元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

4話 自己紹介

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 上司っぽい探協職員の登場で、少年と文句男のいざこざは完全に終わった。

 魔力圧で完全にダウンしていた文句男はそのまま他の職員に何処かへと連行。
 おそらく今回の騒動の件で探索者協会へと連れていかれたのだろう。

 周りに集まっていた探索者のギャラリーは場の収束を見届けると蜘蛛の子を散らすように解散して、再び大迷宮に入るために列に並び直した。

 特段、珍しくもないトラブルだったので今回の騒ぎの元凶である少年は職員に厳重注意を受け、それに首を突っ込んだ俺は「ありがとう」と感謝の言葉を貰って終了。今回の件に関しての事情聴取などは特に無くそのまま解散だった。

「いや~! 面倒に巻き込んですまんかったな~。本当に助かったわ~」

「まあ、勝手にやったことなんで……」

 そして今、俺はのんびりとした雰囲気の探協職員に感謝されつつ絡まれていた。

「おうおう! 謙遜なんかすんなって~。あの手の付けられないAランク探索者のバルゼルを言葉と威圧だけで黙らせるなんて俺でもできないぜ~。お前さんナニモンだよ~!」

 男の名前はロドリゴ・ロックブート。
 いざこざの最後の方に現れた上司っぽい探協職員だ。職員は職員でも、探協でデスクワークする方の職員ではなく。現場仕事、主に大迷宮の出入口や中で仕事をする方の職員。

 その証拠にロドリゴは探索者協会の剣と盾、狼っぽい獣があしらわれた紋章が刺繍されたプレートアーマーに身を包んで、戦鎚型の魔導武器を背負っている。

 年齢は見たところ40後半と言ったところか。短く切りそろえられ、ところどころ白い毛が混じった黒茶の髪。人の良さそうな優しい目元と要所要所に見られる間延びした語尾は、柔らかい印象を覚える。

「いや……別に……最近ここに拠点を移してきたただの探索者ですよ……」

 初対面だと言うのに異様にフレンドリーなロドリゴにむさくるしさを覚えて、肩を組んでくる腕をさりげなく退ける。

 今こうしてこの男に絡まれていることから分かる通り、本日の探索適性試験の試験監督はこのロドリゴが務める。

「ボウズも災難だったな~。いい根性だったが、もう少し考えてから行動しような~」

「うっ、うっさい! わしゃわしゃ頭触んなオッサン!!」

「あっはっはっ! それだけ元気があれば試験は大丈夫そうだな~」

 小さい子をあやすように先程のトラブルの元凶である少年の頭を撫でるロドリゴと、それを煙たがる少年。

 少年の名前は自己紹介がまだなのでまだ知らない。
 俺の胸あたりまでしかない背丈に、深緑を基調とした身軽さ重視のレザーアーマーを身に纏い、中身がパンパンに詰まった自身の体よりも数倍大きなバックを背負っている。

 年齢の方は12~高くても14と言ったところだろうか。
 クルクルと癖の着いた赤髪に、気の強そうな鋭い目付き。今のロドリゴとのやり取りからも分かる通り相当気の立ちやすい性格らしく、威嚇するような高く、大きい声が特徴的だ。

「よ~し。そんじゃあ談笑もそこそこにして、始めるか~」

 少年に強めに手を弾かれて大袈裟に痛がる素振りをしていたロドリゴはそう仕切る。

「改めて、本日の探索適性試験の監督官を務めるロドリゴ・ロックブートだ。まあ呼び方はお前たちの好きなように呼んでくれ。今回の試験を受けるのは今見てわかる通りお前たちふたりだけだ。試験の詳しい説明をする前にまずはお前たちにも簡単な自己紹介をしてもらう。まずは……騒ぎを収めてくれた正義の味方から頼む」

 今までの間延びした語尾から一転、キリッと締りのある口調でロドリゴは俺の方を見る。

 正義の味方が誰なのかは知らないがロドリゴが見ていると言うことは、自己紹介は俺かららしい。
 真面目に話をするなら最後まで真面目にやってもらいたいものだ。

 軽くため息を吐いて適当に自己紹介をする。

「……名前はファイク・スフォルツォです。別に正義の味方ではないです」

「年齢は? 出身は何処だ? どうして適性試験を受けようと思ったんだ?」

「えーと、年齢は17です。生まれも育ちも迷宮都市クレバス。つい最近までそのクレバスの大迷宮を拠点に探索者やってました。試験を受けた理由はとある理由でバルキオンに来る途中でトレジャーバッジを失くしたんで、再発行するためです」

「ハッ! お前、間抜けだな!!」

 本当に簡潔に自己紹介をすると、わざとらしくロドリゴが質問をしてくるのでそれに答える。
 最後にバカにした少年の笑い声は聞こえなかったことにする。

 ……俺、一応君の命の恩人ね?
 助けてもらった人にその態度はお兄さんどうかと思うよ?

「よく分かった! トレジャーバッジを失くしてしまうとは災難だったな。トレジャーバッジの再発行目指して是非頑張ってくれ、ファイク!」

「どうも」

「次はボウズだ!」

 ロドリゴは俺の返答に満足して頷くと、次は少年に振る。

 少年は何か気に入らないことがあったのか、眉間をキッと険しく寄せてロドリゴを睨みつける。

「だからボウズじゃないって言ってんだろ!
 僕の名前は超天才探索者……の卵! エルバートだ! 歳は13! 出身はメルドンスだ! 試験を受けた理由は探索者になりたかったからだ!!」

「メルドンス……と言えばゲンテンス領の最北端に位置する港街だったか? 確かあそこで作られた魚の干物は絶品だったと記憶している。随分と遠い所から来たんだな」

「ふんっ! 大したことないね!!」

 ロドリゴが記憶を辿るように腕を組んで驚く。
 エルバートは何故か偉そうに仁王立ち胸を張っている。

 ゲンテンス領……ロッツエイド領の王都ロッツエイドから見て北西に位置するラビリル大陸の最北西に位置する領土だ。

 メルドンスの詳しい位置は分からないが、港街という話から察するに海のある最北端に位置する街なのだろう。
 確かに随分と遠いところから来たものだ。

「そうかそうか、元気が有り余ってる年頃なら長旅も余裕か! よく分かった! 試験頑張ってくれよ、ボウズ!」

「だからボウズって言うな!!」

 ロドリゴは快活に笑うが、エルバートは盛大にキレ散らかしている。

 文句男とのやり取りの時から気になっていたが、エルバートは自分が下に見られる呼び方を偉く嫌っている。

 まあ「ガキ」とか「ボウズ」と呼ばれて気分がいいものでは無いがそれにしてもあの拒否反応は少し異常に思える。

 いちいち過剰に反応するものだからうるさくてかなわない。
 間違っても俺はエルバートの事を「ガキ」とか「ボウズ」とは呼ばないことにしよう。

 そう心に誓っているとロドリゴは話を続ける。

「よし! そんじゃあ自己紹介も終わったところで試験の説明を始めようか。
 分かっていると思うが本試験はお前たちが探索者として大迷宮に入るに足る力を持っているのか見極めるものだ。俺が提示した課題をクリアすれば晴れてお前たちは探索者になれる。ここまでいいか?」

「はい」

「ああ!」

 前置いて説明を始めたロドリゴに頷く。

「試験を受ける際、同行人の連れ行くことができないこと以外はコレと言ったルールや決まり事なんてのはない。
 この試験はお前たちの様々な能力を見極める試験だ、同行人以外のあらゆる荷物の持ち込みは自由だ。魔導具でもなんでも好きに持ち込んでくれ。
 それからこの試験で万が一命を落としたとしても探協側は一切の負担はしない。全て自己責任となる。それだけは肝に銘じておけよ。
 それでは本試験の課題を発表する───」

 試験に対する心構えや、その他もろもろの説明を手短に済ませてロドリゴはいちばん重要な課題の発表に入る。

 探索適性試験の課題とはその試験監督官によって様々だ。その監督官によって試験の難易度は上下に大きく左右する。

 ポピュラーな試験課題で言えば、
 ○階層の~流域にいる『───』の素材を○時間内に○個持ってこい、
 ○階層~○階層までを○時間以内に往復して戻ってこい、
 ○階層の~流域に群生している『~鉱石』を○個持ってこい、
 模擬戦で監督官に一本でも取れ、
 などなど、様々だ。

