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龍伐大戦編
第121話 龍伐大戦
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〈龍伐大戦〉
それは簡単に言ってしまえば龍と龍、それらに仕える民と民どうしで行われる一種の〈戦争〉である。しかし、一般的な「戦争」と違うことはそれが争奪戦の意味合いも含んでいると言うことと、明確な取り決めが存在すること。
その始まりとしては古ぶるしき時代に遡る。
曰く、とある龍と龍が一つの秘宝を奪い合って争ったことが始まりだったという。最初は龍同士の些細な諍い、取るに足らないケンカのようなやり取りであったがそれは何れ周囲を巻き込み、世界を巻き込んだ大乱までに発展してしまったと言う。これにより世界の半分が失われかけ、他の龍たちと世界は怒りと危惧を覚えた。そうしてこの大乱を機に龍たちと世界の間で一つの盟約が取り交わされる。
曰く、『龍同士、またはその民を巻き込んで諍いを起こすときは明確な規定と期間、場所を設定し、それ以外に危害を加えることの無いように世界に誓いを立てること』────。
これがあの龍の言っていた〈龍伐大戦〉の概要であり、そうしてどういう理屈かは分からないが昨日のあのクソトカゲの宣誓は世界に受理され履行されたらしい。それを視覚化したものが今朝届いた布告状なのだと言う。
────龍とそれに仕える民達の為に作られた戦争……。
一度、〈龍伐大戦〉の開戦が宣告され、それが受理されてしまえば無視をしたり取り消すことは不可能。したところであのクソトカゲは国を率いてこの王国を好き勝手に蹂躙するだろうし、無意味に多くの命が奪われることになる。
それならば、まだこの大戦に抗った方が多くの命が助かる道はあった────結局のところ選択肢は最初から一つなのだ。
────ふざけてやがる……!!
「ッ!!」
そうと分かっていてもやはり納得なんてできない。〈龍伐大戦〉の概要を聞いた俺の思考はクソトカゲの怒りによって再び埋め尽くされていた。自然と溢れ出た殺気を周囲の人間も敏感に察知する。
本来ならば国王の御前でこんな態度を取ればすぐそばに控えた最優の騎士たちによって即座に首を刎ねられても可笑しくはない。けれどもその前に俺を咎める声が飛んだ。
「お前の気持ちは重々承知しているが立場を弁えろ、レイ。それに、考えようによっては全ての状況が悪いわけでもない」
「ッ────はい……申し訳ありません、父様」
冷水を頭から浴びせるかのような父ジークの声に俺の思考は途端に冷静になっていく。それを見て周りの騎士達も留飲を下げた。普段からでは考えられないほど重苦しい雰囲気を纏ったジークはそれを認めて言葉を続けた。
「〈龍伐大戦〉が宣言されて、帝国との戦争も免れない。しかし、彼の世界を見下す〈影龍〉はこう言っていた。『奪ってみろ』とな。そして布告状に明記された詳しい宣誓の規定にはこうある────「帝国は王国と隣接する国境付近にある〈ザラーム平野〉にて王国の進軍を迎え撃ち、”血”の姫君の奪取を防ぐための防衛線をする」と。「仮に王国側に戦う意思が見られなかった場合はその限りではない」ともな。つまり私たちは攻め入る側であり、勝利条件も明確に存在するこの状況は決して悲観することばかりではないと言うことだ」
流石はこの国の軍部を統括する重鎮と言うべきか、彼はこの状況を冷静に、そして冷徹に把握し、判断していた。それは大事な愛娘を龍に攫われて猶変わらない。父ジークの言葉に陛下は頷く。
「うむ。そうして帝国が〈影龍〉に仕えるように、我らクロノスタリアにも仕えるべき御方がいる」
「仕えるべき……御方?」
陛下の言葉に俺は思わず首を傾げる。
国の主たるクロノスリア王が一体誰に仕えると言うのか、彼こそがこの国を率いる主なのだから、そもそも話の根本からおかしい。新たに浮上した俺の疑問を無視して、会話は続く。
「今は訳があって彼の御方は表立って姿を現すことはできないが、今回の件を深く受け止め、我々に信託を下さった」
「おおッ!」
「それは本当にございますか!?」
俺意外のこの場にいる全員が陛下の言葉の意味を理解しているようで、希望に満ちた声が飛び交う。そうして国王陛下はただ一人、何も理解できていない俺を真っすぐに見据えた。
「〈影龍〉にその力を認められ、真なる”血”の守護者となったクレイム・ブラッドレイよ。貴殿に問おう────」
この場にいる俺だけが何も知らない、何も知り得ない。だから異様なこの場の雰囲気に戸惑ってしまった。
「囚われた貴殿の妹君を〈影龍〉から救い出す覚悟は本当にあるか?」
「何……を?」
今までの平坦な雰囲気から一転、ライカス王は俺に重く伸し掛かるような、低く唸るような声で尋ねてくる。
一度目の人生でも似たようなことはあった気がする。それは自身が大広場で処刑される間際で、その時と比べれば状況は全くもって違うが、けれど────
「その為ならば全てを受け入れる覚悟があるか?」
俺はこの場に呼ばれた意味を本当に全く持って理解できていなかった。てっきり、あの場で〈影龍〉に名指しをされたから関係者として数えられたと思っていたが、どうやらここにいる全員の認識は違ったらしい。
「どうなんだ、クレイム・ブラッドレイ?」
「俺、は……」
突然の事に言葉が上手く出てこない。そんな俺を見て陛下は、周囲の人間たちは急き立てるように尋ねてくる。助けを求め、視線を彷徨わせても誰も助けてはくれない。それに疎外感を覚えるが、しかし陛下の問いは別に今更聞かれるようなことでもなかったと思い至る。
────落ち着け……。
「はぁ────」
一つ、深く深呼吸をして俺は眼前の王座に座る男を見据える。
本当に、二度目の人生は訳の分からないことばかり起きやがる。全くもって自分の思い描いた通りになんて事は運ばないし、何なら試練を与えるように無理難題が舞い込んでくる。やはり世界は俺の事を酷く毛嫌いしているとしか思えない。それでも何とかやってきた。
きっと、多分、恐らく……いいや、十中八九、ここが正念場なのだろう。どうして俺ばかり……なんて嘆くつもりはない。とはいえ腹が立ってしょうがない。
「────勿論です。あのクソトカゲを殺せるなら俺は全てを投げ打つ覚悟がある」
だから、俺の答えは最初から決まっていた。あの忌まわしきクソトカゲを殺す。どんな状況であろうとそれは変わらないのだ。
「そうか────」
俺の返答を聞いてライカス王は悲し気に眼を細めて頷き、
「ならば、我────〈刻龍の民〉であるライカス・クロノスタリアが授かった信託の内容を、”血”の守護者たるクレイム・ブラッドレイに伝えよう」
そうして、続けられた陛下の言葉に俺はこの国の真実を知ることになる。
「我が主────〈刻龍〉リーヴェンクロクタス様が”血”の守護者を〈刻の霊峰〉にお呼びだ。そこで全ての真実を教え、この困難に立ち向かうための助言を授けると仰せだ」
「────は?」
「貴殿には今より、早急に〈刻の霊峰〉に向かってもらう。案内にはそこのクロノスを付けよう」
「いや、ちょ────」
「事態が事態故に、時間は限られているがそれまでに我らは大戦に向けてできる限りの準備を整えよう。頼んだぞ、クレイム・ブラッドレイよ」
「だから────」
今、眼前の陛下は間違いなくとんでもないことを言った。しかし、それに対する質疑応答の時間は設けられず、俺の覚悟を上回る困惑を無視して謁見はお開きとばかりにライカス王は玉座を立ち、張りつめていた雰囲気が少し和らぐ。
「よし、それじゃあ行くぞレイ」
「え、いや、殿下、俺はまだ……!!」
そうして依然として話の要領を得ない俺は、クロノス殿下に引っ張られる形で謁見の間を後にする。
確かに、アリスを助けるたならばどんなことでもすると言ったが、流石にこの展開は予想外だった。そうして今言い放たれたことこそが、俺がこの場に呼ばれた理由のすべてでもあった。
それは簡単に言ってしまえば龍と龍、それらに仕える民と民どうしで行われる一種の〈戦争〉である。しかし、一般的な「戦争」と違うことはそれが争奪戦の意味合いも含んでいると言うことと、明確な取り決めが存在すること。
その始まりとしては古ぶるしき時代に遡る。
曰く、とある龍と龍が一つの秘宝を奪い合って争ったことが始まりだったという。最初は龍同士の些細な諍い、取るに足らないケンカのようなやり取りであったがそれは何れ周囲を巻き込み、世界を巻き込んだ大乱までに発展してしまったと言う。これにより世界の半分が失われかけ、他の龍たちと世界は怒りと危惧を覚えた。そうしてこの大乱を機に龍たちと世界の間で一つの盟約が取り交わされる。
曰く、『龍同士、またはその民を巻き込んで諍いを起こすときは明確な規定と期間、場所を設定し、それ以外に危害を加えることの無いように世界に誓いを立てること』────。
これがあの龍の言っていた〈龍伐大戦〉の概要であり、そうしてどういう理屈かは分からないが昨日のあのクソトカゲの宣誓は世界に受理され履行されたらしい。それを視覚化したものが今朝届いた布告状なのだと言う。
────龍とそれに仕える民達の為に作られた戦争……。
一度、〈龍伐大戦〉の開戦が宣告され、それが受理されてしまえば無視をしたり取り消すことは不可能。したところであのクソトカゲは国を率いてこの王国を好き勝手に蹂躙するだろうし、無意味に多くの命が奪われることになる。
それならば、まだこの大戦に抗った方が多くの命が助かる道はあった────結局のところ選択肢は最初から一つなのだ。
────ふざけてやがる……!!
「ッ!!」
そうと分かっていてもやはり納得なんてできない。〈龍伐大戦〉の概要を聞いた俺の思考はクソトカゲの怒りによって再び埋め尽くされていた。自然と溢れ出た殺気を周囲の人間も敏感に察知する。
本来ならば国王の御前でこんな態度を取ればすぐそばに控えた最優の騎士たちによって即座に首を刎ねられても可笑しくはない。けれどもその前に俺を咎める声が飛んだ。
「お前の気持ちは重々承知しているが立場を弁えろ、レイ。それに、考えようによっては全ての状況が悪いわけでもない」
「ッ────はい……申し訳ありません、父様」
冷水を頭から浴びせるかのような父ジークの声に俺の思考は途端に冷静になっていく。それを見て周りの騎士達も留飲を下げた。普段からでは考えられないほど重苦しい雰囲気を纏ったジークはそれを認めて言葉を続けた。
「〈龍伐大戦〉が宣言されて、帝国との戦争も免れない。しかし、彼の世界を見下す〈影龍〉はこう言っていた。『奪ってみろ』とな。そして布告状に明記された詳しい宣誓の規定にはこうある────「帝国は王国と隣接する国境付近にある〈ザラーム平野〉にて王国の進軍を迎え撃ち、”血”の姫君の奪取を防ぐための防衛線をする」と。「仮に王国側に戦う意思が見られなかった場合はその限りではない」ともな。つまり私たちは攻め入る側であり、勝利条件も明確に存在するこの状況は決して悲観することばかりではないと言うことだ」
流石はこの国の軍部を統括する重鎮と言うべきか、彼はこの状況を冷静に、そして冷徹に把握し、判断していた。それは大事な愛娘を龍に攫われて猶変わらない。父ジークの言葉に陛下は頷く。
「うむ。そうして帝国が〈影龍〉に仕えるように、我らクロノスタリアにも仕えるべき御方がいる」
「仕えるべき……御方?」
陛下の言葉に俺は思わず首を傾げる。
国の主たるクロノスリア王が一体誰に仕えると言うのか、彼こそがこの国を率いる主なのだから、そもそも話の根本からおかしい。新たに浮上した俺の疑問を無視して、会話は続く。
「今は訳があって彼の御方は表立って姿を現すことはできないが、今回の件を深く受け止め、我々に信託を下さった」
「おおッ!」
「それは本当にございますか!?」
俺意外のこの場にいる全員が陛下の言葉の意味を理解しているようで、希望に満ちた声が飛び交う。そうして国王陛下はただ一人、何も理解できていない俺を真っすぐに見据えた。
「〈影龍〉にその力を認められ、真なる”血”の守護者となったクレイム・ブラッドレイよ。貴殿に問おう────」
この場にいる俺だけが何も知らない、何も知り得ない。だから異様なこの場の雰囲気に戸惑ってしまった。
「囚われた貴殿の妹君を〈影龍〉から救い出す覚悟は本当にあるか?」
「何……を?」
今までの平坦な雰囲気から一転、ライカス王は俺に重く伸し掛かるような、低く唸るような声で尋ねてくる。
一度目の人生でも似たようなことはあった気がする。それは自身が大広場で処刑される間際で、その時と比べれば状況は全くもって違うが、けれど────
「その為ならば全てを受け入れる覚悟があるか?」
俺はこの場に呼ばれた意味を本当に全く持って理解できていなかった。てっきり、あの場で〈影龍〉に名指しをされたから関係者として数えられたと思っていたが、どうやらここにいる全員の認識は違ったらしい。
「どうなんだ、クレイム・ブラッドレイ?」
「俺、は……」
突然の事に言葉が上手く出てこない。そんな俺を見て陛下は、周囲の人間たちは急き立てるように尋ねてくる。助けを求め、視線を彷徨わせても誰も助けてはくれない。それに疎外感を覚えるが、しかし陛下の問いは別に今更聞かれるようなことでもなかったと思い至る。
────落ち着け……。
「はぁ────」
一つ、深く深呼吸をして俺は眼前の王座に座る男を見据える。
本当に、二度目の人生は訳の分からないことばかり起きやがる。全くもって自分の思い描いた通りになんて事は運ばないし、何なら試練を与えるように無理難題が舞い込んでくる。やはり世界は俺の事を酷く毛嫌いしているとしか思えない。それでも何とかやってきた。
きっと、多分、恐らく……いいや、十中八九、ここが正念場なのだろう。どうして俺ばかり……なんて嘆くつもりはない。とはいえ腹が立ってしょうがない。
「────勿論です。あのクソトカゲを殺せるなら俺は全てを投げ打つ覚悟がある」
だから、俺の答えは最初から決まっていた。あの忌まわしきクソトカゲを殺す。どんな状況であろうとそれは変わらないのだ。
「そうか────」
俺の返答を聞いてライカス王は悲し気に眼を細めて頷き、
「ならば、我────〈刻龍の民〉であるライカス・クロノスタリアが授かった信託の内容を、”血”の守護者たるクレイム・ブラッドレイに伝えよう」
そうして、続けられた陛下の言葉に俺はこの国の真実を知ることになる。
「我が主────〈刻龍〉リーヴェンクロクタス様が”血”の守護者を〈刻の霊峰〉にお呼びだ。そこで全ての真実を教え、この困難に立ち向かうための助言を授けると仰せだ」
「────は?」
「貴殿には今より、早急に〈刻の霊峰〉に向かってもらう。案内にはそこのクロノスを付けよう」
「いや、ちょ────」
「事態が事態故に、時間は限られているがそれまでに我らは大戦に向けてできる限りの準備を整えよう。頼んだぞ、クレイム・ブラッドレイよ」
「だから────」
今、眼前の陛下は間違いなくとんでもないことを言った。しかし、それに対する質疑応答の時間は設けられず、俺の覚悟を上回る困惑を無視して謁見はお開きとばかりにライカス王は玉座を立ち、張りつめていた雰囲気が少し和らぐ。
「よし、それじゃあ行くぞレイ」
「え、いや、殿下、俺はまだ……!!」
そうして依然として話の要領を得ない俺は、クロノス殿下に引っ張られる形で謁見の間を後にする。
確かに、アリスを助けるたならばどんなことでもすると言ったが、流石にこの展開は予想外だった。そうして今言い放たれたことこそが、俺がこの場に呼ばれた理由のすべてでもあった。
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