ビジネスの番なのに運命の番よりも愛してしまったからどうすればいい

子犬一 はぁて

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「おまえが約束を守るならそうしてやる」

   自分で考えても上から目線な提案だと思う。受け取り方によってはほとんど命令に近いかもしれない。しかし今はこれが小鳥遊のできるギリギリの交渉だった。

「……ずいぶんと優しいんですね」

   訝しむような岸本の目を真っ直ぐに見ることがためらわれる。見定められているように感じたからだ。

「俺はおまえの遊びに付き合ってやれるほど暇じゃないんでな」

   小言をつくように言い放つ。自分が下手に出てはいけないと、仕事の場でも経験済みだ。交渉は自分のペースで、自分の態度で示さなければ成功しないことを小鳥遊はよく知っている。

「残念です。せっかく楽しめると思っていたのに」

 憎らしい笑みを浮かべる岸本を見下ろす。今は俺が有利だ。一気にたたみかける。

「うちで昇進したいんだろう? 今のうちに上司に恩を売っておくのも大事だとは思わないか」

 我ながら酷なことを言っていると思う。しかし自らの秘密を暴かれるくらいならここまで脅した方がいい。今までさんざん脅されてきたのだから。岸本はしばらく黙っていたが、数分悩ませた後に、観念したようにベッドに正座をした。

「……わかりました。小鳥遊部長の秘密は死んでも他言しません」

   まるで教師に注意された中学生のようなふてくされた態度だ。しかし、その顔つきは少し元のような凛々しいものに戻っている。

「取引成立だな。じゃあ俺は帰る」

 話は終わったと言わんばかりに話をまとめて突き放すと、岸本は大きな体を縮こませてこちらを見つめてくる。

「もう帰っちゃうんですか」

 迷子の子どものような目で見るな。

 小鳥遊はうんざりしてため息をつく。一度しっかり言っておかなくてはならない。この先の二人の契約のために。

「いいか。俺は上司でおまえは部下だ。友達じゃない。これ以上俺の生活圏に入ってくるな」

「……そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。可愛い部下でしょう?」

 急にしおらしくなって岸本は肩を落とす。固い殻を破ったかのような繊細な一面を見せる岸本に微かに目を奪われてしまう。こいつはこんな表情もできるのか。

「もう2度と脅すな。これからはお互い一線を引いて仕事に取り組むのがいい」

「……わかりました。もう脅しません」

 忠犬のようにこちらを見つめてくる岸本から目線を外しホテルのカードキーを手渡す。そのまま後ろを振り返りもせずにホテルを後にした。余韻は一切残したくない。せいせいした。これでもう脅されることはなくなるのだから。今日はよく眠れそうだと確信して家路についた。
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