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刻王祭編
第101話 目的地
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王都クロックロンド大広場を後にして、多くの人で賑わう露店通り。あちらこちらから声の良く通る商人達の呼び込みの声と露店に並べられた様々な商品に目を引かれながら、気になるモノがあれば立ち止まって見入る。
「お!兄妹でお買い物ですかい? 是非是非、うちの珠玉の品々を見て行ってくださいな!!」
「お兄様、見て行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
決してアリスが人混みに呑まれないように移動するときは必ず腕を組んでいたが、路傍まで寄ってしまえばその心配もない。俺から離れて彼女は声をかけてきた店主の露店へと近づく。
「手に取ってみても?」
「ええ、ご自由にどうぞ!」
アリスは店主に断りを入れてから熱心に綺麗に陳列された装飾品を吟味する。俺達が立ち寄った露店は装飾品を主に取り扱う店らしく、年頃のアリスは色とりどりで、綺麗に輝く宝石細工を手に取って頬を緩ませる。
「これは……なかなか良い作りですね」
「そ、そうでしょう!なんでも迷宮から持ち帰られた〈紅鱗玉〉を素材にウチの職人が丹精込めて加工いたしましたので!」
手に取った腕輪を陽の光に照らしてあしらわれた宝石を透かし見るアリス。店主は眼帯をしたままのアリスのその仕草に少し困惑していた。傍からすれば見えているのかどうかも怪しい────と言うか確実に見えていないと思ってしまうだろう。
確かにアリスは忌々しき〈影龍〉のノロイによって魔法と視力を失った。けれど、厳密に言えば彼女は本当にうっすらとではあるが周囲の様子は見えているらしい。それは、ノロイが身体に順応した結果か、はたまた魔力感知による努力の賜物かは本人にも分かっていないらしいが気がついたらそうなっていた。
魔法が扱えずともその源である魔力を感じ取る感覚までが失われたわけではない。それ故に、魔力を帯びたものであれば輪郭を捉えることもできるようで、こうして人ごみの中であっても付き添いがいれば問題なく歩くことはできるし、買い物を楽しむことだってできるのだ。
────つくづく、意味の分からないノロイだ。
けれど、少しであっても目が見える────周囲の情報を感じ取れると言うのはアリスにとって希望であった。
「お兄様、この首飾なんてどうでしょうか?」
「おお、いいんじゃないか?似合うと思うよ」
「そうですよね!この紅い宝石なんてまるでお兄様のキレイな瞳と一緒で、お兄様にお似合いになると思っていたんです」
「あ、俺ね……」
てっきりアリスが身に着けるのかと思ったら違ったらしい。しかし、わざわざ愛しの妹が俺の為に装飾品を選んでくれて、剰えそんなこと言われたお兄ちゃん欲しくなっちゃうじゃん。
「すみません、彼女が手にしてるネックレスを二つください」
「あ、ありがとうございます!!」
反射的に俺は店主に銀貨を手渡して、代わりに同じ首飾りを二つもらう。無駄遣いだとは言うまい、寧ろ必要経費である。
「はい、これアリスのな」
「い、いいのですか?」
首飾りを受け取ったアリスは驚いたようにこちらを見上げる。それに対して俺は笑みを返した。
「可愛い妹に「似合います」なんて言われた欲しくなっちゃうでしょ。あと俺的にもこれはアリスに似合うと思ったから二つ買っちった……もしかして兄ちゃんとお揃いの装飾品は嫌だったか……?」
もし「嫌です」なんて真っすぐに言われたら泣き崩れる自信がある。恐る恐る尋ねるとアリスは勢いよく首を横に振った。
「いえ!決してそんなことは!ただ……」
「ただ?」
「その……フリージアお姉さまに申し訳ないなと……」
「え?どうしてそこであいつが出てくるんだ?」
