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第二章 大迷宮バルキオン
9話 少年の頼み事
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どこの酒場も昼間から飲んだくれている飲兵衛と言うのは存在する。
彼らは仕事に赴くことなく、楽しそうにその場に集った同志たちと酒を飲み交わす。
傍から見れば碌でもない奴らだが、彼らを見遣ればこれがまた本当に楽しそうなのだ。
もう酒を飲むのが彼らの仕事なのではとすら思えてくる。
……いや、本当にそうなのかもしれないが。
まあ、今はそんなことどうでもいい。
そんな飲兵衛の笑い声や怒号が飛び交う、探協の酒場。
隅の方の空いていた席に案内されて、適当に注文した飲み物がテーブルに置かれる。
「ごゆっくりどうぞ~」
フリルのあしらわれた可愛らしい制服に身を包んだ酒場の受付嬢が、ニコリと営業スマイルをキメてからその場を立ち去る。
受付嬢が持ってきてくれた飲み物を一口飲む。
酒場で騒いでいる男たちを見ていると酒を飲みたい欲求に駆られるが、昼間っから酒を引っ掛けるほど酒好きという訳でもない。
今飲んでいるのは水で薄められた果実水だ。
他の三人も俺と同じものを注文し、何となくそれに口をつけている。
ラーナはミルクだ。
「さて、それで話ってのはなんだ、エルバート?」
一息ついたところでテーブルを挟んで向かいに座った赤毛の少年に聞く。
彼は飲んでいた果実水が口に合わなかったのか眉をひそめて微妙な表情を作っていたが、声をかけられてハッとする。
「えっ……と、その……」
「……?」
要件を尋ねて返事を待つがエルバートは歯切れ悪く、気まづそうに視線を彷徨わせている。
何か聞にくいことなのだろうか?
それともまだ言葉がまとまっていないのか?
……まあどちらにせよ気長に待ってやろう。
モジモジとするエルバートを横目にもう一度果実水で喉を潤す。
エルバートの隣で静かに座っている青髪の女性は心配そうな目で彼を見ている。
……そういえばまだお互いの連れの紹介がまだだったな。
アイリスは別に気にした様子かはないが、青髪の女性は時々俺の方を不信げに見てくる。
完全に順番を間違ったな。
「あー、エルバート……ごめん。順番を間違えた。まずはお互いに改めて自己紹介しよう。隣のお連れさんも俺が何者か分からなくて困ってるみたいだし」
「……分かった」
エルバートの了承を得て、簡単な自己紹介をする。
俺と隣で座っているアイリスの紹介から、エルバートと知り合った経緯、本当に簡単ではあるがそんな感じのことを話した。
「この隣のは───」
その次にエルバートがアイリスに向かって簡単な自己紹介をして、青髪の女性に目配せをする。
それにつられて斜め向かいに静かに座る女性の方へと視線が向かう。
深い海の底を思わせる青色の長髪、キリリとした凛々しい目付きはどこかの騎士を思い起こさせる。顔立ちも整っており、そこら辺の男ならば放って置かないだろう。
身につけている白と黒を基調にした装備はそれなりに使い込まれたものらしく、年季が見て取れる。
女性は青髪を後ろに一つ結びにしており、それを揺らしながら頷いた。
「私は、お…………エルバートさんの仲間のユネルと言います」
「…………えっと、よろしくお願いします。ユネルさん」
この中の誰よりも簡潔な自己紹介をすると、再び静かになる。
それを補足するようにエルバートが口を開く。
「ユネルとは古い付き合いで、僕の姉みたいなものなんだ。現役の探索者で、僕が探索者になると言ったら心配して勝手についてきて、ここまで一緒に旅をしてきた」
「な、なるほど」
見た目とは裏腹にぶっ飛んだ人だなぁ。
なんて口にできるはずもなく、苦笑で誤魔化す。
装備の具合から見ても現役の探索者だとは思っていたが、色々と謎多き女性だな。
色々とツッコミたい部分はあるが、初対面でいきなりアレコレと聞くのは不躾だろう。
ここは流すことにする。
「一応ここに来るまでファイク……さんの話もしてたんだけど、見ての通り人見知りで口下手なんだ。許してくれ」
「ああ、別に大丈夫だよ。うちの嫁も似たようなもんだし」
謝るエルバートに冗談気味に返す。
横の嫁さんが一度、不機嫌そうにこっちを見て横腹をつねってくるが今は気にしないことにしよう。
……痛いよアイリスさん。
「……それで、言葉は纏まったか?」
「うん。気を使わせたみたいでごめん。
話っていうのは───」
俺の問いかけにエルバートは頷くと、覚悟が決まったように表情を引き締める。
彼の額は薄らと汗ばんでおり、傍目から緊張しているというのは一目瞭然だ。
1回、2回とゆっくり深呼吸すると彼は要件を口にする。
「───僕に魔法を教えて欲しいんだ」
「……えっ?」
思わず気の抜けた声が出る。
どうしてまたいきなりそんな頼みを?
一番最初に出てきたのはそんな疑問だった。
話の雰囲気からして何かを頼まれるのは予想していたが、これは予想外だ。
「どうして魔法を教えてほしいんだ?」
すぐに疑問はそのまま言葉になる。
「昨日、ファイク……さんの戦ってるところ、魔法を見て思ったんだ。あなたから魔法を教わりたいと」
エルバートは真剣な眼差しのまま続ける。
「ファイク……さんが使う魔法と、僕や他の人が使う魔法は何か違う。
昨日の僕を見てたあなたなら分かると思うけど、僕はお世辞にも魔法を使うのが上手くない。これから探索者をしていくんなら強くならなきゃいけない。だから僕に魔法を教えて欲しい!」
「……」
額をテーブルに付けるように頭を下げるエルバート。
それを見て、俺はどうするか迷う。
いや、迷う前に聞かなければならないことがある。
「いくつか質問をしてもいいか?」
「ああ、なんでもしてくれ」
頭を下げたままエルバートは頷く。
「エルバートは火、水、風の三属性持ちなのか?」
昨日のエルバートの戦闘を思い出す。
あの時、この少年は属性の違う三つの魔導武器を駆使して戦っていた。
お世辞にも効率のいい戦闘とは言えなかったが、その中に光るものがあった。
それもそうだろう、三属性持ちの魔法使いなんて滅多にいないのだから。
普通、生物が使える魔法の属性とは一つだ。
理由としては、魔力そのものが属性という特性を持っているからだ。
簡単に言えば、火属性の魔力や水属性の魔力があるということ。
だから原則的に魔力によって扱える属性は決まっている。
だが、偶にエルバートのように複数の属性を扱える魔力を持った者が存在する。
二属性持ちならそれなりに数は多いが、三属性持ちとなるとその数はグッと減る。
四属性持ちや五属性持ちなんてのはおとぎ話でしか聞いたことがない。
ましてや、全属性持ちなんてのは賢者ただ一人だ。
実際、三属性持ちもおとぎ話みたいなもんだ。
俺は初めて見た。
彼はそんな「超」が付くほど珍しい存在なのかもしれないのだ。
もしかしたらその先の……いや、この先は直接聞こう。
「どうなんだ?」
「………ぶ……」
「え?」
エルバートは何か答えるが声が小さい所為か、上手く聞き取れない。
「全……部…………全属性持ちなんだ……」
「……そうか」
絞り出すように放った少年の言葉に俺は短く答える。
全属性持ち。
確かに目の前の少年はそう言った。
普通の人が彼の言葉を聞けば「寝言は寝て言え」と笑い飛ばすだろう。
彼の今の言葉を冗談として聞き流すだろう。
しかし、俺はどうしてかそうすることが出来ない。
いや、実際に目の前の少年が三つの属性魔法を使う姿をこの目で見たから出来なかったのかもしれない。
あの光景を見た瞬間に頭の片隅でこう考えていたのかもしれない。
「もしかするとエルバートは……」と。
だから彼の言葉を聞いても笑い飛ばすことは無いし、驚くことも無い。
「固有魔法は惹かれ合う」
今は懐かしき、エルフの大賢者さまがこう言っていたではないか。
この出会いは必然、運命だったと思えば不思議ではない。
廻り廻った結果だ。
「そうか……ってそれだけ?」
「ああ。それだけだ」
恐る恐る聞き返してきた赤毛の少年にまた短く答える。
「馬鹿にしたり、嘘つき呼ばわりしないの?」
「しないよ。全部の魔法を見たわけじゃないけど、俺は信じる」
「どうして?」
「どんな馬鹿でも賢者と同じ力を持っているなんてそう簡単に吹聴出来るもんじゃない。それなりの信念、覚悟、実力がないと出来ないもんだ。
エルバートからは相当な覚悟を感じた。それを見て馬鹿にしたり、笑ったりするはずないだろ」
「……っ!!」
大きく目を見開かせて驚いた様子の少年に、言葉を付け足す。
「それに、色々と知ってるから……かな」
「いろいろ?」
キョトンと不思議そうに聞き返してくるエルバート。
それに続く言葉をどうするか考える。
別に魔法を教えるというのはいい。
エルバートは潜在的に俺の魔法と他の魔法が違うことを感じ取っている。
それは彼が全魔の継承者と言う証だろう。
しかし、どこまで話すべきだ?
当初の予定は、同じ継承者と会ったら色々と事情を話して、協力してくれるのならば俺たちの旅を手伝ってもらおうと思っていた。
だが、よくよく考えればこれはかなり考え無しだ。
固有魔法とは、現在普及されている方法ではまともに魔法を使うことが出来ない。
今まで魔法が使えず、不自由を強いられてきた継承者にいきなり世界の真実、魔法、賢者の本当の話をしても混乱するだけだ。
今回のエルバートの場合はまた状況は違うが、結局は同じ問題に当たる。
エルバートはまだ子供だ。
成人前の子供に話をして、危険に晒すような事をしていいのか。
いや、ダメに決まっている。
だからと言って何も話さずに魔法を教えていけば、そのうち何処かでボロが出そうだ。
どれほど間、エルバート達と行動するかは分からないが、教えるのならば中途半端にはしたくない。
「……教えてくれますか?」
「……」
エルバートの縋るような言葉に答えることが出来ない。
「もちろんタダで教えてもらうつもりはありません。できる限りの対価を支払うつもりです。こう見えてもお金は結構あるんです!」
「……違う」
頭を下げて教えを乞う彼の姿はとても真摯に満ちている。
「お金じゃないんですか?
ならなんでもします! 毎日、身のお世話や、雑用から何まで、言われたことならなんでも!!」
「……違う……」
迷う。
迷って迷って、煮え切らない返事をしてしまう。
「どんな厳しい修行にも耐えて見せます!
だから、お願いします!!」
「……違う。そうじゃないんだ。そういうことじゃないんだ……」
「じゃあなんなんですか!?」
興奮した様子でエルバートは身を乗り出して問い詰めてくる。
「……どうしてそこまで魔法を……強くなりたいんだ?」
逃げるように、答えを先延ばしにするように今思いついた疑問をなげかける。
そこまで必死に強さを求める理由はなんなのかと。
「もう、二度とあんな思いをしないために……大切なものを無くさないために……僕は……強くなりたいんです」
「……………そうか」
その瞳に篭った信念が、感情が何なのかは推し量れない。
だが確かに少年の瞳には、到底子供がするような生半可な覚悟は宿っていなかった。
この瞳はよく知っている。
何度も隣の少女に見せてもらった。
この瞳にはめっぽう弱い。
この瞳に大人も子供も関係はない。
ならば、この少年の覚悟を信じよう。
どんな答えが返ってきても、エルバートには知る権利がある。
「最後の質問だ。
エルバート。君の夢はなんだい?」
「僕の夢は、大切なものを守れる魔法使いになることです!!」
素晴らしい夢だ。
彼には彼の夢がある。
十分だ。
「分かった。魔法を教えよう」
「本当ですか!?」
「ああ。だけどその前に俺は君に話さないといけないことがある。
この話を聞いたら君は、もう二度と元の平和な世界に戻って来れなくなるかもしれない。その覚悟はあるかい?」
「あります!!」
全く考える素振りなくエルバートは即答する。
「ここが最後の分岐点だ。エルバートの大切な人と一緒によく考えてくれ」
少年の言葉に、横で静かに座る女性に一瞬目線を移す。
「もう僕とユネルの覚悟は決まってます。
だから、お願いします」
「……分かった」
二人の顔を交互に見て最後の確認をする。
そうして俺は全てを話し始める。
彼らは仕事に赴くことなく、楽しそうにその場に集った同志たちと酒を飲み交わす。
傍から見れば碌でもない奴らだが、彼らを見遣ればこれがまた本当に楽しそうなのだ。
もう酒を飲むのが彼らの仕事なのではとすら思えてくる。
……いや、本当にそうなのかもしれないが。
まあ、今はそんなことどうでもいい。
そんな飲兵衛の笑い声や怒号が飛び交う、探協の酒場。
隅の方の空いていた席に案内されて、適当に注文した飲み物がテーブルに置かれる。
「ごゆっくりどうぞ~」
フリルのあしらわれた可愛らしい制服に身を包んだ酒場の受付嬢が、ニコリと営業スマイルをキメてからその場を立ち去る。
