調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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幼少編

第25話 味気ない一日

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〈影龍〉との邂逅から一カ月が経とうとしていた。まだアリスは目覚めず、不安な日々が続く。

 屋敷の雰囲気は暗い。父様と母様、そして従者たちは明らかに覇気がなくどこか物憂げで心ここにあらず言った感じだ。だれもが彼女のいち早い目覚めを待っている。祈るように目を覚まし、味気ない日々が過ぎていた。それでも俺のやることは定まってる。

「217、218、219……」

 依然として様々な事後処理に追われる爺さんは外に出ずっぱりで、俺の鍛錬を見る暇はなかった。それでもやはり俺のやることは変わらない。

 ────龍を殺すほどの強さを手に入れる。

 いつからか静かに目を覚ますことが増え、早朝の鍛錬から俺の一日は始まる。座学の時間を減らした。そもそも知識は一度目で大方は蓄えているし、追加で覚える一般的な常識なんてない。聞き覚えのある授業で時間をつぶすより、強くなるために鍛錬の時間を増やした方がよっぽど良い。俺の一見我が儘でしかない嘆願に、しかし父のジークはしぶしぶと言った様子で了承してくれた。

 ────試験を合格したのが効いたな。

 爺さんやアリスのいない鍛錬はとても静かだ。ただひたすらに無心で剣を振り、血流を加速させて、魔力を消費していく。それは一時だけ俺を焦燥感から解放してくれて心地よかった。このまま意識が無くなるまで鍛錬に没頭していたいが、それを許さないお目付け役が今日も静かに目を光らせている。

「レイ様。そろそろ朝食の時間です」


 メイドのカンナである。爺さんの代わりに彼女が俺の鍛錬に付き添うことが増えた────と言うか、ここ最近は必ずいる。理由は前述した通り「お目付け役」で俺が無理な鍛錬をしないように見張っているのだ。

「……わかった」

 全力の素振りが凡そ五千を終えたあたり、カンナに言われて俺は素振りを止める。本当は後もう少しやりたいが、却下されることは目に見えている。

 全身からは汗が際限なく吹き出て、立っている地面は軽く水溜まりを作っている。傷は完全にふさがったとはいえ、病み上がりには変わりない。カンナとしては主人の無理を止めたいところだが、それが叶わないことを彼女も数日で痛いほどわかっていた。これはお互いに譲歩した結果であった。

「タオルです」

「ありがとう」

 綺麗に畳まれたタオルで乱雑に汗をぬぐい、一瞬にしてタオルは汗を大量に沁み込ませていく。タオルを首にかけてそのまま食堂に向かおうとするがそれをカンナに止められる。

「タオルの方、お預かりします」

「……いや、いいよ。汗で汚いし自分で────」

「お預かりします」

「はい……」

 有無を言わせぬ彼女の迫力に俺は素直に頷いて、タオルを手渡してから食堂へと向かった。

「おはよう、レイ」

「おはようレイちゃん」

 中に入れば父様と母様が出迎えてくれる。俺は自分の席に座りながら挨拶を返す。

「おはようございます、父様、母様」

 いつも通りここで朝食を取るようになってから、変わったことと言えばやはり食卓に二人ほど不在になったこと。どこか閑散と寂し気のある食堂、父様と母様と俺の三人での朝食の時間はとても静かだ。アリスと爺さんがいないだけでこれほど空気が変わる。その事実が俺の精神を苛め、早く行動を起こせと急かす。

「ごちそうさまでした」

「も、もういいの、レイちゃん?」

「もう少しゆっくりとしたらどうだ?」

 手早く朝食を食べ終えて俺が席から立ち上がると父様と母様が不安げに声を掛けてくる。二人から見ても俺はどうやら無理をして見えるらしい。二人に心配をかけるのは心苦しくはあるが、しかし、俺は笑顔を張り付けて平静を装う。

「やることがあるので……父様と母様は俺のことは気にせずゆっくりとしていてください。それでは────」

「あっ……」

 去り際に悲し気な母様の表情に後ろ髪を引かれつつ俺はそれを振り払うようにして食堂を後にする。当然のように後をついてくるカンナはやはり自暴自棄になったように見える俺が変な気を起こさないように見張るためのお目付け役だ。

 ────それも当然か。

 そう思われても仕方のない自覚はある。それほど今の俺は強くなることに執着していた。自分でもわかっていた。

「レイ様、この後の予定は……?」

「今日は休息日だし、駐屯所に行って騎士たちの訓練に参加しようかな」

「────休息日なのですからお休みになられては?」

「つい最近までゆっくりとしていたし十分だよ。今はとにかく体を動かしたい」

「……畏まりました」

「変に気をもませてごめん。でも大丈夫だよ、今のところ死ぬ気はないからさ」

「ッ……」

 冗談のつもりで言ったが、カンナにとっては冗談の一言では済まされない。それほど今の俺は危うく映って見えたのだろう。

「せめて、フェイド様がいてくれれば……」

「────」

 ひっそりとぼやくその言葉には聞こえないふりして、俺は休憩もほどほどに出かける準備をする。

 この前の眷属竜との戦いで本当に何もかもが足りないことが分かった。それは体格だったり、血液の総量、魔力の扱い方など地道に築き上げるしかないものだとしても俺は歯噛みする。今すぐに手はいらないのならば技術で補えば良い。その技術の根底にあるのは基礎であり、やることはやはり変わらない。

「いってらっしゃいませ」

 門前でカンナに見送られ、足早に騎士たちの駐屯所に向かおうとする。しかし、正面からひどく見覚えのある人影が見えた。

「おう、レイ。こんな昼間からどこに行くんだ?」

「爺……さん────」

 それはここ最近は事後処理に追われ屋敷にほとんどいない俺の師匠だ。実にこうしてしっかりと顔を合わせるのも数週間ぶり。久しぶりに見た彼の顔はとても元気そうには見えない。

 顔色は悪く、睡眠が十分にとれていないのか目の下の隈がひどい。明らかにやつれている爺さんの姿に思わず息を呑んだ。屋敷にいないことが当たり前になってきた彼がこの屋敷に戻ってくる理由は一つだけであった。

「……アリスは、目を覚ましたか?」

「いや、まだだ」

「そうか────」

 必ず数分でもアリスのもとを訪れて、懺悔するように彼女の顔を見に来る。傍から見れば今回、アリスがこんなことになってしまったのは全て爺さんの責任であった。周囲の見解はそうだった。俺にはそれが納得できなかった。

 自分もあの場にいて、彼女アリスを危険な目に晒した。兄である自分が妹を守るべきなのにそれができなかった。自分だって同罪のはずだ。なのに非難されるのは爺さんばかり。それが責任であり、責務だとしても、どうして自分だけ責め立てられないのか。俺だけ安全圏なのか。理解はできてもやはり納得はできない。

 結局のところ俺がまだ守られるべき子供であり、爺さんと同格ではないからだ。その圧倒的な差が俺を更に焦らせる。もう何もできないのは嫌だ。大切な何かをただ失うかもしれないのは嫌だ。

 だから、俺は老兵に聞くべきことがあった。

「俺は────」

 言葉を紡ごうとした瞬間、それは遮られる。

「レイ様!!フェイド様!!」

 門前で立ち尽くす俺らのもとへ走ってきたのは一人の侍女、彼女は大変慌てた様子で言葉を続けた。

「アリスお嬢様が目を覚ましました!!」

「「ッ!!」」

 その報せに俺と爺さんは一瞬息を吞む。しかし、すぐに体は勝手に動きだした。もちろん、外にではなく屋敷の方、アリスの元だった。
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