88 / 126
昇級決闘編
第85話 龍滅血戦
しおりを挟む
大きく距離を取って、心の引鉄を弾く。
「〈龍滅血戦〉!!」
魔法の起動詠唱を叫ぶと、俺は血剣で自らの胸を貫いた。
「……?自傷行為……気でも狂ったか?」
「さあて、どっちだと思う?」
その自傷行為は明らかに致命傷。確かに真紅の刃は俺に突き刺さり、際限なく自ら貫いた胸からは刃と全く同じ真紅の血が流れ出す。
本来であればその血は地面にただ溺れ堕ちるしかない。しかし、けれども、実際にその血液が地面に到達することはなく、ある一定の距離まで流れると勝手に俺の周囲へと漂う。それを見て黒灰の騎士は自分にとって不利益なことが起こると理解したらしく、攻撃に転じた。
「魔法技かッ!!」
「ハッ……!今更気が付いたところで手遅れだ────」
だが、もう遅い。既に大量の血が俺の周囲を好き勝手に、軌道を描いて旋回している。俺の魔法は約四割がた起動をしていた。
────今の状況ならばこれが限界か……。
「させ────な!?」
そうとも知らずに黒灰の騎士の斬撃が俺に振り下ろされる。
「……」
俺はただぼんやりとそれを一瞥して、すぐに視線を別の方へと反らす。
回避なんてしない、と言うよりもする必要性が無い。眼前まで迫りくる刃は俺が動き出す前に旋回する血の鎖が勝手に防御に徹してくれる。長剣と血の衝突音。激しい撃鉄音が響き、少しばかりの違和感を覚える。
────血が出す音にしては歪すぎるな……。
「なんだこの魔法は……?こんなのブラッドレイの秘伝魔法には────」
くだらないことを考えていると黒灰の騎士は驚愕の声を上げる。
余程、この騎士はブラッドレイの魔法────【紅血魔法】を調べてきたのか、詳しいみたいだし、俺が今起動した魔法を見て困惑した様子だ。
「なんだ?随分と家の魔法に詳しいみたいだなぁ?」
けれどその反応は当然である。今、俺が使った魔法はブラッドレイが代々受け継いで、研鑽を重ねてきた秘伝魔法ではなく、俺が独自に生み出した独創魔法技なのだから。
〈龍滅血戦〉
それは俺の体内にある血液と魔力の大半を自傷によって半強制的に外部へと放出して、常に最大出力の魔法行使と身体強化を可能にした戦闘形態だ。
【紅血魔法】の欠点である出足の遅さと、血が外部に出ていなければ殲滅力のある魔法が使えないという二つの欠点を一気に解決する為に編み出した魔法である。御覧の通り、俺の周囲に大量の血と魔力で顕現させた鎖を無数────今は四つが限度だが────に展開させて、血と魔力の塊である鎖を元手に即座に色々な魔法を展開させていく。
「本当はあのクソトカゲ用の魔法なんだが……その手下のお前も龍みたいなもんだろ!? なら手加減なんてしねぇ! 最初から全身全霊!全力だ!!」
「たかが血の鎖が周囲にある程度……!!」
黒灰の騎士が再び俺の背後を取って肉薄してくる。本来ならば即座に振り向いて迎撃しなければこれも致命傷。しかし、俺の周囲を旋回している鎖は先ほど見せた通り、ただ宙を舞っているだけではない。
「残念ながら全自動反撃だ」
「チっ……!!」
背後から異様な剣圧。けれども気にすることはない、先ほどと同じような衝撃音が鳴り響く。
確認するまでもなく、血鎖は敵の攻撃を弾いて俺を守ってくれている。俺に危害を加える事象は全てこの鎖に阻まれる。更に攻撃力や耐久面は〈血戦斬首剣〉の遥か上位で、正に攻防自在の魔法だ。
「それじゃあ、死なない程度に死ね!!」
再び顕現させた血剣を携えて、反撃へと転じる。
「チッ……!」
黒灰の騎士は分が悪いと判断して俺から距離を置こうとする。あのクソトカゲの手下になるくらいだ、ずる賢く有利不利の戦況判断が恐ろしく速い。
────けど、俺の鎖は絶対に敵を逃がしはしない。
「地の果てまでお前を殺すために這い寄るぞ!!」
「う、ぐっ……!!」
気配を消失させるように希薄になった騎士を血鎖は逃さない。俺の意思に従い奴の左足を瞬時に拘束した。
────時間は限られている、この魔法を使ったからには速攻即殺だ!!