ちょっと、お兄ちゃんと一緒に出掛けてるのに別の女の名前が出てくるのは頂けませんよ? 普通に嫉妬しますよ?……俺の妹がたらしすぎる。
「お兄様、流石にそれはどうかと思います……」
「え?本当に何が?俺、なんかやっちゃいました?ねえ、お兄ちゃんの何がいけなかったのかちゃんと言ってくれたら直すから教えて!?」
「知りませんっ」
くだらないことを考えていると愛しの妹君は何故か呆れ果てたようにため息を吐く。明らかに兄としての信頼度が下がったことを感じ取り直ぐに原因を突き止めようとするが逆効果だ。アリスは首飾りを一人で付けると歩き出してしまう。
「ちょ!アリス、流石に人混みは危ないからちゃんと俺に掴まってから歩いてくれ!」
俺は大慌てでそれを追いかけて、再び目的地に向けて歩き出した。
・
・
・
さて、なんだかんだで露店通りをじっくりと見て回っていると気が付けばもう昼過ぎだ。流石は王都一の露店通りなだけあって取り扱っている商品や品揃えは最大規模。途中からは俺も夢中になってしまっていた。
「それで、漸く商業区画な訳だけどここには何か目当ての店でもあるのか?」
昼食を簡単に済ませて、露店通りを抜ければ、大店の商会や職人なんかが店を構える商業区画だ。
先ほどの露店通りに比べれば人通りは落ち着いて、どちらかと言えば身なりの良い人────富裕層なんかが多い印象だ。それもそのはず、この商業区画は貴族御用達の老舗店なんかも多く軒を連ねているわけで────
「そういえばまだちゃんと目的地を言ってませんでした。ここへは〈赤羽の蝙蝠〉に用事があるんです」
ここへ訪れたアリスの目的もブラッドレイが代々贔屓にしている鍛冶工房みたいだ。
〈赤羽の蝙蝠〉
それは土人族の鍛冶職人が商いをする工房であり、古くからブラッドレイの武人たちの特注武器を鍛え上げてきた鍛冶屋である。〈紅炎の鉄鋼人〉アイゼル・メタルリンドと言えば王都でも有名であり、彼の存在無くして歴史に名を刻んだブラッドレイの武人たちの数々の戦果や偉業は成し遂げられなかったと言っても過言ではない。
「なんだ、アリスは武器が欲しかったのか?」
そんなところをお出かけのメインに据えるくらいだから、アリスも彼の職人に武器を造って貰うのかと首を傾げると彼女は頭を振った。
「いえ、私のではなくてお兄様のです剣です」
「……俺の?」
そうして続けられた妹君の言葉に俺は更に首を傾げる。どうしてそこで俺の話になるのだろうか。そんな思考を察してかアリスは促すように質問をしてくる。
「はい。お兄様、ちゃんとした剣を持っていませんよね?」
「え?ああ、うん。今手持ちにあるのは鍛錬用の重い剣ぐらいで、普段の戦闘は基本的には俺の血と魔法で作った剣だな。それで全然十分だし……」
持ち運ばなくて良いし、必要な時に好きに取り出せるし、血剣は本当に使い勝手がいい。だから、これまで自分専用の武器と言うのにそれほど頓着が無かった。そんな俺の言葉にアリスは可愛らしく声を大きくした。
「お兄様は強いのに自分の剣を持っていないなんておかしいです! ブラッドレイの次期当主たるもの、自分の命を守る剣をおざなりにしてはいけません!」
「は、はぁ……」
「なので!これからこの世に一つだけのお兄様の剣を作りに行きます!!」
今日一の勢いで捲し立てる妹殿に俺は気圧される。別に剣を作りに行くことは構わない。確かにアリスの言う通りだし、見栄え的にも剣と言うのは身に着けているだけでも色々な意味を含ませる。けれども────
「そ、それは良いけど予算はあるのか?流石に剣の特注を頼めるほどの手持ちはないぞ?」
「そこはご安心を!既にお父様から事前にお話をして、資金も預かっています」
何処から取り出したのか、アリスは異様にでっぷりとした袋を見せてくる。流石は我が妹、そこらへんの根回しや準備は周到である。ならば、俺からはもう言うことはない。ただ彼女に従って王都一と名高い工房に赴くだけであった。
────それにしても、予算がちょっと多すぎやしませんか???
