元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

EAT

文字の大きさ
56 / 76
第二章 大迷宮バルキオン

6話 探索適性試験〜後編

しおりを挟む
「あー! クソっ! 全然見つかんねぇ!!」

 広い洞窟内に赤毛の少年の甲高い声が木霊する。
 彼は手に持っている木の棒をがむしゃらに振り回して空気を切っている。

 声からもその行動からも少年がフラストレーションを溜め込んでいるのは一目瞭然だ。
 気持ちは分からないでもない。
 ここまで手応えがないと集中力も散漫になってしまうものだ。

「さっきまでわんさかいたモンスターも全然いないしどうなってんだよ!!」

 加えてモンスターとの戦闘を熱望する少年の前に立ちはだかるモンスターは皆無。
 どこかのクランと戦闘中か、奥に進むにつれてモンスターの気配が全く無くなった。
 それが彼の怒りを増幅させた。

「確かに、ここら辺はまだモンスターが出てきもおかしくないんだが全く居ないな~」

「先行してた探索者が全部狩り尽くしたんじゃないんですか?
 燦然と輝く陽光レディアント・フライはこう言ったモンスターの気配がない所でたまに発見されるって聞きます。もしかしたらここら辺にいるかもしれないですね」

「うーん……かもなぁ~……」

 眉根を潜めて訝しげな表情のロドリゴ。

 彼はこのモンスターの異様な少なさに違和感を感じている様子だ。
 ここら辺はまだ上層で探索者の数も多い。
 俺が今言った事はそれなりに的を得た事を言ったつもりだったのだが、彼はそれでも疑問が残るようだ。

「……」

 開けた場所に出て、不安げに辺りを見回すロドリゴに釣られて俺も視線を彷徨わせる。
 影による支配領域内の探知には特にコレと言った反応はない。
 俺たちより先に進んでいる探索者の気配はチラホラとあるが周辺にはモンスターの気配は皆無だ。
 やはり俺の予想はそれなりに的を得ていると思う。

 ″……何も無いよな?″

 ″油断は出来ないが今のところは問題ない。このままさっさと試験とやらを終わらせてしまえ″

 ″ま。目的のモンスターがこの階層に絶対いるとは限らないけどな″

 一応、スカーにも確認してみるが問題は無い。

 それならばにここら辺の探索をしよう。
 支配領域範囲内の自動索敵・探知ばかりに頼ってもいられない。
 というかこの能力だけで見つけるのは無理だろう。

 この索敵能力は大変便利だ。
 実際、最初の方は即座に支配領域内の状況を把握出来きてとても便利な能力だと思った。
 しかし使い込んでみると色々と不満が出てきた。

 簡単に言ってしまえば、この能力は細かい索敵と探知が苦手だ。
 今のように壁や距離を超えて人やモンスターの気配を索敵・探知することはできる。
 しかしその詳細な数を把握することは出来ていない。

 いや、詳細な数を把握することもできるのだがそれには索敵と探知に集中して、影の支配率を上げる必要がある。
 なら「そうすればいい」と思うかもしれないが今回の探索の場合は詳細な数は重要では無い。

 何が言いたいかと言うとこの「苦手」という話はまだ続きがあって、何が問題かと言うと──この能力、生物の体の大きさや魔力反応が小さすぎると全く感知しないのだ。
 加えて大迷宮クレバス深層60階層にいた
『ステルスマーリン』のような「姿を消す」と言った特殊な性質を持っている生物や地中なんかにも反応しない。

 これも支配率を上げれば解決することはできるのだが、その場合は支配領域を全て解放しなければいけない。かなりゴリ押しだ。
 この方法は使いたくない……というか使いたくても使えない。

 今の俺が支配領域を全て解放させれば1分と持たずに意識を失うか最悪の場合は、その膨大な魔力行使に体が耐えきれずに死ぬだろう。

 今まで何度か支配領域を全て解放させた事はあるが、だいたいそう言った時の俺は瀕死の状態でほぼ壊れかけていた。
 なんなら今まで五体満足で生きていたのが奇跡なぐらいだ。

 一か八かで使えはするが、使い所はここではないだろう。
 それにシラフの状態で使いたくない。
 使うなら俺かアイリスの生き死にが掛かっているときだ。
 だから使えない。

 このことを考えると索敵能力だけで燦然と輝く陽光を見つけることは無理だ。
 あの蝶は小さいし、もしかしたらステルスマーリンのように姿を消すことが出来るかもしれない。

 だから自分の目でしっかりと確認することが大事だ。

「よし、エルバート。文句はそこら辺にして次はここら一帯を細かく探してみよう」

「あぁ!? なんでお前に指図されなきゃいけねぇんだよ! 誰がお前みたいなマヌケなんかと協力するか!!」

「まあそう言うなよ。別にロドリゴさんには「協力するな」なんて言われてないだろ? 
 それじゃなくたって燦然と輝く陽光がここにいるなんて分かんないんだ。これも何かの縁だ、ここは力を合わせて頑張ろうぜ」

 不機嫌そうに喚くエルバートを宥める。

 モンスターの気配はないがエルバート1人で探索させるのは不安すぎる。
 一応は監督官のロドリゴがいるが、このおっさん全く役に立つ気配が無い。
 今も呑気に欠伸なんかして今にもそこら辺に腰掛けて居眠りしそうだ。

「あんまり遠くに行くなよ~。離れすぎるといざと言う時に助けに行けないからな~」

「……」

 と、思っていたらロドリゴは本当にちょうどいい高さの岩に腰かけてぶらぶらと呑気に手を振ってきた。

 あのおっさん。
 後で絶対に探協に職務怠慢でチクってやる。

「……見た感じモンスターはいないがここは大迷宮だ。何が起きるかわかったもんじゃない。
 見ての通り俺らの監督官さまもあの怠慢ぶりだ。そう簡単に助けてもらえると思わない方がいい。死にたくないなら協力しよう」

「…………チッ。わかった」

 ロドリゴの懈怠を見てエルバートも毒気を抜かれたようで素直に頷く。

 うん。
 こう言った面ではあのおっさんは役に立っていると言えよう。
 ……だが、それだけだ。
 今のことを加味してもロドリゴの態度は些か目に余る。

「んじゃま、あまり離れすぎずに探そう。
 ……ほれっ。一応、燦然と輝く陽光を見つけた時にすぐ捕まえられるように虫網も持っとけ」

「ああ…………マヌケのソレ便利だな」

 影の中から取り出した二本の虫網の片方をエルバートに投げ渡すと、彼は瞠目して影を見ていた。

 大迷宮に入ってやっと目に見える魔法を使ったからだろうか、その目は少なからず好奇心の色を宿している。

 荷物の出し入れが俺のまともな魔法か…………間違ってはいないがなんだか悲しい気分になってくるな。
 少年よ、本当はお兄さんはもっとすごい魔法が使えるんだぞ?

「ははっ。この魔法を褒められたのは久しぶりだな」

 嬉しいやら悲しいやらで複雑な気分になりながら苦笑を返す。

 よく考えてみれば実際にこうしてまともな魔法を誰かに見せるのなんて久しぶりだ。
 最後に影収納を見せたのはアイリスか。
 彼女も「凄い」と褒めてくれたが、それももう1年も前だ。
 当然の事ながらマネギルたちは全く褒めてはくれなかった。奴らに褒められても嬉しくはないがな。

「なあ、それって中にどれくらい物を入れることが出来るんだ?」

「んー……確認したことないから分からないけど今のところ影の中が一杯になったことは無いよ」

「生き物はどうなるんだ? そもそも空気はあるのか?」

「生き物は入れることは出来ないな。影の中に入れることが出来るのは死んでるものか、無機物だけ」

「じゃあ魔導武器マジックウェポンは入れることが出来るんだな。武器は錆びるのか?」

「いや、錆びずにそのまま入れた時と同じ状態だよ」

「そうか……」

 そう思い返しているとエルバートから怒涛の質問が飛んできてそれに答える。
 エルバートは質問をし終わると真剣な様子で何かを思案し始めた。

 そんなに影収納が珍しかったのだろうか?
 ……いや、違うな。
 少し見ればすぐに分かる。
 エルバートはその背中に一生懸命背負っているリュックの荷物をどうにかしたいのだろう。

 大迷宮前での顔合わせの時から一際存在感を放っていたパンパンのリュックサック。
 時折その中からガチャガチャと硬い金属のぶつかる音がしているが、あの中身にはいったい何が入っているのだろうか。

