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第二章 大迷宮バルキオン
21話 白き幻獣
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「ウォォオオオオオオオオオオン!」
迷宮内に反響する大狼の雄叫び。
場は何が起きたのか理解出来ず混乱する。
突然の出来事に愕然とすることしか出来ないローブの集団の視線は一瞬にして大狼に集中した。
その視線には十人十色の感情が綯い交ぜだ。
混乱、驚き、恐怖、焦り、困惑……エトセトラ。大狼の出現によりその場の雰囲気が変化する。
それを大狼は気にすることなく、悠然と下衆共を見据える。
大狼の心中を占める感情はただ一つ。
目の前の屑共に対する怒りのみ。
「グルルルルルルッ………」
一層険しく大狼は男達を睨みつけ、同時に地面を強く踏みぬいて駆け出す。
行先はただ一つ。大切な人達を傷つけたクソ野郎どもだ。
「ちっ! 何がどうなってやがる! どうしてセーフティポイントにいきなりモンスターが現れやがった!!」
集団のリーダー、アッシュ・ワモルドはアイリスから身を離し立ち上がると怒鳴り散らかす。
「ど、どうしますかダンナ!?」
「どうするもこうするも殺るしかねぇだろうがっ! ここまできてお預けなんて御免だ! さっさと魔導武器構えろ!!」
「へ、へい!!」
狼狽える手下共にアッシュは叱責すると、自身も斧槍型の魔導武器を構える。
情けない反応を見せる手下たちに反して、アッシュは冷静だった。
確かな勝利への自信が彼の中にはあった。
敵はたかだかモンスター1体。対してこちらは20人、加えて全員がBランク以上の強者揃い。戦力は充分。
目の前の大狼からは今まで退けてきたモンスター達のような威圧感は感じない。それにこちらには『賢者の魔導』がある。これがあればモンスター相手に負ける道理はない。
それ故にアッシュ・ワモルドは大狼から脅威を感じない。
所詮はこちらの魔導に屈する弱者としか認識しない。
「賢者の魔導……ワイズ・ドミネイトを使え!!」
「はっ、はいッ!!」
アッシュの号令で『賢者の魔導』を預けられていた細身の手下が不気味な形をした杖を構える。
細身の手下は躊躇いながらも杖に魔力を流し始める。
「ッ!!」
刹那、大狼は奴らの会話を聞き逃さず標的を定める。
──あの魔導具を発動させてはいけない。
本能のままに感じ取り最高速度で駆け抜けて、瞬きひとつのうちに大狼と集団の距離は無くなる。
そして魔導が発動する間際で大狼は細身の男の前へと躍り出て、そいつの腕を噛み千切る。
疾風が走り去るような一瞬の出来事だ。
「ぐあぁああああああッ!!」
「なっ……!!」
苦痛の断末魔と何が起こったのか理解しきれていない困惑の声。
防御は疎か回避も不可能。彼らは大狼の速さに反応できない。
「グラウッ!!」
大狼はそのまま動きを止めずに、宙に浮いた不気味な杖を後ろ蹴りで遠くへ吹き飛ばす。
杖はそのまま明後日の方向へと行方を晦ます。
「クソっ! 何してやがるテメェら! 突っ立てねぇで魔法が発動するまで肉壁くらいなりやがれ!!
……そこのお前!早く杖を取りに行け!」
「わ、分かった!!」
いち早く正気を取り戻したのはアッシュ・ワモルド。彼は激怒すると近くにいた手下に指示を出す。
「ガウ────ッ!!」
「調子にのんなよこの駄犬がッ!」
すぐさま大狼は走り出したスキンヘッドの男の後を追おうとするが、それをアッシュ引きいるローブ集団が許さない。
大狼の前に立ちはだかる約20人の敵。
成体へと進化したことにより大狼は今まで以上の力を手に入れたが、戦闘経験の少ない大狼にとってこの数は少し荷が重かった。
加えて先程までの傷や疲労、さらに進化による体力の消耗もあり、そこまで長く戦える力が残っていなかった。
「───グルゥゥゥゥラァアアアア!!」
それでも大狼は自身を鼓舞して突き進む。
──ここで自分が弱音を吐いて諦めれば誰がアイリスとエルバートを助けるというのだ。彼との約束を守れる兆しが見えたのだ。絶対に諦める訳にはいかない。
その一心で大狼は戦う。
「くそがぁああああ!!」
「死にやがれぇぇぇ!!」
「ウォオオオオオオオオオオン!!」
襲い来る剣戟と魔法の数々。
それを紙一重で回避して、立ちはだかる敵に反撃していく。
全ての攻撃を回避することは出来ない。
格下の相手と言えども数がそれを補い、充分に大狼との差を詰めている。
大狼が一人に攻撃をすれば、その間に10人以上が大狼に攻撃をする。
着実に大狼は敵を倒しつつも同時に傷を負っていた。
「グルゥア!!」
「うわぁああ!!」
「ぐゥぅぅぅ!!」
──これで14人目!
全身に傷を受けながらも大狼は着実に敵の数を減らしていく。気がつけば大狼の目の前にいる敵は5人までとなっていた。
そのうちの一人は腰の抜けた頼りの無い小柄な男であり、ものの数秒とかからず大狼はその男を屠るだろう。
しかし問題は残りの4人だ。
今まで倒してきた有象無象とは違う、一線を画す威圧感を奴らからヒシヒシと感じる。構える魔導武器も全て1級品のモノだ。
大狼はその4人を知っていた。
なんでも彼らはこの迷宮都市バルキオンで最強の探索者クランと呼ばれているらしく。
実力の程は疑わしいが、実際彼らは全員がSランク探索者であり、CRもSランクであった。
名を『憤怒の鎌』といい。以前もアイリス達にちょっかいをかけてきていた。
「随分とやるじゃねえか……まさかここまでとは思わなかった。だがな、お前の快進撃もここまでだぜ?」
『憤怒の鎌』のリーダーであるアッシュ・ワモルドが余裕の笑みを浮かべる。周りの取り巻きも自信に満ちた顔だ。
まるでもう自分たちが勝利したかのような振る舞い。
そんな奴らに大狼は苛立ちを覚える。
だが実際、大狼は体力の限界が来ていた。
全身は先程よりもボロボロで、血に塗れている。呼吸も浅く、また意識が朦朧としてきている。
威勢よく奴らを噛み殺したいが、考え無しに突っ込めば確実に串刺しにされてしまう。
「クハハッ! さっきまで勢いはどうした? 来ないならこっちから行くぜ?」
攻めあぐねているとアッシュ達が攻めてくる。
四方に散開してそれぞれ手に持った魔導武器には魔力が込められている。
「ッ!!」
少し出遅れて大狼も動き出す。
棒立ちでやられるになど毛頭ない。少しでも動いてアッシュ達を撹乱する作戦だ。
疲労が溜まり全開の機動力を発揮することは叶わないが、それでも大狼の動きは速い。十分有効な手だ。
「ガウッ!!」
「うあぁああっ!?」
四方八方へと場を掻き乱す中で戦いに全く付いてこれていない小柄な男を排除する。
これで完全に4人に集中することが出来る。
その瞬間だった。
「光輝白激ッ!!」
背後から空を翔ける白亜の光矢が無数に飛んでくる。
大狼は回避を試みるが全てを躱し切ることは出来ない。
右腹部と右太腿に光の矢が突き刺さる。
「───ッッ!」
声すらあげないが大狼の表情は苦痛の色に染まり、一瞬動きが鈍くなる。
「火炎激打ッ!!」
その一瞬を見逃さず攻撃を受けた反対方向から異常な熱量を感じ取る。
視線を直ぐにそちらへと移せば、視界一面に爆炎を纏った鉄の塊──元い戦鎚が振り下ろされる。
「グ────ッッッ!!!」
次はモロに攻撃を貰う。
大狼の視界が大きく揺れる。そのまま目を見開きながら身体をくの字に曲げると大きく吹っ飛ばされる。
なんとか受身を取って着地するが、今の攻撃の流れで形成は一気に逆転した。
「グゥウウウウ……」
矢が突き刺さった腹と足からはドクドクと血が際限なく流れ続け、逆側の横っ腹は綺麗な銀の毛並みは焼け焦げて、痛々しい肉が見えている。
「…………」
意識が薄れる。立っているのもやっとだ。少し気を抜けば崩れ落ちてしまう。
それでも大狼は何とか踏ん張って、目の前の屑共を睨みつける。
「ムカつくなその目。直ぐに絶望させてやるよ!!」
アッシュが斧槍に魔力を込めて地面を蹴る。
先程の二人の攻撃よりも、練度の高い魔力行使。その魔導を喰らえば大狼は死ぬだろう。
「ラーナちゃん! もうやめて! それ以上戦えば死んじゃうッ!!!」
大切な人の声が聞こえる。
──安心して。大丈夫。
ラーナが絶対に守ってあげるから。
その声だけで大狼に力が漲る。
まだ戦えると思える。
もう動けないと思っていた身体が勝手に動き出す。
そして魔力が熾る。
心像するのは唸り猛る雷霆。
「ウォオオオオオオオオオオンッ!!」
力強い雄叫びと共に大狼はその身に雷を宿す。
大量の雷が周りに爆散する。
「モンスターが魔法!?」
あと数歩で攻撃が届く距離まで詰めていたアッシュは急な大狼の魔法行使に困惑し、動きを止めて回避に移行する。
しかし白き雷霆はそれを逃しはしない。
「ぐぁぁぁあああああああ!!」
大狼から距離を取り回避を試みたアッシュは雷に撃たれ叫ぶ。
「あ、アッシュ!?」
「に、逃げろ!!」
「ひっ、ヒィいい!!」
大狼の魔法行使を見ていたアッシュと取り巻きたちは今までの余裕そうな態度から一転して、その表情を恐怖に染める。
情けなくも大事な仲間を見捨て、背を向けて逃亡しようとする三人の影を大狼は許さない。
「グォオオオオオオッ!!!」
咆哮と同時に轟音が落ちる。階層全体に光と電撃が走った。
怒りの雷霆が無様に逃げ惑う三人の影に落ちる。
「「「─────!!」」」
声にならない絶叫。
一瞬にして三人の男は地面にひれ伏す。
返された形成を再び返す。
大狼は息絶え絶えにアッシュ達を見下ろす。
──トドメだ。
こいつらは生かしておかない。
大狼はそう判断して再び身体に魔力を熾して、心像する。
「ウォオオオオオオンッ────」
そうして心像を顕現させようとした時だった。
「─────ッッッ!?」
身体に宿っていた魔力が途端に霧散していき、力が上手く入らなくなる。
何が起きたのか理解が追いつかない。
もう少しで終わると思ったあと一歩で何かが起こる。
全身が脱力していく。
意識が刈り取られていく、怠くてしょうがない。
そんな感覚が大狼を襲う中、一人の男の声が聞こえた。
「な、なんとか間に合ったな……」
「─────ッ!」
その声の主はアッシュの指示によって不気味な杖──『賢者の魔導』を回収しに行っていたスキンヘッドの男だった。
「く…………クハハッ! よくやった! よくやったぞバルゼル・ジンドット!!」
「報酬の上乗せの方、期待しとくぜ」
逆転の一手だった。
アッシュは懐からハイポーションを飲んで大狼から受けた傷を癒して、高らかに笑う。
逆に大狼はどんどんと視界が虚ろとなっていき、正気を保っていられなくなる。
気がつけば大狼は全身に力が入らなくなり、地面にひれ伏していた。
「なあ今どんな気分だ? 倒せると思ったか? 残念! お前の負けでしたァ!! クハハハハハハハッ!!!」
ポーションで傷が治り立ち上がったアッシュは大狼の元まで近づくと、大狼を何度も何度も足蹴にする。
今まで受けた屈辱、鬱憤を晴らすかのように何度も何度も大狼を踏みつけ蹴りあげる。
大狼はそれを黙って受け入れるしかできない。どういう訳か身体を自由に動かすことが出来ずなすがままだ。
──守れなかった。
屈辱だった。悔しかった。ここまで来て何も出来ない自分が情けなかった。
自然と涙が流れた。
──あともう少しだったのにどうして?
何がいけなかった?
自問自答するが答えは出ない。
次第に上手く思考が続かなくなっていく。
「クハハハハハハハッ!」
耳障りな笑い声が聞こえてくる。
──腹が立つ。でも何もできない。
意識が薄れる。
「さて、そろそろ満足したし───」
不意にアッシュは足を止める。
そして徐ろに斧槍の穂先を大狼に向けて魔力を込め始める。
「───殺すか」
身の毛がよだつほどの寒さを感じる。
それは恐怖からか、それとも魔法による外的要因か大狼には判断が不可能であった。
いや、そのどちらもだったのかもしれない。
なんとか大狼が視線を上に向けると、そこには魔の氷を纏った斧槍とアッシュの歪んだ笑みが見えた。
──ああ……ここまでか。自分はここで死ぬのか。
大狼は嫌に呆気なく納得した。
抗いようのない死を簡単に受け入れた。
──まあ、自分にしてはよくやった方じゃないだろうか。もともと有って無いような命だった。あの湯けむり漂う階層で死ぬか、ここで死ぬかの違いだ。充分だと思えば充分だ。
「最後に思い残したことはあるか?って言ってもお前の願いは叶わないんだけどなァ!」
──思い残したこと…………そうだなそれなら一つだけある。
もしも、もしも願いが叶うのならば最後にあの人に立派に進化した自分のこの姿を見て欲しかった。
心の中で思い浮かべる。
自分の姿を見て喜ぶ彼の姿を、「頑張ったな」と褒めてくれる彼の笑顔を、優しく撫でてくれる彼の暖かさを。
思い浮かべる度に気持ちは溢れていく。
──最後に届かないだろうか?
「ウォオオオオオオオオオン!!」
最後に細く甲高く大狼は最も大切な人へと吼える。
「耳障りだ。死ね」
それと同時に大狼に向けられた斧槍は荒々しく振り下ろされる。
──さよなら。
心の中で大狼は別れを告げる。
強く目を瞑り、その時を待つ。
アッシュ・ワモルドの斧槍が大狼の脳天に突き刺さろうとしたその瞬間だった。
「よく頑張ったな。ラーナ」
それは幻聴だろうか。
確かにハッキリと大狼は彼の声を聞き、懐かしい気配を感じた。
刹那、ラーナは目を見開く。
目の前には奴の武器があり自身に突き刺さる間際だとわかっていても見開いた。
そして絶句する。
「ッッッ!!」
その理由はラーナの思い描いていた光景と、実際に目の前に広がる光景が全く異なっていたからだ。
「よく頑張った。ラーナ」
視界を埋め尽くすのは無限の黒。
それは何にも阻まれず、破ることは出来ない最強の影だった。
懐かしい声が聞こえたのと同時に次は優しく撫でられた感覚をラーナは覚える。
涙が今度こそ止まらなくなる。
それは悔しいからでは無い、悲しいからでも、情けないからでもない。
ただ嬉しくて溢れた涙だった。
「おっ、お前がどうして…………どうしてここにいる!?」
攻撃を止められて気が動転するアッシュ・ワモルド。
その相手は彼が今、最も出会いたくない人物であったのは今の発言から察しがつくだろう。
「────」
そこに現れたのは黒影を纏った一人の男──ファイク・スフォルツォだった。
迷宮内に反響する大狼の雄叫び。
場は何が起きたのか理解出来ず混乱する。
突然の出来事に愕然とすることしか出来ないローブの集団の視線は一瞬にして大狼に集中した。
その視線には十人十色の感情が綯い交ぜだ。
混乱、驚き、恐怖、焦り、困惑……エトセトラ。大狼の出現によりその場の雰囲気が変化する。
それを大狼は気にすることなく、悠然と下衆共を見据える。
大狼の心中を占める感情はただ一つ。
目の前の屑共に対する怒りのみ。
「グルルルルルルッ………」
一層険しく大狼は男達を睨みつけ、同時に地面を強く踏みぬいて駆け出す。
行先はただ一つ。大切な人達を傷つけたクソ野郎どもだ。
「ちっ! 何がどうなってやがる! どうしてセーフティポイントにいきなりモンスターが現れやがった!!」
集団のリーダー、アッシュ・ワモルドはアイリスから身を離し立ち上がると怒鳴り散らかす。
「ど、どうしますかダンナ!?」
「どうするもこうするも殺るしかねぇだろうがっ! ここまできてお預けなんて御免だ! さっさと魔導武器構えろ!!」
「へ、へい!!」
狼狽える手下共にアッシュは叱責すると、自身も斧槍型の魔導武器を構える。
情けない反応を見せる手下たちに反して、アッシュは冷静だった。
確かな勝利への自信が彼の中にはあった。
敵はたかだかモンスター1体。対してこちらは20人、加えて全員がBランク以上の強者揃い。戦力は充分。
目の前の大狼からは今まで退けてきたモンスター達のような威圧感は感じない。それにこちらには『賢者の魔導』がある。これがあればモンスター相手に負ける道理はない。
それ故にアッシュ・ワモルドは大狼から脅威を感じない。
所詮はこちらの魔導に屈する弱者としか認識しない。
「賢者の魔導……ワイズ・ドミネイトを使え!!」
「はっ、はいッ!!」
アッシュの号令で『賢者の魔導』を預けられていた細身の手下が不気味な形をした杖を構える。
細身の手下は躊躇いながらも杖に魔力を流し始める。
「ッ!!」
刹那、大狼は奴らの会話を聞き逃さず標的を定める。
──あの魔導具を発動させてはいけない。
本能のままに感じ取り最高速度で駆け抜けて、瞬きひとつのうちに大狼と集団の距離は無くなる。
そして魔導が発動する間際で大狼は細身の男の前へと躍り出て、そいつの腕を噛み千切る。
疾風が走り去るような一瞬の出来事だ。
「ぐあぁああああああッ!!」
「なっ……!!」
苦痛の断末魔と何が起こったのか理解しきれていない困惑の声。
防御は疎か回避も不可能。彼らは大狼の速さに反応できない。
「グラウッ!!」
大狼はそのまま動きを止めずに、宙に浮いた不気味な杖を後ろ蹴りで遠くへ吹き飛ばす。
杖はそのまま明後日の方向へと行方を晦ます。
「クソっ! 何してやがるテメェら! 突っ立てねぇで魔法が発動するまで肉壁くらいなりやがれ!!
……そこのお前!早く杖を取りに行け!」
「わ、分かった!!」
いち早く正気を取り戻したのはアッシュ・ワモルド。彼は激怒すると近くにいた手下に指示を出す。
「ガウ────ッ!!」
「調子にのんなよこの駄犬がッ!」
すぐさま大狼は走り出したスキンヘッドの男の後を追おうとするが、それをアッシュ引きいるローブ集団が許さない。
大狼の前に立ちはだかる約20人の敵。
成体へと進化したことにより大狼は今まで以上の力を手に入れたが、戦闘経験の少ない大狼にとってこの数は少し荷が重かった。
加えて先程までの傷や疲労、さらに進化による体力の消耗もあり、そこまで長く戦える力が残っていなかった。
「───グルゥゥゥゥラァアアアア!!」
それでも大狼は自身を鼓舞して突き進む。
──ここで自分が弱音を吐いて諦めれば誰がアイリスとエルバートを助けるというのだ。彼との約束を守れる兆しが見えたのだ。絶対に諦める訳にはいかない。
その一心で大狼は戦う。
「くそがぁああああ!!」
「死にやがれぇぇぇ!!」
「ウォオオオオオオオオオオン!!」
襲い来る剣戟と魔法の数々。
それを紙一重で回避して、立ちはだかる敵に反撃していく。
全ての攻撃を回避することは出来ない。
格下の相手と言えども数がそれを補い、充分に大狼との差を詰めている。
大狼が一人に攻撃をすれば、その間に10人以上が大狼に攻撃をする。
着実に大狼は敵を倒しつつも同時に傷を負っていた。
「グルゥア!!」
「うわぁああ!!」
「ぐゥぅぅぅ!!」
──これで14人目!
全身に傷を受けながらも大狼は着実に敵の数を減らしていく。気がつけば大狼の目の前にいる敵は5人までとなっていた。
そのうちの一人は腰の抜けた頼りの無い小柄な男であり、ものの数秒とかからず大狼はその男を屠るだろう。
しかし問題は残りの4人だ。
今まで倒してきた有象無象とは違う、一線を画す威圧感を奴らからヒシヒシと感じる。構える魔導武器も全て1級品のモノだ。
大狼はその4人を知っていた。
なんでも彼らはこの迷宮都市バルキオンで最強の探索者クランと呼ばれているらしく。
実力の程は疑わしいが、実際彼らは全員がSランク探索者であり、CRもSランクであった。
名を『憤怒の鎌』といい。以前もアイリス達にちょっかいをかけてきていた。
「随分とやるじゃねえか……まさかここまでとは思わなかった。だがな、お前の快進撃もここまでだぜ?」
『憤怒の鎌』のリーダーであるアッシュ・ワモルドが余裕の笑みを浮かべる。周りの取り巻きも自信に満ちた顔だ。
まるでもう自分たちが勝利したかのような振る舞い。
そんな奴らに大狼は苛立ちを覚える。
だが実際、大狼は体力の限界が来ていた。
全身は先程よりもボロボロで、血に塗れている。呼吸も浅く、また意識が朦朧としてきている。
威勢よく奴らを噛み殺したいが、考え無しに突っ込めば確実に串刺しにされてしまう。
「クハハッ! さっきまで勢いはどうした? 来ないならこっちから行くぜ?」
攻めあぐねているとアッシュ達が攻めてくる。
四方に散開してそれぞれ手に持った魔導武器には魔力が込められている。
「ッ!!」
少し出遅れて大狼も動き出す。
棒立ちでやられるになど毛頭ない。少しでも動いてアッシュ達を撹乱する作戦だ。
疲労が溜まり全開の機動力を発揮することは叶わないが、それでも大狼の動きは速い。十分有効な手だ。
「ガウッ!!」
「うあぁああっ!?」
四方八方へと場を掻き乱す中で戦いに全く付いてこれていない小柄な男を排除する。
これで完全に4人に集中することが出来る。
その瞬間だった。
「光輝白激ッ!!」
背後から空を翔ける白亜の光矢が無数に飛んでくる。
大狼は回避を試みるが全てを躱し切ることは出来ない。
右腹部と右太腿に光の矢が突き刺さる。
「───ッッ!」
声すらあげないが大狼の表情は苦痛の色に染まり、一瞬動きが鈍くなる。
「火炎激打ッ!!」
その一瞬を見逃さず攻撃を受けた反対方向から異常な熱量を感じ取る。
視線を直ぐにそちらへと移せば、視界一面に爆炎を纏った鉄の塊──元い戦鎚が振り下ろされる。
「グ────ッッッ!!!」
次はモロに攻撃を貰う。
大狼の視界が大きく揺れる。そのまま目を見開きながら身体をくの字に曲げると大きく吹っ飛ばされる。
なんとか受身を取って着地するが、今の攻撃の流れで形成は一気に逆転した。
「グゥウウウウ……」
矢が突き刺さった腹と足からはドクドクと血が際限なく流れ続け、逆側の横っ腹は綺麗な銀の毛並みは焼け焦げて、痛々しい肉が見えている。
「…………」
意識が薄れる。立っているのもやっとだ。少し気を抜けば崩れ落ちてしまう。
それでも大狼は何とか踏ん張って、目の前の屑共を睨みつける。
「ムカつくなその目。直ぐに絶望させてやるよ!!」
アッシュが斧槍に魔力を込めて地面を蹴る。
先程の二人の攻撃よりも、練度の高い魔力行使。その魔導を喰らえば大狼は死ぬだろう。
「ラーナちゃん! もうやめて! それ以上戦えば死んじゃうッ!!!」
大切な人の声が聞こえる。
──安心して。大丈夫。
ラーナが絶対に守ってあげるから。
その声だけで大狼に力が漲る。
まだ戦えると思える。
もう動けないと思っていた身体が勝手に動き出す。
そして魔力が熾る。
心像するのは唸り猛る雷霆。
「ウォオオオオオオオオオオンッ!!」
力強い雄叫びと共に大狼はその身に雷を宿す。
大量の雷が周りに爆散する。
「モンスターが魔法!?」
あと数歩で攻撃が届く距離まで詰めていたアッシュは急な大狼の魔法行使に困惑し、動きを止めて回避に移行する。
しかし白き雷霆はそれを逃しはしない。
「ぐぁぁぁあああああああ!!」
大狼から距離を取り回避を試みたアッシュは雷に撃たれ叫ぶ。
「あ、アッシュ!?」
「に、逃げろ!!」
「ひっ、ヒィいい!!」
大狼の魔法行使を見ていたアッシュと取り巻きたちは今までの余裕そうな態度から一転して、その表情を恐怖に染める。
情けなくも大事な仲間を見捨て、背を向けて逃亡しようとする三人の影を大狼は許さない。
「グォオオオオオオッ!!!」
咆哮と同時に轟音が落ちる。階層全体に光と電撃が走った。
怒りの雷霆が無様に逃げ惑う三人の影に落ちる。
「「「─────!!」」」
声にならない絶叫。
一瞬にして三人の男は地面にひれ伏す。
返された形成を再び返す。
大狼は息絶え絶えにアッシュ達を見下ろす。
──トドメだ。
こいつらは生かしておかない。
大狼はそう判断して再び身体に魔力を熾して、心像する。
「ウォオオオオオオンッ────」
そうして心像を顕現させようとした時だった。
「─────ッッッ!?」
身体に宿っていた魔力が途端に霧散していき、力が上手く入らなくなる。
何が起きたのか理解が追いつかない。
もう少しで終わると思ったあと一歩で何かが起こる。
全身が脱力していく。
意識が刈り取られていく、怠くてしょうがない。
そんな感覚が大狼を襲う中、一人の男の声が聞こえた。
「な、なんとか間に合ったな……」
「─────ッ!」
その声の主はアッシュの指示によって不気味な杖──『賢者の魔導』を回収しに行っていたスキンヘッドの男だった。
「く…………クハハッ! よくやった! よくやったぞバルゼル・ジンドット!!」
「報酬の上乗せの方、期待しとくぜ」
逆転の一手だった。
アッシュは懐からハイポーションを飲んで大狼から受けた傷を癒して、高らかに笑う。
逆に大狼はどんどんと視界が虚ろとなっていき、正気を保っていられなくなる。
気がつけば大狼は全身に力が入らなくなり、地面にひれ伏していた。
「なあ今どんな気分だ? 倒せると思ったか? 残念! お前の負けでしたァ!! クハハハハハハハッ!!!」
ポーションで傷が治り立ち上がったアッシュは大狼の元まで近づくと、大狼を何度も何度も足蹴にする。
今まで受けた屈辱、鬱憤を晴らすかのように何度も何度も大狼を踏みつけ蹴りあげる。
大狼はそれを黙って受け入れるしかできない。どういう訳か身体を自由に動かすことが出来ずなすがままだ。
──守れなかった。
屈辱だった。悔しかった。ここまで来て何も出来ない自分が情けなかった。
自然と涙が流れた。
──あともう少しだったのにどうして?
何がいけなかった?
自問自答するが答えは出ない。
次第に上手く思考が続かなくなっていく。
「クハハハハハハハッ!」
耳障りな笑い声が聞こえてくる。
──腹が立つ。でも何もできない。
意識が薄れる。
「さて、そろそろ満足したし───」
不意にアッシュは足を止める。
そして徐ろに斧槍の穂先を大狼に向けて魔力を込め始める。
「───殺すか」
身の毛がよだつほどの寒さを感じる。
それは恐怖からか、それとも魔法による外的要因か大狼には判断が不可能であった。
いや、そのどちらもだったのかもしれない。
なんとか大狼が視線を上に向けると、そこには魔の氷を纏った斧槍とアッシュの歪んだ笑みが見えた。
──ああ……ここまでか。自分はここで死ぬのか。
大狼は嫌に呆気なく納得した。
抗いようのない死を簡単に受け入れた。
──まあ、自分にしてはよくやった方じゃないだろうか。もともと有って無いような命だった。あの湯けむり漂う階層で死ぬか、ここで死ぬかの違いだ。充分だと思えば充分だ。
「最後に思い残したことはあるか?って言ってもお前の願いは叶わないんだけどなァ!」
──思い残したこと…………そうだなそれなら一つだけある。
もしも、もしも願いが叶うのならば最後にあの人に立派に進化した自分のこの姿を見て欲しかった。
心の中で思い浮かべる。
自分の姿を見て喜ぶ彼の姿を、「頑張ったな」と褒めてくれる彼の笑顔を、優しく撫でてくれる彼の暖かさを。
思い浮かべる度に気持ちは溢れていく。
──最後に届かないだろうか?
「ウォオオオオオオオオオン!!」
最後に細く甲高く大狼は最も大切な人へと吼える。
「耳障りだ。死ね」
それと同時に大狼に向けられた斧槍は荒々しく振り下ろされる。
──さよなら。
心の中で大狼は別れを告げる。
強く目を瞑り、その時を待つ。
アッシュ・ワモルドの斧槍が大狼の脳天に突き刺さろうとしたその瞬間だった。
「よく頑張ったな。ラーナ」
それは幻聴だろうか。
確かにハッキリと大狼は彼の声を聞き、懐かしい気配を感じた。
刹那、ラーナは目を見開く。
目の前には奴の武器があり自身に突き刺さる間際だとわかっていても見開いた。
そして絶句する。
「ッッッ!!」
その理由はラーナの思い描いていた光景と、実際に目の前に広がる光景が全く異なっていたからだ。
「よく頑張った。ラーナ」
視界を埋め尽くすのは無限の黒。
それは何にも阻まれず、破ることは出来ない最強の影だった。
懐かしい声が聞こえたのと同時に次は優しく撫でられた感覚をラーナは覚える。
涙が今度こそ止まらなくなる。
それは悔しいからでは無い、悲しいからでも、情けないからでもない。
ただ嬉しくて溢れた涙だった。
「おっ、お前がどうして…………どうしてここにいる!?」
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