「お!兄妹でお買い物ですかい? 是非是非、うちの珠玉の品々を見て行ってくださいな!!」
「お兄様、見て行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
決してアリスが人混みに呑まれないように移動するときは必ず腕を組んでいたが、路傍まで寄ってしまえばその心配もない。俺から離れて彼女は声をかけてきた店主の露店へと近づく。
「手に取ってみても?」
「ええ、ご自由にどうぞ!」
アリスは店主に断りを入れてから熱心に綺麗に陳列された装飾品を吟味する。俺達が立ち寄った露店は装飾品を主に取り扱う店らしく、年頃のアリスは色とりどりで、綺麗に輝く宝石細工を手に取って頬を緩ませる。
「これは……なかなか良い作りですね」
「そ、そうでしょう!なんでも迷宮から持ち帰られた〈紅鱗玉〉を素材にウチの職人が丹精込めて加工いたしましたので!」
手に取った腕輪を陽の光に照らしてあしらわれた宝石を透かし見るアリス。店主は眼帯をしたままのアリスのその仕草に少し困惑していた。傍からすれば見えているのかどうかも怪しい────と言うか確実に見えていないと思ってしまうだろう。
確かにアリスは忌々しき〈影龍〉のノロイによって魔法と視力を失った。けれど、厳密に言えば彼女は本当にうっすらとではあるが周囲の様子は見えているらしい。それは、ノロイが身体に順応した結果か、はたまた魔力感知による努力の賜物かは本人にも分かっていないらしいが気がついたらそうなっていた。
魔法が扱えずともその源である魔力を感じ取る感覚までが失われたわけではない。それ故に、魔力を帯びたものであれば輪郭を捉えることもできるようで、こうして人ごみの中であっても付き添いがいれば問題なく歩くことはできるし、買い物を楽しむことだってできるのだ。
────つくづく、意味の分からないノロイだ。
けれど、少しであっても目が見える────周囲の情報を感じ取れると言うのはアリスにとって希望であった。
「お兄様、この首飾なんてどうでしょうか?」
「おお、いいんじゃないか?似合うと思うよ」
「そうですよね!この紅い宝石なんてまるでお兄様のキレイな瞳と一緒で、お兄様にお似合いになると思っていたんです」
「あ、俺ね……」
てっきりアリスが身に着けるのかと思ったら違ったらしい。しかし、わざわざ愛しの妹が俺の為に装飾品を選んでくれて、剰えそんなこと言われたお兄ちゃん欲しくなっちゃうじゃん。
「すみません、彼女が手にしてるネックレスを二つください」
「あ、ありがとうございます!!」
反射的に俺は店主に銀貨を手渡して、代わりに同じ首飾りを二つもらう。無駄遣いだとは言うまい、寧ろ必要経費である。
「はい、これアリスのな」
「い、いいのですか?」
首飾りを受け取ったアリスは驚いたようにこちらを見上げる。それに対して俺は笑みを返した。
「可愛い妹に「似合います」なんて言われた欲しくなっちゃうでしょ。あと俺的にもこれはアリスに似合うと思ったから二つ買っちった……もしかして兄ちゃんとお揃いの装飾品は嫌だったか……?」
もし「嫌です」なんて真っすぐに言われたら泣き崩れる自信がある。恐る恐る尋ねるとアリスは勢いよく首を横に振った。
「いえ!決してそんなことは!ただ……」
「ただ?」
「その……フリージアお姉さまに申し訳ないなと……」
「え?どうしてそこであいつが出てくるんだ?」
ちょっと、お兄ちゃんと一緒に出掛けてるのに別の女の名前が出てくるのは頂けませんよ? 普通に嫉妬しますよ?……俺の妹がたらしすぎる。
「お兄様、流石にそれはどうかと思います……」
「え?本当に何が?俺、なんかやっちゃいました?ねえ、お兄ちゃんの何がいけなかったのかちゃんと言ってくれたら直すから教えて!?」
