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刻王祭編
第118話 悪夢
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等しく、全てが影に覆い尽くされた。先ほどまで鮮明だった視界は気が付けば暗く覚束ず、自分が今立っているのか、寝ているのか、横を向いているのか正面を向いているのか、上を向いているのか、下を向いているのか、全ての感覚が有耶無耶になる。
「な、なんだこれ!?」
「どうなっているんだ!?」
「怖いよ、ママぁぁああああああ!?」
突然の出来事に会場内の誰しもが混乱し、冷静など保ってはいられない。
『約束を果たしに来た』
そんな周囲の事など知ったことかと、場違い極まりない声が鳴る。
瞬間、不快感が全身を駆け巡る。今まで晴れやかだった気分が一瞬にして最悪の気分だ。一転して、声が鳴ってすぐに暗く塗り潰された視界が明けた。不思議と眼球はなんら問題なく即座に周囲の光景を視認して────
「ッ────!!」
突如として眼前に立っていたそいつに息を呑む。
決闘を行うにしては異様に広いと思えてしまう戦闘地帯、その中央に現れたのは一体の漆黒の龍の残滓と、それに付き従うように黒灰の鎧具足に身を包んだ四人の騎士達。
「おま、え、は……!!」
予想外の光景と眼前にいるソレを確かに俺の脳は存在を認める、同時に俺の全身が一つの衝動に駆られた。駆け巡った衝動を言葉で表すのは容易い。
『久しいな、〈時詠の逆行者〉』
「────殺す!!」
単純明快だ。それは殆ど反射に近かった。戦闘の終了と一緒に、一度は収めたはずの刃を即座に抜き放つ。
龍を殺すために打たれた黒鉄の一振りは妖しく煌めきその存在を主張する。まさかこんなに早く役目を全うする日が来ようとは思いもしなかった。しかし、準備は整っていた。予想外ではあった、全く思いもよらなかったが、俺はずっとこの瞬間を待ち望んでいたのだ。だから何ら違和感なく身体も動いてくれた。
『どうして?』なんて疑問、今はどうでもよかった。そんな事を気にする暇があるのならばそれよりも先にしなければならないことがある。思考は眼前の龍の残滓を殺すために勝手に魔法を弾き出し、言葉を紡ぎ始めた。
「〈龍め────」
しかし、遅れて俺の脳裏に一つの違和感が過る。何か大事なことを忘れているような気がして────
「お兄……様────!!」
「────」
身体が硬直する。
気が付けば突然姿を現した世界を見下す七龍の一体の残滓に、闘技場内の混乱は更に酷くなっていた。残滓とは言え、常人では決して耐えられない龍の圧力、魔力の発露によって誰もが錯乱し、我先にとここから逃げ出そうとしていた。
「ど、どうしてここに龍がいるんだ!!?」
「に、逃げろ!早くここから逃げないと殺されるぞ!!」
「どけろ!お前らみたいな凡人なんか後回しだ!高貴な血族である私の命を優先しろ!!」
一心不乱、叫び声や怒鳴り声、泣き声など様々な負の感情が交じり合っている。もう何が何だか、誰が誰だか、傍から見れば判断なんてつかない。けれども俺は確かに彼女の呼ぶ声を聴いた。
「アリス!!」
それで我に返る。急激に頭へと昇っていた血がさっと引いていき、寒気すら覚えた。
────何を血迷っている!虚構の影、本体でも何でもないただの搾りカスなんかに気を割くよりも、俺には守らなければならない最重要事項がいるだろうが!!
