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昇級決闘編
第84話 黒灰の騎士
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黒灰の騎士が灰色の長剣を構える。
「────」
それだけで理解する。
────そりゃあジェイド・カラミティを無傷で屠れる訳だ……。
どこの所属かも知れぬ異邦の騎士。
その構えも、剣も、覇気も一度見ただけで尋常ならざる練度なのは戦う前から分かってしまう。こいつは俺よりも数段上へと昇りつめた強者であり、剣を交えずとも本能が敗北を想起させる。本音を言えば、今すぐに逃げ出したかった。そうして俺はそれが恥ずかしいことだとは思わない。
「ハッ────」
敵の力量を見誤ることは戦闘に於いて致命傷であり、絶対に敵わない相手と対峙した時は恥を忍んで生き残るために逃げるべきである。そうすれば、とりあえず未来は繋げる。眼前にいる騎士は明らかに逃走を図るべき手合いだ。例え、俺達全員が襲い掛かっても負ける、ここで逃げなければ全滅することなんて目に見えている。それでも、この場にいる全員が逃げることは叶わない。
────誰かが足止めをする必要がある。
負傷した他の〈派閥〉も逃がすことを考えるならば猶の事である。
「すぅー……、はァ────」
引き攣った頬を誤魔化すように、一つ深呼吸をする。
黒灰の騎士は構えを取ったまま、こちらの準備が整うのを待ってくれているようだ。こんな状況でも、どうやらあの騎士には騎士道とやらがあるらしい。
「ありがたい限りだな……」
「レイ……?」
嘯く俺を見て隣で警戒をしていたフリージアが首を傾げる。
無謀にも隣の彼女があの騎士に飛び掛からなかったのが唯一の救いであろうか。彼女がいれば負傷者が一緒でも何ら問題なく地上へと戻ることができるだろう。
────あの騎士の目的は俺らしいしな。
迷宮妖精の警鐘音によって既に外で緊急事態に備えていた学院の職員たちは音の発信源であるここに向かってきているだろう。それでも彼らが来るにはまだ時間が掛かる。ならば、やはり俺がやるしかあるまい。
迷宮の入り口から最速でもここまで来るのに二時間は要する。それじゃあ重症のジェイド・カラミティの治療が間に合わなくなる。最善策は出ていた。
「フリージア、ヴァイス、殿下、グラビテル嬢……」
俺はゆっくりと血剣を構え直して、四人の名前を呼ぶ。
「〈剣撃の派閥〉とジェイド・カラミティ達を連れて先に逃げてくれ」
「なっ……!レイくんはどうするのさ!?」
「俺はあの騎士の足止めをする」
「しかしレイ、それは余りにも────」
「問答をしている時間はない。分かってるだろ?敵の目的はどうやら俺のようだし、俺が殿を務めるそれが最良の選択だ」
「ッ……!!」
俺の言葉に悔し気に俯くヴァイスはそれ以上の返答はない。殿下とグラビテル嬢も言葉を紡ごうとして直ぐに噤んだ。
どうやら俺の気持ちを汲んでくれるらしい。本当に優しい奴らだ。そうして俺は隣でこっちを真っすぐ見据えてくる戦闘狂に言葉を掛けた。
「フリージア、後は任せたぞ。お前がみんなを地上まで送り届けろ」
「……分かった。速攻で送り届けて戻ってくるわ、それまで死ぬんじゃないわよ?」
意外にも聞き分けの良い彼女に俺は内心でホッとする。彼女が「ここに残る」と豪語しなかっただけで十分である。俺は冗談交じりに笑みを浮かべた。
「安心しろ。お前が戻ってくる前に全部終わらせて追いついてやる」
「……それなら、それでもいいわ」
詰まらなさそうにそっぽを向いてフリージアはクソ女を担いだ。それで漸く準備が整う。
「いけ」
「ええ」
次の瞬間には隣にいたはずの少女の姿は既に部屋の侵入口にあった。
「すまない、レイ!」
「……ご武運を」
「絶対に死なないでね!!」
それに釣られてヴァイス達も他の〈派閥〉の奴らを担いで部屋を後にした。それを見送って、俺は改めて黒灰の騎士に向き直る。
「悪い、待たせたな」
「構わんよ。急に押し掛けたのはこちらだ、少しぐらい待たされたところで怒りはしない。最後の別れは大切だ、誰にでも平等に与えられべきだろう」
「そりゃあどうも────で? あんたは何者なんだ。どうして俺を殺すって? 何処の所属かは知らんが騎士に命を狙われる覚えはないんだが……」
どうやら会話が出来そうなので探りを入れてみる。これも騎士道と言う奴なのか黒灰の騎士は申し訳なさそうに名乗りを上げた。
「これは失礼……我が名はタイラス・アーネル。シェイドエンド帝国〈五天剣〉が一振り、そして影龍スカーシェイド様に仕える黒影騎士団の一騎士だ。影龍様の命によりお前の命、貰いに参上した」
「────は」
黒灰の騎士の名乗りに俺は思わず呆けた声が出る。
今、この騎士は何と言った? タイラス・アーネル? あの〈五天剣〉の? 少し前に〈影龍〉の眷属を討伐したっていうあの? どうなっているんだ。なんで彼が俺を殺そうと……いや待て、そもそもこの男なんて言った?
