調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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刻王祭編

第98話 裏庭にて

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 なし崩し的に始まった立食パーティーは夜が更けるまで続いたらしい。、と他人事なのは途中で酔いつぶれたフリージアを部屋に放り込み、そのまま俺も自室に戻って眠ったからだ。

「坊ちゃん!私たちはここで大騒ぎしているので多少は激しい物音を立てても大丈夫ですぞ!!」

「おい!無礼講でもそれは流石に度が過ぎるぞ!!」

「あはは……気にしてないからいいよ。あと、流石に”ない”から」

 フリージアを抱えて食堂を後にする際、周りからは色々と好き勝手なことを言われたが俺と彼女は別々の部屋で寝た。当たり前だね。

 そもそも「婚約者」とは言え、まだ実際に婚姻を結んでいないのだから不誠実なことをするのは彼女の父であるアイバーン公爵の信頼を裏切るので論外だ。なんなら普通に極刑まであり得る。それに、仮にそれが許されたとしても普通に泥酔しすぎてそんな雰囲気にはならなかった。

 ────なんかどっと疲れた……。

 そんなわけで、至って健全な一夜を終えて翌日である。

 せっかく、実家に帰ってきたのだからやりたいことはたくさんある。この一か月で何とか一冊だけ龍に関する本を読み終わって、そこで得られた知識と情報の実証をしてみたいし、久しぶりにアリスと街にも出かけもしたい、集中的に鍛錬の方もしたいし────

「まあ、夏季休暇は始まったばかりだ、焦る必要もない」

 結局のところ、やることは変わらない。一般的に「休暇」とは心身ともに日々の疲労を癒す為に与えられるものだろうが、俺の認識は全く違う。

 幼い頃から、俺にとって「休暇」とは「集中的に鍛錬ができる暇な時間」であり、休みだからと言ってゆっくりと寝腐ることはないし、一日の始まりは早朝の素振りから始まる。これも六年と半年前から何ら変わらない、身に沁みついた日課だ。

 素振り用の剣を持って、まだ朝露が光る裏庭へと足を踏み入れる。流石にこんな狂った常識を弟子であるヴァイスには強要しない。昨日の事もあり今日の朝の鍛錬に勇者殿は不参加、彼はまだ昨日の疲労でぐっすりと夢の中だろう。

 ────たった三ヵ月だって言うのにやけに懐かしく思えるな……。

 久しぶりに足を踏み入れた裏庭は少しだけ狭く感じられて、変な感覚だ。学院の訓練場は桁違いな広さであったし、この三ヵ月でその基準が当たり前になりつつあった。たった三ヵ月、然れど三ヵ月である。随分と懐かしく思えてしまう裏庭には当然の如く、爺さんがいた。

「おう、いつも通りだな。どうやら学院に行って弛んではいないらしい」

 開口一番がこれである。このクソジジイは相変わらずだ。決して口にはしないが、そのいつもどおりが少し落ち着く。移り変わりゆくのが人生の常であるが、確かに変わらないものもあるのだ。

「そっちこそ、もう年で毎日起きるのも一苦労なんじゃないか?」

「ハッ!抜かせ、俺は生涯現役だ」

「だろうな」

 例え、片腕が使えなくなろうと、魔法が使えなくなろうとも、この老兵は剣を選び取り、揮うのだ。現に今も目の間で当然のようにそうしようとしている。それなのに、五体満足の俺が剣を揮わない道理などなかった。

「始めるぞ」

「ああ」

 そうして当然のように互いに向き合って素振りを始める。

 目の前の老兵は片腕、しかも魔力を扱えないと言うのに素振り一つで異様な圧の剣風を周囲にまき散らす。負けじと俺も〈血流操作〉や魔力での身体強化を発動しない状態で素振りをしてみるが、今一つ老兵の素振りには敵わない。

 ────〈血流操作〉を使っていれば俺にだって再現できる……。

 魔法があれば今の老兵を超えられることなど疾うの昔に分かっている。けれど、それでは意味がない。それは詰まり、今もこの老兵が魔法を扱えれば俺は到底彼に勝てないことを証明しているのと同義であり、なんら誇れることなんかじゃない。

 ────それじゃあ全くもって意味がないんだ。

「ふぅ……」

 ひとつ、深呼吸をして体内の血液と魔力を活性化させる。変な意地を張るのも最初の数回の素振りのみ、後はいつも通りの素振りで本格的な鍛錬だ。

「随分と────」

 すると不意に眼前の老兵は素振りを止めてこちらに鋭い視線を向けてくる。

 いつも、彼が素振りを止めて口を開くときは俺の身体の動かし方や魔力操作に異常があり、それを指摘や注意をするときであった。だから、咄嗟に身構えてしまう。

 ────何か、魔力の熾りに変なところでもあったか? いや、でも特に違和感はなかったし……。

 特には問題はないように思えた。けれど眼前の老兵からすれば思うところがあったのだろう。言葉が続く前に自分自身で指摘点を予想して、自問自答する。無数の可能性を瞬く間に脳裏に弾き出していると────

「この数か月で一つ死線を超えただけはあるな。魔力の密度が見違えるようだ」

 そんな予想に反して老兵の言葉は意外なものであった。

「そう、か?……まあ、〈五天剣〉と戦ったくらいだからそれなりに成長してくれてないと困るんだが……」

 まさか、単純な褒め言葉が出てくるとは思わずに面食らう。

 何気に、こうして彼に褒められるのは初めてのことかもしれない。思わず呆けてしまう俺を気にせず、老兵は淡々と言葉を続けた。

「それにフリージア嬢の魔力も良く馴染んでいる。この馴染み具合だ問題なく魔法は使えるのだろう?」

「え?あ、ああ……って、ちょっと待て」

「ん?どうした?」

 不思議そうに首を傾げる老兵に俺は思考が追いつかない。てか、どうしたじゃねーよ。そもそも────

「俺、爺さんに詳しい話したか?」

「いや、してないが? でも聞かずとも見れば一目瞭然だ。? 

「……」

 この老兵はあの日からこうだ。

 まるで実際に見てきたかのように俺の異変にいち早く気づいて、当然のように話してくる。魔力は扱えずとも、その感知能力は以前のままだ。見ただけでこの歴戦の英雄殿には全てお見通しらしい。馬鹿正直に驚くのもアホらしくなってきた。

「はぁ……」

 俺はもう一度、深く呼吸をして気を落ち着かせる。こうなったら開き直るしかない。寧ろ、話が早くて助かる。何せ、昨日は聞けなかったことがこの老兵に尋ねても問題が無いと分かったのだ。

 ────まあ、当然と言えば当然なのか。

 仮にも血縁者、それも元〈比類なき七剣〉なのだ、大体のお家事情は把握して当たり前であり、この老兵は俺の身に起きたこと────〈吸血衝動〉について知っている。
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