受付嬢が持ってきてくれた飲み物を一口飲む。
酒場で騒いでいる男たちを見ていると酒を飲みたい欲求に駆られるが、昼間っから酒を引っ掛けるほど酒好きという訳でもない。
今飲んでいるのは水で薄められた果実水だ。
他の三人も俺と同じものを注文し、何となくそれに口をつけている。
ラーナはミルクだ。
「さて、それで話ってのはなんだ、エルバート?」
一息ついたところでテーブルを挟んで向かいに座った赤毛の少年に聞く。
彼は飲んでいた果実水が口に合わなかったのか眉をひそめて微妙な表情を作っていたが、声をかけられてハッとする。
「えっ……と、その……」
「……?」
要件を尋ねて返事を待つがエルバートは歯切れ悪く、気まづそうに視線を彷徨わせている。
何か聞にくいことなのだろうか?
それともまだ言葉がまとまっていないのか?
……まあどちらにせよ気長に待ってやろう。
モジモジとするエルバートを横目にもう一度果実水で喉を潤す。
エルバートの隣で静かに座っている青髪の女性は心配そうな目で彼を見ている。
……そういえばまだお互いの連れの紹介がまだだったな。
アイリスは別に気にした様子かはないが、青髪の女性は時々俺の方を不信げに見てくる。
完全に順番を間違ったな。
「あー、エルバート……ごめん。順番を間違えた。まずはお互いに改めて自己紹介しよう。隣のお連れさんも俺が何者か分からなくて困ってるみたいだし」
「……分かった」
エルバートの了承を得て、簡単な自己紹介をする。
俺と隣で座っているアイリスの紹介から、エルバートと知り合った経緯、本当に簡単ではあるがそんな感じのことを話した。
「この隣のは───」
その次にエルバートがアイリスに向かって簡単な自己紹介をして、青髪の女性に目配せをする。
それにつられて斜め向かいに静かに座る女性の方へと視線が向かう。
深い海の底を思わせる青色の長髪、キリリとした凛々しい目付きはどこかの騎士を思い起こさせる。顔立ちも整っており、そこら辺の男ならば放って置かないだろう。
身につけている白と黒を基調にした装備はそれなりに使い込まれたものらしく、年季が見て取れる。
女性は青髪を後ろに一つ結びにしており、それを揺らしながら頷いた。
「私は、お…………エルバートさんの仲間のユネルと言います」
「…………えっと、よろしくお願いします。ユネルさん」
この中の誰よりも簡潔な自己紹介をすると、再び静かになる。
それを補足するようにエルバートが口を開く。
「ユネルとは古い付き合いで、僕の姉みたいなものなんだ。現役の探索者で、僕が探索者になると言ったら心配して勝手についてきて、ここまで一緒に旅をしてきた」
「な、なるほど」
見た目とは裏腹にぶっ飛んだ人だなぁ。
なんて口にできるはずもなく、苦笑で誤魔化す。
装備の具合から見ても現役の探索者だとは思っていたが、色々と謎多き女性だな。
色々とツッコミたい部分はあるが、初対面でいきなりアレコレと聞くのは不躾だろう。
ここは流すことにする。
「一応ここに来るまでファイク……さんの話もしてたんだけど、見ての通り人見知りで口下手なんだ。許してくれ」
「ああ、別に大丈夫だよ。うちの嫁も似たようなもんだし」
謝るエルバートに冗談気味に返す。
横の嫁さんが一度、不機嫌そうにこっちを見て横腹をつねってくるが今は気にしないことにしよう。
……痛いよアイリスさん。
「……それで、言葉は纏まったか?」
「うん。気を使わせたみたいでごめん。
話っていうのは───」
俺の問いかけにエルバートは頷くと、覚悟が決まったように表情を引き締める。
彼の額は薄らと汗ばんでおり、傍目から緊張しているというのは一目瞭然だ。
1回、2回とゆっくり深呼吸すると彼は要件を口にする。
「───僕に魔法を教えて欲しいんだ」
「……えっ?」
思わず気の抜けた声が出る。
どうしてまたいきなりそんな頼みを?
一番最初に出てきたのはそんな疑問だった。
話の雰囲気からして何かを頼まれるのは予想していたが、これは予想外だ。
「どうして魔法を教えてほしいんだ?」
すぐに疑問はそのまま言葉になる。
「昨日、ファイク……さんの戦ってるところ、魔法を見て思ったんだ。あなたから魔法を教わりたいと」
エルバートは真剣な眼差しのまま続ける。
「ファイク……さんが使う魔法と、僕や他の人が使う魔法は何か違う。
昨日の僕を見てたあなたなら分かると思うけど、僕はお世辞にも魔法を使うのが上手くない。これから探索者をしていくんなら強くならなきゃいけない。だから僕に魔法を教えて欲しい!」
「……」
額をテーブルに付けるように頭を下げるエルバート。
それを見て、俺はどうするか迷う。
いや、迷う前に聞かなければならないことがある。
「いくつか質問をしてもいいか?」
「ああ、なんでもしてくれ」
頭を下げたままエルバートは頷く。
「エルバートは火、水、風の三属性持ちなのか?」
昨日のエルバートの戦闘を思い出す。
あの時、この少年は属性の違う三つの魔導武器を駆使して戦っていた。
お世辞にも効率のいい戦闘とは言えなかったが、その中に光るものがあった。
それもそうだろう、三属性持ちの魔法使いなんて滅多にいないのだから。
普通、生物が使える魔法の属性とは一つだ。
理由としては、魔力そのものが属性という特性を持っているからだ。
簡単に言えば、火属性の魔力や水属性の魔力があるということ。
だから原則的に魔力によって扱える属性は決まっている。
だが、偶にエルバートのように複数の属性を扱える魔力を持った者が存在する。
二属性持ちならそれなりに数は多いが、三属性持ちとなるとその数はグッと減る。
四属性持ちや五属性持ちなんてのはおとぎ話でしか聞いたことがない。
ましてや、全属性持ちなんてのは賢者ただ一人だ。
実際、三属性持ちもおとぎ話みたいなもんだ。
俺は初めて見た。
彼はそんな「超」が付くほど珍しい存在なのかもしれないのだ。
もしかしたらその先の……いや、この先は直接聞こう。
「どうなんだ?」
「………ぶ……」
「え?」
エルバートは何か答えるが声が小さい所為か、上手く聞き取れない。
「全……部…………全属性持ちなんだ……」
「……そうか」
絞り出すように放った少年の言葉に俺は短く答える。
全属性持ち。
確かに目の前の少年はそう言った。
普通の人が彼の言葉を聞けば「寝言は寝て言え」と笑い飛ばすだろう。
彼の今の言葉を冗談として聞き流すだろう。
しかし、俺はどうしてかそうすることが出来ない。
いや、実際に目の前の少年が三つの属性魔法を使う姿をこの目で見たから出来なかったのかもしれない。
あの光景を見た瞬間に頭の片隅でこう考えていたのかもしれない。
「もしかするとエルバートは……」と。
だから彼の言葉を聞いても笑い飛ばすことは無いし、驚くことも無い。
「固有魔法は惹かれ合う」
今は懐かしき、エルフの大賢者さまがこう言っていたではないか。
この出会いは必然、運命だったと思えば不思議ではない。
廻り廻った結果だ。
「そうか……ってそれだけ?」
「ああ。それだけだ」
恐る恐る聞き返してきた赤毛の少年にまた短く答える。
「馬鹿にしたり、嘘つき呼ばわりしないの?」
「しないよ。全部の魔法を見たわけじゃないけど、俺は信じる」
「どうして?」
「どんな馬鹿でも賢者と同じ力を持っているなんてそう簡単に吹聴出来るもんじゃない。それなりの信念、覚悟、実力がないと出来ないもんだ。
エルバートからは相当な覚悟を感じた。それを見て馬鹿にしたり、笑ったりするはずないだろ」
「……っ!!」
大きく目を見開かせて驚いた様子の少年に、言葉を付け足す。
「それに、色々と知ってるから……かな」
「いろいろ?」
キョトンと不思議そうに聞き返してくるエルバート。
それに続く言葉をどうするか考える。
別に魔法を教えるというのはいい。
エルバートは潜在的に俺の魔法と他の魔法が違うことを感じ取っている。
それは彼が全魔の継承者と言う証だろう。
しかし、どこまで話すべきだ?
当初の予定は、同じ継承者と会ったら色々と事情を話して、協力してくれるのならば俺たちの旅を手伝ってもらおうと思っていた。
だが、よくよく考えればこれはかなり考え無しだ。
固有魔法とは、現在普及されている方法ではまともに魔法を使うことが出来ない。
今まで魔法が使えず、不自由を強いられてきた継承者にいきなり世界の真実、魔法、賢者の本当の話をしても混乱するだけだ。
今回のエルバートの場合はまた状況は違うが、結局は同じ問題に当たる。
エルバートはまだ子供だ。
成人前の子供に話をして、危険に晒すような事をしていいのか。
いや、ダメに決まっている。
だからと言って何も話さずに魔法を教えていけば、そのうち何処かでボロが出そうだ。
どれほど間、エルバート達と行動するかは分からないが、教えるのならば中途半端にはしたくない。
「……教えてくれますか?」
「……」
エルバートの縋るような言葉に答えることが出来ない。
「もちろんタダで教えてもらうつもりはありません。できる限りの対価を支払うつもりです。こう見えてもお金は結構あるんです!」
「……違う」
頭を下げて教えを乞う彼の姿はとても真摯に満ちている。
「お金じゃないんですか?
ならなんでもします! 毎日、身のお世話や、雑用から何まで、言われたことならなんでも!!」
「……違う……」
迷う。
迷って迷って、煮え切らない返事をしてしまう。
「どんな厳しい修行にも耐えて見せます!
だから、お願いします!!」
「……違う。そうじゃないんだ。そういうことじゃないんだ……」
「じゃあなんなんですか!?」
興奮した様子でエルバートは身を乗り出して問い詰めてくる。
「……どうしてそこまで魔法を……強くなりたいんだ?」
逃げるように、答えを先延ばしにするように今思いついた疑問をなげかける。
そこまで必死に強さを求める理由はなんなのかと。
「もう、二度とあんな思いをしないために……大切なものを無くさないために……僕は……強くなりたいんです」
「……………そうか」
その瞳に篭った信念が、感情が何なのかは推し量れない。
だが確かに少年の瞳には、到底子供がするような生半可な覚悟は宿っていなかった。
この瞳はよく知っている。
何度も隣の少女に見せてもらった。
この瞳にはめっぽう弱い。
この瞳に大人も子供も関係はない。
ならば、この少年の覚悟を信じよう。
どんな答えが返ってきても、エルバートには知る権利がある。
「最後の質問だ。
エルバート。君の夢はなんだい?」
「僕の夢は、大切なものを守れる魔法使いになることです!!」
素晴らしい夢だ。
彼には彼の夢がある。
十分だ。
「分かった。魔法を教えよう」
「本当ですか!?」
「ああ。だけどその前に俺は君に話さないといけないことがある。
この話を聞いたら君は、もう二度と元の平和な世界に戻って来れなくなるかもしれない。その覚悟はあるかい?」
「あります!!」
全く考える素振りなくエルバートは即答する。
「ここが最後の分岐点だ。エルバートの大切な人と一緒によく考えてくれ」
少年の言葉に、横で静かに座る女性に一瞬目線を移す。
「もう僕とユネルの覚悟は決まってます。
だから、お願いします」
「……分かった」
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そうして俺は全てを話し始める。
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