「その腕もらうぞ!!」
瞬く間に騎士の目前へと肉薄し、大事に長剣を握った右腕に狙いを定める。回避は不可能。まだ奴は俺の鎖の拘束からは逃れられていない。
「シッ────!!」
鋭く真紅の刃を斬り上げ、敵の腕を真っ二つに切り放した────
「調子に乗るなよ!!」
と思った。
刃が届くあと数舜のところで黒灰の騎士は黒い影のような波を地面から不意に出現させて俺と奴の間を隔てた。
「これが噂に聞く奴を象徴する魔法────」
反射的に後ろに飛び退き、何とか黒い波に呑まれるのを回避する。〈五天剣〉タイラス・アーネルの異名と言えば今しがたの魔法が正に代名詞だ。
「〈黒海覇王〉のタイラス……」
水の魔法を扱いながら、しかしてその色は澄んだ青ではなく、全てを塗りつぶすかのような黒。一度目の人生では終ぞ目にすることはなかったが、実際に目にすると気味が悪いな。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を整えながら、黒波の障壁から姿を現したタイラスは実に楽しそうに表情を歪めている。
「一方的な殺しになると思っていたが、その年で存外やるものだな」
「……お褒めに預かり光栄だな。俺も〈黒海覇王〉の異名の象徴となった魔法が見れて嬉しい限りだ」
異様に呼吸が安定しない。それを誤魔化すように軽口を叩いて虚勢を張った。しかし、そんな虚勢も歴戦の騎士には意味を為さない。
「どうした?随分と息が乱れているようだが……まさかもう疲れたとは言うまいな?」
「……」
「もしかして本当に疲れたと?今も何やら勝負を急いでいる様子だったし────ああ、そうか。最初にお前が使ったそのデタラメな魔法、実はそれほど長く維持をしていられない……と言ったところか」
「チッ……」
得意げに俺の魔法の欠点を看破したタイラスを睨むことしかできない。悔しいが奴の言う通り、この〈龍滅血戦〉にはそれ相応の欠点が存在する。
前述した通り、この魔法は強制的に俺の体内の血と魔力を体外へと放出して、即座に他の魔法へと変換するための魔法だ。だから、単純に消耗が激しいのだ。それも身体の中にある筈のものを無理やり外に駆り出しているのだから肉体への負担も激しい。しかも一撃でも致命傷を貰えば立て直すのが難しい。外部に血と魔力にリソースを割いているから、再修復が間に合わない。簡単に言えば諸刃の剣なのだ。
────それでも関係ない!!