「……」

 気になるが、お喋りばかりと言う訳にもいかない。
 そろそろ口ではなく、全身を動かそう。

 それにリュックの中身、荷物というのは探索者の命の次に大事なものだ。
 貴重な素材や魔導具なんか入っていてもおかしくは無い。
 素直には教えてくれないだろうな。

「うし。質問はもうないな?」

「ああ」

「じゃ。気を取り直して探索だ」

 そう判断して開けた場所の探索を始める。

 本当になんてことは無い、奥へと進む本筋の道から外れたところにある大きな空間。
 通称『脇部屋』。
 今回の部屋は正方形で、天井の高さは50メートル程、大きな屋敷が余裕で一つ建てられるくらいの広さだ。

 凸凹な舗装のされていない地面に、時たま異常に隆起した余裕で俺の背を超える土柱。
 広いだけで特段、探索に時間が掛かるとは思えないが、今回の捕獲ターゲットはとても小さい。
 大雑把な探索では見落としてしまうので丁寧に岩陰や土柱周辺、部屋の隅の隅まで見ていく。

「……いないな」

 30分もしないで慣れ親しんだ空間の探索は終わってしまう。
 しかも、虫の1匹も見つからなければそれなりに精神的に来るものがある。

 正直に言えば飽きた。
 こんないるかも分からない、見つかる可能性も極めて低いことに時間を浪費するのならば、帰ってアイリスと一緒にバルキオンの街を探索したい。
 そんな気分だった。

「……」

 エルバートも静かにしているが表情は今にも怒りで爆発しそうだ。
 これはキレてもいい。
 そもそも最初にも言ったと思うが、燦然と輝く陽光なんて探そうと思って探すモンスターでは無いのだ。
 前提として課題が鬼畜すぎる。

「ふわぁ~……」

 そんな鬼畜課題を出した張本人はモンスターが居ないのをいい事に地面に寝転がって完全にリラックスモードだ。

 正直めちゃくちゃムカつく。

「……なあ。あいつ殺らないか?」

「奇遇だな僕も同じこと考えてた」

 自然と俺とエルバートの視線の先が同じ人間に向く。
 騒いでいないだけでエルバートはかなりご乱心だ。
 今の彼ならば本当にロドリゴをボコボコにしてしまうだろう。

 いや、それぐらいされてもあのおっさんは文句は言えないだろう。
 いくらなんでも態度が悪すぎた。
 自業自得だ。

「おっ。部屋の確認終わったか~?
 そんじゃあ一旦休憩でもしたらどうだ~?」

 依然としてだらしなく寝転んだままこちらに二ヘラと軽薄な笑みを浮かべて手を振ってくるロドリゴ。

「「ッチ」」

 それがトドメの一撃だった。
 一気に俺とエルバートの中の怒りが表へと吹き出る。

「ふざけんなぁぁぁぁ!!」
「ふざけんじゃねぇぇぇ!!」

 同時に地面を蹴ってロドリゴに突進していた。

 もう試験の事などどうでもいい!
 あのおっさん、絶対に泣かす!!
 殺さないだけありがたいと思え!

