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学院入学編
幕間
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「俺は龍を殺すためにこの学院に来た」
確かに彼はそう言った。
最初は何かの冗談かと思った。世界を見下す最強種────七龍をその手で殺すなんてのは荒唐無稽な話であり、幼い頃に読んだ物語のように漠然としていた。それでも彼が本気であることは疑うまでもなかった。
「大切な妹と……序でに師匠であるジジイにノロイを掛けたあのクソトカゲを俺は絶対に許さない」
曇りなき眼で、確たる信念を灯して、絶対にその自信があると、成し遂げて当然のことであると、彼は平然と俺の質問に答えてくれた。
まさか、こんなハッキリとした答えが返ってくるとは思えず、俺はまともに反応することができない。彼はそれを侮蔑と受け取ったのか「笑いたきゃ笑え」とそっぽを向いた。俺は誤解を解きたくて直ぐに頭を振った。
「どうして俺にこの話をしてくれたの?俺が勇者だから?」
そうして聞きたくなった。あんなに強い彼がどうして俺なんかにこの話をしてくれたのか。
流れで話を聞いてしまったから? それとも、俺がかつて龍殺しを成し遂げた勇者の末裔だから?
這いよる不安が顔に出ていたのか、彼は薄く微笑み頭を振った。
「別に深い意味はない。勇者だろうがただの凡人だろうが俺は俺が信頼した奴にしかこの話はしない。友達のヴァイスには何となく知っておいてほしかったんだ」
その姿はとても朧気で、吹けば飛んでしまいそうなほど希薄だった。
────危うい。
本能的に直感した。彼は放っておけば勝手に龍へと挑んで勝手に死んでしまう。龍を殺せるのならば喜んで自らの全てを投げ捨てる覚悟ができている。例え、それで彼の望む結果が手に入るのだとしても、何となくそれをただ見ているだけなのは我慢ならなかった。
「お、俺にも手伝わせてくれないかな!?────とは言っても俺はまだレイくんより全然弱くて、何の役に立たないかもしれないけど……」
思いの丈を吐き出すと彼は本当に申し訳なさそうに笑った。
「ありがとう。でも本当にそんなつもりでこの話をしたわけじゃないんだ。ヴァイスは全然気にしなくていい」
「ッ────」
続けられた言葉はこちらを気遣うとても優しいもの、けれどそれと同時にとても残酷だ。詰まるところ、俺は何一つこの人に頼りにはされていないのだ、力にならないと思われてしまったのだ、足手まといになると思われてしまったのだ。
確かに、彼のその判断はとても正しい、何一つ間違ってはいない。
俺はまだ漸く自分の力の一端をほんの少し扱えるようになっただけで、まだまだ、全くもって、到底、全然、彼の足元にも及ばない存在だと分かっている。けれど、理解はできても納得はできない。これは気持ちの問題なのだ。
────少しでも俺を救ってくれた彼に報いたい。
手を差し伸べてくれた彼に恩を返したい。彼に頼ってもらえる存在になりたい。誇り高きこの、いつかの英雄に並び立ちたい。
そう思うのは可笑しなことだろうか? 分不相応だろうか? 身の程知らずだろうか?
「だから何だっていうんだ」
その日、俺は人知れず誓った。
────いつか絶対に彼のような強く気高い人間に成る。
件のクレイムは特に深い意味もなく受け答えをしていたという。
・
・
・
────なんだこのバケモノは?
大図書館で声をかけた瞬間、レビィアは困惑した。
何故、この男は初対面のはずである自分の事をこれほどまでに警戒しているのか、全く見当もつかなかった。彼女としてはここまでの警戒をされる覚えなどない、寧ろ運命的な出会いを演出できたとさえ思っていた。
何かの気の所為だと彼女は何とか警戒を解くためにか弱い女生徒を装い、口説き落としにかかるが微塵もその男は靡かない。それどころか言葉を交わせば交わすほどに男の不信感は募っていくばかりだ。
────本当にどういうことよ。
ここまで異性の警戒を解くのに苦労したのは初めてだった。普段の彼女であれば幼い頃から叩き込まれてきた巧みな話術とその美貌を以て全てを思いのままにできた。けれどその常識が目の前の男には通用しない。
────このままじゃまずい。折角、理想的な形でこの男と関係を持てる好機だと言うのに……。
だから彼女は焦燥してしまった。反射的に、無理やりにその男を篭絡しにかかる。彼の赤と黒が混じった双眸を見つめて支配しにかかる。
しかし、それが一番の間違いであると気づかされる。
「お前、俺に何をした?」
「え?」
確かに、彼女は自身の意思によって血統魔法を使い、男を我が物にしようとした。最初は上手くいったと思った。しかし、即座に彼女の魔法は彼の尋常ならざる精神によって弾き飛ばされる。
そこからは何を取り繕ってもダメだった。
「仕方がないから一度目は許してやる。だが、二度はないと知れ」
男の警戒心は一層跳ね上がり、聞く耳を持ってくれずに、剰えこの場で何の躊躇もなく自身の首を斬り飛ばしてくる勢いであった。
「ッ……ご、ごめんなさい!!」
初めてのことが起きすぎた。レビィアは眼前の得体の知れないバケモノに恐怖し、思わずその場から逃げ出してしまった。
────こんなの、聞いてた話と違う!!
何もかもが違った。事前情報では、あの男は社交界にもロクに出ずに家に引きこもった世間知らずだと聞かされていた。幼い頃は「神童」だと持て囃され、その潜在能力は相当なモノ。これ以上にない好物件、手駒にするには御しやすく、扱いやすいと思っていたのに聞いてた話と全然違うではないか。
小動物がいると思って覗いてみた部屋の中に、実は獰猛な獣がいたような気分だ。これでは計画が狂ってしまう。また、何もできない無能な役立たずだと怒られてしまう。そればかりか今度こそは本当に────
「捨てられちゃう……!!」
それだけは何としてでも避けたかった。
自分のような容姿しか取り柄のない無能者には選択肢が極端に少ない。家族に半ば見捨てられているようなものなのだ。この任務が失敗すれば正しくレビィアは死んでしまう。それも人間としての尊厳を悉く踏みつぶされ、絞りつくされ、何も残らなくなった後に。
そうならない為にはどんなことでもする覚悟があった。
それが例え、他人を不幸にすることであっても。それが例え、世界を見下す七龍の一体の操り人形になったとしても。
────計画を変更する必要がある。
依頼主の要望はこの国の要職である貴族の抹殺。
『〈軍事統括総督〉の次期跡継ぎに取り入り情報を引き出してから殺せ』と。
依頼を違えることは決して許されない。
確かに彼はそう言った。
最初は何かの冗談かと思った。世界を見下す最強種────七龍をその手で殺すなんてのは荒唐無稽な話であり、幼い頃に読んだ物語のように漠然としていた。それでも彼が本気であることは疑うまでもなかった。
「大切な妹と……序でに師匠であるジジイにノロイを掛けたあのクソトカゲを俺は絶対に許さない」
曇りなき眼で、確たる信念を灯して、絶対にその自信があると、成し遂げて当然のことであると、彼は平然と俺の質問に答えてくれた。
まさか、こんなハッキリとした答えが返ってくるとは思えず、俺はまともに反応することができない。彼はそれを侮蔑と受け取ったのか「笑いたきゃ笑え」とそっぽを向いた。俺は誤解を解きたくて直ぐに頭を振った。
「どうして俺にこの話をしてくれたの?俺が勇者だから?」
そうして聞きたくなった。あんなに強い彼がどうして俺なんかにこの話をしてくれたのか。
流れで話を聞いてしまったから? それとも、俺がかつて龍殺しを成し遂げた勇者の末裔だから?