「だから何だ!?ちんたら時間稼ぎをして俺が力尽きるのを待つか!?」
俺がばてる前に敵を殲滅すれば何も問題はない。
もともとこの魔法は超短期決戦を想定した魔法なのだ。血鎖を率いて再び地面を蹴る。地面に這うようにして再三の肉薄を図るが────
「そうだな、それで確実にお前を殺せるならそうした方がよさそうだな……〈黒海〉!!」
黒灰の騎士は薄黒い長剣を地面に突き刺して黒い波を顕現させる。怒涛の勢いで押し寄せる津波に自然と足が取られる。
「魔法の効果範囲とかどうなってんだ!!」
正に全方位、物理的に回避不可能な波が刻々と押し寄せる。防御をしようにも波の量が尋常ではない。これは〈黒海〉に相当する魔法で相殺するしか生き延びる方法はないだろう。
「軽々と限界を超えてきやがって……〈五天剣〉ってのはこんなバケモノ揃いなのか!?」
「安心しろ。俺なんてスカーシェイド様に比べれば羽虫も同然だ」
「ッ……ならお前を倒せなきゃお話になんねぇなぁッ!!」
周囲に展開させた鎖────計四本のうち、二本を贄として魔法を起動する。
「〈紅血覇道〉!!」
それは血の暴力、はたまた血の嵐か。周辺一帯を飲み込む血の衝撃が同じく周囲の飲み込もうとする黒い海と正面から激突した。
「ほう……」
「う……ぐッ────!!」
黒と赤の衝突。同程度の物理衝撃によって目論見通り、押し寄せてきた〈黒海〉を〈紅血覇道〉によって相殺することはできた。しかし、代償が大きすぎる。
「はあ……はあ……はあ────!!」
「まさか本当に今の魔法を防ぐとはな、やはり大した男だ」
素直に称賛してくる騎士の声が鬱陶しい。
こっちは相殺の時に生じた余波でもう一本鎖を使って防御、それで漸く立っていられるって言うのに、あの騎士は特に何かをして疲弊した様子はない。
────地力の差ってやつか……?
混濁する思考の中で思う。仮に万全の状態であってもあの黒灰の騎士を倒せる未来が見えない。
「全然だ、全くだ、到底だ────」
足りない。
何もかも俺はまだ微塵もこれっぽっちも実力が伴っていない。
忌々しいクソトカゲの手下でこれほど強いのだ。一体、実物の龍と言うのはどれほどの強さなのだろうか。
「想像が、つかねぇなぁ……」
もう立っているのもやっとだ。血と魔力はほとんど使い切り、素寒貧、これ以上の無理は危険だと体は勝手に〈龍滅血戦〉を解除している。もう一瞬だって魔法を使うことはできない。
「はあ……はあ……はあ────」
呼吸はずっと乱れたままだ。
────喉が渇いて仕方がない。
潤いを求めて身体が■を求める。
以前にも似たような感覚に陥ったことがある。その時はこの〈龍滅血戦〉を初めて完成させた時で、立て続けに血を使いすぎて、焼けるように喉が渇いて、無性に■を求めた。
普段では絶対に感じることのない衝動。しかし、こうして血を消費しすぎた時に限って、その衝動欲求は思い出したかのように全身を駆け巡る。
────俺にはそんな趣味なんてないってのに……。
「────だ」
「なんの話だ?」
ぼんやりと思考に浸かっていると、気が付けば目の前には黒灰の騎士が立っていた。もう勝負は決したと思っているのだろうか、男には先ほどまでの覇気を感じられない。
────舐められたもんだ。
腹が立ったが、けれど怒りよりもなによりも今は喉の渇きが気になって仕方がない。
■だ、■が飲みたくて仕方がないんだ。今まではなんとか我慢が出来ていたのに、今日に限っては我慢できそうにない。こんなに■を渇望したのは初めてだった。
「まあいいか────さらばだクレイム・ブラッドレイ」
頭上に薄黒い長剣が煌めく。俺はそれをぼんやり眺めて、それでもソレを渇望する。
「血を……よこせ────」
そうして頭上の刃は一直線に俺を真っ二つに────
「レイから離れなさい!!」
するはずだった。
「ッ!?」
聞き慣れた声が聞こえたかと思えば、視界一面には俺と黒灰の騎士を隔てる巨大な氷の絶壁が聳えている。
「何者だ!?」
「────フリー、ジア?」
壁越しからは意表をつかれた騎士の驚く声。そして少しひんやりとした冷気が俺の頬を撫ぜて、ふわりと白銀が舞って────
