調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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学院入学編

第31話 入学式

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 それはいつ頃のことだったろうか。

 学院に入ってまだ間もないころ? それとも一年が過ぎて好き勝手に学院生活を楽しんでいた頃だったろうか?

 それは微睡みの中で見た淡い蜃気楼ユメであった。

 二度目の人生を歩み始めてからそれなりの年月が過ぎた。精神を蝕むような一度目の人生のトラウマの数々はまだしっかりと脳裏に刻まれているが、どうにも最近はその具体的な内容がうまく思い出せないことも増えてきてた。それこそ、今のように無意識に見たで一度目の出来事を思い出すことが多々ある。

 ────これは……学院の食堂、か?

 意識はハッキリとある……はずなのに自分が今「眠りについている」と自覚できてしまう。身体は言うことを聞かず、何故か俯瞰してもう一人の自分を傍観している。

 眼前のは何やら下卑た笑みを浮かべてとある生徒にちょっかいをかけている。それを周りの生徒は我関せずと避けるように、遠巻きで盗み見るばかり。そんな周りの反応が俺を更に愉悦へと浸らせた。本当にしょうもない、ほんの一瞬ばかりの虚勢だ。その傍らには一人の少女の姿がある。

 もちろん、アリスやフリージアではない。その少女は学院でできた友人。

 思えば、俺のこの自己中心的でクソみたいな性格に拍車がかかったのは学院に入って彼女に出会ってからかもしれない。初めてできた友人と言うこともあって俺は周りよりも優秀で、強い自分を誇示したくてよく彼女の前では見栄を張った。この酷く醜い夢もその時のモノだ。

 彼女は遠国の男爵貴族の娘で、結婚相手を探すために学院に来たと言っていた。その容姿はとても整っていて、俺含めて色々な男を侍らせていた時期もあった。しかし、結局のところ彼女は俺だけに執心するようになった。それに気をよくして俺は更に冗長していたのだ。

 二度目の学院生活での最重要目標は彼女に微塵も関わらないことである。何せ、彼女と関わったことで俺は悪事の片棒を担がされ、終ぞ処刑されたのだから。

 ────ああ、本当に忌々しい……レ■■■。

 不意に意識が引き上げられる。以上に長く感じたこの忌々しい夢から漸く覚められるらしい。

 ・
 ・
 ・

「んぐあ!?────寝てしもた……」

 身体が大きく揺れる感覚で意識が覚醒する。

 学院に行くために屋敷を早朝に発ち、馬車に揺られて早六時間。規則的な馬車の揺れに気がつば意識は微睡み、眠りこけている間に景色は山道となっている。目的地であるクロノスタリア魔剣学院は王都の北東に位置するアレステル山岳地帯にあり、比較的近郊に位置する王都からでも馬車での長時間移動は免れない。

 だとしてもまさか眠りこけてしまうとは……気の緩んでいる証拠とも取れるが、それもまあ仕方のないことではあった。何せ車内には一人で会話の相手も特にいない、できることもないのでつい暇になってしまうのだ。御者もいるにはいるが仕事中の人間の気を削いでまで話し相手になってもらうのは悪い。

 本来、学院に通うそれなりの家柄の生徒は一人だけ従者の同伴が許され、連れ歩くことが可能ではあるが、見ての通り俺は誰も連れ添ってはいない。

 どうして従者を連れて行かなかったのか?

 一度目の人生では自分の身の回りの事すらまともにできないダメ人間であったが二度目の今回は違う。ある程度のことは自分でできるし、できるようになった。本当はカンナが付いてくると言っていたのだが、俺なんかについてくるならアリスの側に居てやってほしかった。

 前述した通り、もう俺は別に一人でも大丈夫なのだ。ならばアリスには何不自由なく、快適に日々を過ごしてほしかった。別に従者一人で変らないだろと思われるかもしれないが、そういうことでもないだろう、言ってしまえば気持ちなのである。

「レイ坊ちゃん。もう少しで着きますよ」

「────分かった」

 御者────ブラッドレイ家に長年仕える古株のロブが御者台から知らせてくれる。車窓をのぞき込めばその言葉の通り、山岳の岩肌に聳え建っている学舎が見えた。

 学舎────と呼ぶにはそれは荘厳で巨大、王城と遜色ないその建物には懐かしさすら覚える。

 ────それを塗りつぶすほどのトラウマがあるんだけどな……。

 同時に無数に脳裏を過るトラウマ。嫌なことを思い出してゲンナリとしていると、不意に馬車が止まった。

「着きましたよ、坊ちゃん。長旅お疲れさまでした」

 どうやら正門に着いたらしい。ロブに言われて俺は馬車から降りる。

「ここまでありがとうロブ爺。気を付けて帰ってね」

「はいな。坊ちゃんもどうかお元気で、学院生活頑張ってください」

 すでに家族や使用人たちとの別れは済ませていた。それはこのロブも同様であり語る言葉は少なく、あっさりと帰路へと走り出した馬車を見送って、俺は正門へと向き直った。

「ついに来てしまったな……」

 晴れやかに馬車を見送ったはいいが、俺の胸中には絶望感が半端ない。本音を言えばあのまま馬車を降りずにとんぼ返りしてしまいたかった。

 一度目の教訓や明確な目的があるとは言え、これからの学院生活を上手く過ごせることができるか本当に不安である。どこに視線をやってみても映るのは同じくこれから学院に通う新入生たちばかり。その中には見知った顔もチラホラある。例えば――――

「やっと来たわね、レイ!遅いわよ!!」

「フリージア……」

 戦闘狂系令嬢だったりとか。この六年半で彼女も随分と成長し大人の女性らしくなったが、そんなのは見てくれだけで中身は幼少の頃から微塵も変わっていなかった。

 ────寧ろ、酷くなっているまである……。

 一度目の人生の時とは比べものにならないほどに彼女は武闘派令嬢として成長していた。巷ではその狂暴性……基、強さを讃えて〈氷鬼〉と呼ばれているのだとか。

 ────女子、それも公爵令嬢に付ける渾名としては失礼すぎるだろ。

 そう思いつつも、渾名を付けられた当人は満更でもない――――いや、普通に喜んでいた。『これで私も異名もちね!!』と喜んでいたのはいつの事だったろうか?

 ────ほんとに誰だよこれ。こんな婚約者、俺は知らんぞ。

 先ほどからギャーギャー隣で騒いでる婚約者(?)に呆れつつも、先ほどまでの気落ちはすっかりと消え失せていた。こんなのでも、過去のトラウマを紛らわせるぐらいの役割にはなってくれるらしい。

「これも少し前までは考えられなかったことだよな」

「何の話よ?」

「なんでもない」

 感慨深い思いに浸っていると妙な視線を感じる。どうやらフリージアがバカ騒ぎしすぎた所為で注目を集めたらしい。

「少しは静かにしたらどうだ。本当に公爵家のご令嬢か?」

「なんですって!?」

「お嬢様、レイ様にやっとあえて嬉しいのはわかりますが本当に少し落ち着きましょう」

「レーアまで!?と言うかそんなじゃないわよ!!」

 傍らで恭しくしていた従者にまでガチ説教されてるのだから笑えない。俺は彼女の従者であるレーアに軽く挨拶をして正門へと一足先に向かった。

「あ!なに勝手に一人で行ってるのよ!待ちなさよ!」

 それを文句を言いながらフリージアが付いてくる。

「なぜ付いてくる……」

 いや、向かう場所が一緒なのだから付いてくるのは当然なんだけど、それにしたってわざわざ隣を歩く必要はないだろ。あなた、俺のこと嫌いですよね? あと、あなたが近くにいるとうるさいし、周りがあなたに注目するから変に視線に晒されて落ち着かないんだよ。なお前と違って、俺はあの日以降は今日まで目立たずここまで上手く立ち回れているんだ。それがこの一瞬でおじゃんになるのは勘弁だ。

 しかし、そんな俺の思いも虚しく。結局、フリージアは入学式が行われる大講堂まで俺の隣を離れることはなかった。入学初日から俺の知っている未来とはかけ離れている。

 それが良いことか、悪いことか今の俺には判断できない。
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