ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁

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第1章~⑦~

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 ==========Time Out=========

 キンッ――――――

 という甲高い音が鳴ると同時に、ストップウォッチの計測スタートのボタンを押し込む。
 
 教室の中を確認すると、予想したとおり、窓から外を眺めていた小嶋夏海が、こちらに顔を向けようとしているところだった。

 彼女の様子を観察すると、思ったとおり、周囲の時間は止まっているようだ。
 時間に猶予があるわけではないので、すぐに、教室の後部ドアから窓際まで移動し、自分の席に腰掛けている彼女の側に立つ。

 音のないはずの世界に、わずかに、小さく甲高い音と、自分の鼓動だろうか、ドク……ドク……ドク……という低く唸るような音だけが聞こえる。

 着席状態のまま、廊下側を振り向いた彼女の横で、膝立ちになって、息を整えた。
ストップウォッチを確認すると、13秒……14秒……15秒……と正確にカウントアップを行っている。

(大丈夫! 十分に時間に余裕はあるハズ、だ……!)

 冷静になるように自分に言い聞かせて、ストップウォッチを胸ポケットにしまい、緊張で両手が強ばるのを感じながら、オレは、右側に顔を向けている小嶋夏海のマスクを外す。

 そこには、まっすぐに伸びて品の良さを感じさせる鼻筋と、まるで桜の花びらのように薄く整った唇があった。
その整った顔立ちを見つめた瞬間、この世界でただ一人、自由に行動できるはずのオレ自身の時間も止まった気がした——————。

(彼女の素顔を一度で良いから見てみたい!)

 と、思い続けた自分の欲求のためかもしれないが、小嶋夏海の顔を見つめたまま、ほんの数秒、オレは硬直してしまっていたようだ。

(その容姿を、もっと目に焼き付けたい……)

 そう思うものの、今は、小嶋夏海に再びマスクを着け直して、ここから立ち去らなければならない。ハッと我に返ったオレが、胸ポケットからストップウォッチを取り出し、彼女の背中側に位置する自分の席の机に置いて確認すると、思った以上に時間の進み方が早いことに、ドキリとした。

 43秒……44秒……45秒……。

 素顔をさらしたまま、目の前で静止する彼女に、急いでマスクを装着させようと試みるのだが、外した時と違って、ヒモの部分が耳に上手くかからず、焦って何度もやり直す。

 50秒……51秒……52秒……。

 刻一刻と迫るタイムリミットに、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じながら、ようやく、小嶋夏海にマスクを着け直し、チラリとストップウォッチに目をやると、デジタル表示は、55秒を回ったところだ。
 あわててストラップに掛かる木製細工を手に取ろうとするも、焦って手につかず、取り落としてしまった——————。

(マズい……)

 そう思った瞬間——————。

 =========Time Out End========

 教室の窓から、強い風が吹き込み、薄いカーテンを巻き上げ、さらに、小嶋夏海の長い髪を揺らす。
 制汗剤の香りを鼻に感じたと同時に、目の前の女子は驚いた様子で目を見開いた。

「ハッ!? 坂井? エッ!? 急に目の前に? なんで?」

 パニックになる彼女を前にして、こちらもより一層、平常心を失う。

(ヤバい! ヤバい! ヤバい!)

 焦りながらも、何とか木製細工を握りなおして、あわてて吹き口に唇をあて、息を吹きかけようとした瞬間、彼女は、こちらに向かって手を伸ばしてくる。

「ちょっと、なにシカトしてんの!? それに、ナニ!? この怪しいモノは!?」

 小嶋夏海は、そう言って、オレの口もとにある木製細工を奪いとろうとして、笛の先端部分である管尻と呼ばれる場所に触れ、

 キン!!

という音が、耳の奥で鳴り響いた。

 ==========Time Out=========

 木製細工から、さっきと同じ音色が鳴り響き、風にあおられたカーテンは、膨らんだ形のまま静止する。窓の外を見れば、校庭で部活動を始めようとしている生徒たちの動きも止まったままだ。

 しかし——————。

「えっ!? なに!? どうしてカーテンが止まったままなの? なにコレ!? どういうこと!?」

 さっきとまるで違うのは、目の前のクラスメート小嶋夏海が、オレと同じく、停止した時間の中で、活動しているということだ。

「えっ!? なんで!? なんで、小嶋は動けてんだ?」

「ハァ!? 坂井、なに言ってんの? いま、なにしたの? それに、これは何なの!?」

 一気にまくしたてた彼女は、素早い動作でオレの首に掛かっているストラップごと木製細工を奪い取った。

「あっ! ちょっと!! 返してくれよ!!」

「アナタの持ってるコレは、何なのかって聞いてるの!?答えられないモノなの!?」

「いや、それは……」

 怒気を含んだような彼女の様子を見て、言葉に詰まったオレをチラリと一瞥して、木製細工を手にした小嶋夏海は、そのフォルムを確認するように眺めながら、

 カチリ——————。

 裏側の切り替えスイッチのツマミの位置を移動させた。

 =========Time Out End========
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