「助けに来たわよ!」
先に逃げたはずのフリージアが好戦的な笑みを浮かべてこちらを見た。
「〈龍滅血戦〉!!」
魔法の起動詠唱を叫ぶと、俺は血剣で自らの胸を貫いた。
「……?自傷行為……気でも狂ったか?」
「さあて、どっちだと思う?」
その自傷行為は明らかに致命傷。確かに真紅の刃は俺に突き刺さり、際限なく自ら貫いた胸からは刃と全く同じ真紅の血が流れ出す。
本来であればその血は地面にただ溺れ堕ちるしかない。しかし、けれども、実際にその血液が地面に到達することはなく、ある一定の距離まで流れると勝手に俺の周囲へと漂う。それを見て黒灰の騎士は自分にとって不利益なことが起こると理解したらしく、攻撃に転じた。
「魔法技かッ!!」
「ハッ……!今更気が付いたところで手遅れだ────」
だが、もう遅い。既に大量の血が俺の周囲を好き勝手に、軌道を描いて旋回している。俺の魔法は約四割がた起動をしていた。
────今の状況ならばこれが限界か……。
「させ────な!?」
そうとも知らずに黒灰の騎士の斬撃が俺に振り下ろされる。
「……」
俺はただぼんやりとそれを一瞥して、すぐに視線を別の方へと反らす。
回避なんてしない、と言うよりもする必要性が無い。眼前まで迫りくる刃は俺が動き出す前に旋回する血の鎖が勝手に防御に徹してくれる。長剣と血の衝突音。激しい撃鉄音が響き、少しばかりの違和感を覚える。
────血が出す音にしては歪すぎるな……。
「なんだこの魔法は……?こんなのブラッドレイの秘伝魔法には────」
くだらないことを考えていると黒灰の騎士は驚愕の声を上げる。
余程、この騎士はブラッドレイの魔法────【紅血魔法】を調べてきたのか、詳しいみたいだし、俺が今起動した魔法を見て困惑した様子だ。
「なんだ?随分と家の魔法に詳しいみたいだなぁ?」
けれどその反応は当然である。今、俺が使った魔法はブラッドレイが代々受け継いで、研鑽を重ねてきた秘伝魔法ではなく、俺が独自に生み出した独創魔法技なのだから。
〈龍滅血戦〉
それは俺の体内にある血液と魔力の大半を自傷によって半強制的に外部へと放出して、常に最大出力の魔法行使と身体強化を可能にした戦闘形態だ。
【紅血魔法】の欠点である出足の遅さと、血が外部に出ていなければ殲滅力のある魔法が使えないという二つの欠点を一気に解決する為に編み出した魔法である。御覧の通り、俺の周囲に大量の血と魔力で顕現させた鎖を無数────今は四つが限度だが────に展開させて、血と魔力の塊である鎖を元手に即座に色々な魔法を展開させていく。
「本当はあのクソトカゲ用の魔法なんだが……その手下のお前も龍みたいなもんだろ!? なら手加減なんてしねぇ! 最初から全身全霊!全力だ!!」
「たかが血の鎖が周囲にある程度……!!」
黒灰の騎士が再び俺の背後を取って肉薄してくる。本来ならば即座に振り向いて迎撃しなければこれも致命傷。しかし、俺の周囲を旋回している鎖は先ほど見せた通り、ただ宙を舞っているだけではない。
「残念ながら全自動反撃だ」
「チっ……!!」
背後から異様な剣圧。けれども気にすることはない、先ほどと同じような衝撃音が鳴り響く。
確認するまでもなく、血鎖は敵の攻撃を弾いて俺を守ってくれている。俺に危害を加える事象は全てこの鎖に阻まれる。更に攻撃力や耐久面は〈血戦斬首剣〉の遥か上位で、正に攻防自在の魔法だ。
「それじゃあ、死なない程度に死ね!!」
再び顕現させた血剣を携えて、反撃へと転じる。
「チッ……!」
黒灰の騎士は分が悪いと判断して俺から距離を置こうとする。あのクソトカゲの手下になるくらいだ、ずる賢く有利不利の戦況判断が恐ろしく速い。
────けど、俺の鎖は絶対に敵を逃がしはしない。
「地の果てまでお前を殺すために這い寄るぞ!!」
「う、ぐっ……!!」
気配を消失させるように希薄になった騎士を血鎖は逃さない。俺の意思に従い奴の左足を瞬時に拘束した。
────時間は限られている、この魔法を使ったからには速攻即殺だ!!
