないで騒いでるオッサンの方がガキだろうが! 探協の人とか周りの人が煙たそうにしてるのに気づかないのかよ!」

「ッ……なんだとテメェ!!」

 まんまと正論で少年に言いくるめられる男。

 なんとも無様で情けない光景、心情的にスッキリとした展開である。が、場の流れ的にそれで「はい終わり」と済む訳がない。

「うぐっ!」

 その予想正しく。
 男は少年の胸ぐらを掴んで、軽々しく少年の体を宙に浮かせる。

「なっ………おっ、落ち着いてください! 相手は子供です。どうか冷静に!」

「煩ぇ! ガキかどうかなんて関係ねぇ! 喧嘩を吹っかけてきたのはこのガキだ。このガキは自分が誰に文句を言ったのかその身で知る必要があるんだよ!!」

「うわっ!!」

 焦ったように止めに入る職員を吹っ飛ばして、男は少年の胸ぐらを締め上げる。

「うっ……かっ……!」

 身をばたつかせて苦しそうに藻掻く少年。
 文句を言っていた男はそれなりにランクも高く、実力のある探索者だったのだろう。その光景に周りの探索者達は騒然とするが、誰も仲裁に入ろうとはしない。

 一般的に考えれば少年の言い分は正しい。
 しかし、今回に限っては悪手だった。社会というのは理不尽で、正論とは時に正しくないのだ。弱肉強食の世界ではそれが顕著に出る。強い奴が正しいのだ。

 それに勇気と無謀も違う。
 先程の少年の発言からして、今の少年の行動はどう考えても身に余る行動だ。全くもって自身の立場・実力を考えていない。

 もしかしたら少年は男よりも立場・実力的に強いのかもしれない。とも考えるが、直ぐにそれは有り得ないと断言出来る。
 その理由は少年の今しがたの発言が物語っている。
 あの子供は───。

「後悔してももう遅いぜ? これに懲りたらもう二度と舐めた口聞くなよ。これがこの世界のルールだ」

「はな……せっ……!!」

 男の怒りは当の前に頂点を超えている。
 このまま誰も仲裁に入らなければあの少年が痛い目を見るのは一目瞭然。

 それはとても気分の悪くなる話だ。

「はあ……」

 ″助けるのか?″

「まあな」

 大きなため息を一つ吐いて立ち上がると、意外そうに嗄れ声が聞いてくるので、短く頷く。

 まあスカーの疑問は最もだ。
 あの少年に同情はすれど、別に助ける義理はない。普通ならこのまま傍観を決め込む。
 だがこれから一緒に試験を受ける好みだ。しかたないから助けてやろう。

「歯ぁ食いしばれ! 殺す気で殴るからよぉ!!」

「うっ……!」

 恫喝する男の声に怖気た少年は強く両目を瞑る。
「先程の威勢は何処へ行ってしまったのか?」なんて疑問は今の少年には酷であろう。
 まあそれはいい。

 男との距離を詰めるのに数秒とかからない。
 必要最低限の魔力を熾して音を出さずに飛び出す。

 男の大きな拳が少年の顔面にクリーンヒットしようとした瞬間、男の殴り掛かろうとしている腕を掴み取り攻撃を中断させる。

「……え?」

「なっ……!?」

 腑抜けた少年の声と、男の驚愕した声がする。
 周りも俺の急な登場に驚いている様子だ。

 視線が一気に集まり、嫌な威圧感を感じるがそれを無理やりに無視して目の前の男だけに集中する。

 あまり人の注目を集めるというのは得意ではない。
 さっさと終わらせて退散しよう。

 そう決意して男に声をかける。

 努めてフランクに、努めて穏便に事を終わらせるように、こちらに敵意がないことを知ら知らせるために不出来な愛想笑いを浮かべて。

「その子も反省してるみたいだし、その辺で勘弁してくれませんかね~?」

「なんだテメェ! 邪魔すんな! お前も殺されてえのか!!」

「おおっと怖い。そんな怒んないでくださいよ~。大人が子供を怒鳴りつけて殴り掛かる光景なんてのは色々とまずいでしょ? とりあえずその子を下ろしてあげてくれません? もう限界そうだし」