 武器は構えず拳を振りかぶる。
 一応、全身の魔力を切って振りかぶる。
 魔力循環で身体強化をしたままぶん殴って、間違って死んでしまっては笑えないからな。

 そんな次の瞬間だった。

 今まで呑気なアホ面をしていたロドリゴが急に立ち上がって眉間に皺を寄せて顔を険しくさせる。

 ″魔力を戻せ! 下から来るぞ!!″

「ッ!!」

 同時にスカーの声が脳内に響いて反射的に魔力を循環させて、足を止めて右手で素早く潜影剣の鯉口を切る。

 すぐにロドリゴとスカーの様子の急変に察しがつく。
 微かにだが感じる地響き。
 次第にそれは大きくなっていき、足元を揺らすほどの大きさになる。

 唯一エルバートだけが状況を掴めずロドリゴへと向かっていく。

「なっ、なんだ!?」

「そのままロドリゴさんの方に突っ込め! モンスターだ!!」

 エルバートの突進を止めさせることなく指示を出す。
 今の奴の状況なら動いて一刻も早くロドリゴと合流させた方がいい。

 エルバートから視線を切った直後、足元が唐突に隆起する。
 素早く後ろへとバックステップをして足元に不自然に発生した隆起から立ち位置を変える。

 ドゴッ!!
 と、硬い地面を抉る音と同時に見えたのは鈍く輝く白けた鉤爪と黒い塊。
 そのモンスターは全身を土まみれにしてその全貌を表す。

「……初めて見るモンスターだな」

 鼠……とは少し違う全長3メートル弱の黒い毛を全身に覆った頭胴長のモンスター。
 とんがった鼻先と、その獰猛さに欠けるつぶらな真黒い瞳。かと思えばその両手には人撫でで生物を抹殺することが出来るであろう禍々しい両手五本の鉤爪。
 土から出ても唸ることなくモンスターはつぶらな瞳でこちらを見つめてくるのみ。

 簡単にそのモンスターを説明するならばモグラだ。

黒毛の土竜ブラックヴルフ!?
 どうして20階層にいるモンスターがこんな上層に!!」

 スカーと同タイミングでモンスターの気配に気づいていたロドリゴが驚愕した様子でモグラを見ている。

 ブラックヴルフ……か。
 さすが別の大迷宮。
 知らないモンスターが普通に出てくる。
 なんとまあカッコイイ名前だろうか……全然見た目にそぐわないな。

「かなり数がいるな……群れるモンスターなのか?」

 俺の足元から出てきたモグラを皮切りに至る所から地面の抉る音と共に、軽く50は超えるモグラが姿を表す。
 瞬く間に包囲された。

「くっ……流石にこの数は多すぎる。
 撤退……いや、こんなにいるならそれも……」

 ロドリゴはモグラの数に動揺し、まともに思考が纏まらない様子だ。
 さて、どうしたもんか……。

 別にこの数ならば問題は無い。
 20階層付近のモンスターならば苦戦はない。
 だがそれは俺が一人の場合ならだ。
 今はロドリゴやエルバートがいる。
 それを守りながらとなれば考えて、細心の注意を払ってコイツらを対処しなければいけない。

 ロドリゴは監督官を務めるくらいだ。
 自分の身を守ることくらいはできよう。

 問題はエルバートだ。
 奴はまだ探索者でもないただの一般人だ。
 強さには多少の自信があるようだが、20階層のモンスターとなれば話は違う。

 こういう時、普通はロドリゴがエルバートを保護するべきなのだが……この状況であの少年が大人しくするはずがない。
 先程からアイツはこんなシチュエーションを望んでいたのだがら……。

「コイツらは僕が全部倒す! おっさんとマヌケは手を出すなよ!!」

 ほらな、アイツは期待を裏切らない。

 勇んだエルバートは大きなリュックから一本の直剣型の魔導武器を取り出して方向転換。
 そのまま近くに出現したブラックヴルフへと駆けていく。

「ッチ! ロドリゴさん! エルバートの援護と出来れば大人しくしてください! 俺が道を開きます!」

「わかった!!」

 俺よりもエルバートに近いロドリゴに指示を出す。
 そうして目の前のモグラを一振で真っ二つにして俺も走る。

 やはり所詮は20階層のモンスター。
 問題なく圧倒できる。
 後は全員が死なないようにできる手を打つだけだ。

「影遊・覇影戦気」

 魔力循環で身体強化を施したその上、さらに覇影戦気で身体強化を施す。
 一瞬にして俺の周りに漆黒の闘気が疾走る。

「喰らえ! これが僕様の魔法だ!!」

 次から次へと襲いかかってくる黒モグラを切り伏せていく中、そんな叫びと共に視界にエルバートの姿が映る。
 ロドリゴの援護はまだだ。
 あのおっさんもモグラに行く手を阻まれている。

 エルバートの手に持った魔導武器は傍目で見ても業物と分かる逸品だった。
 それこそアイリスの『颶剣グリムガル』と同等……いや少し階級は下がるがそれでも三等星の階級はある。

 薄刃の青い剣身に魔力が込められる。
 到底充分とは思えない魔力量。
 しかしそれで魔法の準備は整ってしまう。

「いけぇぇぇッ!!」

 上段から大振りで放たれたエルバートの斬撃はそれを引き金のように魔法を発動する。
 水属性の派生魔法『氷撃斬』は確かにブラックヴルフの腹ど真ん中に直撃する。

 だがそれでは……そんな粗末な魔法ではそのモグラは倒せない。

「大きく後ろに飛べ! まだ生きてるぞ!!」

「ッな!!」

 大きく頬を引きつらせて、攻撃の余韻に浸っていた赤毛の少年に叫ぶ。
 しかし少年は俺の言葉に反応出来ず、ただ上を見上げるのみ。
 ロドリゴの援護は間に合わない。
 予想以上に奴の方にブラックヴルフは集中して、抜け出せないようだ。

「クソっ! 油断するな!!」

 瞬時に魔力操作で座標をエルバートの目の前へと固定。
 咄嗟に魔力を指定した位置へと流して影の障壁を展開する。

 ガンッ!
 という影と鋼鉄の鉤爪がぶつかる音。
 エルバートへと防御は間に合う。
 影の障壁を突破できなかったブラックヴルフは大きく仰け反っていた。

 次の俺の言葉でエルバートはようやく体を動かす。

「ボケっとしてないで次の魔法だ! 同じ箇所に魔法をぶち込めば致命傷にはなる!!」

「ッ!」

 エルバートは手の持っていた直剣型の魔導武器を放り投げて、背負ったリュックサックから器用に新たな二つの魔導武器を取り出す。

 右手に小回りの聞きやすそうな緑刃の片手剣型の魔導武器。
 左にはこれまた小ぶりな血塗れた様な柄の斧型の魔導武器。

 ……持っていた武器を捨てて、新しい二つの魔導武器?
 それに、あれはどう見ても違う属性どうしの魔導武器だ。

「これならどうだァァァァ!!」

 俺の疑問を他所にエルバートは変則的な二刀流で振りかぶる。
 二つの魔導武器には既に魔力が通っており、魔法の準備は整っている。

 同時に振り抜いた二つの魔導武器は同時に魔法発動させる。
 右手の緑刃の片手剣は風属性魔法『風刃』。
 左手の血塗れた様な柄の斧は火属性魔法
『火炎波』。

「────ッッッ!!!」

 どちらも激しい斬撃波を巻き起こしてブラックヴルフの腹部に直撃。
 ブラックヴルフはつぶらな黒い瞳を激しく揺らして苦悶の表情を浮かべる。
 だが、それでも奴は死なない。

「どうだ!!」

「だから油断するなって言っただろうが馬鹿!! 
 そのモグラはまだ死んでないぞ!!」

「えっ!?」

 再び攻撃の余韻に浸り、ドヤ顔でブラックヴルフを見上げるエルバートを怒鳴り上げる。

 全くなっていない。
 あの新しく取り出した魔導武器も最初の直剣型の魔導武器と同じ三等星だ。
 あれだけ強力な魔導武器ならブラックヴルフを倒せる。
 けど実際は倒せていない。
 それはつまり使用者の魔力操作が下手くそ過ぎるってことだ。

 全くもってなっていない。
 あんなミミズがのたうち回ったような魔力の流れは初めて見た。
 あんな魔力操作でよく自分が戦えると思ったものだ。

 前を阻むブラックヴルフを一薙し素通り、エルバートの方へと駆けていく。
 さっきの様にエルバートに影の障壁は使わない。
 そんなのを使うより俺の方が早い。

「全くもって詰めが甘い! 戦闘中は気を抜くな! 死にたいのかッ!?」

 大きな鉤爪を赤毛の少年へと振り下ろそうとするブラックヴルフを背後から横一閃。
 潜影剣によってその胴長な体は真っ二つになる。
 それでも俺の怒りは収まらず、目の前で呆然としている少年に怒鳴りつける。

「馬鹿なお前に一つ教えてやる!
 文句や弱音ならいくらでも吐け、それぐらいなら許してやる!
 だがな! 死線の真っ只中にいる時は一切気を抜くな! 油断するな!
 万が一お前の気が緩んだのなら、その時は死ぬ時だと今魂に刻み込め! 分かったか!!?」