「知りませんっ」
くだらないことを考えていると愛しの妹君は何故か呆れ果てたようにため息を吐く。明らかに兄としての信頼度が下がったことを感じ取り直ぐに原因を突き止めようとするが逆効果だ。アリスは首飾りを一人で付けると歩き出してしまう。
「ちょ!アリス、流石に人混みは危ないからちゃんと俺に掴まってから歩いてくれ!」
俺は大慌てでそれを追いかけて、再び目的地に向けて歩き出した。
・
・
・
さて、なんだかんだで露店通りをじっくりと見て回っていると気が付けばもう昼過ぎだ。流石は王都一の露店通りなだけあって取り扱っている商品や品揃えは最大規模。途中からは俺も夢中になってしまっていた。
「それで、漸く商業区画な訳だけどここには何か目当ての店でもあるのか?」
昼食を簡単に済ませて、露店通りを抜ければ、大店の商会や職人なんかが店を構える商業区画だ。
先ほどの露店通りに比べれば人通りは落ち着いて、どちらかと言えば身なりの良い人────富裕層なんかが多い印象だ。それもそのはず、この商業区画は貴族御用達の老舗店なんかも多く軒を連ねているわけで────
「そういえばまだちゃんと目的地を言ってませんでした。ここへは〈赤羽の蝙蝠〉に用事があるんです」
ここへ訪れたアリスの目的もブラッドレイが代々贔屓にしている鍛冶工房みたいだ。
〈赤羽の蝙蝠〉
それは土人族の鍛冶職人が商いをする工房であり、古くからブラッドレイの武人たちの特注武器を鍛え上げてきた鍛冶屋である。〈紅炎の鉄鋼人〉アイゼル・メタルリンドと言えば王都でも有名であり、彼の存在無くして歴史に名を刻んだブラッドレイの武人たちの数々の戦果や偉業は成し遂げられなかったと言っても過言ではない。
「なんだ、アリスは武器が欲しかったのか?」
そんなところをお出かけのメインに据えるくらいだから、アリスも彼の職人に武器を造って貰うのかと首を傾げると彼女は頭を振った。
「いえ、私のではなくてお兄様のです剣です」
「……俺の?」
そうして続けられた妹君の言葉に俺は更に首を傾げる。どうしてそこで俺の話になるのだろうか。そんな思考を察してかアリスは促すように質問をしてくる。
「はい。お兄様、ちゃんとした剣を持っていませんよね?」
「え?ああ、うん。今手持ちにあるのは鍛錬用の重い剣ぐらいで、普段の戦闘は基本的には俺の血と魔法で作った剣だな。それで全然十分だし……」
持ち運ばなくて良いし、必要な時に好きに取り出せるし、血剣は本当に使い勝手がいい。だから、これまで自分専用の武器と言うのにそれほど頓着が無かった。そんな俺の言葉にアリスは可愛らしく声を大きくした。
「お兄様は強いのに自分の剣を持っていないなんておかしいです! ブラッドレイの次期当主たるもの、自分の命を守る剣をおざなりにしてはいけません!」
「は、はぁ……」
「なので!これからこの世に一つだけのお兄様の剣を作りに行きます!!」
今日一の勢いで捲し立てる妹殿に俺は気圧される。別に剣を作りに行くことは構わない。確かにアリスの言う通りだし、見栄え的にも剣と言うのは身に着けているだけでも色々な意味を含ませる。けれども────
「そ、それは良いけど予算はあるのか?流石に剣の特注を頼めるほどの手持ちはないぞ?」
「そこはご安心を!既にお父様から事前にお話をして、資金も預かっています」
何処から取り出したのか、アリスは異様にでっぷりとした袋を見せてくる。流石は我が妹、そこらへんの根回しや準備は周到である。ならば、俺からはもう言うことはない。ただ彼女に従って王都一と名高い工房に赴くだけであった。
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