調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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刻王祭編

第99話 根源

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 確かに今、爺さんはこう言った。

「吸ったのだろう」と。「血を」と。

 それはあの日からずっと気になっていたことであった……いや、正確に言うのであれば十二の誕生日が来たあたりから無意識に自覚していた。それは何をしても満たされることのない、けれど気にすることもなかった些細な

 けれど、タイラス・アーネルとの死闘の最中で俺は確かにそのを自覚し、自分がずっと何を望んでいたのかも悟ってしまった。

 一見突拍子のないフリージアの思い付き、しかしてそれは最初から提示されていた答えかのように上手くいった。この世の中に「血」を飲んで「美味しい」と思う人間はどれだけいるのだろうか。俺は当然のように血を飲み、嚥下し受けいれた。

 それは普通ではあり得ない、あり得難い現象であり、明らかにブラッドレイの血筋、根源ルーツに深く関係のありそうな現象と謎に、この件は当主であるジークに聞くのが一番確実だと思っていた。

 だが、今の口ぶりからどうやらこの爺さんもあの〈吸血衝動〉、そうして何故か扱える二つ目の血統魔法の謎を紐解く理由を知っているらしい。ならば、今ここでそれを解き明かすべきだ。

「全部、知ってるって認識で間違いないな?」

「ああ、その認識で間違いはない。俺はレイの疑問を解消する答えを持っている」

「……そうか」

 言葉にして、明確にする。

 俺は自然と鍛錬の事など後回しにして、真っ直ぐに爺さんを見据えて質問をしていた。

「じゃあ、一体俺の身に起こっていることは────」

「その前に、レイが何処まで知っているかの確認だ。お前は何処まで知っている?」

 焦る俺を宥めるように爺さんは言葉を遮る。普段の滅茶苦茶で粗暴な態度からは想像のできない静かな雰囲気。偶に見せる老兵の真面目な態度。そんな彼に対して俺が言えることは少ない。

「何処までもと言われても────全く分からないことだらけで……辛うじて吸血族ヴァンパイアが関係しているかもしれないなってフリージアから言われたぐらいで……」

 言葉通り、俺がハッキリと分かっていることなんてのは皆無に等しい。

 フリージアから聞かされた話も真意は定かではないのだ。けれど自分の身を起きたことを考えれば一蹴も出来ない。そんな俺の煮え切らない言葉に爺さんは深く頷いた。

「そうだな。それじゃあ最初から説明すると……まず、ブラッドレイ家の祖先────初代当主は人間と吸血族ヴァンパイア混血ハーフだ」

「……は???」

「そもそも【紅血魔法】ってのは吸血族のみが扱える魔法で、古代種がいたとされる時代は別に〈血統魔法〉なんて呼ばれるほど特別なものではなかったんだ」

「いや……だから────」

「そんな────まだ異種交雑なんてのが禁忌とされていた古ぶるしき時代を逆行するかのように一人の男が吸血族の姫────”血の姫君”と呼ばれる女性と恋に落ちてな。昔は種族間の対立が激しく、他種族同士が婚姻を結ぶことすらあり得ない……なんなら禁忌とされていた時代だ。大きな戦争になるくらいの騒ぎにはなったらしい」

 とんでもない情報の投下に俺の脳は処理が追いつかない。

 ────なんだその初っ端から壮絶すぎる人物背景は……物語か何かの作り話か?

 そんな俺の疑問を他所に爺さんは気にせず言葉を続ける。

「それでも互いに愛し合っていた二人は、周囲からの反対を押し切って別の大陸に駆け落ちして結ばれることを選んだ。これがブラッドレイ家の根源ルーツであり、吸血族の絶滅と共に失われるはずだった【紅血魔法】が〈血統魔法〉と名前を変えて今も現代に引き継がれてるわけだ」

「随分と、壮大な恋愛物語だな……」

「そんな俺達には等しく先祖の血……一人の平凡の男と吸血族の真祖”血の姫君”の血が流れていてる訳で、この血を色濃く受け継いだ者だけが【紅血魔法】を扱うことができる。これが俗に言う〈継承者〉と言うもので、”血の姫君”に選らばれたブラッドレイの人間は今や特別となった魔法と共に、吸血族の生理現象も色濃く受け継ぐようになった。その生理現象と言うのが────」