すぐさま視線を彼女のいる上へと向けた。しかし、人の波に彼女は飲み込まれ、その姿は既に不明瞭。魔力によって薄らと周囲の様子を把握できているとはいえ、それは気休めにしかならずこれだけ多くの人でごった返せばまだ幼いアリスは簡単に圧し潰され、飲み込まれてしまう。
「まず────」
俺の内に巣食っていた焦りが加速する。嫌な想像が駆け巡り、気が乱れる。
「レイ!君の妹は俺が責任を持って外へ連れ出す!だから今は自分の事だけを考えろ!!」
そこに喧騒の中でも良く通る殿下の声がした。どうやら彼が機転を利かせて近くにいたアリスを保護してくれているらしい。今すぐにでもアリスの元へ行きたいが実際問題、それは難しい。ならば今は彼に頼るしかない。
「ッ……ありがとうございます殿下!!」
そう判断をして、俺は眼前の龍の残滓へと意識を戻す。
以前────約六年前に遭遇した時より、今目の前にいる影は込められた魔力や、意思の密度が濃かった。ただの搾りカス、急ごしらえの摸造体だと油断なんてできない、こいつを相手取るのは相当骨が折れそうだ。これに加えて、異様な雰囲気を纏った見覚えのある四人の黒灰の騎士の相手も考えいると────
「関係ない……!!」
先ほどのフリージアとの戦闘のお陰で既に身体には十全に血と魔力が巡っている。直ぐにでも戦闘はできる。
『〈刻龍の民〉の末裔が余計なことを……聞こえなかったのか? 我は約束を果たしに来たんだ。みすみす、大事な姫君を自由にするわけがないだろう』
けれども件の龍の意識はこちらに無く、何処にいるとも判別がつかないアリスであった。
────マズい!!
考えるまでもなく直感した。俺は無意識に叫ぶ。
「全力で逃げ────!!」
『まずは約束通り、”血”の姫君を貰い受けよう』
しかし声は途中で遮られ、無作為にただ一点のみを目指していつの間にか黒に呑まれた床から影腕が伸びる。
「なんの此れしき────ぐ、ッかは!?」
「キャアア!!」
直ぐに何かが吹き飛ばされる鈍い音と、一人の少女の悲鳴が場内に響いて直ぐに他の雑音にかき消される。
『久しいなぁ、”血”の姫君よ……六年待った甲斐があったと言うものだ!』
「い、いや……ッ!!」
一瞬にして影に囚われ、龍の手中へと収まってしまったアリスは戦闘地帯……龍の残滓の傍らに連れ出される。その光景は正に六年前の焼き回しのようで、その六年前と違うことと言えば────
「その気色悪い影で俺の大事な妹に触れるな!!」
もう俺達を助けてくれる英雄は側にいないと言うこと、アリスを助けられるのは俺だけだと言うことだ。今度こそ怒りに身を任せて大切な妹を助け出すために飛び出そうとする。しかし、それを搾りカスに媚び諂っていた騎士達によって咎められる。
「我らが主のお話はまだ終わっていない。まだ大人しくしていろ」
「チッ……」
兜によってその素顔は定かではないが、低く唸るような嗄れ声が言った。煮えくり返る怒りを隠さずに鋭く眼前の龍を睨めば、奴は楽しげに笑った。
『まあそう怒るな……と言われても無理か。我はお前の事を評価しているんだ。言っただろう? 選択肢をやるとな』
「何をふざけたこと────!!」
『果たして、本当にそうだろうか?』
今すぐに飛び掛かってきそうな俺を宥めるように、搾りカスは言葉を続ける。
『別に我としてはこんな無駄なことをする必要などなかったのだ』
「……は?」
『我にしてみれば、お前たち脆弱な生命種など直ぐに滅ぼし自由に欲しいものを手に入れることができる。しかし、今回そうしなかった理由何故だと思う?』
龍の形を成した影は大仰に身をよじらせて興奮気味に言った。
『興が乗ったからだ。六年前までは取るに足らなかった生意気なガキがたった数年で異様な力を付けた。それこそ、我が認めた騎士を打倒できるほどにはな』
このクズがなんの話をしているのか、俺には理解できてしまう。少し前に迷宮にて打倒した黒灰の騎士が脳裏に呼び起こされる。
『だから確かめたくなったのだ。ただ横暴に、自由気ままに鏖殺し、欲しいものを手に入れるだけでは詰らないだろう、面白みがないだろう、そんな歯ごたえのない、滾りのない生に意味などないだろう! だからこその慈悲! 新たな”血”の守護者に試練を与えようではないか!!』
そうしてやはり、この世界の超越種である奴の感覚は何処まで行ってもお遊びであり、俺達をただの暇つぶしの道具としか考えていない。
────本当に腹が立つ……!!
しかし、弱者は強者の決定には逆らえないように世界できている……できてしまっている。仮にここで俺が奴の言葉を遮り、無視をすれば罪のない人々を巻き込むことになる。それこそ、この場にいる人────延いては外で祭りを楽しんでいた国中の人々を巻き込んでだ。二度目の人生でできた仲間や大切な人たちを見殺しにすることになる。それは俺の望むところではない。
「俺に、何を……させようって?」
本当はこんなカスの戯言など無視して今すぐ斬り殺したい。けれどもそれを押し殺して、俺はクソトカゲを睨んだ。何が面白いのか、奴は腹の立つ笑みを浮かべる。
『なに、やることは結局変わらない。単純明快、我を殺せれば、我は全て諦めよう。だがしかし、ただ殺し合うのじゃあ芸がない、面白みがない。そこでだ、一つ遊戯をしようではないか』
「遊戯……?」
要領を得ない俺を無視して、影龍の残滓は天を仰ぎ、高らかに宣言をした。
『我、七龍が一体、〈潜影龍〉スカーシェイドは〈刻龍の民〉延いては”血”の姫君の守護者であるクレイム・ブラッドレイに〈龍伐大戦〉を挑む!!』
「龍伐────は?」
初めて耳にする単語に俺の思考は追いつかない。しかし、やはりそんなことなどこのクソトカゲには関係が無い。
『開戦は今日から七日後、期間はどちらかが死滅するまで、後は自由だ! 意地汚く足掻けよ?そうでなければわざわざこんなことをする意味がない。さあ、我から”血”の姫君を奪ってみろ!!』
そう言って、周囲に風を巻き起こして影龍の残滓は床一面に這っていた闇に沈んで消える。それに追随するように俺の周囲を取り囲んでいた黒灰の騎士たちも姿を消した。影に囚われたアリスも一緒にだ。
「お兄さ────!!」
飲み込まれる間際、彼女が一生懸命に手を伸ばして助けを求めてくる。
「アリス!!」
俺は咄嗟に地面を蹴って、手を伸ばすが彼女の手を掴み取ることは叶わない。俺の手は虚しく空を掴み、今までの騒動が嘘だったかのように〈闘技場〉は静まり返った。誰もが状況の整理、何が起きたのかさえ呑み込めていなかった。それはまるで最悪に気分が悪い夢を見せられているようで、
「────クソがッ!!」
この胸中に燻った怒りをどこに吐き出せばいいのかも分からなくなってしまう。
その日、俺の大切な妹────アリス・ブラッドレイは世界を見下す七龍が一体に連れ去られた。
そうして、世界を巻き込む大戦が幕を開ける。
~第四章 刻王祭編 閉幕~
「な、なんだこれ!?」
「どうなっているんだ!?」
「怖いよ、ママぁぁああああああ!?」
突然の出来事に会場内の誰しもが混乱し、冷静など保ってはいられない。
『約束を果たしに来た』
そんな周囲の事など知ったことかと、場違い極まりない声が鳴る。
瞬間、不快感が全身を駆け巡る。今まで晴れやかだった気分が一瞬にして最悪の気分だ。一転して、声が鳴ってすぐに暗く塗り潰された視界が明けた。不思議と眼球はなんら問題なく即座に周囲の光景を視認して────
「ッ────!!」
突如として眼前に立っていたそいつに息を呑む。
決闘を行うにしては異様に広いと思えてしまう戦闘地帯、その中央に現れたのは一体の漆黒の龍の残滓と、それに付き従うように黒灰の鎧具足に身を包んだ四人の騎士達。
「おま、え、は……!!」
予想外の光景と眼前にいるソレを確かに俺の脳は存在を認める、同時に俺の全身が一つの衝動に駆られた。駆け巡った衝動を言葉で表すのは容易い。
『久しいな、〈時詠の逆行者〉』
「────殺す!!」
単純明快だ。それは殆ど反射に近かった。戦闘の終了と一緒に、一度は収めたはずの刃を即座に抜き放つ。
龍を殺すために打たれた黒鉄の一振りは妖しく煌めきその存在を主張する。まさかこんなに早く役目を全うする日が来ようとは思いもしなかった。しかし、準備は整っていた。予想外ではあった、全く思いもよらなかったが、俺はずっとこの瞬間を待ち望んでいたのだ。だから何ら違和感なく身体も動いてくれた。
『どうして?』なんて疑問、今はどうでもよかった。そんな事を気にする暇があるのならばそれよりも先にしなければならないことがある。思考は眼前の龍の残滓を殺すために勝手に魔法を弾き出し、言葉を紡ぎ始めた。
「〈龍め────」
しかし、遅れて俺の脳裏に一つの違和感が過る。何か大事なことを忘れているような気がして────
「お兄……様────!!」
「────」
身体が硬直する。
気が付けば突然姿を現した世界を見下す七龍の一体の残滓に、闘技場内の混乱は更に酷くなっていた。残滓とは言え、常人では決して耐えられない龍の圧力、魔力の発露によって誰もが錯乱し、我先にとここから逃げ出そうとしていた。
「ど、どうしてここに龍がいるんだ!!?」
「に、逃げろ!早くここから逃げないと殺されるぞ!!」
「どけろ!お前らみたいな凡人なんか後回しだ!高貴な血族である私の命を優先しろ!!」
一心不乱、叫び声や怒鳴り声、泣き声など様々な負の感情が交じり合っている。もう何が何だか、誰が誰だか、傍から見れば判断なんてつかない。けれども俺は確かに彼女の呼ぶ声を聴いた。
「アリス!!」
それで我に返る。急激に頭へと昇っていた血がさっと引いていき、寒気すら覚えた。
────何を血迷っている!虚構の影、本体でも何でもないただの搾りカスなんかに気を割くよりも、俺には守らなければならない最重要事項がいるだろうが!!
すぐさま視線を彼女のいる上へと向けた。しかし、人の波に彼女は飲み込まれ、その姿は既に不明瞭。魔力によって薄らと周囲の様子を把握できているとはいえ、それは気休めにしかならずこれだけ多くの人でごった返せばまだ幼いアリスは簡単に圧し潰され、飲み込まれてしまう。
「まず────」
俺の内に巣食っていた焦りが加速する。嫌な想像が駆け巡り、気が乱れる。
「レイ!君の妹は俺が責任を持って外へ連れ出す!だから今は自分の事だけを考えろ!!」
そこに喧騒の中でも良く通る殿下の声がした。どうやら彼が機転を利かせて近くにいたアリスを保護してくれているらしい。今すぐにでもアリスの元へ行きたいが実際問題、それは難しい。ならば今は彼に頼るしかない。
「ッ……ありがとうございます殿下!!」
そう判断をして、俺は眼前の龍の残滓へと意識を戻す。
以前────約六年前に遭遇した時より、今目の前にいる影は込められた魔力や、意思の密度が濃かった。ただの搾りカス、急ごしらえの摸造体だと油断なんてできない、こいつを相手取るのは相当骨が折れそうだ。これに加えて、異様な雰囲気を纏った見覚えのある四人の黒灰の騎士の相手も考えいると────
「関係ない……!!」
先ほどのフリージアとの戦闘のお陰で既に身体には十全に血と魔力が巡っている。直ぐにでも戦闘はできる。
『〈刻龍の民〉の末裔が余計なことを……聞こえなかったのか? 我は約束を果たしに来たんだ。みすみす、大事な姫君を自由にするわけがないだろう』
けれども件の龍の意識はこちらに無く、何処にいるとも判別がつかないアリスであった。
────マズい!!
考えるまでもなく直感した。俺は無意識に叫ぶ。
「全力で逃げ────!!」
『まずは約束通り、”血”の姫君を貰い受けよう』
しかし声は途中で遮られ、無作為にただ一点のみを目指していつの間にか黒に呑まれた床から影腕が伸びる。
「なんの此れしき────ぐ、ッかは!?」
「キャアア!!」
直ぐに何かが吹き飛ばされる鈍い音と、一人の少女の悲鳴が場内に響いて直ぐに他の雑音にかき消される。
『久しいなぁ、”血”の姫君よ……六年待った甲斐があったと言うものだ!』
「い、いや……ッ!!」
一瞬にして影に囚われ、龍の手中へと収まってしまったアリスは戦闘地帯……龍の残滓の傍らに連れ出される。その光景は正に六年前の焼き回しのようで、その六年前と違うことと言えば────
「その気色悪い影で俺の大事な妹に触れるな!!」
もう俺達を助けてくれる英雄は側にいないと言うこと、アリスを助けられるのは俺だけだと言うことだ。今度こそ怒りに身を任せて大切な妹を助け出すために飛び出そうとする。しかし、それを搾りカスに媚び諂っていた騎士達によって咎められる。
「我らが主のお話はまだ終わっていない。まだ大人しくしていろ」
「チッ……」
兜によってその素顔は定かではないが、低く唸るような嗄れ声が言った。煮えくり返る怒りを隠さずに鋭く眼前の龍を睨めば、奴は楽しげに笑った。
『まあそう怒るな……と言われても無理か。我はお前の事を評価しているんだ。言っただろう? 選択肢をやるとな』
「何をふざけたこと────!!」
『果たして、本当にそうだろうか?』
今すぐに飛び掛かってきそうな俺を宥めるように、搾りカスは言葉を続ける。
『別に我としてはこんな無駄なことをする必要などなかったのだ』
「……は?」
『我にしてみれば、お前たち脆弱な生命種など直ぐに滅ぼし自由に欲しいものを手に入れることができる。しかし、今回そうしなかった理由何故だと思う?』
龍の形を成した影は大仰に身をよじらせて興奮気味に言った。
『興が乗ったからだ。六年前までは取るに足らなかった生意気なガキがたった数年で異様な力を付けた。それこそ、我が認めた騎士を打倒できるほどにはな』
このクズがなんの話をしているのか、俺には理解できてしまう。少し前に迷宮にて打倒した黒灰の騎士が脳裏に呼び起こされる。
『だから確かめたくなったのだ。ただ横暴に、自由気ままに鏖殺し、欲しいものを手に入れるだけでは詰らないだろう、面白みがないだろう、そんな歯ごたえのない、滾りのない生に意味などないだろう! だからこその慈悲! 新たな”血”の守護者に試練を与えようではないか!!』
そうしてやはり、この世界の超越種である奴の感覚は何処まで行ってもお遊びであり、俺達をただの暇つぶしの道具としか考えていない。
────本当に腹が立つ……!!
しかし、弱者は強者の決定には逆らえないように世界できている……できてしまっている。仮にここで俺が奴の言葉を遮り、無視をすれば罪のない人々を巻き込むことになる。それこそ、この場にいる人────延いては外で祭りを楽しんでいた国中の人々を巻き込んでだ。二度目の人生でできた仲間や大切な人たちを見殺しにすることになる。それは俺の望むところではない。
「俺に、何を……させようって?」
本当はこんなカスの戯言など無視して今すぐ斬り殺したい。けれどもそれを押し殺して、俺はクソトカゲを睨んだ。何が面白いのか、奴は腹の立つ笑みを浮かべる。
『なに、やることは結局変わらない。単純明快、我を殺せれば、我は全て諦めよう。だがしかし、ただ殺し合うのじゃあ芸がない、面白みがない。そこでだ、一つ遊戯をしようではないか』
「遊戯……?」
要領を得ない俺を無視して、影龍の残滓は天を仰ぎ、高らかに宣言をした。
『我、七龍が一体、〈潜影龍〉スカーシェイドは〈刻龍の民〉延いては”血”の姫君の守護者であるクレイム・ブラッドレイに〈龍伐大戦〉を挑む!!』
「龍伐────は?」
初めて耳にする単語に俺の思考は追いつかない。しかし、やはりそんなことなどこのクソトカゲには関係が無い。
『開戦は今日から七日後、期間はどちらかが死滅するまで、後は自由だ! 意地汚く足掻けよ?そうでなければわざわざこんなことをする意味がない。さあ、我から”血”の姫君を奪ってみろ!!』
そう言って、周囲に風を巻き起こして影龍の残滓は床一面に這っていた闇に沈んで消える。それに追随するように俺の周囲を取り囲んでいた黒灰の騎士たちも姿を消した。影に囚われたアリスも一緒にだ。
「お兄さ────!!」
飲み込まれる間際、彼女が一生懸命に手を伸ばして助けを求めてくる。
「アリス!!」
俺は咄嗟に地面を蹴って、手を伸ばすが彼女の手を掴み取ることは叶わない。俺の手は虚しく空を掴み、今までの騒動が嘘だったかのように〈闘技場〉は静まり返った。誰もが状況の整理、何が起きたのかさえ呑み込めていなかった。それはまるで最悪に気分が悪い夢を見せられているようで、
「────クソがッ!!」
この胸中に燻った怒りをどこに吐き出せばいいのかも分からなくなってしまう。
その日、俺の大切な妹────アリス・ブラッドレイは世界を見下す七龍が一体に連れ去られた。
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