 どの試験がいちばん簡単だとかは一概には言えず、全て監督官のさじ加減だ。
 無理難題を提示する意地の悪い監督官も居れば、公平なちょうどいい難易度の課題を提示する監督官、数十分で終わってしまうような簡単すぎる課題を提示する監督官も居るという。

 前に試験を受けた時は適正の難易度でそれなりに苦労してトレジャーバッジを貰ったのを覚えている。

 要は運だ。
 面倒な監督官に当たれば再び再試験、優しい監督官に当たればらくらく合格。
 どちらが探索者に取って幸せなことなのかは断言できない。

 が、今回はどちらに転ぼうが関係無い。
 どんな課題内容でも合格する。
 今日まで俺は何もしてこなかった訳では無い。それなりに力をつけた自負もある。やれるはずだ。

 そうしてロドリゴから言い渡された課題は───。

「今回の試験課題は大迷宮バルキオン第5階層に生息する『燦然と輝く陽光レディアント・フライ』の捕獲だ。制限時間は夕刻6時まで、数は一匹でも捕まえれば合格だ」

「ハッ! なんだ! そんな簡単な課題でいいのかよ!!」

「……」

 エルバートは余裕綽々と言った様子で啖呵を切るが、コイツはロドリゴの提示した課題内容を録に理解していない。

「……これはハズレだな」

 思わず先程の自信が揺らぎそうになる。
 これはまた一癖も二癖もある課題内容だ。
 しかもこれまた一癖も二癖もありそうな監督官と受験者が一緒だ。
 タダで済むはずがない。

「そんじゃあさっさと始めようぜ!!」

「やる気があるのはいいことだな。それじゃあさっそく大迷宮に入るか~」

「はあ……」

 意気揚々と大迷宮に向かって走り出す赤毛の少年と、それを最初ののんびりとした雰囲気に戻った壮年の男が追いかけるのを見て、ため息が出る。

 こうして波乱万丈の探索適性試験が始まった。

 ・
 ・
 ・

「それでは今後このようなことはないようにお願いしますね! 次やったら探索者資格を没収しますからね!!」

「分かってる。もうやんねえよ」

 随分と軽くなった体の調子を確かめながら、男は話半分に探協職員に返事をして探索者協会を後にする。

 彼の名前はバルゼル・ジンドット
 先程、大迷宮の前で騒ぎ立てた男その人だ。

 トレジャーランクはAランクとそれなりの高ランク。
 全長2m近い身長と大岩のような肩幅、つんつるてんのスキンヘッドに鋭い目付きと無精髭。蛮族のような鉄の鎧に猪型モンスターの体毛があしらわれたら装備は誰もが一目見れば萎縮し、恐れを抱く厳つさだ。

 こんな見た目からお察しの通り品行方正と言うわけが無く。
 先程の騒ぎから分かる通り、それなりに問題の多い男だった。

「はあ……やっと終わりやがった。アイツらくどくどくどくど、と話がなげえんだよ……」

 ファイクによって無力化されたバルゼルはあの後、探協職員達に身柄を拘束されて事情聴取と相成った。

 内容は「どうしてあんなことをしたのか?」「街中での魔導武器の使用は規約違反だ」と言うもので、ほとんどは説教みたいなものだ。

 そうしてバルゼルはありがたいお言葉を頂いた後に、罰金を払わされた。
 その額、一括10万メギル。

 バルゼルのように素行が悪く、問題を起こす探索者というのは少なくない。
 大抵の素行の悪さや問題事は探協側は関与せず、大体の事には目をつぶる。
 しかし今回のバルゼルのように度を超えた問題を起こす探索者はいるわけで、そういった時に限り、探協側は彼らを取り締まり罰則を与える。

 大体は多額の違約金を払わせて問題を起こした探索者を反省させるのだが、それでも済まない場合は探索者資格の一定期間の停止、さらに行けば剥奪となる。

 今回、バルゼルの場合は取り締まりは初回だったということで罰金だけで済んでいた。

「まあ。これで大金が手に入るなら安いもんだな」

 決して安くはない金を罰金として探協に払ったはずだと言うのに、どうしてかバルゼルは上機嫌だった。

 バルゼルは足早に人気のない裏路地へと向かう。

「今日はパァーっとアイツらと酒を飲んで、その後は久しぶりに女でも抱きに行くか」

 薄暗い道を行く中、彼は下卑た笑みを浮かべてこれからの予定を立てる。

 普段から素行が悪く、問題の多いバルゼルであるが、今回のあの行動はとある人物に頼まれて意図的に行ったものであった。

 とある人物に「特定の日時に大迷宮の出入口前で騒ぎを起こし欲しい」「報酬は弾む」とそんな感じの依頼をされてバルゼルはそれを引き受けてた。

 詳細な報酬額は前金として15万メギル、実行・成功報酬として後払いで30万メギル。しかも罰金の10万メギルもその人物持ちだった。

 なんともヤバめ、完全に裏しかないその依頼をバルゼルはひとつ返事で受けた。

 彼は女を抱くのが趣味で、色んな娼館に入り浸っては多くの借金を抱えていた。
 Aランクとトレジャーランクは高かったが最近は本業である探索者業は上手くいっておらず、借金の返済は滞っていた。

 すぐにでもバルゼルは楽に金が欲しかった。
 そんな時に舞い込んだ破格の個人的な依頼。
 どんな裏があれ、受けない理由がなかった。

 バルゼルの仲間……他のクランメンバーも今日はその依頼主から別の依頼を受けていた。

「あいつらは荷物の運搬だったか……」

 他の仲間たちが受けている依頼内容を思い出す。
 自分の仕事と比べると、体力を使う仕事で結構な時間もかかる。面倒な仕事だ。
 バルゼルは仲間に同情の念を抱いていた。

「災難な奴らだ。ま、俺は一足先に酒場で楽しませてもらおう……」

 バルゼルは独り言ながら路地裏を軽快に歩いていく。

 そしてすぐに目的地に到着する。

 何の変哲もない、住宅街の一角。
 どこの家にもある裏路地に通じる扉。
 その扉をバルゼルは『コン……ココンコン』と不規則なリズムで叩く。

 数秒の沈黙後、扉が開き「入れ」と無感情な声で中へと招き入れられる。

 中に入ると、部屋の中は薄暗く、頼りになるのは細々と暖炉に燃える炎だけだった。
 その部屋にはどこにでもあるフード付きローブを目深に被った人間が四人居た。

「ご苦労だったな。これが残りの報酬だ」

「あ、ああ……」

 四人の中の椅子に腰かけた一人の男が地面にパンパンに金の詰まった金袋を床に投げ捨てる。
 それをバルゼルは恐る恐る拾うと椅子の男を見る。

「これで終わりなんだな?」

「ああ。素晴らしい働きだった。感謝している」

「……どうも」

 無感情な低い声に妙な違和感と恐れを感じながらもバルゼルは質問をしてしまう。

「なあ、あんた達は何を大迷宮に運んでいたんだ?」

「それを知ってどうする?」

「いや……別にどうってことは……」

「ならお前は知らなくていい。知った瞬間、お前はもう二度と表には戻って来れなくなるぞ。それでもいいのか?」

「いや……それは……」

 先程大迷宮の前で感じた威圧感とは毛色の違う圧迫感。
 バルゼルはそれ以上何も喋ることは出来ない。

「探るな、勘ぐるな、知ろうとするな。そうすればお前に金回りのいい依頼を優先的に回そう。お前はそれなりに力も地位もあって有能だ。私たちとしては今後とも良好な関係を築いていきたいと思っていたんだが?」

「あっ、ああ……よろしく……お願いします……」

「……それでいい。近々またしごとを頼む。その時までゆっくりするといい」

「……わかった」

 低い声の男にバルゼルは頷くことしか出来ない。

「それでは、今後ともよろしく頼むよバルゼル・ジンドットくん───」

 男はフード越しに辛うじて見える口元を歪ませてバルゼルの名前を呼ぶ。

 そこで彼らのやり取りは終了した。
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