「そういうことだな」

 最初は困惑したが、話を聞いていく中で不思議と納得できてしまった。まさかブラッドレイの根源ルーツにこんな背景があったとは思いもしなかったが────

「吸血族にとって吸血とは生きるために必要不可欠な行為であり、その実、血を吸っていれば永久にも等しい時間を生きることができた。そうしてこの「吸血」と言う行為に吸血種が滅んだ全ての理由が詰まっている」

「……」

 俺の衝撃を塗りつぶすかのように話の内容は更に深度を増していく。

「基本的に彼らは動物や魔物の血を吸って生活をしてきたのがとある時、一人の吸血族が人間や森人族などの様々な種族の血を求めて無差別に襲いかかる事件が起きた。その時代の種族間の取り決めとして吸血種は決して多種族の血を吸う行為を禁じていたにもかかわらずな」

「どうして?」

 疑問が浮かぶ。それは「どうして他種族の血を吸ってはいけないのか」に対してでは無く、根本的な事件が起こってしまった理由である。そうして焦るまでもなく、答えは提示される。

「動物や魔物の血と違って、他人の血は中毒性が高く、甘美で、そして尋常ではない強さを齎したからだ」

「強さ……?」

「お前も体感しただろう。「吸血」と言う行為には吸った対象の能力を己の力へとする効果もあったんだ」

「ッ!!」

 指摘されて俺は息を呑む。全身の血の温度が急速に低下していく錯覚さえ覚えて、背筋には嫌な脂汗が滲んでいた。

「生命活動の根源────血は生き物ならば等しく体内に内包したモノであり、吸血族はその血を自由自在に操り、そうして他者の血を自分の糧とすることができた。それは一種族が持つには過ぎた権能であり、他種族も酷くこれ警戒していた。だからこその取り決めであり、吸血族の主もこの能力の致命的な欠点を危険視して、同胞に取り決めを確と守るように言いつけた。しかし、事件は起きてしまい。そうして古ぶるしき時代に於いて最大の汚点であり、最悪の怪物が生まれる」

 一つ間を置いて爺さんは言葉を続ける。それはどこかで聞いたことのある話だった。

「様々な種族の血を吸って、様々な魔法、その種族にしか扱えない特別な力を自身のモノにした一人の吸血族の男は〈吸血の暴君〉と呼ばれるようになり、その時代を混沌へと陥れる」

「……一体、どうしてそんなことを?」

「さっきも言った通り「他人の血」って言うのは動物や魔物の血と比べると特別で、貴重で、強力で、そして────中毒性が高く、一度でも他人の血を吸った吸血族はそれが無いと生きていけない体質になる。人の血のことしか考えられなくなり、決して活発ではない〈吸血衝動〉も意志に反して暴走してしまう。そして多くの血を吸った〈吸血の暴君〉は〈吸血衝動〉に意思を飲み込まれ、血を吸うことしか考えられない怪物と化した」

 もしかしなくても、自分はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。そんな不安が駆け巡る。

「〈吸血衝動〉に自身の全てを呑み込まれた〈吸血の暴君〉はその時代の最強最悪の象徴────〈魔の王〉となり。結局、その時代に台頭した〈勇者〉によって討たれることになる。これで一連の大騒動はめでたく幕を下ろすかと思われたが、現実はそうもいかない。
〈吸血の暴君〉は死んだが、その同類である吸血族はまだ生き残っており、世界はこれに恐怖を覚え、新たな〈魔の王〉なる可能性を秘めた芽を残すまいと悉く吸血族狩りを始めた。結果としてこれにより大多数の吸血族は惨殺され、種の存続ができないほどその数を減らして……気が付けば絶滅した」

「……」

「まあだいぶ余計な話もしちまったが、俺達の根源────この肉体に流れる血の半分は吸血族のものであり、レイの身に起きたのはそういった背景と理由がある」

 最後にそうまとめた爺さんに俺の内を巡っていた不安が一つの疑問を吐き出す。

「それじゃあ、俺もその話の中に出てきた〈吸血の暴君〉見たくこれから〈吸血衝動〉に意思を呑まれるかもしれないってことか?」

 あの日以来、「血を吸いたい」だとか「血が欲しい」と、特にそういった衝動はなかったがそれはただ一時的なもので、これから本格的に自分の身を蝕むかもしれないと言うことだろうか。

 そんな俺の不安を察したのか爺さんは頭を振る。

「今のところ〈吸血衝動〉の再発はないのだろう? ならば問題はあるまい。だが油断はできん」

 そうして言葉を続けた。

「混血である俺たちは吸血族に比べれば〈吸血衝動〉を基本的には感じることは少ない。ブラッドレイの血が薄ければ薄いほどそんな物騒な感覚とは無縁の人生を送られる。けれど先祖の血を色濃く受け継いだ俺たち〈継承者〉はそういう訳にも行かん。それこそ、【紅血魔法】との親和性が高ければ高いほどな。まさかお前がこんなに早く〈吸血衝動〉……しかも、吸血までするとは思わなかったが、随分と肉体に馴染んでるようで安心した」

「……どういうことだよ?」

 首を傾げる俺に爺さんは眉間に皺を寄せた。

「過去にこの事実を知り、力を求めた愚か者が吸血行為に及び、肉体に血が馴染まずに死んだこともあってな」

「なっ……!」

「混血である俺達にとって〈吸血〉とはとても危険で、言っちまえば自殺行為なんだよ」

 息を飲む。しかし、少し考えれば納得はできる。

 血とは言え、元々自分の中には存在しない異物を体内に取り込むんだ。しかもそれを自分の力に変換するのならば代償は当たり前だ。死に際の悪あがきだったとは言え、俺はかなり危険な綱渡りをしてたらしい。

「仮に血が馴染み、力をモノに出来たとしてもその高揚感に呑まれ、吸血行為を繰り返せばいずれは〈吸血衝動〉に精神を侵され、その身は魔へと成り代わり今話した〈吸血の暴君〉のようになる可能性もある。だからこそこの話は弛まぬ鍛錬と鋼の肉体、そうして真実を受け止められる精神を備え、真に力があると実力が認められた次期当主か〈比類なき七剣〉の更に一部の人間にしか明かされない」

 爺さんの言葉に納得する。ここまで一度目の人生では微塵も知り得なかったことばかりだった。しかしこういった理由ならば、一度目のクズみたいな俺には教えたくても到底教えられない情報の数々だ。

 だからこそ、一度目の人生で次期当主候補であった俺でも知りえなかったという訳だ……いや、そもそも一度目の俺は知らないことばかりなのだが────

「……そんな機密情報をこんなあっさり話して大丈夫なのかよ?」

 果たして、二度目の人生を歩む俺が知ってもいいことなのだろうか。そんな疑問が脳裏を過ぎる。しかし、爺さんは真面目な様子から一転して挑戦的な笑みを浮かべた。

「今のお前なら問題ない……そう、俺とジークは判断した。それにもう実際に吸血衝動を経験しているし、血を飲んじまったんだ。逆にこの事実を知らずに勝手に暴走されても困る」

「それはまあ、確かに……」

 釈然としないが、結果的にはこの話を教えても問題ないと実力を認められたと言うことなのだろう。

 ────情報量が多すぎて素直に喜べねぇ……。

 そもそも、この事実は素直に喜んでいいことなのか。甚だ疑問である。悶々としていると、気が付けば大真面目な話をしていた爺さんは素振りを再開していた。

「ほれ、聞きたいことは聞けたろう。それなら続きだ」

 少し見直しかけていたと言うのに、やはりこの爺さんは相変わらずである。

「……ああ」

 けれども爺さんの言うことは尤もである。

 予想していたものよりだいぶん話の規模がおかしかったが、知ってしまったものは仕方がない。脳内はまだ情報過多で渋滞を起こしているし、心の整理も付くはずがない。だがとりあえず、俺はそれらすべてを放棄して素振りを再開した。

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