「その腕もらうぞ!!」
瞬く間に騎士の目前へと肉薄し、大事に長剣を握った右腕に狙いを定める。回避は不可能。まだ奴は俺の鎖の拘束からは逃れられていない。
「シッ────!!」
鋭く真紅の刃を斬り上げ、敵の腕を真っ二つに切り放した────
「調子に乗るなよ!!」
と思った。
刃が届くあと数舜のところで黒灰の騎士は黒い影のような波を地面から不意に出現させて俺と奴の間を隔てた。
「これが噂に聞く奴を象徴する魔法────」
反射的に後ろに飛び退き、何とか黒い波に呑まれるのを回避する。〈五天剣〉タイラス・アーネルの異名と言えば今しがたの魔法が正に代名詞だ。
「〈黒海覇王〉のタイラス……」
水の魔法を扱いながら、しかしてその色は澄んだ青ではなく、全てを塗りつぶすかのような黒。一度目の人生では終ぞ目にすることはなかったが、実際に目にすると気味が悪いな。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を整えながら、黒波の障壁から姿を現したタイラスは実に楽しそうに表情を歪めている。
「一方的な殺しになると思っていたが、その年で存外やるものだな」
「……お褒めに預かり光栄だな。俺も〈黒海覇王〉の異名の象徴となった魔法が見れて嬉しい限りだ」
異様に呼吸が安定しない。それを誤魔化すように軽口を叩いて虚勢を張った。しかし、そんな虚勢も歴戦の騎士には意味を為さない。
「どうした?随分と息が乱れているようだが……まさかもう疲れたとは言うまいな?」
「……」
「もしかして本当に疲れたと?今も何やら勝負を急いでいる様子だったし────ああ、そうか。最初にお前が使ったそのデタラメな魔法、実はそれほど長く維持をしていられない……と言ったところか」
「チッ……」
得意げに俺の魔法の欠点を看破したタイラスを睨むことしかできない。悔しいが奴の言う通り、この〈龍滅血戦〉にはそれ相応の欠点が存在する。
前述した通り、この魔法は強制的に俺の体内の血と魔力を体外へと放出して、即座に他の魔法へと変換するための魔法だ。だから、単純に消耗が激しいのだ。それも身体の中にある筈のものを無理やり外に駆り出しているのだから肉体への負担も激しい。しかも一撃でも致命傷を貰えば立て直すのが難しい。外部に血と魔力にリソースを割いているから、再修復が間に合わない。簡単に言えば諸刃の剣なのだ。
────それでも関係ない!!