這いよる不安が顔に出ていたのか、彼は薄く微笑み頭を振った。
「別に深い意味はない。勇者だろうがただの凡人だろうが俺は俺が信頼した奴にしかこの話はしない。友達のヴァイスには何となく知っておいてほしかったんだ」
その姿はとても朧気で、吹けば飛んでしまいそうなほど希薄だった。
────危うい。
本能的に直感した。彼は放っておけば勝手に龍へと挑んで勝手に死んでしまう。龍を殺せるのならば喜んで自らの全てを投げ捨てる覚悟ができている。例え、それで彼の望む結果が手に入るのだとしても、何となくそれをただ見ているだけなのは我慢ならなかった。
「お、俺にも手伝わせてくれないかな!?────とは言っても俺はまだレイくんより全然弱くて、何の役に立たないかもしれないけど……」
思いの丈を吐き出すと彼は本当に申し訳なさそうに笑った。
「ありがとう。でも本当にそんなつもりでこの話をしたわけじゃないんだ。ヴァイスは全然気にしなくていい」
「ッ────」
続けられた言葉はこちらを気遣うとても優しいもの、けれどそれと同時にとても残酷だ。詰まるところ、俺は何一つこの人に頼りにはされていないのだ、力にならないと思われてしまったのだ、足手まといになると思われてしまったのだ。
確かに、彼のその判断はとても正しい、何一つ間違ってはいない。
俺はまだ漸く自分の力の一端をほんの少し扱えるようになっただけで、まだまだ、全くもって、到底、全然、彼の足元にも及ばない存在だと分かっている。けれど、理解はできても納得はできない。これは気持ちの問題なのだ。
────少しでも俺を救ってくれた彼に報いたい。
手を差し伸べてくれた彼に恩を返したい。彼に頼ってもらえる存在になりたい。誇り高きこの、いつかの英雄に並び立ちたい。
そう思うのは可笑しなことだろうか? 分不相応だろうか? 身の程知らずだろうか?
「だから何だっていうんだ」
その日、俺は人知れず誓った。
────いつか絶対に彼のような強く気高い人間に成る。
件のクレイムは特に深い意味もなく受け答えをしていたという。
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────なんだこのバケモノは?
大図書館で声をかけた瞬間、レビィアは困惑した。
何故、この男は初対面のはずである自分の事をこれほどまでに警戒しているのか、全く見当もつかなかった。彼女としてはここまでの警戒をされる覚えなどない、寧ろ運命的な出会いを演出できたとさえ思っていた。
何かの気の所為だと彼女は何とか警戒を解くためにか弱い女生徒を装い、口説き落としにかかるが微塵もその男は靡かない。それどころか言葉を交わせば交わすほどに男の不信感は募っていくばかりだ。
────本当にどういうことよ。
ここまで異性の警戒を解くのに苦労したのは初めてだった。普段の彼女であれば幼い頃から叩き込まれてきた巧みな話術とその美貌を以て全てを思いのままにできた。けれどその常識が目の前の男には通用しない。
────このままじゃまずい。折角、理想的な形でこの男と関係を持てる好機だと言うのに……。
だから彼女は焦燥してしまった。反射的に、無理やりにその男を篭絡しにかかる。彼の赤と黒が混じった双眸を見つめて支配しにかかる。
しかし、それが一番の間違いであると気づかされる。
「お前、俺に何をした?」
「え?」
確かに、彼女は自身の意思によって血統魔法を使い、男を我が物にしようとした。最初は上手くいったと思った。しかし、即座に彼女の魔法は彼の尋常ならざる精神によって弾き飛ばされる。
そこからは何を取り繕ってもダメだった。
「仕方がないから一度目は許してやる。だが、二度はないと知れ」
男の警戒心は一層跳ね上がり、聞く耳を持ってくれずに、剰えこの場で何の躊躇もなく自身の首を斬り飛ばしてくる勢いであった。
「ッ……ご、ごめんなさい!!」
初めてのことが起きすぎた。レビィアは眼前の得体の知れないバケモノに恐怖し、思わずその場から逃げ出してしまった。
────こんなの、聞いてた話と違う!!
何もかもが違った。事前情報では、あの男は社交界にもロクに出ずに家に引きこもった世間知らずだと聞かされていた。幼い頃は「神童」だと持て囃され、その潜在能力は相当なモノ。これ以上にない好物件、手駒にするには御しやすく、扱いやすいと思っていたのに聞いてた話と全然違うではないか。
小動物がいると思って覗いてみた部屋の中に、実は獰猛な獣がいたような気分だ。これでは計画が狂ってしまう。また、何もできない無能な役立たずだと怒られてしまう。そればかりか今度こそは本当に────
「捨てられちゃう……!!」
それだけは何としてでも避けたかった。
自分のような容姿しか取り柄のない無能者には選択肢が極端に少ない。家族に半ば見捨てられているようなものなのだ。この任務が失敗すれば正しくレビィアは死んでしまう。それも人間としての尊厳を悉く踏みつぶされ、絞りつくされ、何も残らなくなった後に。
そうならない為にはどんなことでもする覚悟があった。
それが例え、他人を不幸にすることであっても。それが例え、世界を見下す七龍の一体の操り人形になったとしても。
────計画を変更する必要がある。
依頼主の要望はこの国の要職である貴族の抹殺。
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