7 / 70
第1章〜⑥〜
しおりを挟む
結論から言おう、午後の六時限目の授業までフル活用したにもかかわらず(つまり、教師の言葉は全く耳に入っていなかったことになる)、オレに知恵の女神は降臨してくれなかった。
来週以降は、午後の授業がない夏季休暇前の短縮授業期間になるため、昼休みと午後の授業がある今日までより、オレのミッションは、さらに達成が難しくなる。
せっかく、祖父さんが授けてくれた『お宝』も、適切に使えるタイミングがなければ、文字通り『宝の持ち腐れ』だ。
夏休み開始までの残された時間が短くなっていく焦燥感と、素晴らしいアイデアを思いついたにもかかわらず、問題をくりあできなかったために、なんの収穫もなかった本日の成果に落胆する想いを抱えながら、下校前の終礼も上の空で聞いていたオレは、担任教師・七尾の注意喚起も、聞き逃していた。
終礼が終了し、バレー部の部活に向かう哲夫とは生徒昇降口で別れ、同じ帰宅部の康之とともに、校門を目指し、『帰宅』という名の活動に精を出す準備をする。
徒歩による校門までの準備運動を終えて、いよいよ帰宅の活動本番を迎えるところで、康之が、独り言のように、ボソリと言った。
「はぁ~、進路選択の提出、マジでだりぃ……月曜までに、親の同意を取って出せとか、考えただけで気が滅入るわ」
いつもなら、康之の愚痴に「あぁ、そうだな」と同意しておくのだが、ここ二日ほど、様々な理由から教室内では注意散漫になっていたオレは、素直に疑問を口にする。
「『進路選択の提出』って、なんだっけソレ?」
その一言に、隣を歩く悪友は即座に反応。
「はぁ? おまえ、昨日と今日の終礼で、七尾ちゃんの話し聞いてなかったのかよ!? 昨日、ショート・ホームルームで配られたプリントに希望する進路を書いて、月曜に提出するんだよ!」
「説明的ツッコミお見事! 友人キャラ特有のスキルを披露してもらえて助かる。康之、おまえ、案外イイやつなんだな」
冷静さを装って、返答すると、康之はあきれたという口調で言葉を返す。
「オレをツッコミ役に回らせるとか、おまえ、相当の大物だわ……」
「まぁ、この帰宅部の活動にかけちゃ、マスコミから『十年に一人の逸材』と言われたオトコだからな、オレは」
真顔で言い返すと、
「表情変えずにボケても、ツッコミ待ちがバレバレなんだよ! とっとプリント取りに戻れ!! オレは、先に帰らせてもらうからな」
と、言って康之は帰宅の途につこうとする。
自分の完全なる失態で、わざわざ戻るのを待ってもらうのも悪いので、こちらも、「あぁ、スマンな」と言って悪友に下校を促した。残念ながら、帰宅部ダブルスも、今日は、即座に解散だ。
(すまない、ヤスユキ……おまえとなら、世界を目指せると思っていたのに……)
ツッコミ役不在のままの小ボケをココロの中で楽しみつつ、オレは校門で踵を返し、昇降口で上履きに履き替えて、我がクラスの二年一組の教室に向かうことにした。
二年生の教室がある校舎の三階に移動するまで、何人かの生徒とすれ違ったが、この時間に、階段で上の階を目指しているのは自分くらいだった。終礼から三十分と経っていないにもかかわらず、三階の廊下は人気が少なく、ガランとしている。
上ってきた階段からは一番遠い場所にある一組の教室に向かう途中では誰ともすれ違わなかったので、このフロアには、もう生徒が居ないのだろうと思いながら、一組の教室のドアを開けた瞬間、声を出してしまいそうになるくらい驚いた。
窓際の席に小嶋夏海が座っていたからだ——————。
「小嶋! なんで、まだ教室に!?」
あやうく漏れそうになった声を必死にこらえ、あわてて、教室に踏み込みかけた身体を廊下の壁際に戻す。
小嶋夏海は、頬杖をついたまま、窓際から教室の外の風景をながめているようだったが、音は立てなかったものの、ドアが開いたので、自分が居る廊下の方を見ているかも知れない。
それでも——————。
教室には、小嶋以外の誰もおらず、一人きりだ。これは、千載一遇のチャンスかも知れない。少なくとも、昨夜のベッドの上での考察から思案した、一つ目の『彼女が一人きりになる機会をうかがう』という問題は、完全にクリアしている。
(どうする? ここで、あの《機能》を使うか?)
(いや、停止時間の長さが不明のままでは……)
(でも、こんなチャンスはもう二度とないかも!)
廊下から教室の窓側までは、約十メートル。
マスクを外して、小嶋夏海の素顔を確認し、再びマスクを装着させて、この場を離れるのに、これまでの実験での最短の停止時間である六十秒は十分な時間ではない。それでも、時間停止解除直前か、最悪でも時間停止の解除直後に、もう一度、この機能を使えば問題ないだろう。
小嶋の座る席からは死角になるように、教室の間にある柱に背を預けながら、そんな風に逡巡しつつ、
(今日は、金曜だ。モヤモヤした気持ちを抱えたまま週末を迎えるよりも、今日中に『気になること』を解消したい!)
そう、決意して、通学カバンのポケットから木製細工とストップウォッチを取り出し、裏面にある小窓のカウンターの数字と切り替えスイッチがON(仮称)になっていることを確認し、ストラップを首に掛けてから、左手の人差し指と親指だけで持ちながら、吹き口の部分に唇をあてて、思い切り、息を吹き込んだ。
耳の奥で鳴り響く音とともに、世界が動きを止める——————。
来週以降は、午後の授業がない夏季休暇前の短縮授業期間になるため、昼休みと午後の授業がある今日までより、オレのミッションは、さらに達成が難しくなる。
せっかく、祖父さんが授けてくれた『お宝』も、適切に使えるタイミングがなければ、文字通り『宝の持ち腐れ』だ。
夏休み開始までの残された時間が短くなっていく焦燥感と、素晴らしいアイデアを思いついたにもかかわらず、問題をくりあできなかったために、なんの収穫もなかった本日の成果に落胆する想いを抱えながら、下校前の終礼も上の空で聞いていたオレは、担任教師・七尾の注意喚起も、聞き逃していた。
終礼が終了し、バレー部の部活に向かう哲夫とは生徒昇降口で別れ、同じ帰宅部の康之とともに、校門を目指し、『帰宅』という名の活動に精を出す準備をする。
徒歩による校門までの準備運動を終えて、いよいよ帰宅の活動本番を迎えるところで、康之が、独り言のように、ボソリと言った。
「はぁ~、進路選択の提出、マジでだりぃ……月曜までに、親の同意を取って出せとか、考えただけで気が滅入るわ」
いつもなら、康之の愚痴に「あぁ、そうだな」と同意しておくのだが、ここ二日ほど、様々な理由から教室内では注意散漫になっていたオレは、素直に疑問を口にする。
「『進路選択の提出』って、なんだっけソレ?」
その一言に、隣を歩く悪友は即座に反応。
「はぁ? おまえ、昨日と今日の終礼で、七尾ちゃんの話し聞いてなかったのかよ!? 昨日、ショート・ホームルームで配られたプリントに希望する進路を書いて、月曜に提出するんだよ!」
「説明的ツッコミお見事! 友人キャラ特有のスキルを披露してもらえて助かる。康之、おまえ、案外イイやつなんだな」
冷静さを装って、返答すると、康之はあきれたという口調で言葉を返す。
「オレをツッコミ役に回らせるとか、おまえ、相当の大物だわ……」
「まぁ、この帰宅部の活動にかけちゃ、マスコミから『十年に一人の逸材』と言われたオトコだからな、オレは」
真顔で言い返すと、
「表情変えずにボケても、ツッコミ待ちがバレバレなんだよ! とっとプリント取りに戻れ!! オレは、先に帰らせてもらうからな」
と、言って康之は帰宅の途につこうとする。
自分の完全なる失態で、わざわざ戻るのを待ってもらうのも悪いので、こちらも、「あぁ、スマンな」と言って悪友に下校を促した。残念ながら、帰宅部ダブルスも、今日は、即座に解散だ。
(すまない、ヤスユキ……おまえとなら、世界を目指せると思っていたのに……)
ツッコミ役不在のままの小ボケをココロの中で楽しみつつ、オレは校門で踵を返し、昇降口で上履きに履き替えて、我がクラスの二年一組の教室に向かうことにした。
二年生の教室がある校舎の三階に移動するまで、何人かの生徒とすれ違ったが、この時間に、階段で上の階を目指しているのは自分くらいだった。終礼から三十分と経っていないにもかかわらず、三階の廊下は人気が少なく、ガランとしている。
上ってきた階段からは一番遠い場所にある一組の教室に向かう途中では誰ともすれ違わなかったので、このフロアには、もう生徒が居ないのだろうと思いながら、一組の教室のドアを開けた瞬間、声を出してしまいそうになるくらい驚いた。
窓際の席に小嶋夏海が座っていたからだ——————。
「小嶋! なんで、まだ教室に!?」
あやうく漏れそうになった声を必死にこらえ、あわてて、教室に踏み込みかけた身体を廊下の壁際に戻す。
小嶋夏海は、頬杖をついたまま、窓際から教室の外の風景をながめているようだったが、音は立てなかったものの、ドアが開いたので、自分が居る廊下の方を見ているかも知れない。
それでも——————。
教室には、小嶋以外の誰もおらず、一人きりだ。これは、千載一遇のチャンスかも知れない。少なくとも、昨夜のベッドの上での考察から思案した、一つ目の『彼女が一人きりになる機会をうかがう』という問題は、完全にクリアしている。
(どうする? ここで、あの《機能》を使うか?)
(いや、停止時間の長さが不明のままでは……)
(でも、こんなチャンスはもう二度とないかも!)
廊下から教室の窓側までは、約十メートル。
マスクを外して、小嶋夏海の素顔を確認し、再びマスクを装着させて、この場を離れるのに、これまでの実験での最短の停止時間である六十秒は十分な時間ではない。それでも、時間停止解除直前か、最悪でも時間停止の解除直後に、もう一度、この機能を使えば問題ないだろう。
小嶋の座る席からは死角になるように、教室の間にある柱に背を預けながら、そんな風に逡巡しつつ、
(今日は、金曜だ。モヤモヤした気持ちを抱えたまま週末を迎えるよりも、今日中に『気になること』を解消したい!)
そう、決意して、通学カバンのポケットから木製細工とストップウォッチを取り出し、裏面にある小窓のカウンターの数字と切り替えスイッチがON(仮称)になっていることを確認し、ストラップを首に掛けてから、左手の人差し指と親指だけで持ちながら、吹き口の部分に唇をあてて、思い切り、息を吹き込んだ。
耳の奥で鳴り響く音とともに、世界が動きを止める——————。
6
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
青春
【第五部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる