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学院入学編
第35話 トラウマ王子
しおりを挟む「んじゃ、長旅で疲れてるだろうし今日はこれで解散だ。ゆっくり休めよ~、明日からビシバシいくかんな~」
半ば放心状態でヴォルト先生の懇切丁寧なオリエンテーションを聞き終えると本日の日程はこれで終了となる。本格的な授業は明日からで後は解散。まあ、当然と言えば当然だった。
────疲れた……。
たかが入学式と教室で自己紹介をしただけだというのにこの疲労感。だというのに俺の精神はもうクソジジイの鬼の鍛錬地獄を受けた時のようにボロボロだった。こんな調子で明日からの学院生活をやっていけるか、不安は募るばかりである。
「はあ……」
緩慢な空気が漂う教室。既にクラスメイト達の間で派閥的なものが形成されつつあり、これから何をするかと談笑している。それを横目で眺めていると隣がなにやら探しい。
「なにため息なんかついてるのよレイ。自由時間よ!自由時間!はやくいくわよ!」
「行くってどこに?」
席から立ちあがり服の裾を引っ張って急かしてくるフリージアに尋ねる。すると彼女はさも当然かのように胸を張って言った。
「訓練場に決まってるでしょ?学院の設備は凄いって聞いたわ、ぜひ見てみたい」
「それならひとりで────」
「あと久しぶりに勝負よ!!」
「……」
そっちが本命だろう────とは突っ込まない。ツッコめば面倒なことになるのは秒読みである。俺の断る雰囲気を感じ取ってか、更に力強く服の裾が摘ままれる。駄々を捏ねる気満々だ。この公爵令嬢、恥も外聞もないらしい。
────本当に令嬢か?
やはり数年近く相手をしなかった弊害がここにきて如実に出始めている。その迷いのない動きにどうしたものかと困惑していると────
「すこしいいかな?」
背後から声をかけられる。この状況を打開するには十分の闖入者に、内心「助かった」と安堵するが俺は直ぐに前言撤回する。
「全然だいじょう────」
「初めまして、だね?クレイム・ブラッドレイ」
「……」
振り向くとそこには眩しい笑みを張り付けた第二王子と一人の女生徒とがいた。感情が二転三転する。こんがらがる思考を放棄したい衝動に駆られるが、流石に国の重鎮を無視するわけにもいかないのでこちらも笑顔を作って返事をする。
「そ、そうですね。お初にお目にかかります。それで……私になんの御用でしたか────クロノス殿下……?」
「殿下はやめてくれ、ここでは同じ学院に通う生徒————同士だ。是非、クロノスと呼んでくれ、俺もクレイムと呼んでも?」
「ご、ご自由にどうぞ、クロノス……さん?」
社交性は抜群。人当たりの良い雰囲気で王子殿下は握手を求めてくる。俺は冷や汗を覚えながらそれに応じると、いよいよ生きた心地がしない。全身には悪寒が走り、今にも卒倒だ。
龍が相手ならばなにがなんであろうと平気なのに、トラウマの塊である彼となると話は別だ。一度目の傷は根深いのである。直ぐにでも話を切り上げて退散したかったが、現実とは非常かな……そういうわけにもいかない。
「噂は聞いているよ。若くして血統魔法の使い手だってね」
「こ、光栄です。しかしそんなことは……まだまだ師匠には及ばず、どちらかと言えば出来は悪い方です」
「そうよ!クレイムは凄いんだから!あの〈影龍〉の眷属も────」
謙遜してやんわりと実力を否定しようとすると、横で暴走系お嬢様がいらんこと喋ろうとするので口を塞ぐ。
────ちょっと黙ってましょうね~。
クロノス殿下はそんな俺達のやり取りを不思議に思いながらも言葉を続けた。
「……? 謙遜することはない。周囲には変な噂が広がっているが俺はフェイド卿や、ジルフレア殿から色々と聞いている。そんな君と是非とも話してみたかったんだ」
「それは本当に光栄です……」
何やら聞き捨てならないことをこの殿下は言った。ジルフレアはまあいいとして、あのクソジジイが余計なことを話していか不安である。苦笑を浮かべながら会話の切時を伺っているとクロノス殿下は流れで隣にいた女生徒を紹介してくれた。
「自己紹介はしているからもう不要だとは思うが改めて────」
「シュヴィア・グラビテルです」
「は、初めまして、クレイム・ブラッドレイです……」
作り物めいた美少女が綺麗なお辞儀をしたので条件反射で俺もお辞儀をする。グラビテル侯爵家の一人娘、彼女ももちろんトラウマの一人だ。彼女の〈血統魔法〉には何度押しつぶされたことか……思い出してゾッとしてきた。
お互いに礼をしあう俺達を見てクロノス殿下は嬉しそうに笑った。
「シュヴィアと会うのは初めてだったよね?クレイム────レイは社交界に滅多に出てこなかったし────」
しれっと呼び方が相性になってかなり肝が冷えるがなんとか笑顔は取り繕う。俺はすんなりと頷いて見せた。
「え、ええ。初めてです。そういう場は余り得意ではなくて……」
半分本当で半分嘘。本音を言えば、無駄な腹の探り合いに時間を浪費するぐらいならば鍛錬をしていた方がマシだとか、そういう感情だ。一度目の人生、入学してすぐの時も彼はこうして俺に話しかけてきた。その理由は至極納得のいくものだったが、どうにも今回は事前の好感度が異様に高い気がする。一度目はもっと淡白だった。
「同じ血統魔法の継承者同士、仲良くしていけたら嬉しいな!」
「ぜひぜひ……」
彼が俺に話しかけた理由のほとんどはこれだ。以前もそうだったから間違いない。クロノス王子は自己紹介でもあったように第二王子で王位継承権は今のところ兄の第一王子に帰属している。この学院生活で色々と王位を奪還する為の基盤づくりに熱心なのだろう。一度目の時もそうだったはず。
────本当にご苦労なことで……。
お生憎様、そういったことに関わる気が微塵もない俺としては彼の友好的な態度をのらりくらりとやり過ごすしたい。と言うか絶対に王族のいざこざになんて頭を突っ込みたくない……そんなことをしていたら龍を殺す暇がなくなるではないか。
────周りからの反感を買わないようにやんわりと距離を取る。
だから彼とは極力関わらない。ここが肝である。多分、彼の話したいことは今日のところはこれで終わりだろう。今日はまだ初日で、触りの部分。これからさり気なく俺を陣営に引き込むぞ────とか考えていそうだ。
────帰れるうちに帰っておこう。
そう判断して俺は席を立ちあがる。
「えっと……今日は疲れたのでお先に失礼しますね?それではゴキゲンヨウ」
「ああ、またね」
「……」
ぎこちなく挨拶して俺は教室を出た。できればもう二度と関わり合いになりたくはないが、これから一年は同じクラスなので物理的に不可能だ。もう不登校になるしかないかもしれない。
「あ!ちょっと待ちなさいよレイ!訓練場は!?」
結構本気で思案しているとフリージアが騒ぐ。
「行かねーよ。行きたいなら一人で行きなさい」
「ぶー!」
「ぶーじゃありません」
なんだか今日一日でキャラ崩壊の激しい戦闘狂はやはり後を付いてくる。こんな公爵令嬢、俺は知らない。
「……」
去り際、まだ教室に残っていたガイナ・バスターくんに睨まれたような気がするが今日は本当に疲れたので気にすら留めなかった。
明日からの授業が今から憂鬱であった。
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