「は、はい……!」

 赤毛の少年は気が抜けたように尻もちを着いて素直に頷く。

「よろしい!!
 ならお前はそこでじっとしていろ! 何もすんなよ!
 後はロドリゴさんに群がってるモグラだけだから好きなだけ休んでろ!」

「……」

 呆然と頷く少年から視線を切って、未だモグラに群がられているロドリゴの方へと走る。

「生きてますかロドリゴさん!!」

「あ、ああ! 何とかなッ!!」

 俺の言葉にロドリゴは苦しげながらも答える。
 よし。
 仕上げだ。

「今から範囲魔法を使います! なるべく当てないようにしますけど一応出来る限りの防御体勢を取ってください! 一気に終わらせます!」

「わかったッ!」

 ロドリゴの了承を聞いて一気に全身の魔力を高める。

 心像イメージするのは黒よりも深い黒。

「影遊・潜影剣舞」

 その言葉で影は蠢き、瞬く間に足元の影から無数の黒剣が顕現する。

「死ぬなよ、ロドリゴさん?」

 合図はその心配の言葉だ。

 顕現した無数の潜影剣は空を疾駆し、砂糖菓子に群がる蟻──基モグラに肉薄する。

「「「───ッ!?」」」

 何匹かのモグラが空を舞う潜影剣に気づくが所詮は20階層の雑魚だ。
 気づいた所で奴らに何が出来るわけも無く。
 ただ蹂躙されるのみ。

 数分とかからずロドリゴに群がっていた無数のブラックヴルフはその場に静かに倒れる。

「生きてますか?」

 空中に潜影剣を走らせて殺り残しがないかの確認。
 ついでにロドリゴの生存確認をする。

「おお~。生きてるぞぉ~。いや~助かった!!」

「そりゃ良かったです」

 ブラックヴルフの死体の山からズボッと天に腕を突き出して手を振るロドリゴ。
 そこから全身がブラックヴルフの返り血塗れになったロドリゴが現れる。

「あの数のブラックヴルフをこんないとも簡単に倒すとはな~……いや、恐れ入った! 
 凄いなファイク!!」

「どうも」

「なんだ~! 反応が薄いなあ~! 自分が何をやってのけたかわかってるのか~?」

「わかってますよ。あと血なまぐさいんで近づかないでください」

 呑気な笑みを浮かべながら肩を組んでこようとするロドリゴから身を躱す。
 それと同時に走らせていた潜影剣を影に戻す。
 殺り残しはナシだ。

「それより20階層のモンスターが上層に出現……緊急事態ですよね?」

「そうだな。至急、探索者協会に戻って事態の報告、対応が必要だ」

「なら一旦戻りましょう。エルバートもあんな事があったら試験どころじゃないでしょうし」

「ああ、そうだな。でも心配しなくても───」

「無駄話は後で。行きましょう」

 ロドリゴの言葉を遮って、俺は未だ地面に尻もちを着いて動かないエルバートの元へと行く。

「大丈夫かエルバート?」

「えっ……ああ……うん」

「立って歩けそうか?」

「えと……その……」

 俺の質問にエルバートは頷いて何とか自分の足で立とうとするが、上手くいかない。

 そりゃあそうか。
 あんなことがあった後じゃあ無理もない。

「……わかった。無理するな。上まで俺が運んでやる。ほら」

「あ、ありがとう……」

 俺は地面にしゃがみこみ、エルバートに背中を見せる。
 エルバートは素直にお礼を言うと俺の背中によじ登ってしがみつく。
 所謂、おんぶだ。

「よし、じゃあ帰ろう。落ちないようにしっかり捕まってろよ。
 行きますよ! ロドリゴさん!」

「ああ~!」

 そうして俺たちは適性試験を中断して地上へと戻ることになった。

 やけに素直で大人しいエルバートへの違和感。
 彼の扱っていた魔法について。
 そしていったい適性試験はどうなるのか、俺の金はどうなるのか。

 色々と気になることが盛りだくさんだが、今はそれを考えるよりいち早く安全な、上に戻ることが先決だと思考を割り切る。

「すげぇ……」

 耳元からそんな感嘆の声が聞こえた気がするが…………気のせいだろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました

月神世一
ファンタジー
​「命を捨てて勝つな。生きて勝て」 50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する! ​海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。 再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は―― 「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」 ​途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。 子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。 規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。 ​「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」 ​坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。 呼び出すのは、自衛隊の補給物資。 高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。 ​魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。 これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...