「ふざけんな! 誰がお前の言うことなんか………ってコイツ、力強ぇ……」

 カッカする男を宥めて、空いている方の手で少年の胸ぐらを掴んでいる腕を無理やり下ろす。

「大丈夫か?」

「かっ……はっ……ゴホッゴホッ!!」

 男の拘束から開放された少年は地面に尻もちを着くと苦しそうに咳き込む。
 よくもまあこんな少年がこの大男に挑んだもんだ。

 ベンチから見た時はおおよそしか分からなかったが、近くで見ると少年は一段と小さく見えた。
 まだまだ成長期。体の肉付きや筋肉なんてほとんど無くて、腕や足は少し力を入れれば折れてしまいそうなほど華奢だ。

「おいコラッ! なんなんだテメェ! 俺が誰か分かってんのか!?」

 と、少年を見て感心していると怒りで顔を真赤にさせた男が詰め寄ってくる。

「まあまあ。そんなに怒んないでくださいよ。相手は子供ですよ?落ち着きましょって」

「んなこと知るか! 俺はこのガキを一発ぶん殴らないと気がすまねえんだ! 退けろッ!!」

 再三宥めてみるが、男の怒りは収まるどころか増すばかりだ。
 ここまで来るとこれだけ怒れる男にも感心してくる。

「いや、だから………」

「うっせぇんだよッ! いいからさっさと退けろ! 退けねぇならお前から殺すッ!!」

「……ああそう───」

 しかし、感心すると同時にここまで言って静まらないとこちらも腹が立ってくる。

 騒ぎ立てず穏便に事を済ませたかったが、こうなってはもうタダでは解決できない。
 周りにギャラリーも増えてきたし、これ以上長引かせるのはさらに面倒事を招く。ここは一つ、男には反省して頂こう。

 男は背中に背負った長剣型の魔導武器を抜剣する。
 街中での武器の使用はご法度。
 だと言うのに男はそんなこと知ったことかと武器を構える。

 それほどまでに男は怒り心頭。
 気が動転している。
 そんな男の横暴な行動に少なからずの悲鳴が上がる。

「死ねッ!!」

 その悲鳴を号令に男は俺に斬り掛かって来る。

 対して俺は潜影剣は抜剣しない。
 それどころか魔法の準備を一切せずに、男が攻撃してくるのをただ見つめる。

 足元に広がる影は男を敵と判断して、自動的に迎撃用の影魔法を発動しようとするがそれを途中でキャンセルする。

 迎撃は不要だ。
 魔法の心像は疎か、武器を構える必要は無い。
 そんなことをすれば俺はこの男と同類になってしまう。

「───″止まれ″」

「ッ……!?」

 痛い目は見てもらうが、事を荒立てる必要は無い。
 必要最低限の魔力があれば十分だ。

「″街中での魔道武器の使用は禁止。もし破れば協会から罰則がある。知らないわけじゃないよな?″」

「……くっ!」

 俺の問いかけに男は答えず、苦しそうに唸り跪く。
 軽い魔力圧だが男にとっては自分の体重よりも何十倍も思い重圧がのしかかっていることだろう。

「″あの子供にも落ち度はあるが、そもそもはお前が原因だ。反省してそのまま暫く大人しくしておくんだな″」

 さらに言葉に魔力を込めて男を睨みつける。この男に使うには十分すぎる魔力を込めた。あと10分ほどは魔力圧で立ち上がることも出来ないだろう。

 男はもう自分が抵抗することは叶わないと理解出来たのだろう。
 悔しそうに歯噛みすると黙り込む。

 そこで一端の騒ぎは収まる。
 周りからしてみれば急に男が苦しそうに跪いて、何が起きたのか理解できないだろう。

 再び視線が俺に向けられるが直ぐにそれは別のものへと向けられる。

「お~い。何をしてんだお前たち~」

「あぁっ! ロドリゴさん! 助けてくださいぃ!!」

 現れたのはゆったりと間延びした声の壮年の男。
 その男を見た瞬間に今まで青ざめていた探協職員が生気を取り戻す。

 どうやらこの騒ぎを聞きつけて別の探協職員の上司がヘルプに駆けつけてきたようだ。
 これで本当に一件落着だろう。

 ふと、懐中時計を取り出して時間を確認してみれば時刻は午前9時03分。
 試験の集合時間は過ぎていた。

「……時間厳守って言われたけど、3分ぐらいなら許してくれるよな?」

 途端に全身の血の気が引いていく嫌な感覚を覚えながら、依然として地面に座り込んでいる少年を見やる。

 少年は呆然と苦しそうに跪く男と俺の方に交互に目を彷徨わせいた。
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