「影龍────スカーシェイド?」
初めて聞く名前だ。けれども聞き捨てならない単語もある。どうして帝国の騎士が俺を殺そうとしているのか。この際、どうでもいい。けれどこれだけはどうしても流せない。
影龍────そう、龍だ。龍である。
「お前、影龍の手先か?」
「そうだと言っているだろう。聞こえなかったのか?」
「ッ────!!」
それが絡むと俺はどうにも頭に血が上ってしまう。
「随分とあっさり質問に答えてくれるんだな?」
「別にこちらとしては隠す必要はない。貴公が何を知り得ようとも何も意味を為さない。何せ────ここで死ぬのだから」
淡々と告げる騎士の態度は俺の神経を逆なでするように気に障る。俺は何とか平静を取り繕った。
「そうか……ならよぉ、あのクソトカゲの居場所も聞けば教えてくれるのか?あいつにはちょっと昔に世話になってなぁ……是非ともお礼参りをしなきゃと思ってたんだ────」
ずっとその姿を現さなかった龍の手がかりが勝手に舞い込んできた。
「あの龍を殺して、俺は妹のノロイを解くんだ!!」
ならば俺はこいつをぶっ飛ばして聞き出さなければならない。あの龍の居場所を、あの龍を殺すために。
途端にこの戦闘の意味が俺の中で塗り替わる。これは時間稼ぎの防衛線ではない。人と言えどこいつは〈影龍〉に仕える敵だ、ならばこれは龍と対峙しているのと同義である。これは────
「殲滅戦だッ!!」
不意に強く地面を蹴飛ばして眼前の騎士へと距離を詰める。
「オ、ラァアアッ!!」
そのまま首元目掛けて血剣を揮うが、難なく黒灰の騎士は長剣で受け流す。
「随分と荒々しいな、まるで獣だ。それと、今の発言は聞き捨てならないな────」
意趣返しのように黒灰の騎士────タイラス・アーネルは長剣を切り返して反撃をしてくる。
「クソトカゲと言う発言、撤回してもらおうか?」
「ハッ!!人様の妹と序でに老いぼれジジイに変なノロイを掛けておいてよく言うな!こっちはあのトカゲの所為で色々と迷惑してんだよ!!」
反撃を避けることなく、寧ろ自ら受け入れるかのように血剣を押し付ける。そうすれば自然と鍔迫り合いの形と相成る。
互いの眼光が交差し、兜の隙間から剣呑な視線がこちらを見た。
「あのお方に仕える我らでさえ祝福を賜れていない。それなのにその価値を微塵も理解してない無能共が影龍様の寵愛を賜るなんて……ふざけるのも大概にしろ!!」
「ふざけてんのはそっちだろうが!!」
決裂。問答をしたところで平行線である。
そうと分かっていても漸く宿敵へとたどり着くための手がかりだ、今までため込んできた不満が自然と口から飛び出る。ここまでの道のりで諸々の消耗は激しい。負傷はしているし、疲弊もしている、血の量だって十全ではないし、魔力も少し心もとない。
────それでもやるしかない……ここで出し切らずしていつ使うって言うんだ!!
幸いなことにずっと起動させていた〈血流操作〉は今までにないぐらい万全。無意識に外部に吐出した血液を周囲に帯同させて、魔法の準備は既に整っている。
「出し惜しみはナシだ────」
思考は鮮明、最初こそ怒りで我を忘れそうだったが今ははっきりと眼前の騎士の動きを把握できている。本当に今までにないくらい、調子が良かった。詰まるところ、何が言いたいかと言うと────
「〈龍滅血戦〉!!」
────血が最高に昂っていた。
「────」
それだけで理解する。
────そりゃあジェイド・カラミティを無傷で屠れる訳だ……。
どこの所属かも知れぬ異邦の騎士。
その構えも、剣も、覇気も一度見ただけで尋常ならざる練度なのは戦う前から分かってしまう。こいつは俺よりも数段上へと昇りつめた強者であり、剣を交えずとも本能が敗北を想起させる。本音を言えば、今すぐに逃げ出したかった。そうして俺はそれが恥ずかしいことだとは思わない。
「ハッ────」
敵の力量を見誤ることは戦闘に於いて致命傷であり、絶対に敵わない相手と対峙した時は恥を忍んで生き残るために逃げるべきである。そうすれば、とりあえず未来は繋げる。眼前にいる騎士は明らかに逃走を図るべき手合いだ。例え、俺達全員が襲い掛かっても負ける、ここで逃げなければ全滅することなんて目に見えている。それでも、この場にいる全員が逃げることは叶わない。
────誰かが足止めをする必要がある。
負傷した他の〈派閥〉も逃がすことを考えるならば猶の事である。
「すぅー……、はァ────」
引き攣った頬を誤魔化すように、一つ深呼吸をする。
黒灰の騎士は構えを取ったまま、こちらの準備が整うのを待ってくれているようだ。こんな状況でも、どうやらあの騎士には騎士道とやらがあるらしい。
「ありがたい限りだな……」
「レイ……?」
嘯く俺を見て隣で警戒をしていたフリージアが首を傾げる。
無謀にも隣の彼女があの騎士に飛び掛からなかったのが唯一の救いであろうか。彼女がいれば負傷者が一緒でも何ら問題なく地上へと戻ることができるだろう。
────あの騎士の目的は俺らしいしな。
迷宮妖精の警鐘音によって既に外で緊急事態に備えていた学院の職員たちは音の発信源であるここに向かってきているだろう。それでも彼らが来るにはまだ時間が掛かる。ならば、やはり俺がやるしかあるまい。
迷宮の入り口から最速でもここまで来るのに二時間は要する。それじゃあ重症のジェイド・カラミティの治療が間に合わなくなる。最善策は出ていた。
「フリージア、ヴァイス、殿下、グラビテル嬢……」
俺はゆっくりと血剣を構え直して、四人の名前を呼ぶ。
「〈剣撃の派閥〉とジェイド・カラミティ達を連れて先に逃げてくれ」
「なっ……!レイくんはどうするのさ!?」
「俺はあの騎士の足止めをする」
「しかしレイ、それは余りにも────」
「問答をしている時間はない。分かってるだろ?敵の目的はどうやら俺のようだし、俺が殿を務めるそれが最良の選択だ」
「ッ……!!」
俺の言葉に悔し気に俯くヴァイスはそれ以上の返答はない。殿下とグラビテル嬢も言葉を紡ごうとして直ぐに噤んだ。
どうやら俺の気持ちを汲んでくれるらしい。本当に優しい奴らだ。そうして俺は隣でこっちを真っすぐ見据えてくる戦闘狂に言葉を掛けた。
「フリージア、後は任せたぞ。お前がみんなを地上まで送り届けろ」
「……分かった。速攻で送り届けて戻ってくるわ、それまで死ぬんじゃないわよ?」
意外にも聞き分けの良い彼女に俺は内心でホッとする。彼女が「ここに残る」と豪語しなかっただけで十分である。俺は冗談交じりに笑みを浮かべた。
「安心しろ。お前が戻ってくる前に全部終わらせて追いついてやる」
「……それなら、それでもいいわ」
詰まらなさそうにそっぽを向いてフリージアはクソ女を担いだ。それで漸く準備が整う。
「いけ」
「ええ」
次の瞬間には隣にいたはずの少女の姿は既に部屋の侵入口にあった。
「すまない、レイ!」
「……ご武運を」
「絶対に死なないでね!!」
それに釣られてヴァイス達も他の〈派閥〉の奴らを担いで部屋を後にした。それを見送って、俺は改めて黒灰の騎士に向き直る。
「悪い、待たせたな」
「構わんよ。急に押し掛けたのはこちらだ、少しぐらい待たされたところで怒りはしない。最後の別れは大切だ、誰にでも平等に与えられべきだろう」
「そりゃあどうも────で? あんたは何者なんだ。どうして俺を殺すって? 何処の所属かは知らんが騎士に命を狙われる覚えはないんだが……」
どうやら会話が出来そうなので探りを入れてみる。これも騎士道と言う奴なのか黒灰の騎士は申し訳なさそうに名乗りを上げた。
「これは失礼……我が名はタイラス・アーネル。シェイドエンド帝国〈五天剣〉が一振り、そして影龍スカーシェイド様に仕える黒影騎士団の一騎士だ。影龍様の命によりお前の命、貰いに参上した」
「────は」
黒灰の騎士の名乗りに俺は思わず呆けた声が出る。
今、この騎士は何と言った? タイラス・アーネル? あの〈五天剣〉の? 少し前に〈影龍〉の眷属を討伐したっていうあの? どうなっているんだ。なんで彼が俺を殺そうと……いや待て、そもそもこの男なんて言った?
「影龍────スカーシェイド?」
初めて聞く名前だ。けれども聞き捨てならない単語もある。どうして帝国の騎士が俺を殺そうとしているのか。この際、どうでもいい。けれどこれだけはどうしても流せない。
影龍────そう、龍だ。龍である。
「お前、影龍の手先か?」
「そうだと言っているだろう。聞こえなかったのか?」
「ッ────!!」
それが絡むと俺はどうにも頭に血が上ってしまう。
「随分とあっさり質問に答えてくれるんだな?」
「別にこちらとしては隠す必要はない。貴公が何を知り得ようとも何も意味を為さない。何せ────ここで死ぬのだから」
淡々と告げる騎士の態度は俺の神経を逆なでするように気に障る。俺は何とか平静を取り繕った。
「そうか……ならよぉ、あのクソトカゲの居場所も聞けば教えてくれるのか?あいつにはちょっと昔に世話になってなぁ……是非ともお礼参りをしなきゃと思ってたんだ────」
ずっとその姿を現さなかった龍の手がかりが勝手に舞い込んできた。
「あの龍を殺して、俺は妹のノロイを解くんだ!!」
ならば俺はこいつをぶっ飛ばして聞き出さなければならない。あの龍の居場所を、あの龍を殺すために。
途端にこの戦闘の意味が俺の中で塗り替わる。これは時間稼ぎの防衛線ではない。人と言えどこいつは〈影龍〉に仕える敵だ、ならばこれは龍と対峙しているのと同義である。これは────
「殲滅戦だッ!!」
不意に強く地面を蹴飛ばして眼前の騎士へと距離を詰める。
「オ、ラァアアッ!!」
そのまま首元目掛けて血剣を揮うが、難なく黒灰の騎士は長剣で受け流す。
「随分と荒々しいな、まるで獣だ。それと、今の発言は聞き捨てならないな────」
意趣返しのように黒灰の騎士────タイラス・アーネルは長剣を切り返して反撃をしてくる。
「クソトカゲと言う発言、撤回してもらおうか?」
「ハッ!!人様の妹と序でに老いぼれジジイに変なノロイを掛けておいてよく言うな!こっちはあのトカゲの所為で色々と迷惑してんだよ!!」
反撃を避けることなく、寧ろ自ら受け入れるかのように血剣を押し付ける。そうすれば自然と鍔迫り合いの形と相成る。
互いの眼光が交差し、兜の隙間から剣呑な視線がこちらを見た。
「あのお方に仕える我らでさえ祝福を賜れていない。それなのにその価値を微塵も理解してない無能共が影龍様の寵愛を賜るなんて……ふざけるのも大概にしろ!!」
「ふざけてんのはそっちだろうが!!」
決裂。問答をしたところで平行線である。
そうと分かっていても漸く宿敵へとたどり着くための手がかりだ、今までため込んできた不満が自然と口から飛び出る。ここまでの道のりで諸々の消耗は激しい。負傷はしているし、疲弊もしている、血の量だって十全ではないし、魔力も少し心もとない。
────それでもやるしかない……ここで出し切らずしていつ使うって言うんだ!!
幸いなことにずっと起動させていた〈血流操作〉は今までにないぐらい万全。無意識に外部に吐出した血液を周囲に帯同させて、魔法の準備は既に整っている。
「出し惜しみはナシだ────」
思考は鮮明、最初こそ怒りで我を忘れそうだったが今ははっきりと眼前の騎士の動きを把握できている。本当に今までにないくらい、調子が良かった。詰まるところ、何が言いたいかと言うと────
「〈龍滅血戦〉!!」
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