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昇級決闘編
第78話 迷宮踏破(1)
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〈迷宮〉
それは突如として世界に穿たれた異物であり、資源庫であり、地上とは別の常識が広がる魔窟である。その魔窟には更にこの世のものとは思えない宝の山々───金銀財宝や珍しい植物、古代の遺産などが発掘された。そしてそれを守るかのように、地上とは一線を画す脅威を孕んだ魔物が出るということも。
『そこは正に世界と隔絶された〈異世界〉である』と。
その魔窟に足を踏み入れ、生きて帰ってきた人々は口をそろえてそう言った。
世界に迷宮と言う異物が発生し、そして人の世に侵食してから久しく長い時間が流れた。今や、迷宮の存在無くして人類は生存が難しいほど、そこから産み落とされる無窮にも等しい資源に依存していた。
その魅力に取りつかれて、日夜、仄暗い魔窟に危険を顧みずに身を落とす人間も多くいる。迷宮とは等しく、希望と絶望が混在した場所であると────
「まあ、それにも程度があるわけだが……」
眼前に広がる山の中腹を深く抉り抜いたような大穴。そこがこの魔剣学院が保有し、管理する迷宮への入り口であった。
一度目の人生で、何度か足を踏み入れたことはあったが本音を言えばこんなとち狂った場所には嬉々として足を踏み入れたくはない。そんな考えはこうして大きな穴を前にした今も決して変わることはなかった。
『迷宮には意思があり、侵入者の隙を見透かしたように悪意が襲い掛かる』
なんて格言があるぐらい、迷宮と言う場所は危険で死がすぐ近くに存在する。そんな異常が日常で罷り通ってしまう場所なのだ。その代わり、前述した通りのメリットもあるのだが……結局はそこへ挑む人間が命を取るか、富と名声を求めるかで考えが変わる。
────これらを加味してもやはり俺としては迷宮に潜るなんてのは御免被る。
「各派閥、魔道具は受け取ったな」
なんて思考を巡らせていると、入り口の広場でここまで案内をしてくれた職員がこれから迷宮に潜る全員に金色の小さくて丸い球を一つずつ配布した。
この魔道具には見覚えがある。一度目の人生で、何度この魔道具に命を救われたことか、数えきれないほどその球体は多くの生徒の命を助けてきた。
────迷宮妖精……。
その魔道具は使用者の位置情報と、使用者が生命の危機に瀕した際に救難信号を発信する役割がある優れ物。そして今回、配られた迷宮妖精には追加で観測の役割もあり、訓練場にて今も各派閥の近況を見ようと残っている観衆に向けて、その光景を巨大な映写幕に投影する機能も付いていた。
「これ一つでどれほどの金が積まれてるんだか……」
考えるだけでも寒気がする。貴族と言えどそう易々と手を出せない魔道具をこの学院は平気で生徒に貸与する。火を出す魔道具だったり、温水を出す魔道具とはわけが違う、その小さな球体には俺なんかの脳では到底理解できない魔導学の知識が詰め込まれている。流石は国内の最大級の学術機関と言ったところか。
感心しながら職員の魔道具の使用方法の説明なんかを聞けば、漸く迷宮へと乗り込む。
「これは競争ではあるが、くれぐれも熱くなりすぎないように、自分の命を最優先して行動しなさい」
「「「はい!!」」」
最後にここまで色々と世話を焼いてくれた職員が別れの挨拶をする。ここからはガチンコ勝負、各派閥の人間しか存在しない争奪戦となる。
「それではこれより、昇級決戦────【迷宮踏破】を開始する!!」
「「「ッ!!」」」
職員の合図で各派閥が一斉に飛び出す。それと同時に迷宮妖精が勝手に起動した。
「行くぞ」
「「「おう!!」」」
それに倣って俺達も一気に迷宮へと侵入した。
・
・
・
この学院の迷宮には無数の入り口が存在する。
それこそ各派閥がそれぞれ一つずつ入り口を選んでなお、まだ無数に別の入り口が存在するのだ。まるで足を踏み入れる挑戦者たちを惑わすかのように。
初っ端から悪意満載の選択肢が存在すれば、その中の一つに最奥へと続く最短の道があるのではないかと勘繰ってしまいそうになるが、事実としてそういった道は存在しない。ただの見掛け倒し、やはり前述した通り最初から迷宮は意思を以て俺達と言う侵入者を惑わしに来ているのだ。
初めて迷宮の実習を経験した生徒の殆どがそんな思惑にまんまと嵌まり、無駄な時間を食うと光景は、言ってしまえば学院の風物詩でもあった。しかし、今回に限ればそんな前提条件を知っている者ばかりの迷宮攻略なので迷宮の悪意も肩透かしと言うものだ。勿論、一度目の人生での経験がある俺も重々そのことを承知していた。
────珍しく純粋に役に立ったな……。
こういう時ばかりは役に立つ知識にはちょっとしたお得感があったり、なかったり。もう少し一度目の優位性を実感させてほしいところだが、それを言ってしまうと自分の首も絞めることになるので言わないお約束。
「まあ、それは置いとくとして……」
迷宮に入場してから既に十分が経過した。延々と続くかのように思える一本道を走り抜けながら、改めてこの迷宮の概要を確認する。
「ここで問題です。この学院裏迷宮はいったい何階層で構成されてるでしょうか? はい、フリージア」
「え!?えっと……三!三階よ!!」
「はい残念。ヴァイス?」
「四階だよね?」
「ご名答」
淡々と説明するのも味気ないので問題形式で確認をしてみる。残念ながら二度目の人生で偉く武力方向に傾倒してしまった戦闘狂にはちょっと難しかったらしい。悲しいね。
「むーーーーー!!」
「むくれるぐらいなら覚えとけよ……。そんなに難しいことでもないでしょうが」
何とも可愛らしく頬を膨らませたフリージアに呆れてしまう。何処か緊張感がないように思えるが、逆に緊張でガチガチになられる方が厄介なので重畳だ。他のメンバーの様子も流れで確認すると王子殿下と目が合った。
「レイ、序でに今一度どういった道順で進むのか確認してもいいかい?」
「もちろん」
初めての迷宮攻略だと言うのにいつものように落ち着いている殿下には恐れ入る。流石は肝の据わりかたが違うな。俺は頷いて言葉を続けた。
「この迷宮の構造自体は至って単純で、道を選べば魔物との接敵も最低限で済む。まずはこのまま先に進むと大きな部屋に出て、また分かれ道がある。その道を────」
幸い、この迷宮の大まかな構造は一度目の記憶もあって簡単に覚えることができた。それに並行して芋づる式で補足情報を思い出せたので問題なく最深層の四階にはたどり着けるだろう。
「────三階層の連絡通路まで辿り着けば、後は一本道だ」
「なんだ、意外と簡単そうじゃない!!」
俺の説明を聞いてフリージアは呑気に宣う。確かに、常時の迷宮攻略であれば彼女の言葉通り簡単に最深層まで辿り着けるだろう。けれど────
「それが、そんな簡単な話じゃあないんだな」
これはただの迷宮攻略なんかではない。【迷宮踏破】────所謂、競争なのだ。同じ時をして迷宮に足を踏み込んだ〈派閥〉の邪魔が入っても何ら不思議なんかじゃない。
────寧ろ、それが常なんだけどな。
まあ、まだ起きていないことだ。先を見通すのも大事だが、考えすぎて疑心暗鬼になっても仕方がない。いい塩梅で行こう。
それは突如として世界に穿たれた異物であり、資源庫であり、地上とは別の常識が広がる魔窟である。その魔窟には更にこの世のものとは思えない宝の山々───金銀財宝や珍しい植物、古代の遺産などが発掘された。そしてそれを守るかのように、地上とは一線を画す脅威を孕んだ魔物が出るということも。
『そこは正に世界と隔絶された〈異世界〉である』と。
その魔窟に足を踏み入れ、生きて帰ってきた人々は口をそろえてそう言った。
世界に迷宮と言う異物が発生し、そして人の世に侵食してから久しく長い時間が流れた。今や、迷宮の存在無くして人類は生存が難しいほど、そこから産み落とされる無窮にも等しい資源に依存していた。
その魅力に取りつかれて、日夜、仄暗い魔窟に危険を顧みずに身を落とす人間も多くいる。迷宮とは等しく、希望と絶望が混在した場所であると────
「まあ、それにも程度があるわけだが……」
眼前に広がる山の中腹を深く抉り抜いたような大穴。そこがこの魔剣学院が保有し、管理する迷宮への入り口であった。
一度目の人生で、何度か足を踏み入れたことはあったが本音を言えばこんなとち狂った場所には嬉々として足を踏み入れたくはない。そんな考えはこうして大きな穴を前にした今も決して変わることはなかった。
『迷宮には意思があり、侵入者の隙を見透かしたように悪意が襲い掛かる』
なんて格言があるぐらい、迷宮と言う場所は危険で死がすぐ近くに存在する。そんな異常が日常で罷り通ってしまう場所なのだ。その代わり、前述した通りのメリットもあるのだが……結局はそこへ挑む人間が命を取るか、富と名声を求めるかで考えが変わる。
────これらを加味してもやはり俺としては迷宮に潜るなんてのは御免被る。
「各派閥、魔道具は受け取ったな」
なんて思考を巡らせていると、入り口の広場でここまで案内をしてくれた職員がこれから迷宮に潜る全員に金色の小さくて丸い球を一つずつ配布した。
この魔道具には見覚えがある。一度目の人生で、何度この魔道具に命を救われたことか、数えきれないほどその球体は多くの生徒の命を助けてきた。
────迷宮妖精……。
その魔道具は使用者の位置情報と、使用者が生命の危機に瀕した際に救難信号を発信する役割がある優れ物。そして今回、配られた迷宮妖精には追加で観測の役割もあり、訓練場にて今も各派閥の近況を見ようと残っている観衆に向けて、その光景を巨大な映写幕に投影する機能も付いていた。
「これ一つでどれほどの金が積まれてるんだか……」
考えるだけでも寒気がする。貴族と言えどそう易々と手を出せない魔道具をこの学院は平気で生徒に貸与する。火を出す魔道具だったり、温水を出す魔道具とはわけが違う、その小さな球体には俺なんかの脳では到底理解できない魔導学の知識が詰め込まれている。流石は国内の最大級の学術機関と言ったところか。
感心しながら職員の魔道具の使用方法の説明なんかを聞けば、漸く迷宮へと乗り込む。
「これは競争ではあるが、くれぐれも熱くなりすぎないように、自分の命を最優先して行動しなさい」
「「「はい!!」」」
最後にここまで色々と世話を焼いてくれた職員が別れの挨拶をする。ここからはガチンコ勝負、各派閥の人間しか存在しない争奪戦となる。
「それではこれより、昇級決戦────【迷宮踏破】を開始する!!」
「「「ッ!!」」」
職員の合図で各派閥が一斉に飛び出す。それと同時に迷宮妖精が勝手に起動した。
「行くぞ」
「「「おう!!」」」
それに倣って俺達も一気に迷宮へと侵入した。
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この学院の迷宮には無数の入り口が存在する。
それこそ各派閥がそれぞれ一つずつ入り口を選んでなお、まだ無数に別の入り口が存在するのだ。まるで足を踏み入れる挑戦者たちを惑わすかのように。
初っ端から悪意満載の選択肢が存在すれば、その中の一つに最奥へと続く最短の道があるのではないかと勘繰ってしまいそうになるが、事実としてそういった道は存在しない。ただの見掛け倒し、やはり前述した通り最初から迷宮は意思を以て俺達と言う侵入者を惑わしに来ているのだ。
初めて迷宮の実習を経験した生徒の殆どがそんな思惑にまんまと嵌まり、無駄な時間を食うと光景は、言ってしまえば学院の風物詩でもあった。しかし、今回に限ればそんな前提条件を知っている者ばかりの迷宮攻略なので迷宮の悪意も肩透かしと言うものだ。勿論、一度目の人生での経験がある俺も重々そのことを承知していた。
────珍しく純粋に役に立ったな……。
こういう時ばかりは役に立つ知識にはちょっとしたお得感があったり、なかったり。もう少し一度目の優位性を実感させてほしいところだが、それを言ってしまうと自分の首も絞めることになるので言わないお約束。
「まあ、それは置いとくとして……」
迷宮に入場してから既に十分が経過した。延々と続くかのように思える一本道を走り抜けながら、改めてこの迷宮の概要を確認する。
「ここで問題です。この学院裏迷宮はいったい何階層で構成されてるでしょうか? はい、フリージア」
「え!?えっと……三!三階よ!!」
「はい残念。ヴァイス?」
「四階だよね?」
「ご名答」
淡々と説明するのも味気ないので問題形式で確認をしてみる。残念ながら二度目の人生で偉く武力方向に傾倒してしまった戦闘狂にはちょっと難しかったらしい。悲しいね。
「むーーーーー!!」
「むくれるぐらいなら覚えとけよ……。そんなに難しいことでもないでしょうが」
何とも可愛らしく頬を膨らませたフリージアに呆れてしまう。何処か緊張感がないように思えるが、逆に緊張でガチガチになられる方が厄介なので重畳だ。他のメンバーの様子も流れで確認すると王子殿下と目が合った。
「レイ、序でに今一度どういった道順で進むのか確認してもいいかい?」
「もちろん」
初めての迷宮攻略だと言うのにいつものように落ち着いている殿下には恐れ入る。流石は肝の据わりかたが違うな。俺は頷いて言葉を続けた。
「この迷宮の構造自体は至って単純で、道を選べば魔物との接敵も最低限で済む。まずはこのまま先に進むと大きな部屋に出て、また分かれ道がある。その道を────」
幸い、この迷宮の大まかな構造は一度目の記憶もあって簡単に覚えることができた。それに並行して芋づる式で補足情報を思い出せたので問題なく最深層の四階にはたどり着けるだろう。
「────三階層の連絡通路まで辿り着けば、後は一本道だ」
「なんだ、意外と簡単そうじゃない!!」
俺の説明を聞いてフリージアは呑気に宣う。確かに、常時の迷宮攻略であれば彼女の言葉通り簡単に最深層まで辿り着けるだろう。けれど────
「それが、そんな簡単な話じゃあないんだな」
これはただの迷宮攻略なんかではない。【迷宮踏破】────所謂、競争なのだ。同じ時をして迷宮に足を踏み込んだ〈派閥〉の邪魔が入っても何ら不思議なんかじゃない。
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