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「じゃあしっかり指導してやれよ。おまえの昇進にも関わってくるだろうからな」
ぽんぽんと横溝課長に肩をたたかれ、お辞儀をする。
「はい。コーヒーありがとうございました」
休憩室を後にして長い廊下を歩く。すれ違う社員たちと挨拶を交わしながら自分の部署へ向かった。ふと、ガラス張りの企画室の前を通りかかって室内の様子を伺う。
見つけた。放っているオーラが他の2人の新人と違いすぎる。自信に満ち溢れていてそれでいて実力もある。健康的で若々しい相貌をしている。そんな岸本を見るとオメガだとは到底信じられない。あれは何かの夢だったのではないか、という気さえする。しかし、小鳥遊には見えないような茨の道を歩いてきたに違いない。粘り強く、強かに、ただ前だけ見て歩いてきたに違いない。彼は戦士のようにも見える。彼なりに凄まじい努力をしてきたのだと思う。若い奴の上昇志向ほど使えるものはない。小鳥遊は今後の指導方針について考えを巡らせていた。だからすぐには気づかなかった。こちらを見つめる岸本が軽く微笑んでいるのを。強い視線を感じて目を上げると、ほんの5、6メートル先に岸本が立っている。犬に例えたら尻尾をぶんぶんと振っているような喜び方。業務中だからか近づいてはこないが嬉しそうにこちらを見つめてくる。小鳥遊はそれを軽く受け流すことができた。上司と部下の関係に必要のないものは見て見ぬ振りをすること。それが小鳥遊の鉄の掟だった。
「小鳥遊部長」
「……なんだ」
仕事を終えてフロアから出ようとすると岸本に名前を呼ばれた。今日は早く帰って長風呂でも楽しもうかと考えていた矢先だったので、不機嫌に答えてしまう。しかしそんなものを気にするような素振りは岸本にはない。生粋の人たらしたる岸本は上司の不機嫌にも上手く流せるスキルを身につけている。
「飯でも食べませんか?」
「……予定があるから行けな」
スッと岸本が小鳥遊の懐に入り込む。その1歩が大きくて、小鳥遊は上半身を仰け反らせた。女狐のように妖しく光る目がこちらを見据えていた。
「まだ話すことありますもんね?」
ちらちらとスマホを見せつけてくる岸本にこめかみが震える。そこには以前岸本を咥えたときの写真が映っている。他の社員がいなければ殴りかかっているところだ。
やはり甘かったか。こいつは取引を守るような誠実な男じゃない。一瞬でも信じた自分が馬鹿馬鹿しい。俺の判断ミスだ。
ぽんぽんと横溝課長に肩をたたかれ、お辞儀をする。
「はい。コーヒーありがとうございました」
休憩室を後にして長い廊下を歩く。すれ違う社員たちと挨拶を交わしながら自分の部署へ向かった。ふと、ガラス張りの企画室の前を通りかかって室内の様子を伺う。
見つけた。放っているオーラが他の2人の新人と違いすぎる。自信に満ち溢れていてそれでいて実力もある。健康的で若々しい相貌をしている。そんな岸本を見るとオメガだとは到底信じられない。あれは何かの夢だったのではないか、という気さえする。しかし、小鳥遊には見えないような茨の道を歩いてきたに違いない。粘り強く、強かに、ただ前だけ見て歩いてきたに違いない。彼は戦士のようにも見える。彼なりに凄まじい努力をしてきたのだと思う。若い奴の上昇志向ほど使えるものはない。小鳥遊は今後の指導方針について考えを巡らせていた。だからすぐには気づかなかった。こちらを見つめる岸本が軽く微笑んでいるのを。強い視線を感じて目を上げると、ほんの5、6メートル先に岸本が立っている。犬に例えたら尻尾をぶんぶんと振っているような喜び方。業務中だからか近づいてはこないが嬉しそうにこちらを見つめてくる。小鳥遊はそれを軽く受け流すことができた。上司と部下の関係に必要のないものは見て見ぬ振りをすること。それが小鳥遊の鉄の掟だった。
「小鳥遊部長」
「……なんだ」
仕事を終えてフロアから出ようとすると岸本に名前を呼ばれた。今日は早く帰って長風呂でも楽しもうかと考えていた矢先だったので、不機嫌に答えてしまう。しかしそんなものを気にするような素振りは岸本にはない。生粋の人たらしたる岸本は上司の不機嫌にも上手く流せるスキルを身につけている。
「飯でも食べませんか?」
「……予定があるから行けな」
スッと岸本が小鳥遊の懐に入り込む。その1歩が大きくて、小鳥遊は上半身を仰け反らせた。女狐のように妖しく光る目がこちらを見据えていた。
「まだ話すことありますもんね?」
ちらちらとスマホを見せつけてくる岸本にこめかみが震える。そこには以前岸本を咥えたときの写真が映っている。他の社員がいなければ殴りかかっているところだ。
やはり甘かったか。こいつは取引を守るような誠実な男じゃない。一瞬でも信じた自分が馬鹿馬鹿しい。俺の判断ミスだ。
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