元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

18話 羨望の嵐

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 細心の注意を払って魔窟を進んでいく。

 なるべく道の端、岩陰に隠れ、気配を悟られぬように息すらも押し殺す。
 嫌な脂汗が額を伝い、緊張から自然と喉がなる。ドクドクと心臓の脈打つ音が耳を支配する。

 大迷宮バルキオン深層77階層、まだセーフティポイントから出て10分も経っていない。

「っ……すぅ……はぁ……」

 呼吸をするだけでも一苦労。
 異様な威圧感が体の動きを鈍らせる。無意識に、今にも足は安全地帯へと戻ろうとする。かと思えば、腹の虫が「飯はまだか」と催促する。
 意識が朦朧とする。体はとうの前に限界だ。

 よく分からなくなってきた。
 ──なぜ私はこんな命知らずな行動に出ているのだろうか。

「……大丈夫ですか、姐さん?」

「っ……ええ」

 赤毛の少年──エルバートに後ろから声をかけられて気を正す。

 エルバートの瞳は不安の色に染まっており、今にも泣き出してしまいそうだ。
 ──そんな心配そうな顔、滅多にするものじゃい。
 まだ何も起きてすらいない、大丈夫だ。

「行きましょう」

「はいっ」

「キュっ」

 辺りを見渡してモンスターがいないことを確認。岩陰から別の岩陰へと素早く移動をする。

「……すぅ……はぁ……」

 凄い緊張感だ。
 見つかれば即死。下手に罠を踏み抜いても即死。一つ一つの行動に全力で命を賭けなければいけない。

 初めて大迷宮に入った時でさえ、こんなに緊張はしなかった。それどころか、大迷宮でここまで緊張したことは無い。

 だが、この緊張感は覚えがある。
 すごく昔、まだ祖父と一緒に山篭りをしていた時はいつもこんな緊張感の中で修行をしていた。

『いいかアイリス。もし困難な状況に陥ったとしても、決して考えることを止めるな。そうすれば手足が無くなっても生き抜く事は出来る』

 いつ言われたのかも定かではない、昔の記憶が蘇る。
 祖父はいつも口うるさく私に何かを言っていた。
 それは理不尽な世界を生き抜いていくための教えだった。

「……」

 考えることを止めるな。そんなことは分かっている。耳にタコができるほど言い聞かされてきたことだ、だから今更思い出すようなことではない。

 そしてどうすればこの絶望的な状況を脱することが出来るのか、方法は分かっている。上手くいく保証はないがやり方はわかっているのだ。ならば後は行動に移すのみ。

 必ずやこの深層のモンスターを倒して、食料を確保する。それが出来なければ、モンスターに殺されるか飢餓で飢え死ぬかの二択。
 結末の答えは簡単だ。

「……いないですね、モンスター」

「そうね」

 エルバートの言う通り気味が悪いほどにモンスターの気配はない。
 まだセーフティポイントを出たばかりの浅い位置だからと言うのもあるだろうが、それにしてもモンスターが一匹も見当たらないのはおかしい。

 しかしファイクから聞いた話によれば、深層のモンスターは縄張り意識が上層のモンスターよりも強く、その所為かモンスター同士の縄張り争いは頻繁に起こって、深層に生息するモンスターの絶対数は少ないと言っていた。

 話で聞くのと、実際にその現場を目の当たりするのでは感じ方が違う。
 知識として知っていても、この静けさは気味が悪い。

「それに、これ以上先にはあまり進みたくない……」

 これ以上奥に進めば逃げ切れる安全圏を超えてしまう。

 モンスターに殺されるか飢え死にするかの2択だと言ったが、モンスターに殺されるつもりなど毛頭ない。

 まず間違いなく私たちが深層のモンスターに勝てる確率は高くない。むしろほぼ負け戦と考えていいだろう。
 初めから無謀な戦いなのは分かっている。だが挑まなければならない。だが死ぬつもりは無い。

 ならば逃げる算段を立てる必要がある。

 現在の位置ならば深層のモンスターと戦闘となり、逃げる選択肢を取った場合でもなんとか逃げ切ることが可能な距離だ───と思う。

 そもそも圧倒的な実力差がある相手と正面から殺し合うつもりなんてない。

『奇襲による一撃必殺』

 一回の攻撃で仕留めることが出来なければ即撤退。長期戦なんてのは以ての外だ。

 相手に完全に補足される前ならば私とエルバートの魔法で目眩しをしてなんとかギリギリ逃げ切れると信じたい。

 ───いや、確実に逃げ切ってみせる。
 戦う前から弱気になる戦士がどこにいるというのか。

「…………ふぅ……」

 気合いを入れ直して、再び止まっていた歩を慎重に進めていく。
 そうして10分ほど階層内を進んだところに、ようやくモンスターの姿を見つける。

 数は運良く1匹。
 赤黒い毛並みに、鋭く光る牙と爪。全長は3メートルと言ったところか、四足歩行の見たことの無いモンスターだ。
 似ているものなら虎が近いだろうか。
 その虎に似たモンスターは私たちに背を向けて、静かに眠っていた。

「姐さん、あれ……」

「ええ、おあつらえ向きなのがいたわね。あいつを殺りましょう」

 エルバートの上擦った声に緊張が伝わってくる。不安そうな瞳が私を見つめる。

 怖い気持ちは分かる。
 寝ていても伝わる強者のプレッシャー。こんな感覚は初めてだ。
 絶対的優位な寝ている相手に奇襲をかけると言うのに足が小刻みに震えてしまう。

「手筈通り、もし奇襲が失敗したら直ぐに光魔法による閃光と火魔法の煙幕で妨害をして全力で逃げて。私のことは気にせず真っ先にね」

「は、はいっ」

 最後の打ち合わせにエルバートは震えながらもなんとか頷く。

「キュイ……」

「ラーナちゃんもエルバートについて行ってね。大丈夫、私も直ぐに追いつくから」

「キュゥ~……」

 エルバートと同じように心配そうに私を見るラーナちゃん。
 安心させるようにラーナちゃんを撫でてあげて、私は虎型モンスターに視線を戻す。

「それじゃあ行きましょう」

「はい。ご武運を祈ってます」

「キュイ」

「───っふ!」

 エルバートとラーナちゃんの激励を背に、静かに駆け出す。

 地面を這うように、滑るようにモンスターへと接近する。
 ふつふつと全身を駆け巡る魔力。『魔力循環』による身体強化は十全。

 腰に携えた颶剣グリムガルを構え、魔力を流す。あと数瞬としないうちに魔法の射程範囲内に入る。

 魔法の準備はできている。
 今までにないほど集中している。心像イメージは完璧に近い。とても鮮明としている。

 スカーのおじ様にずっと言われ続けてきた。『その魔導武器オモチャにまだ頼ってるようではアイツを守ることなど一生できない』と。

 ずっと分からなかった。
 強さとは、大切な人の横に並びたち守ることの出来る力とはなんなのか。どうすれば自分の思い描く力が手に入るのか、心像イメージができなかった。
 私が今まで信じて磨き上げてきた強さ・力が全否定された。

 ある程度の魔法の基礎を習得すれば答えは出ると思っていた。
 でも結果は分からなくなるばかり。魔法を深く理解していけばしていくほど沼にハマっていった。

 深層に来て2週間。
 とにかく恐怖した。それと同時に悔しかった。この状況に屈して、何も出来ない自分が情けなかった。
 考えても考えてもどうすればいいのか分からなかった。

 ただ震えて助け待つだけ。
 願い祈り、施しを待つだけ。
 情けなかった。
 それは私が思い描いていた関係ではなかった。
 こんな頼るばかりだけの自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

 分からなかった。
 本当に自分なんかが彼の隣に立つ資格があるのだろうかと。

 もう分からないことばかりだった。

 幸い───と言うべきか考える時間は腐るほどあった。
 だから考えた。
 色々なことを考えた。
 どうすれば彼の隣に立つに相応しい人間になれるのか考えた。

 そんな折だ。
 この魔法の心像が浮かんだのは。

 それは今までの教えとはかけ離れた考え方。
 魔導武器を用いた魔導と、本当の魔法は決して相容れないものだと思っていた。
 スカーのおじ様の教えは、魔導よりも本当の魔法の方が優れている。という教えだけだった。
 だから今までこの考えには至らなかった。

 所謂、掛け合わせ。

 私の魔法は今のところどちらもお粗末なモノだ。
 どちらも私の求める力とは程遠い。
 ならばこの粗末な2つを掛け合わせて、マシなモノにでっち上げればいい。

 スカーのおじ様はこの方法を邪道と呼ぶかもしれないが、情けない私にはちょうどいい。
 邪道で結構だ。

『魔法と魔導の融合』

 私はこの邪道で一つ殻を破る。

 今までは水面がピクリとも波立たない『静寂』に近しい風だったが、この邪道で私は『暴風』と成る。

「───疾風怒濤、我は追風を捉えてその身に宿す───」

 心像イメージするは、暴れ狂う乱気流。

 2つの微風が合わさり、拡張、いずれは大きな暴風の目となる。

「───然れど、その風は我が身には過ぎた力であり、ただ暴れ狂うのみ───」

 全神経を研ぎ澄ます。
 心像は思い描いた形で顕現する。
 今までの規則正しい風邪ではなく、不規則に吹き荒れる不出来な乱流。
 何かを求めてさまよう狂乱者。

 それは正に───。

「─── 羨望の嵐エンビィ・テンペスト

 最後の詠唱と共に魔法は完成。

 虎型モンスターの無防備な背後めがけて颶剣に集約させた乱気流を叩き込む。

「───っっっ!!?」

 声にならないモンスターの絶叫。
 私の魔法は直撃する。

 確かな肉を抉る手応え。
 懇親の力を込めて我武者羅に剣を押し込む。
 その刹那、剣身が軋む音が聞こえる。魔法に武器が耐えれていないのだ。
 愛剣グリムガルはこの魔法行使によって限界を迎えようとしていた。

「…………死ね」

 それでも攻撃の勢いは緩めない。
 ここで剣に気を使って中途半端な攻撃をすれば私はこのモンスターを殺しきることはできない。

 ───殺せた。

 それに確信があった。
 虎型モンスターの胴体はぽっかりと穴が空いたように空を作り、汚い血液が視界に飛び散っている。
 この一撃でグリムガルが砕け散ろうとも、関係はない。
 寧ろ、それでコイツを殺せるのならば本望だ。


 その油断が隙となった。


 ふとかち合ったモンスターの黄金の瞳は戦意を失ってなどいなかった。

「ウルガァアアアアアッ!!!」

 体の中心に大きな空洞を作った虎型モンスターはその体を翻し、口元に生え揃った鋭い2本の牙を私の首元に向けてくる。

「っな!?」

 凄まじく速いその動きに絶句する。
 その動きは体に穴を作っている生き物のするものでは到底ない。

 反応が遅れる。
 殺しきったと思った過信、全快かのようなモンスターの動きに私の体は少し硬直する。

 それでもこれだけは言えた。

「エルバートッ! ラーナちゃんッ! 逃げてッ!!!」

「「ッ!!」」

 喉が擦り切れんばかりの怒号に一人と一匹は直ぐに動き出す。

「弾け飛べ閃光! 来たれ硝煙!!」

 エルバートが続けざまに魔法を行使する。
 一つは光の基礎魔法である閃光。一つは火の基礎魔法である煙幕だ。

 2つの魔法はモンスターに運良く通じた。

「ギャウ!?」

 閃光によりモンスターは視界を奪われ、煙幕によってエルバート達の姿を見失う。
 それによって自身に向かってきていた攻撃にも遅延ディレイがかかる。
 その少しの空白で体は動きを取り戻し、なんとか剣で防御姿勢を取る。

 遅れて飛んできた噛みつき攻撃を剣を盾に防ぐ。

 防御は間に合った。だがそれでもモンスターの攻撃は強力だ。
 剣に噛み付いたモンスターはそのまま私を無造作に投げ飛ばす。

「グラァァァァ!」

「うっ………ぐっ………かはッ!!」

 妙な浮遊感がしたかと思えば、急な落下と鈍痛な衝撃。
 受け身など取れるはずはなく。肺が一気に押しつぶされる感覚と軋み砕ける全身の骨。無意識に酸素と血が口から吐き出る。

「グァウッ!」

 ぼやける視界に映るモンスターの跳躍。既に敵は次の攻撃モーションに入ってる。

「………っ!!」

 立ち上がろうと身体に力を入れるが上手くいかない。思考はハッキリとしているのに身体は言うことを聞こうとしない。
 回避は疎か防御すらも間に合わない。

 ───死んだ。

 瞬時に直感する。
 怒りに染まったモンスターの眼球に自分の顔が写っている。弱々しく、情けなく恐怖に歪んだ自分の顔がハッキリと映る。

 鈍く輝くモンスターの爪が振り落ちて来る。

「……!!」

 無意識に目を瞑る。
 恐怖は臨界点を超えて、頭は思考を放棄する。
 ただ殺されるのを待つのみ。

「嘶くは、輝々たる霹靂!!」

 瞬間、瞼越しにも強く感じる閃光。

「ギャウ!?」

 それと同時に再び絶叫するモンスター。

「来たれ硝煙!」

 煙の匂いと、誰かに身体を抱き上げられる感覚。

 子供のように小さくて細い腕だ。
 とても私を持ち上げるには役不足なその両腕は私を軽々と持ち上げる。

「エル……バート……」

「逃げましょう姐さん! 少し強い衝撃がすると思いますけど我慢してくだい!!」

 目を開ければ飛び込んできたのは赤毛の少年の必死な顔。
 次いで聞こえてるのは詠唱だった。

「疾風を捉えて我は加速する!!」

 それは風の基礎魔法。
 風で移動速度を飛躍させる魔法だ。

 詠唱が完了すると強風が吹いて不規則な推進力を得て、視界は一気に移り変わる。

「うぉぉぉおおおおお! 死んでたまるかぁああああああああぁぁぁ!!」

 甲高い絶叫が耳朶を打つ。
 モンスターは依然と視界は回復せず、ウロウロと標的を見失っている。

 脳の状況の処理が追いつかない。
 どうなっているのかよく分からない。
 それよりも全身が痛い。
 上手く呼吸ができないし、意識も朦朧としてきた。
 もう本当に限界だ。

 無意識に瞼が落ちる。
 肌に感じる風はやけに強くて、冷たく感じた。
 抗うことの出来ない倦怠感。
 意識は勝手に沈んでいった。
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