「だから何だ!?ちんたら時間稼ぎをして俺が力尽きるのを待つか!?」
俺がばてる前に敵を殲滅すれば何も問題はない。
もともとこの魔法は超短期決戦を想定した魔法なのだ。血鎖を率いて再び地面を蹴る。地面に這うようにして再三の肉薄を図るが────
「そうだな、それで確実にお前を殺せるならそうした方がよさそうだな……〈黒海〉!!」
黒灰の騎士は薄黒い長剣を地面に突き刺して黒い波を顕現させる。怒涛の勢いで押し寄せる津波に自然と足が取られる。
「魔法の効果範囲とかどうなってんだ!!」
正に全方位、物理的に回避不可能な波が刻々と押し寄せる。防御をしようにも波の量が尋常ではない。これは〈黒海〉に相当する魔法で相殺するしか生き延びる方法はないだろう。
「軽々と限界を超えてきやがって……〈五天剣〉ってのはこんなバケモノ揃いなのか!?」
「安心しろ。俺なんてスカーシェイド様に比べれば羽虫も同然だ」
「ッ……ならお前を倒せなきゃお話になんねぇなぁッ!!」
周囲に展開させた鎖────計四本のうち、二本を贄として魔法を起動する。
「〈紅血覇道〉!!」
それは血の暴力、はたまた血の嵐か。周辺一帯を飲み込む血の衝撃が同じく周囲の飲み込もうとする黒い海と正面から激突した。
「ほう……」
「う……ぐッ────!!」
黒と赤の衝突。同程度の物理衝撃によって目論見通り、押し寄せてきた〈黒海〉を〈紅血覇道〉によって相殺することはできた。しかし、代償が大きすぎる。
「はあ……はあ……はあ────!!」
「まさか本当に今の魔法を防ぐとはな、やはり大した男だ」
素直に称賛してくる騎士の声が鬱陶しい。
こっちは相殺の時に生じた余波でもう一本鎖を使って防御、それで漸く立っていられるって言うのに、あの騎士は特に何かをして疲弊した様子はない。
────地力の差ってやつか……?
混濁する思考の中で思う。仮に万全の状態であってもあの黒灰の騎士を倒せる未来が見えない。
「全然だ、全くだ、到底だ────」
足りない。
何もかも俺はまだ微塵もこれっぽっちも実力が伴っていない。
忌々しいクソトカゲの手下でこれほど強いのだ。一体、実物の龍と言うのはどれほどの強さなのだろうか。
「想像が、つかねぇなぁ……」
もう立っているのもやっとだ。血と魔力はほとんど使い切り、素寒貧、これ以上の無理は危険だと体は勝手に〈龍滅血戦〉を解除している。もう一瞬だって魔法を使うことはできない。
「はあ……はあ……はあ────」
呼吸はずっと乱れたままだ。
────喉が渇いて仕方がない。
潤いを求めて身体が■を求める。
以前にも似たような感覚に陥ったことがある。その時はこの〈龍滅血戦〉を初めて完成させた時で、立て続けに血を使いすぎて、焼けるように喉が渇いて、無性に■を求めた。
普段では絶対に感じることのない衝動。しかし、こうして血を消費しすぎた時に限って、その衝動欲求は思い出したかのように全身を駆け巡る。
────俺にはそんな趣味なんてないってのに……。
「────だ」
「なんの話だ?」
ぼんやりと思考に浸かっていると、気が付けば目の前には黒灰の騎士が立っていた。もう勝負は決したと思っているのだろうか、男には先ほどまでの覇気を感じられない。
────舐められたもんだ。
腹が立ったが、けれど怒りよりもなによりも今は喉の渇きが気になって仕方がない。
■だ、■が飲みたくて仕方がないんだ。今まではなんとか我慢が出来ていたのに、今日に限っては我慢できそうにない。こんなに■を渇望したのは初めてだった。
「まあいいか────さらばだクレイム・ブラッドレイ」
頭上に薄黒い長剣が煌めく。俺はそれをぼんやり眺めて、それでもソレを渇望する。
「血を……よこせ────」
そうして頭上の刃は一直線に俺を真っ二つに────
「レイから離れなさい!!」
するはずだった。
「ッ!?」
聞き慣れた声が聞こえたかと思えば、視界一面には俺と黒灰の騎士を隔てる巨大な氷の絶壁が聳えている。
「何者だ!?」
「────フリー、ジア?」
壁越しからは意表をつかれた騎士の驚く声。そして少しひんやりとした冷気が俺の頬を撫ぜて、ふわりと白銀が舞って────
「助けに来たわよ!」
先に逃げたはずのフリージアが好戦的な笑みを浮かべてこちらを見た。
51
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる