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刻王祭編
第117話 フリージア・グレイフロスト
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「お前の指名を喜んでお受けしよう────やるからには本気だぞ、フリージア」
彼が本気で私を勝負する相手と認識し、思考を切り替えた瞬間をハッキリと感じ取った。
「ッ……!!」
彼の覇気……はたまた殺気とも取れるその気迫に思わず足が竦んでしまった。
────分かっていたことだけど、実際に向けられると全然違うわね……。
全身が、脳が直接、警鐘を鳴らしている。「この男は戦ったらいけない」と「お前なんかが到底かなうはずのない相手だ」と、自分で奮い立たせた心の根を挫こうとしてくる。けれど、そんなこと勝負を挑む前から分かっていることなのだから今更気にすることでもないのだ。
────勝てないからって、敵わないからって、どうしてそれが挑まない理由になるって言うの?
心底、不思議でならない。
確かに、勝負するのだから勝ち負けには拘るべきだし。剣を交えるのだから痛い思いはするし、大なり小なり怪我だってするだろう。だけど、やっぱりそう言った負なことを加味したとしても、私は強者に挑むことをやめないだろう。
何故かって?
────だってほら、今も私の心臓は早鐘を打つように震えている。
それは恐怖であったり、怖気づいたから震えているのではない。生きているからだ、確かに今、ハッキリと、この心臓の脈動がその事実を明確に教えてくれるのだ。この興奮が私を私たらしめ、大きな原動力になってくれる。それが、こと彼との勝負によって齎されたモノならばこれ以上の幸福はない。私はあの日から、恋焦がれてしまっているのだ。彼の強さに、彼の在り方に、彼の彼に関する全てに!!
「はぁ……たまらないわね……」
気が付けば場は整っている。
依然として司会や観客はどこか困惑しているけれどどうでもいい。ここからは今日一日頑張った、この日まで研鑽を怠らなかった自分へのご褒美だ。だから周囲の反応なんてどうでもいい。眼前の彼にだけこの思いが届けば何ら問題はない。
「お前、本当に狂ってるよ」
今日新調したばかりの黒鉄の剣を構え、眼前の愛おしき強者が呆れたように呟く。その姿だけで気が狂いそうだ。なんだかんだ言いながら、彼は私の我が儘を受け止めてくれる。何の心配もなく、彼にこの身を捧げられる。これが正規な場じゃなければ私はすぐさま彼に斬りかかっていたことだろう。
「そう? そうかも? そうね────」
多分、彼は私の返答なんて求めてないけど答える。それと同時に身体の最終確認だ。
────体の傷は回復薬で無理やり塞いだ。けど所詮は気休め程度、今も塞いだ傷は疼くけど動きには何ら問題はない。問題は魔力だ。女剣士と〈勇者〉との戦闘で既に大技を一回ずつ使ってしまっている……。
到底、彼と戦うには魔力残量は十全とは言えない。
けれどそれが何だって言うのか?
ごちゃごちゃと思考を並べてみたが、全ては自分を誤魔化すための言い訳に過ぎない。どんな条件下であろうと眼前の彼は何ら一切の言い訳なんてしない。それどころか、今が最高状態だと言わんばかりに、異様な能力を発揮することだろう。
ならば、私もそれをすればいいだけだ。それができなければ、彼の隣に並び立つなど烏滸がましい、彼の側にいてずっと彼を支えるなんて不可能だ。ならばやるしかない……いや、やるんだ。
「でも、しょうがないじゃない?」
「……?」
今か今かと開戦の合図を待つ。その合間で先ほどの会話の言葉を続けた。
「だって私、貴方に狂わされっちゃたんだもの。魅了されてしまったのだもの。恋焦がれてしまったんだもの……だから────」
周囲の視線、体裁など一切合切無視して、彼だけを見つめて、彼だけに私の思いをぶちまける。
「私をこんな滅茶苦茶にした責任、しっかり取ってね?」
私の思いを聞いて、彼は一瞬呆けて、そのあとすぐに優しく微笑んだ。
「────まあ、善処するよ」
「あはッ!!」
その答えだけで、もう満足しそうになってしまった。渇いていた心の内は十全に満たされてしまった。同時に空砲が空に向かって破裂する。
「愛してるわよ、レイ!!」
躊躇わず私は飛び出した。彼ならば全部受け止めてくれる。だから私は余計なことを考える必要はない。全部だ、ありったけをぶつけるんだ。
・
・
・
「────私をこんな滅茶苦茶にした責任、しっかり取ってね?」
多分、今眼前の少女はとんでもなく恥ずかしいことを口走っている。
「はは……これまた激重告白だな────まあ、善処するよ」
それはきっと俺も同じで、後で思い出したときに羞恥心に悶え苦しむやつで、所謂「黒歴史」ってやつだ。けれども今はそんなのがどうでもいいくらいに全身の血が煮え滾っている。
〈血流操作〉は起動したばかりでまだ全く十分とは言えない。けれどその遅れを取り返そうと勝手に体内を駆け巡り、齷齪している。
何故か?
「あはッ!!」
単純に俺の本能が彼女の溢れんばかりの殺気とやらに反応しているんだ。感化されて殺気立っているのだ。
────これじゃあ俺も一緒だな。
開戦の合図と同時に戦闘狂は飛び込んでくる。彼女にはさんざん色々と言ってきたが、結局のところクレイム・ブラッドレイという人間もそう変わりはしない。
冷静を装い、達観して平穏を望んでいるが、一度化けの皮が剥がれれば、ただ自分の強さを渇望して、強者を求めて、浅ましくも調子に乗った自分がこれまた調子に乗って滅茶苦茶やるイキモノなのだ。
本来ならば、それはおいそれと曝け出してはいけない類のモノで、自制するべきモノなのだ。それを身をもって理解していたから俺はずっと抑え込んでいたんだ。けれど偶にこうして同じく狂ったもの同士で斬り結ぶ時だけに、それらを一切合切無視することができるんだ。傍から見ればそれはとても可笑しなものに映るだろうが、当人達が楽しければ他人の感想なんてどうでもいい。
「愛してるわよ、レイ!!」
「嬉しいねぇ……!!」
小手先の愛撫なんていらない。俺と彼女の間に遠慮なんて必要はない。ただ全力で、身勝手に我武者羅に剣を揮うだけだ。
頬が自然と引き攣る。振り絞った互いの刃が消えかけの夕日に照らされて、一つ瞬きをすれば激突する。途端に俺達を中心として激しい衝撃と外部に放出した魔力が飽和する。初撃で決着が着くのではないかと不安げな観客の息を呑む観客の声が聞こえた気がした。
────そんな心配すんなよ。こちとら直ぐに終わらせる気なんてないんだ。
誰に向けるわけでもなく、伝えるまでもなく、俺は眼前のフリージアへと斬りかかる。
「最ッ高ッに楽しいね、レイ!!」
「嗚呼、そうだな……楽しいなぁ……」
接近したのならばそこから一度も離れることはない。どちらかが力尽きるまで無限に切り結ぶだけだ。互いに傷つけ、傷つけられる。それは痛くて、恐くて、けれどそんなのは当たり前の話で、それを求めて俺達はこうして狂っているのだ。
────こいつの初陣がこんな最高の舞台で良かったなぁ。
色々と文句を垂れたが、この戦闘狂には感謝しなければなるまい。
もうほぼ沈みかけている夕日に照らされた黒鈍の刃はやはり酷くこの身に馴染む。握るたびに違和感は払拭され、揮うたびに自身の身体の一部へと溶け込んで、逆に思考が違和感を覚えるくらいだ。
────あれ、俺今、剣持ってるっけ?
てな感じで……いや、流石にそれはちょっと話を盛ったが、けれどもそれぐらいの感動が毎秒俺の全身を駆け巡っている。どんどんと今まで思いつかなかった発想が反射的に飛び出てくる。
斬り上げた刃を空中で手放して、その場で旋転。回る視界の中で適当に当たりを付けて剣を逆手に回収、そのまま思いつく限りに刃を振り抜く。
「わぁ!何その動き!?」
「分かんね!けど、カッコいいだろ?」
「うんッ!!」
爛々と、こんな時ばかりは無邪気な少女のように表情を輝かせる彼女に、俺は得気な笑みを向ける。そんなに楽しそうな反応をされるとこっちも嬉しいってもんだ。
傍から見れば無駄な動きが多くて、意味のないことばかりだ。けれど、それじゃあ夢が無い、遊び心が欠落してる。こんな時ばかりは「不必要だ」なんて、「無意味だ」なんて言わないでくれよ。
「じゃあじゃあ!これなんてどうかしら!?」
俺の変な動きに刺激されてかフリージアも突発的な軌道を見せる。もう傍から見れば半分奇妙な光景に映るだろうが、俺の脳は彼女の変則軌道に脳が刺激されて、脳汁がドバドバと噴き出て、興奮しっぱなしだ。
「うっは!なんだよその動き!めっちゃイカすじゃん!!」
「でしょ!!?」
こんな瞬間だからこそ共有できるものがあるってもんだ。
俺はこんなことができるぞ? それじゃあお前は? ……って対話をするんだ。言葉で語るだけが全てじゃない。剣って言うのはそれができるから面白いんだ。けれど誰とでもそれを共有できないから難しい、虚しい、切ない、悲しい。しかし今、目の前にいる少女とはそれができるんだ。
「強くなったなぁ、フリージア」
それがどれだけ嬉しいことか、言葉で表現するだけじゃあ勿体ない。だから、反射で全神経が、身体中の細胞が沸き立つんだ。無数の斬撃、攻撃、言葉、発想の応酬。ずっとこの無性に楽しくて、永遠と浸っていた感覚に溺れていたい。
「ほん、とう……?」
けれども、現実とは残酷で無常だ。どんなものにも終わりが付きまとい、時間が経過すればそれは必ず訪れる。
────だからこそ価値があり、意味があるんだ。
そうとは分かっていても悲しいものは悲しい。けれども、そう言うのも全部ひっくるめて「楽しい」と言う感情は沸き起こるのだ。
「嗚呼……」
眼前の少女の剣は気が付けば勢いを失いかけていた。先ほどまでの縦横無尽に疾走していたソレはもう殆ど止まりかける寸前、一秒後には全部滅茶苦茶になって壊れてしまいそうな儚さ。
「わ、たし……は、ま だ!!」
言葉を紡ぐ気力さえもう残り僅か。だと言うのにまだフリージアは何とか体を動かし、俺に剣で語りかけてくる。それだけで彼女が何を考えているのか分かる。
────そうか、一緒か。そりゃあそうか……。
終わりたくないのだ。この一瞬をまだ続けようと必死なのだ。自分から終わらせてしまうのは辛い。だからこそ俺が幕引きをするべきだろう。
「よく頑張ったよ」
「ッ────!!」
少女の力ない、剣に振られたような大ぶりの一撃が俺に迫る。躱すのは容易い、それどころか反撃を完璧に決められる。けれどそれじゃあ、面白みがない。遊び心は忘れちゃあいけない。別にこれで終わりってわけでもないんだ。
────今度はもっと、元気な時にやろう。
そんな意味を込めて、俺は────
「てい」
彼女のその白い額に渾身のデコピンを見舞ってやる。
「いッ────!!?」
デコピンにしては激しい打撃音とその威力にフリージアは目を見開く。軽く後ろ方向に飛んでそのまま地面に倒れるフリージアはとても悔し気で、でも楽しげに笑っていて、輝くような彼女の姿に俺はふと言葉を飾る。
「また続きをしよう」
それはいつの日かの、もしかしたら違ったかもしれない返答。俺は空気を読まずに、剣術大会の優勝者であるフリージア・グレイフロストを倒した。
・
・
・
「はあ……」
深く、ため込んでいた肺の空気を吐き出す。ゆっくりと周囲を見渡せば、今の俺達の決闘……と言うにはお粗末なただのお遊びを見ていた観客たちが未だ心ここに在らずと言った様子で呆然としている。
────そりゃそうだ。
まあ、この周りの反応は分かり切っていたことである。こうなることを承知で好き勝手に遊んだのだ。後で、「神聖な決闘の場を何だと思ってる!?」と怒られても不思議じゃない。それでも後悔はなかった。
色々と文句を言ったし、ふざけるなとも思ったが、終わりよければすべてよしと言うじゃないか……気分は悪くない。
────まだこの雰囲気に酔ってるな……。
そんな自己分析ができるくらいには冷静さを取り戻してくる。
次いで、思い浮かぶのはこの異様に静まり返った会場の空気をどう取り繕うべきかとか、また血が昂って目立ってしまったな……とか。まあ、色々と悩みの種が出てきたわけだが────
『素晴らしい!演武とは、剣舞とは各あるべきであるな!!』
不意に聞こえてきたそんな場違い極まりない声に俺の思考は一瞬にして塗り替わる。
「……は?」
その声はとても希薄で、けれどもしっかりと存在を主張するように鼓膜にへばり付いて、何処か聞き覚えがあった。そんな俺の曖昧な感覚を確かなモノにしようと場違いな声がまた闘技場に響き渡る。
『そんな素晴らしい一つの武の極みに敬意を払って、慈悲を遣ろう。選べ、今ここで我に全てを捧げて楽になるか。それとも醜く、愚かに足掻き苦しむか』
それは忘れたくても忘れれない声。
一変して、沈みかけの茜色の空を塗り潰すかのように、真黒い影が全てを覆い尽くす。
それは世界を見下す七龍が一体、影を司る龍の残滓だった。
彼が本気で私を勝負する相手と認識し、思考を切り替えた瞬間をハッキリと感じ取った。
「ッ……!!」
彼の覇気……はたまた殺気とも取れるその気迫に思わず足が竦んでしまった。
────分かっていたことだけど、実際に向けられると全然違うわね……。
全身が、脳が直接、警鐘を鳴らしている。「この男は戦ったらいけない」と「お前なんかが到底かなうはずのない相手だ」と、自分で奮い立たせた心の根を挫こうとしてくる。けれど、そんなこと勝負を挑む前から分かっていることなのだから今更気にすることでもないのだ。
────勝てないからって、敵わないからって、どうしてそれが挑まない理由になるって言うの?
心底、不思議でならない。
確かに、勝負するのだから勝ち負けには拘るべきだし。剣を交えるのだから痛い思いはするし、大なり小なり怪我だってするだろう。だけど、やっぱりそう言った負なことを加味したとしても、私は強者に挑むことをやめないだろう。
何故かって?
────だってほら、今も私の心臓は早鐘を打つように震えている。
それは恐怖であったり、怖気づいたから震えているのではない。生きているからだ、確かに今、ハッキリと、この心臓の脈動がその事実を明確に教えてくれるのだ。この興奮が私を私たらしめ、大きな原動力になってくれる。それが、こと彼との勝負によって齎されたモノならばこれ以上の幸福はない。私はあの日から、恋焦がれてしまっているのだ。彼の強さに、彼の在り方に、彼の彼に関する全てに!!
「はぁ……たまらないわね……」
気が付けば場は整っている。
依然として司会や観客はどこか困惑しているけれどどうでもいい。ここからは今日一日頑張った、この日まで研鑽を怠らなかった自分へのご褒美だ。だから周囲の反応なんてどうでもいい。眼前の彼にだけこの思いが届けば何ら問題はない。
「お前、本当に狂ってるよ」
今日新調したばかりの黒鉄の剣を構え、眼前の愛おしき強者が呆れたように呟く。その姿だけで気が狂いそうだ。なんだかんだ言いながら、彼は私の我が儘を受け止めてくれる。何の心配もなく、彼にこの身を捧げられる。これが正規な場じゃなければ私はすぐさま彼に斬りかかっていたことだろう。
「そう? そうかも? そうね────」
多分、彼は私の返答なんて求めてないけど答える。それと同時に身体の最終確認だ。
────体の傷は回復薬で無理やり塞いだ。けど所詮は気休め程度、今も塞いだ傷は疼くけど動きには何ら問題はない。問題は魔力だ。女剣士と〈勇者〉との戦闘で既に大技を一回ずつ使ってしまっている……。
到底、彼と戦うには魔力残量は十全とは言えない。
けれどそれが何だって言うのか?
ごちゃごちゃと思考を並べてみたが、全ては自分を誤魔化すための言い訳に過ぎない。どんな条件下であろうと眼前の彼は何ら一切の言い訳なんてしない。それどころか、今が最高状態だと言わんばかりに、異様な能力を発揮することだろう。
ならば、私もそれをすればいいだけだ。それができなければ、彼の隣に並び立つなど烏滸がましい、彼の側にいてずっと彼を支えるなんて不可能だ。ならばやるしかない……いや、やるんだ。
「でも、しょうがないじゃない?」
「……?」
今か今かと開戦の合図を待つ。その合間で先ほどの会話の言葉を続けた。
「だって私、貴方に狂わされっちゃたんだもの。魅了されてしまったのだもの。恋焦がれてしまったんだもの……だから────」
周囲の視線、体裁など一切合切無視して、彼だけを見つめて、彼だけに私の思いをぶちまける。
「私をこんな滅茶苦茶にした責任、しっかり取ってね?」
私の思いを聞いて、彼は一瞬呆けて、そのあとすぐに優しく微笑んだ。
「────まあ、善処するよ」
「あはッ!!」
その答えだけで、もう満足しそうになってしまった。渇いていた心の内は十全に満たされてしまった。同時に空砲が空に向かって破裂する。
「愛してるわよ、レイ!!」
躊躇わず私は飛び出した。彼ならば全部受け止めてくれる。だから私は余計なことを考える必要はない。全部だ、ありったけをぶつけるんだ。
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「────私をこんな滅茶苦茶にした責任、しっかり取ってね?」
多分、今眼前の少女はとんでもなく恥ずかしいことを口走っている。
「はは……これまた激重告白だな────まあ、善処するよ」
それはきっと俺も同じで、後で思い出したときに羞恥心に悶え苦しむやつで、所謂「黒歴史」ってやつだ。けれども今はそんなのがどうでもいいくらいに全身の血が煮え滾っている。
〈血流操作〉は起動したばかりでまだ全く十分とは言えない。けれどその遅れを取り返そうと勝手に体内を駆け巡り、齷齪している。
何故か?
「あはッ!!」
単純に俺の本能が彼女の溢れんばかりの殺気とやらに反応しているんだ。感化されて殺気立っているのだ。
────これじゃあ俺も一緒だな。
開戦の合図と同時に戦闘狂は飛び込んでくる。彼女にはさんざん色々と言ってきたが、結局のところクレイム・ブラッドレイという人間もそう変わりはしない。
冷静を装い、達観して平穏を望んでいるが、一度化けの皮が剥がれれば、ただ自分の強さを渇望して、強者を求めて、浅ましくも調子に乗った自分がこれまた調子に乗って滅茶苦茶やるイキモノなのだ。
本来ならば、それはおいそれと曝け出してはいけない類のモノで、自制するべきモノなのだ。それを身をもって理解していたから俺はずっと抑え込んでいたんだ。けれど偶にこうして同じく狂ったもの同士で斬り結ぶ時だけに、それらを一切合切無視することができるんだ。傍から見ればそれはとても可笑しなものに映るだろうが、当人達が楽しければ他人の感想なんてどうでもいい。
「愛してるわよ、レイ!!」
「嬉しいねぇ……!!」
小手先の愛撫なんていらない。俺と彼女の間に遠慮なんて必要はない。ただ全力で、身勝手に我武者羅に剣を揮うだけだ。
頬が自然と引き攣る。振り絞った互いの刃が消えかけの夕日に照らされて、一つ瞬きをすれば激突する。途端に俺達を中心として激しい衝撃と外部に放出した魔力が飽和する。初撃で決着が着くのではないかと不安げな観客の息を呑む観客の声が聞こえた気がした。
────そんな心配すんなよ。こちとら直ぐに終わらせる気なんてないんだ。
誰に向けるわけでもなく、伝えるまでもなく、俺は眼前のフリージアへと斬りかかる。
「最ッ高ッに楽しいね、レイ!!」
「嗚呼、そうだな……楽しいなぁ……」
接近したのならばそこから一度も離れることはない。どちらかが力尽きるまで無限に切り結ぶだけだ。互いに傷つけ、傷つけられる。それは痛くて、恐くて、けれどそんなのは当たり前の話で、それを求めて俺達はこうして狂っているのだ。
────こいつの初陣がこんな最高の舞台で良かったなぁ。
色々と文句を垂れたが、この戦闘狂には感謝しなければなるまい。
もうほぼ沈みかけている夕日に照らされた黒鈍の刃はやはり酷くこの身に馴染む。握るたびに違和感は払拭され、揮うたびに自身の身体の一部へと溶け込んで、逆に思考が違和感を覚えるくらいだ。
────あれ、俺今、剣持ってるっけ?
てな感じで……いや、流石にそれはちょっと話を盛ったが、けれどもそれぐらいの感動が毎秒俺の全身を駆け巡っている。どんどんと今まで思いつかなかった発想が反射的に飛び出てくる。
斬り上げた刃を空中で手放して、その場で旋転。回る視界の中で適当に当たりを付けて剣を逆手に回収、そのまま思いつく限りに刃を振り抜く。
「わぁ!何その動き!?」
「分かんね!けど、カッコいいだろ?」
「うんッ!!」
爛々と、こんな時ばかりは無邪気な少女のように表情を輝かせる彼女に、俺は得気な笑みを向ける。そんなに楽しそうな反応をされるとこっちも嬉しいってもんだ。
傍から見れば無駄な動きが多くて、意味のないことばかりだ。けれど、それじゃあ夢が無い、遊び心が欠落してる。こんな時ばかりは「不必要だ」なんて、「無意味だ」なんて言わないでくれよ。
「じゃあじゃあ!これなんてどうかしら!?」
俺の変な動きに刺激されてかフリージアも突発的な軌道を見せる。もう傍から見れば半分奇妙な光景に映るだろうが、俺の脳は彼女の変則軌道に脳が刺激されて、脳汁がドバドバと噴き出て、興奮しっぱなしだ。
「うっは!なんだよその動き!めっちゃイカすじゃん!!」
「でしょ!!?」
こんな瞬間だからこそ共有できるものがあるってもんだ。
俺はこんなことができるぞ? それじゃあお前は? ……って対話をするんだ。言葉で語るだけが全てじゃない。剣って言うのはそれができるから面白いんだ。けれど誰とでもそれを共有できないから難しい、虚しい、切ない、悲しい。しかし今、目の前にいる少女とはそれができるんだ。
「強くなったなぁ、フリージア」
それがどれだけ嬉しいことか、言葉で表現するだけじゃあ勿体ない。だから、反射で全神経が、身体中の細胞が沸き立つんだ。無数の斬撃、攻撃、言葉、発想の応酬。ずっとこの無性に楽しくて、永遠と浸っていた感覚に溺れていたい。
「ほん、とう……?」
けれども、現実とは残酷で無常だ。どんなものにも終わりが付きまとい、時間が経過すればそれは必ず訪れる。
────だからこそ価値があり、意味があるんだ。
そうとは分かっていても悲しいものは悲しい。けれども、そう言うのも全部ひっくるめて「楽しい」と言う感情は沸き起こるのだ。
「嗚呼……」
眼前の少女の剣は気が付けば勢いを失いかけていた。先ほどまでの縦横無尽に疾走していたソレはもう殆ど止まりかける寸前、一秒後には全部滅茶苦茶になって壊れてしまいそうな儚さ。
「わ、たし……は、ま だ!!」
言葉を紡ぐ気力さえもう残り僅か。だと言うのにまだフリージアは何とか体を動かし、俺に剣で語りかけてくる。それだけで彼女が何を考えているのか分かる。
────そうか、一緒か。そりゃあそうか……。
終わりたくないのだ。この一瞬をまだ続けようと必死なのだ。自分から終わらせてしまうのは辛い。だからこそ俺が幕引きをするべきだろう。
「よく頑張ったよ」
「ッ────!!」
少女の力ない、剣に振られたような大ぶりの一撃が俺に迫る。躱すのは容易い、それどころか反撃を完璧に決められる。けれどそれじゃあ、面白みがない。遊び心は忘れちゃあいけない。別にこれで終わりってわけでもないんだ。
────今度はもっと、元気な時にやろう。
そんな意味を込めて、俺は────
「てい」
彼女のその白い額に渾身のデコピンを見舞ってやる。
「いッ────!!?」
デコピンにしては激しい打撃音とその威力にフリージアは目を見開く。軽く後ろ方向に飛んでそのまま地面に倒れるフリージアはとても悔し気で、でも楽しげに笑っていて、輝くような彼女の姿に俺はふと言葉を飾る。
「また続きをしよう」
それはいつの日かの、もしかしたら違ったかもしれない返答。俺は空気を読まずに、剣術大会の優勝者であるフリージア・グレイフロストを倒した。
・
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「はあ……」
深く、ため込んでいた肺の空気を吐き出す。ゆっくりと周囲を見渡せば、今の俺達の決闘……と言うにはお粗末なただのお遊びを見ていた観客たちが未だ心ここに在らずと言った様子で呆然としている。
────そりゃそうだ。
まあ、この周りの反応は分かり切っていたことである。こうなることを承知で好き勝手に遊んだのだ。後で、「神聖な決闘の場を何だと思ってる!?」と怒られても不思議じゃない。それでも後悔はなかった。
色々と文句を言ったし、ふざけるなとも思ったが、終わりよければすべてよしと言うじゃないか……気分は悪くない。
────まだこの雰囲気に酔ってるな……。
そんな自己分析ができるくらいには冷静さを取り戻してくる。
次いで、思い浮かぶのはこの異様に静まり返った会場の空気をどう取り繕うべきかとか、また血が昂って目立ってしまったな……とか。まあ、色々と悩みの種が出てきたわけだが────
『素晴らしい!演武とは、剣舞とは各あるべきであるな!!』
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「……は?」
その声はとても希薄で、けれどもしっかりと存在を主張するように鼓膜にへばり付いて、何処か聞き覚えがあった。そんな俺の曖昧な感覚を確かなモノにしようと場違いな声がまた闘技場に響き渡る。
『そんな素晴らしい一つの武の極みに敬意を払って、慈悲を遣ろう。選べ、今ここで我に全てを捧げて楽になるか。それとも醜く、愚かに足掻き苦しむか』
それは忘れたくても忘れれない声。
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それは世界を見下す七龍が一体、影を司る龍の残滓だった。
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