元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

23話 歳は関係なく女の涙には弱い

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 微睡む意識の中、俺はとある声と柔らかい何かに抱きしめられる感覚で目を覚ます。

「……ファイク……もう離さない……」

 その声と柔らかいものの正体は直ぐに真横を向けば分かる。俺の右半身にベッタリと抱きついて安らかな顔で眠りについているアイリスだ。

 懐中時計で時間を確認すれば、時刻は朝の9時をちょうど回ったばかり。普段ならば少し寝すぎなくらいなのだが今日ばかりは仕方がない。昨日は色々とありすぎた。

「地獄の底まで私たちは一緒……」

「……物騒な寝言だな」

 耳元に定期的に聞こえてくる変な寝言と、彼女の暖かい温もり。
 久方ぶりの感覚に心の底から安堵する。

 大事な人が無事に自分の隣で幸せそうに眠ってくれている。
 それがどんなに幸福なことなのか、この約2週間で嫌というほど思い知った。

 大迷宮バルキオン深層77階層、セーフティポイント。
 アッシュ・ワモルド率いるアウトハンター集団の襲撃を撃退し、転移魔法の誤作動によりはぐれていた俺達はこの階層で無事に合流することが出来た。

 現在、無事に合流してから一日が経過していた。
 アッシュ・ワモルドとの戦闘を終えた俺達は怪我の治療をしたり、死体の火葬・埋葬をしたり等の後始末をして少しのあいだ休息を取る事にした。

 理由としては主にアイリス、エルバート、ラーナの怪我・体力の回復のためだ。
 想像以上に合流に時間がかかり、合流した時の彼女たちはアッシュ・ワモルドとの戦いもあり相当疲弊しており、かなりギリギリの状態だった。

 こんな状態では直ぐに大迷宮の攻略をするのなんて不可能だし、何よりも彼女たちには体はもちろん、心の休息が必要だった。

 初めての深層攻略でいきなりターニングポイントよりもさらに先の階層に転移させられて、心許ない装備の中でのいつ助けが来るかも分からない状況。
 アイリスたちには少し困難が降りかかり過ぎた。

「……」

 隣で静かに寝息を立てるアイリスの頭を優しく撫でる。
 絹糸のような白金色の長髪がサラサラと手に流れる。その感覚が彼女がここにしっかりと存在してると実感させてくれる。

 しばらくその心地よい感覚に促されるままに彼女の髪にじゃれついて、それを止めるとテントの天井を見る。

 無意識に昨日の事を……アッシュ・ワモルドとのやり取りを思い返す。血溜まりに雑に横たわったアッシュ・ワモルドの下半身がフラッシュバックする。
 昨日、初めて自分の意思で人を殺した。怒りのままに、力任せに人間を殺した。

 あの光景を見た瞬間に我慢が効かなかった。殺さなければ自分の中の見知らぬ感情が暴れだしそうだった。
 確かな殺意。殺人の衝動。
 あの時の感覚は異様な体験だった。

「……意外と普通なもんだな」

 アッシュ・ワモルドを殺して、人間として大切なモノが欠けてしまったような感覚に後になってから恐怖した。

 あの男を殺したことに後悔はない。死んで当然の事をあの男はしたと思っている。それでもまさか自分があんなにもあっさりと人を殺せるとは思っていなかった。当然、今の俺にはあの男を簡単に殺す力はあるのだが、そういう根本的な話ではない。

 感覚が狂っていくようだった。
 自分の中で無意識に定めていたルールが問答無用で塗り替えられていく感覚だ。

 人間をあんなに簡単に殺しては行けない。
 あの男は殺さなければいけなかった。殺されて当然の男だ。だけどもあんなにあっさりと人は殺してはいけない───。

 自分の中でそんな問答が永遠と繰り返されている。
 結局、自分はどうしたいのか、どんな結果なら満足出来たのか分からなくなる。

 モンスターを殺すのと何が違うのだろうか?
 人間もモンスターも同じ生き物だ。殺し、殺されるものだ。それが人間同士になると躊躇うのはどうしてだ?

「…………いや。そもそもが間違ってる」

 この考え方は殺人鬼の考え方だ。頭のネジが何本も外れた異常者の考え方。人として持ち得る倫理、理性、本能的に備わっているはずの機能が無くなってしまった人間の思考だ。

 そもそもが間違っている。

「……」

 とは思っても、考えても、無駄な事だと分かっていても勝手に考えてしまう。
 人を殺めたことによってこの矛盾に目を背けることが出来なくなってしまった。

 ″好きなだけ悩め。その感覚を忘れるな。その思考を完全に失った瞬間、お前はお前では無くなる。だから考えることを止めるな″

「ッ……スカー…………」

 ふと、脳内に嗄れた声が響きハッとする。
 嗄れた老人の声は続ける。

 ″この先、お前はまた選択することになる。俺達が進む道はそういうものだ。この考えに答えなんてのは無い。一生をかけて考え付き合っていくもんだ″

「……世界最強と呼ばれた大賢者様でも悩むもんなのか?」

 ″ハッ! むしろ最強だからこそ悩むし、考えるんだ″

 俺の茶化したような質問を鼻で笑うスカー。その言葉には妙な説得力を感じた。

「……スカーは、人を殺したことあるか?」

「ある。お前が想像もつかないほどの数、人間を殺してきた」

「それは悪人?」

「悪人か善人かなんてのは関係ない。それはその人間によって定義が異なる不確かなものだ。結局は人間の自分勝手で都合の良い考え方でしかない」

「……」

 確かにその通りなのかもしれない。
 結局はそいつの考え方次第。俺の考え方は一種の逃げなのかもしれない。

 ″魔法を極めようとするのならば『殺し』は切っても切り離せない。俺は俺の為に殺しをしてきた。俺を殺そうとしてきた奴らにも譲れない信念があった。その結果に殺し合いがあっただけの話だ。この世界に生きるのならばそれは当然のことだ……と俺は考えている″

「……そうか」

 不思議とスカーの考えを聞いて腑に落ちた。
 俺の中でこの考えに対する明確な答えはまだ出ていないが、少しだけ分かったような気がした。

「……偶にはスカーもいい事を言うもんだな」

 ″なっ……! 偶にとはどういうことだ!? おい! 今の発言は聞き捨てならないな!!″

 脳内で騒がしく問いただしてくる老人の声を無視して目を閉じる。

 瞼の裏に広がるのは昨日の光景。

「考えることを止めるな」とスカーは言った。
 これを止めてしまえば俺は俺で無くなる。何となくスカーの言いたいことは分かる。
 この『悩み』もまた人間にとって大事な機能の一つなのだろう。

「……」

 再び眠気がやってくる。
 本当は二度寝なんてしてないで起きた方がいいのだが、どうにもこの感覚は抗い難い。

 だんだんと意識は夢の世界へと誘われる。
 微睡む意識の中、あと数秒もしないうちに完全に眠りにつこうとしたその瞬間だった。

「起きて! パパっ!! ママっ!!」

 突如として幼い少女の声がすると、俺達が眠っているテントの出入口が開け放たれる。
 テントの中に差し込んでくる大迷宮の薄暗い光。その光に少しの間、目を細めて視界が覚束なくなる。

 一瞬、エルバートが自分たちを起こしに来たのかと考えるが、どう考えても今した女の子の声はエルバートのものよりも幼い。

「起きてってば、パパっ!! ママっ!!」

「んっ……どうしたのファイク?」

 反応出来ないでいると再び聞き覚えのない少女の声が聞こえてきて、隣で静かに寝ていたアイリスも目を覚ます。

 仮にエルバートではない幼い女の子が俺達を起こしに来たとして、その女の子は一体何者だ?
 普通に考えてこの深層に女の子がフラっといるはずがない。この状況はどう考えてもおかしい。

 頭の中が混乱する中、視界が回復して声のする方を注視する。
 するとそこには何も身につけいない、生まれたままの姿の銀髪の少女が俺達に向かって満面の笑みを浮かべていた。

「おはよう! パパ!! ママ!!」

「「……え?」」

 その溌剌とした挨拶に俺とアイリスは呆然とするしかない。

 状況が掴めない。
 これは一体どういうことだ?
 なぜ女の子が真っ裸で俺達のことを『パパ』と『ママ』と呼んでるんだ?

 その妙に懐かしさ覚える状況。
 まともな反応が返ってこないことに少女はその表情を不安そうなものに変える。

「あの……パパ? ママ?」

 それはまさに子供が親に向ける不安の眼差し。元い今にも泣きだしそうな顔だ。

「えー……っと。お嬢ちゃん、こんなところで何してるの?お父さんとお母さんは?」

 その妙に突き刺さる視線、居た堪れない少女の表情に俺はそんな質問をする。
 すると少女は泣きそうな顔から、次はムスッと頬を膨らませて拗ねたような表情をすると、無言で俺とアイリスを指さす。

 ───あれ?
 俺の言葉通じてない?
 どうして両親の居場所を聞いて俺とアイリスを指さすんだ?

「あー……っと。俺の言ってることは分かる……よね? お嬢ちゃん、お名前はなんて言うの?」

「──ーな……」

「え?」

 下を俯いて小さく答える少女の声が上手く聞き取れず聞き返してしまう。
 すると少女は俯かせていた顔を勢いよく上げて俺とアイリスを再び真っ直ぐ見つめる。

「ラーナ! 私の名前はラーナっ!! どうして意地悪なこと言うのパパ!?」

 少女の瞳にはたくさんの涙が溜まっており、悲痛な声でそう言った。

「…………は? ラーナ? え、いや……はぁ!?」

 そんな少女の訴えに俺はそんな情けない反応しかできない。
 ますます状況の理解が追いつかなくなる。

 この娘は今なんていった?
 ラーナだって?
 あの丸っこくて最高に可愛いい愛らしいラーナだって?
 成体に進化してもモフモフで気持ちのいい毛並みをしているラーナだって?

 いや、そんなはずは無い。目の前の少女がラーナのはずがない。何故ならラーナはモンスターだ。決して人の女の子ではない。狼型のモンスターだ。
 この女の子は何を言って────。

「うぇぇええん!! ママぁ! パパがラーナのこといじめるぅ!!」

「え!? ええ。そうね、パパは意地悪さんね」

 堪えが効かなくなったのか目の前の少女は大粒の涙を流してアイリスの胸へと飛び込む。
 アイリスは驚きながらも少女を受け止めて、優しく頭を撫でてあやす。

 そんなアイリスと少女の姿を見ているとこちらが悪いことをしているように思えてきて、妙な再び罪悪感に苛まれる。

「……こいつはあの毛玉で間違いないぞ。まさか幻獣だったとはな」

「っ!? どういうことですかスカーさん!!」

 するとトンデモ発言をシレッとするおじいちゃん。
 俺はそれを聞き逃さずに縋るように詳しい説明を求める。

「うぇぇぇええええん!!」

「よしよし。パパは悪い人ですねぇ~」

 そんな必死な俺を他所にアイリスはもはや手馴れた様子で泣きじゃくる少女をあやしていた。
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