調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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刻王祭編

第102話 赤羽の蝙蝠

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 商業区画の中でも更に奥の方、こじんまりとした場所にその工房は息を潜めるかのようにあった。奥ゆかしい雰囲気を纏う古びた鍛冶場はしかし、その雰囲気とは裏腹に────

「おい!追加の炭と発火石を持ってこい!!」

「分かりましたッ!!」

「おい!なんだその腰の引けた鉄打ちは!?もっかい下っ端からやり直すか!!?」

「すいません!!もう一度お願いします!!」

 外からでも十分に聞こえてくるほどの怒号と鋼と鉄槌がぶつかり合う甲高い音が飛び交っていた。

 ────うん、実に鍛冶工房らしい。

 誰もが思い描ける、想像通りの音に俺は感動さえ覚える。現場を見ていないのに音だけでありありとその光景が呼び起こされる。そうして、「一見さんお断り」と言わんばかりの店構えには妙な威圧感さえあって、その実、この工房は客を選び、得意客の紹介でもない限りは通りすがりの客なんぞ相手にしない。

 それは傍からすれば「生意気だ」「調子に乗っている」と不平を買うかもしれないが、それが許されるほどこの工房の主は気難しく、そして実力があった。

「ごめんください」

 そんな工房────〈赤羽の蝙蝠〉に慣れた足取りで妹殿は入っていく。俺も彼女の後を追って中へと入れば、異様な熱気と壁や商品棚に綺麗に並べられた武器が俺達を出迎えた。

「うぉ……!」

 一度目の人生と、二度目の今回もこうしてどこかしらの鍛冶工房に足を踏み入れることはなかった。

 一度目の人生の俺は今と違って自分の剣にはそれなりの拘りを見せていたが、何せ鍛冶場特有の雰囲気や暑さを嫌って滅多に足を運ばなかった。自分で使う剣を造る場所を毛嫌いしていた……全くもって生意気なガキである。その所為もあって、こういう場所に足を踏み入れるのは新鮮だ。

 俺達の入店と同時に来客を告げる扉の呼び鈴が「リン……」と微かに鳴る。流石にこんな小さな音では奥の鍛冶場の喧騒に負けて聞こえるはずもないだろうと思ったが────

「いらっしゃ……って、アリスお嬢様じゃないですか!?」

 ここの主は音を聞きつけて帳場の奥にある工房から顔を出して驚いた。

 背丈は勿論俺より低く、アリスとギリギリ同じくらい。しかして涼し気な上衣にそれが無意味だと思えるほどの毛むくじゃらな黒髪と黒髭。全くもってモノづくりしか考えていないと言わんばかりの職人然とした彼こそがここの主である。

「お久しぶりです、アイゼル様。突然の訪問、どうか許してください」

「いえいえ!お嬢様や御父君にはいつも贔屓にしてもらって……むさ苦しいところですが、どうぞゆっくりとしてください」

 その厳つい見た目から工房の主は不愛想で堅物だと思われがちだが、その実とても礼儀正しく物腰柔らかだ。と言うか、だらしなく鼻の下を伸ばしていた。

 ────大丈夫かこのおっさん……。

 それだけで俺の中の警戒心が引き上がる。どんな輩であろうとアリスに色目を使う奴は許さん。

「ありがとうございます、盛況のようですね」

「ええ、祭りも近いし、そっちの案件も並行しているのでうちの馬鹿どもも気合の入れ時ってもんです」

「そういえば、もうそんな時期でしたね。だとしたらやはりタイミングが悪かったですね……」

「そんなことありませんよ!アリス嬢ならいつでも大歓迎です!」

 まあ、実際のところ相手が下手な一見だったり全く親交のない貴族であった場合はこの限りではなく、これは偏に我が家やアリスの人徳あってこその対応である。その証拠に、初めてここを訪れた俺を見る彼の視線はとても険しい。

「それで、隣の方は……?」

「お二人は初対面でしたね、紹介します、兄です」

「ど、どうも、アリスの兄のクレイム・ブラッドレイです……」

 依然として眼前のロリコンを警戒していると、急に紹介されたので反射的に自己紹介をする。すると、店主は目を見開き驚いた。

「ッ!!あんたがの……」

 ────それ、どんな噂ですか?

 気にはなったが、聞いてはいけないと本能で直感した。どうせまた魔剣学院の「悪童」だの「悪魔」だの「首切り」だの酷い謂われようなのは目に見えている。

「あはは……」

 だから俺は苦笑を返すしかしない。生存戦略だね。

 表情が引き攣っているのを感じながらも、隣の妹殿は本題に入った。

「今日は兄の剣の作成をお願いしたくて伺ったんです。兄は強いのに自分が扱う武器に全く頓着が無くて……」

「なるほど、普段はどんな武器を使うんだ?」

 店主────アイゼルに尋ねられて俺は見せた方が早いと、いつも通り手首を切って血剣を顕現させる。

「んなッ!?」

「普段は自分の血を元手にした剣を使ってるんですけど……?」

 突然、自傷行為に走るモノだからアイゼルは目を引ん剝く。少し面白かった。しかし、隣では「お兄様……」と妹殿に呆れられてしまったので、今度からいきなりこれをするのはやめようと思う。

 内心で反省しているとアイゼルはわざとらしく咳ばらいをして言葉を続けた。

「……ブラッドレイの血統魔法か。それもかなりの練度、相当な使い手だな……まあ、普段なら今見せてもらった魔法で作った剣でも問題はないだろうさ。けど、確かにアリス嬢の言う通り、自分の武器に頓着がないのは鍛冶師から言わせてもらえば頂けないな……と言うより、勿体ない」

 驚きはしていても流石は鍛冶師、俺の血剣をしっかりと見定めて評価を下す。そうして一つ深呼吸をしてアイゼルは奥の鍛冶場へと向き直った。

「ついてこい。アリス嬢の兄、それも新進気鋭のブラッドレイの人間なら断る理由も無い。寧ろ、俺のとこ以外で武器なんか作りやがったらただじゃおかねぇ。アンタに最高の剣を仕立ててやろうじゃないか」

「ありがとうございます!ほら、お兄様も!!」

「ど、どうも……」

 どうやら、快く剣を作ってもらえるらしい。

 ・
 ・
 ・

「……で、どんな剣がお望みだ?」

 奥の工房へと引きずられるように連行され、アイゼルは単刀直入に聞いていた。

 店内でも相当な暑さを感じてい居たのに、工房の中に入ると想像を絶する熱気が俺達を出迎えた。周囲には彼の弟子であろう鍛冶師たちが宛ら戦場のような剣幕で鉄と向き合い火花を散らしている。そんな喧騒を背に俺は思案する。

 ────剣……か。

 前述した通り、今まで大して自分の扱う武器に頓着はなかった。現地調達、その場にある木の棒でも戦えるのであれば使う。それが幼い頃から爺さんに叩き込まれてきた教えであり。俺の身体に染み付いた考えだ。

 ある程度、血に余裕が出始めてからは〈血戦斬首剣ブラッド・ソード〉を好んで使っていた。血の量に左右されるが、それを除けばこれほど手頃で使い勝手のいい武器はなかった。だからこそ悩む。

 ────今までは特にこれで事足りていたけど……。

 俺はいったいどんな剣を、武器が欲しいのだろうか?

 なんとなく、一度目の人生から嗜んでいた剣を今も主に使っているが……この際、新しい武器を試してみるのもアリかもしれない────

「……あ」

 なんて思考を巡らせる中、一つ明確な要素が浮かび上がる。

「なんだ?何か思いついたか?」

「思いついたと言うか……」

「なんだって構いやしない。寧ろ、そういう些細な気づきの方が重要だ」

 しばらく悩んでいた俺を見かねたアイゼルはこの好機を逃すまいと言葉を重ねる。そんな彼の言葉に乗せられて俺は思いついたことを吐き出す。

「────壊れない剣が欲しいな……」

「壊れない……具体的には?」

 一度吐き出せば、後はそれに触発されるように想像イメージが湧いてきた。

「龍の牙を切り砕けるほどの頑強さ、堅牢な翼を切り裂けるほどの鋭さ────」

 思い描いた空想が固まれば、もうそれ以外はあり得ないと確信が俺の胸中に巡る。

「────俺は龍を殺せる剣が欲しい」

 何も難しいことなどなかった。目的は最初から一つ。剣を揮う標的なんてのは決まり切っている。……そう、だ。である。ソレを殺せない、ソレ以外を殺せる剣など不要である。

「龍を殺せる剣────か……」

 俺の注文を聞き届けた鍛冶師は呆然と呟く。

 普通ならば「龍を殺すなんて何をふざけたことを」失笑されることだろう。「もっとまともな注文をしろ!」と怒られても仕方がない。しかし、俺は至って真面目だ、大本気マジである。そうして俺の大真面目な言葉を聞いた眼前の鍛冶師は、俺の言葉を嘲笑するどころか心底楽し気に笑って見せた。

「龍……龍か、いいねぇ……。長いことブラッドレイの剣を打ってきたがこんな注文をされたのは生まれて初めてだ。そうか、クレイム・ブラッドレイ。お前は本気であのバケモノを殺すつもりか」

「ああ」

 確認するような言葉に俺は短く頷く。鍛冶師はそれを満足げに認めて叫んだ。

「いいねぇ!剣を揮う者ならばそれぐらいの野望がなきゃなんの足しにもならない!それぐらいの大業を成し遂げてくれなきゃ俺達も大事な我が子を自信を持って預けてやれない!それでこそ鍛冶師冥利に尽きるってもんだ!!」

 鍛冶師の独白に周囲にいた弟子たちは何度とかと仕事の手を止めていた。今の俺の発言のどこが奴の琴線に触れたのか分からない。しかし、やる気になってくれたのならば、それはさして気にすることでもない。

「気に入ったぜクレイム!俺がお前に最高の────龍を殺せる剣を造ってやる!その為にはお前の協力は必要不可欠だ!納得がいくまで、当分は付き合ってもらうぞ!!」

「乗りかかった船だ、それくらいなら構わない。最高の剣を頼む」

 差し出された黒くて皮の熱い職人の手を掴み取る。こうして、俺はこの国一の鍛冶師と剣を造ることになった。
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