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第二章 大迷宮バルキオン
8話 試験結果
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ツヤ加工の成された高級そうな黒欅の扉を開けた瞬間、三人の先客が出迎えてくれた。
「遅かったなファイク~。お前がビリだ~」
一人はこの部屋の主であろう白髪混じりの黒髪の壮年。
部屋の奥にある執務机に肘を置いてニヤリと笑みを浮かべていた。
「……よお」
「……」
そして部屋の少し入った先にある柔らかそうな黒いソファーに所在なさげに腰掛けている赤髪の少年。……とその隣には見知らぬ青髪の女性が立っていた。
「お待たせしたようですみません」
壁に掛けられたこれまた高そうなからくり時計を見遣れば時刻は午前9時50分。
探協は朝の8時には開いているし、ロドリゴも真面目に働いているのならばその時間にはいるだろう。
よく見れば執務机とソファーの前にあるテーブルにティーカップが置かれている。
湯気は立っていないし出されてからそれなりに時間が経過しているだろう。
エルバートは何時からここにいたんだ?
「時間は決めてなかったからいいんだけどよ。
まあ適当に座れ。今お前たちの分も飲み物を持ってこさせる。紅茶でいいよな?」
「どうぞお構いなく」
ロドリゴに促されてソファーへと座る。
流れ的にエルバートの隣だ。
「……アイリスも座れば?」
「ううん。私はファイクの付き添いだから」
「でも……」
「大丈夫」
少し詰めてアイリスの座るスペースを作るが、彼女はそう言って見知らぬ女性と同じように俺の斜め後ろに立ったままだ。
ちなみにラーナは俺の膝の上でくつろいでいる。
「はっはっはっ。できたカノジョさんだな~」
「ええ。自慢の嫁です」
俺たちのやり取りを見て茶化してくるロドリゴの言葉を流して、ソファーに座り直す。
隣のエルバートは俺の発言に意外そうな顔をするが、直ぐに膝の上で寝息を立てているラーナに釘付けになっていた。
「お! お前ら夫婦だったのか。いや~、若いのにお熱いことで~」
「茶化さないでくださいよ」
偉そうな部屋で、偉そうな机、偉そうな椅子に座っていると言うのに、全く昨日と雰囲気の変わらないロドリゴに何故かため息が出てくる。
本当にこの人が探索者協会・迷宮都市バルキオン支部の探協長なのだろうか?
「悪い悪い。昨日の今日でわざわざ出向いてもらってすまないな。とりあえず茶でも飲んで一息ついてくれ」
「どーも」
ロドリゴの秘書だろうか美人なお姉さんが部屋に入ってきて俺とアイリスに紅茶の入ったティーカップを持ってきてくれる。
その流れでロドリゴとエルバートにも新しい紅茶を入れて彼女は直ぐに部屋を出てく。
軽く湯気が立っているティーカップに口をつけて喉を潤す。
紅茶の善し悪しはよく分からないが、そんな無知な俺でも美味いと分かる。
アイリスに紅茶を勧めてみるが、彼女は一言断るとまた直立不動する。
緊張してる……という訳では無いだろうがどうにも様子がおかしい。
エルバートの隣に淑女然として立っている女性を意識しているのだろうか?
まあそこら辺は後で聞いてみよう。
とりあえずは今は、目の前のおっさんに適当に探りを入れつつ、話を聞いてみるか。
「随分と忙しそうですね? 職員の人、みんな文句言ってましたよ」
「いや~、あいつらには申し訳ないことをしたと思ってるよ。でもこれも仕事だからな、文句を言いつつもあいつらだってわかってくれてるさ」
「そんな忙しそうな中、この探協で一番偉い探協長さまは呑気に自室でティータイムとは優雅ですね」
「おいおい、トゲがある言い方だな~。なんだ~?
なんか気に食わないことでもあったんか~?」
俺の嫌味な言葉を呑気に笑いつつロドリゴは椅子に深く腰掛ける。
「いえ別に。ただどうして昨日の監督官殿が次の日にはお偉い探協長さまにジョブチェンしているのか不思議なだけですよ」
「それはまあ~……あれだよ。いきなり自己紹介で「探協長でーす」って言ったらお前ら緊張するだろ?
俺なりの気遣いだよ~」
「いや。そもそもなんで探協長自ら適性試験の監督官なんかやってるんですか。
もっと他にやる事あるでしょ…………それとも探協長ってのは閑職なんですか?」
「ばっ……違わい!
俺は他の支部の探協長と違って教育熱心なんだよ!
これからを担う探索者を自分の目でしっかりと見たいタイプなの!」
「そうですか」
「そうですかってお前な……」
俺の軽口に項垂れるロドリゴ。
今の軽いやり取りでこの目の前の呑気な笑みを浮かべた男が本当に探協長だと言うことは分かった。
まあ別に疑ってた訳では無いが。
しっかりと部屋にロドリゴの写真飾ってあるし。
というかこのオッサン。
喋ると威厳というか雰囲気がダダ下がるな。
黙っていればそれなりに偉そうに見えるのに、一度喋り始めると気のいい呑気なオッチャンにしか見えん。
「エルバートも昨日ぶりだな。無事に自分の宿に帰れたみたいで安心したよ」
「……アンタもな」
一応隣のエルバートにも声を掛けてみるが、昨日の元気は何処へやら。
なんともよそよそしい感じだ。
昨日の今日でまだ本調子ではないのだろうか?
もっと元気で小生意気な返事を予想していたが拍子抜けだ。
「……うぉほん!
軽く世間話をして場も和んだところでそろそろ本題に入ろうか──」
と、そんなことを考えているとロドリゴがわざとらしく咳払いをして仕切り始める。
「──本日君たち二人に来てもらったのは……わかってると思うが昨日の試験の事でだ。
まあ、グチグチと前置くのは好かないからサクッと言わせてもらうが、お前たちにコレを渡したい」
「それは……」
「トレジャーバッチですね」
ロドリゴは執務机の引き出しから紐にぶら下がった長方形の黒い板の様なバッチを取り出して見せてくる。
それは何処からどう見ても探索者の証であるトレジャーバッチだった。
どうしてロドリゴがこのタイミングでトレジャーバッチを見せてきたのか。
その理由を考える。
試験の合否について話をされるとは思っていたが、前置きなしにいきなりトレジャーバッチを出してくるとは思わなかった。
ロドリゴの言葉通りならば、トレジャーバッチを持っていない俺たちへの当てつけでは無いだろう。
ということは──、
「──昨日の試験は合格ってことですか?」
「話が早くて助かる。
そうだ。ファイク、エルバート、お前たち二人とも昨日の適性試験は合格だ」
「えっ……いいのか?」
ロドリゴの言葉にエルバートは信じられないと言った感じで口を開けて呆ける。
正直、エルバートの反応は最もだと思う。
ここまで来る途中に色々と思うことはあったが、こんな簡単に合格を貰えるとは思っていなかった。
異常事態のおかげでそれなりの功績は残したつもりだが、試験課題の方は全く達成出来ていなかったしな。
「なんだなんだ~? 反応が薄いな……ここは大はしゃぎするとこだぜ~?」
「いや……でも……」
「嬉しいは嬉しいですけど、俺たち『燦然と輝く陽光』を一匹も捕まえてませんよ?」
「ああ~……あれな───」
俺たちの反応を見てロドリゴは気まずそうに頭を搔く。
そしてゆっくりと視線を横に流すとこう続けた。
「──あの課題な。別に意味はないんだ」
「「…………は?」」
図らずも俺とエルバートの声が重なる。
意味はない。
……それはつまりはあれか?
面白半分で適当に言ってみただけか?
訝しげな視線をロドリゴに向けると、これまた彼は申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「いや。違う! 別に適当な事を言ったつもりはないんだ。
俺は本気でお前たちにレディアントフライを見つけて欲しくてあの課題を出した!
ただ……なんと言うかな。ファイクは分かってたと思うが、普通に考えて『レディアントフライの捕獲』なんて課題は無理難題もいい所だ。
この課題の達成の成否だけで適性試験の合否を決めるとするなら、試験に合格出来るやつなんて年に数人もいないだろう───」
「「………」」
捲し立てるように始まったロドリゴの言い訳を黙って聞いてやることにする。
つまりはそういうことだろう。
「──だから実の所、課題の達成の成否はどうでもよくて。
お前たちのこの課題に取り組む姿勢とか、その過程で見えてくる探索者の能力が見れればそれで良かったんだ」
つまり、課題は建前。
別に内容なんてのは俺たちの能力が見れれば何でも良くて、適当を言ったということだ。
……おい。適当なこと言ってんじゃねえか。
「そんでもってお前たち二人はこんなバカバカしい課題を達成しようと勤勉に取り組み、それ相応の実力を見せてくれた。
ファイクは長年の経験もあってか言う事なしだ。それに命の恩人だしな。不合格になんてできん」
「どうも」
「エルバートは少し無鉄砲なところもあるが、それはお前のいい所でもある。探索者ってのはいい具合にネジが外れてなきゃ務まらないからな。
お前はまだ若い。これから色々と経験を積んでいけば、いい探索者になるだろう」
「……」
「だから合格だ!
ほれ! 受け取れ受け取れ!!」
そう言って半ば強引に俺とエルバートにトレジャーバッチを手渡すロドリゴ。
手の中に収まったトレジャーバッチを少し見つめて、首に掛けて下げる。
そんなに長い間、トレジャーバッチを首に掛けていなかった訳では無いのだが、妙に久しぶりに感じる。
「おめでとうファイク」
「キュイ!!」
「あ、うん。ありがとう」
アイリスとラーナのお祝いの言葉にようやく強ばった表情筋が緩む。
隣のエルバートは微妙な表情のままトレジャーバッチを見つめていたが、一緒に来ていた女性に何かを言われてバッチを首にかけてもらっていた。
「うむ。この、新たに探索者が誕生する瞬間はいつ見ても素晴らしいもんだな~」
ロドリゴもそんな俺たちを見て満足気だ。
釈然としないが、試験に合格。
探索者の証であるトレジャーバッチを貰うことが出来た。
さて、次は────。
と、ロドリゴの次の言葉を待っていると、彼の口から放たれのは予想外のものだった。
「そんじゃあ話は終いだ。帰っていいぞ」
「えっ……帰っていいんですか?」
「なんだ? まだなんかあるのか?」
思わず聞き返すと、逆に聞き返されてしまう。
「いや。てっきり話の流れで、昨日のブラックヴルフの事で色々と事情聴取をされると思ってたので……」
「ああ。それか」
俺の返答にロドリゴは再び椅子に深く腰掛けて、ため息を吐く。
「それか……って、反応薄いですね。
てか、普通は事情聴取するもんじゃないんですか?
異常事態に巻き込まれた、その時の状況を知っている被害者に話を聞くのはマストだし。
被害者の自覚がある俺はそのつもりだったんですけど……」
「まあ普通はそうかもな。けど今回の場合は必要ないだろ」
「……どうして?」
ハッキリと言い切ったロドリゴに聞き返す。
「どうして、ってそりゃあ……探協長である俺がその時の状況をこの目でしっかり見ていてたんだから、別に聞くことなんて何も無いだろ。それにエルバートもいたしな」
「……あー……」
そのロドリゴの言葉で理解する。
確かに話を聞く必要も無いのか。
「仮にもこの探協で一番偉いんだぜ?
その俺が状況をよく理解していて、その時の情報を全職員に共有することができる。加えてエルバートもいて、情報の整合性も取れる。それで十分さ。
あとは血眼になって原因を究明するだけだ」
つまりはこの話は昨日の時点で決着がついていて、別に俺に話を聞く必要がない。
そういう事か。
「だから帰っていいぞ。おつかれさん」
「なるほど、分かりました。
そういうことならもうここにいる必要はないですね」
納得してソファーから立ち上がる。
エルバートも俺につられて立ち上がる。
「じゃあ失礼します。
色々と大変でしょうけど頑張ってください」
「おう、サンキューな~。
もうトレジャーバッチ無くすんじゃねぇぞ~」
「はい」
そんなやり取りを最後に局長室を後にする。
廊下に出て、部屋の外で待機していた秘書さんに下の階まで案内される。
下に着くと、最上階の静けさから打って変わって、けたたましい喧騒に包まれる。
時間を確認してみればまだ10時半にもなっていない。
局長室の滞在時間は20分にも満たなかった。
さて、これからどうするか。
もう少し時間がかかると思っていた予定があっさりと終了してしまった。
この後は特に何も決めていない。
アイリスと街の探索でもしてみようか?
「……なあ。今日はこの後暇なのか?」
と、考え込んでいると赤毛の少年に声をかけられる。
まさか彼から声をかけられるとは思っていなかった。
俺の事嫌いそうな雰囲気だったし、挨拶もなしにフラッといなくなると思ってた。
「ん? この後は特に何も無いな。……それがどうした?」
「少し話がある。いいか?」
「お、おう」
これまた意外な少年の言葉に驚きつつも頷く。
一体何を話すのだろうか。
と思いはしたが、俺も昨日の事で少しこの少年に聞きたいことがあったの思い出した。
ここは素直にお誘いを受けよう。
そしてアイリスに確認を取って、了承を得た後に、その足で俺たちは探協に併設された酒場へと向かった。
「遅かったなファイク~。お前がビリだ~」
一人はこの部屋の主であろう白髪混じりの黒髪の壮年。
部屋の奥にある執務机に肘を置いてニヤリと笑みを浮かべていた。
「……よお」
「……」
そして部屋の少し入った先にある柔らかそうな黒いソファーに所在なさげに腰掛けている赤髪の少年。……とその隣には見知らぬ青髪の女性が立っていた。
「お待たせしたようですみません」
壁に掛けられたこれまた高そうなからくり時計を見遣れば時刻は午前9時50分。
探協は朝の8時には開いているし、ロドリゴも真面目に働いているのならばその時間にはいるだろう。
よく見れば執務机とソファーの前にあるテーブルにティーカップが置かれている。
湯気は立っていないし出されてからそれなりに時間が経過しているだろう。
エルバートは何時からここにいたんだ?
「時間は決めてなかったからいいんだけどよ。
まあ適当に座れ。今お前たちの分も飲み物を持ってこさせる。紅茶でいいよな?」
「どうぞお構いなく」
ロドリゴに促されてソファーへと座る。
流れ的にエルバートの隣だ。
「……アイリスも座れば?」
「ううん。私はファイクの付き添いだから」
「でも……」
「大丈夫」
少し詰めてアイリスの座るスペースを作るが、彼女はそう言って見知らぬ女性と同じように俺の斜め後ろに立ったままだ。
ちなみにラーナは俺の膝の上でくつろいでいる。
「はっはっはっ。できたカノジョさんだな~」
「ええ。自慢の嫁です」
俺たちのやり取りを見て茶化してくるロドリゴの言葉を流して、ソファーに座り直す。
隣のエルバートは俺の発言に意外そうな顔をするが、直ぐに膝の上で寝息を立てているラーナに釘付けになっていた。
「お! お前ら夫婦だったのか。いや~、若いのにお熱いことで~」
「茶化さないでくださいよ」
偉そうな部屋で、偉そうな机、偉そうな椅子に座っていると言うのに、全く昨日と雰囲気の変わらないロドリゴに何故かため息が出てくる。
本当にこの人が探索者協会・迷宮都市バルキオン支部の探協長なのだろうか?
「悪い悪い。昨日の今日でわざわざ出向いてもらってすまないな。とりあえず茶でも飲んで一息ついてくれ」
「どーも」
ロドリゴの秘書だろうか美人なお姉さんが部屋に入ってきて俺とアイリスに紅茶の入ったティーカップを持ってきてくれる。
その流れでロドリゴとエルバートにも新しい紅茶を入れて彼女は直ぐに部屋を出てく。
軽く湯気が立っているティーカップに口をつけて喉を潤す。
紅茶の善し悪しはよく分からないが、そんな無知な俺でも美味いと分かる。
アイリスに紅茶を勧めてみるが、彼女は一言断るとまた直立不動する。
緊張してる……という訳では無いだろうがどうにも様子がおかしい。
エルバートの隣に淑女然として立っている女性を意識しているのだろうか?
まあそこら辺は後で聞いてみよう。
とりあえずは今は、目の前のおっさんに適当に探りを入れつつ、話を聞いてみるか。
「随分と忙しそうですね? 職員の人、みんな文句言ってましたよ」
「いや~、あいつらには申し訳ないことをしたと思ってるよ。でもこれも仕事だからな、文句を言いつつもあいつらだってわかってくれてるさ」
「そんな忙しそうな中、この探協で一番偉い探協長さまは呑気に自室でティータイムとは優雅ですね」
「おいおい、トゲがある言い方だな~。なんだ~?
なんか気に食わないことでもあったんか~?」
俺の嫌味な言葉を呑気に笑いつつロドリゴは椅子に深く腰掛ける。
「いえ別に。ただどうして昨日の監督官殿が次の日にはお偉い探協長さまにジョブチェンしているのか不思議なだけですよ」
「それはまあ~……あれだよ。いきなり自己紹介で「探協長でーす」って言ったらお前ら緊張するだろ?
俺なりの気遣いだよ~」
「いや。そもそもなんで探協長自ら適性試験の監督官なんかやってるんですか。
もっと他にやる事あるでしょ…………それとも探協長ってのは閑職なんですか?」
「ばっ……違わい!
俺は他の支部の探協長と違って教育熱心なんだよ!
これからを担う探索者を自分の目でしっかりと見たいタイプなの!」
「そうですか」
「そうですかってお前な……」
俺の軽口に項垂れるロドリゴ。
今の軽いやり取りでこの目の前の呑気な笑みを浮かべた男が本当に探協長だと言うことは分かった。
まあ別に疑ってた訳では無いが。
しっかりと部屋にロドリゴの写真飾ってあるし。
というかこのオッサン。
喋ると威厳というか雰囲気がダダ下がるな。
黙っていればそれなりに偉そうに見えるのに、一度喋り始めると気のいい呑気なオッチャンにしか見えん。
「エルバートも昨日ぶりだな。無事に自分の宿に帰れたみたいで安心したよ」
「……アンタもな」
一応隣のエルバートにも声を掛けてみるが、昨日の元気は何処へやら。
なんともよそよそしい感じだ。
昨日の今日でまだ本調子ではないのだろうか?
もっと元気で小生意気な返事を予想していたが拍子抜けだ。
「……うぉほん!
軽く世間話をして場も和んだところでそろそろ本題に入ろうか──」
と、そんなことを考えているとロドリゴがわざとらしく咳払いをして仕切り始める。
「──本日君たち二人に来てもらったのは……わかってると思うが昨日の試験の事でだ。
まあ、グチグチと前置くのは好かないからサクッと言わせてもらうが、お前たちにコレを渡したい」
「それは……」
「トレジャーバッチですね」
ロドリゴは執務机の引き出しから紐にぶら下がった長方形の黒い板の様なバッチを取り出して見せてくる。
それは何処からどう見ても探索者の証であるトレジャーバッチだった。
どうしてロドリゴがこのタイミングでトレジャーバッチを見せてきたのか。
その理由を考える。
試験の合否について話をされるとは思っていたが、前置きなしにいきなりトレジャーバッチを出してくるとは思わなかった。
ロドリゴの言葉通りならば、トレジャーバッチを持っていない俺たちへの当てつけでは無いだろう。
ということは──、
「──昨日の試験は合格ってことですか?」
「話が早くて助かる。
そうだ。ファイク、エルバート、お前たち二人とも昨日の適性試験は合格だ」
「えっ……いいのか?」
ロドリゴの言葉にエルバートは信じられないと言った感じで口を開けて呆ける。
正直、エルバートの反応は最もだと思う。
ここまで来る途中に色々と思うことはあったが、こんな簡単に合格を貰えるとは思っていなかった。
異常事態のおかげでそれなりの功績は残したつもりだが、試験課題の方は全く達成出来ていなかったしな。
「なんだなんだ~? 反応が薄いな……ここは大はしゃぎするとこだぜ~?」
「いや……でも……」
「嬉しいは嬉しいですけど、俺たち『燦然と輝く陽光』を一匹も捕まえてませんよ?」
「ああ~……あれな───」
俺たちの反応を見てロドリゴは気まずそうに頭を搔く。
そしてゆっくりと視線を横に流すとこう続けた。
「──あの課題な。別に意味はないんだ」
「「…………は?」」
図らずも俺とエルバートの声が重なる。
意味はない。
……それはつまりはあれか?
面白半分で適当に言ってみただけか?
訝しげな視線をロドリゴに向けると、これまた彼は申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「いや。違う! 別に適当な事を言ったつもりはないんだ。
俺は本気でお前たちにレディアントフライを見つけて欲しくてあの課題を出した!
ただ……なんと言うかな。ファイクは分かってたと思うが、普通に考えて『レディアントフライの捕獲』なんて課題は無理難題もいい所だ。
この課題の達成の成否だけで適性試験の合否を決めるとするなら、試験に合格出来るやつなんて年に数人もいないだろう───」
「「………」」
捲し立てるように始まったロドリゴの言い訳を黙って聞いてやることにする。
つまりはそういうことだろう。
「──だから実の所、課題の達成の成否はどうでもよくて。
お前たちのこの課題に取り組む姿勢とか、その過程で見えてくる探索者の能力が見れればそれで良かったんだ」
つまり、課題は建前。
別に内容なんてのは俺たちの能力が見れれば何でも良くて、適当を言ったということだ。
……おい。適当なこと言ってんじゃねえか。
「そんでもってお前たち二人はこんなバカバカしい課題を達成しようと勤勉に取り組み、それ相応の実力を見せてくれた。
ファイクは長年の経験もあってか言う事なしだ。それに命の恩人だしな。不合格になんてできん」
「どうも」
「エルバートは少し無鉄砲なところもあるが、それはお前のいい所でもある。探索者ってのはいい具合にネジが外れてなきゃ務まらないからな。
お前はまだ若い。これから色々と経験を積んでいけば、いい探索者になるだろう」
「……」
「だから合格だ!
ほれ! 受け取れ受け取れ!!」
そう言って半ば強引に俺とエルバートにトレジャーバッチを手渡すロドリゴ。
手の中に収まったトレジャーバッチを少し見つめて、首に掛けて下げる。
そんなに長い間、トレジャーバッチを首に掛けていなかった訳では無いのだが、妙に久しぶりに感じる。
「おめでとうファイク」
「キュイ!!」
「あ、うん。ありがとう」
アイリスとラーナのお祝いの言葉にようやく強ばった表情筋が緩む。
隣のエルバートは微妙な表情のままトレジャーバッチを見つめていたが、一緒に来ていた女性に何かを言われてバッチを首にかけてもらっていた。
「うむ。この、新たに探索者が誕生する瞬間はいつ見ても素晴らしいもんだな~」
ロドリゴもそんな俺たちを見て満足気だ。
釈然としないが、試験に合格。
探索者の証であるトレジャーバッチを貰うことが出来た。
さて、次は────。
と、ロドリゴの次の言葉を待っていると、彼の口から放たれのは予想外のものだった。
「そんじゃあ話は終いだ。帰っていいぞ」
「えっ……帰っていいんですか?」
「なんだ? まだなんかあるのか?」
思わず聞き返すと、逆に聞き返されてしまう。
「いや。てっきり話の流れで、昨日のブラックヴルフの事で色々と事情聴取をされると思ってたので……」
「ああ。それか」
俺の返答にロドリゴは再び椅子に深く腰掛けて、ため息を吐く。
「それか……って、反応薄いですね。
てか、普通は事情聴取するもんじゃないんですか?
異常事態に巻き込まれた、その時の状況を知っている被害者に話を聞くのはマストだし。
被害者の自覚がある俺はそのつもりだったんですけど……」
「まあ普通はそうかもな。けど今回の場合は必要ないだろ」
「……どうして?」
ハッキリと言い切ったロドリゴに聞き返す。
「どうして、ってそりゃあ……探協長である俺がその時の状況をこの目でしっかり見ていてたんだから、別に聞くことなんて何も無いだろ。それにエルバートもいたしな」
「……あー……」
そのロドリゴの言葉で理解する。
確かに話を聞く必要も無いのか。
「仮にもこの探協で一番偉いんだぜ?
その俺が状況をよく理解していて、その時の情報を全職員に共有することができる。加えてエルバートもいて、情報の整合性も取れる。それで十分さ。
あとは血眼になって原因を究明するだけだ」
つまりはこの話は昨日の時点で決着がついていて、別に俺に話を聞く必要がない。
そういう事か。
「だから帰っていいぞ。おつかれさん」
「なるほど、分かりました。
そういうことならもうここにいる必要はないですね」
納得してソファーから立ち上がる。
エルバートも俺につられて立ち上がる。
「じゃあ失礼します。
色々と大変でしょうけど頑張ってください」
「おう、サンキューな~。
もうトレジャーバッチ無くすんじゃねぇぞ~」
「はい」
そんなやり取りを最後に局長室を後にする。
廊下に出て、部屋の外で待機していた秘書さんに下の階まで案内される。
下に着くと、最上階の静けさから打って変わって、けたたましい喧騒に包まれる。
時間を確認してみればまだ10時半にもなっていない。
局長室の滞在時間は20分にも満たなかった。
さて、これからどうするか。
もう少し時間がかかると思っていた予定があっさりと終了してしまった。
この後は特に何も決めていない。
アイリスと街の探索でもしてみようか?
「……なあ。今日はこの後暇なのか?」
と、考え込んでいると赤毛の少年に声をかけられる。
まさか彼から声をかけられるとは思っていなかった。
俺の事嫌いそうな雰囲気だったし、挨拶もなしにフラッといなくなると思ってた。
「ん? この後は特に何も無いな。……それがどうした?」
「少し話がある。いいか?」
「お、おう」
これまた意外な少年の言葉に驚きつつも頷く。
一体何を話すのだろうか。
と思いはしたが、俺も昨日の事で少しこの少年に聞きたいことがあったの思い出した。
ここは素直にお誘いを受けよう。
そしてアイリスに確認を取って、了承を得た後に、その足で俺たちは探協に併設された酒場へと向かった。
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そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
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