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第2話 承の巻 『真冬の火祭り』
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城下町の雑踏の中で僕にぶつかってきたのは、まだ5、6歳くらいの女の子だった。
こんな小さな女の子が1人でどうしたんだろう。
僕は女の子の前に屈み込んで目線を合わせた。
「大丈夫?」
「ううっ……グスッ」
すると女の子の目に見る見る涙がたまっていき、ついには泣き出しちゃったん だ。
ええええっ?
「ご、ごめんね。ぶつかって痛かったかな。どこか痛めてない?」
僕の言葉にも女の子は泣きべそをかきながら首をフルフルと横に振るばかりだった。
見たところケガはしていないみたいだけど。
でも親御さんもいないみたいだし、迷子なのかな。
「お父さんかお母さんは?」
僕がそう尋ねると女の子は涙で濡れた目元をゴシゴシとこすり、すすり上げながらも言葉を絞り出した。
「パパも……ママも……お仕事で」
女の子はたどたどしくも一生懸命に事情を説明してくれた。
僕は相槌を打ちながらじっと彼女の話を聞き続けた。
その女の子はマヤという名前で、彼女の父は鍛冶職人、母は菓子職人だという。
ご両親は今日開催されている『真冬の火祭り』に仕事で参加しているらしく、マヤちゃんは1人で家で留守番をしていた。
だけど1人で両親の帰りを待つうちに寂しくなってしまい、意を決して両親に会いに行こうとしたんだ。
そうして町中を歩き続けるうちに迷子になってしまったのだった。
「今日は……うっ。マヤのお誕生日なの。ママたちに……グスッ。お祝いしてほしかったの」
マヤちゃんは悲しみを堪え切れずにポロポロと涙をこぼしながらそう言った。
そっかぁ……誕生日なんだ。
ご両親に一緒にいて欲しかったんだろうな。
僕が何か力になれれば……よしっ。
「マヤちゃん。僕も火祭りの会場に行くところなんだ。良かったら一緒に行こうよ」
マヤちゃんは僕の言葉にわずかに期待を覚えるような表情を見せたけれど、すぐに不安げな顔に変わる。
むぅ……よく考えたらこれ、僕がもし誘拐犯だったら大変なことになるな。
人に見咎められて誘拐犯に間違われても困るぞ。
「そ、そうだよね。知らないオニーサンについていっちゃダメだもんね。じゃあ、あそこにいる憲兵さんのところに行こうか」
そう言うと僕は100メートルほど先の詰め所に立っている憲兵を指差した。
迷子の保護や道案内も彼ら憲兵の仕事の一環だ。
だけどマヤちゃんは首を横に振る。
「憲兵さんはお顔が怖いからイヤ」
た、確かに。
僕もこの街の憲兵たちはコワモテぞろいでちょっと苦手。
マヤちゃんは僕の兵服の袖をギュッと握ると僕を見上げて言った。
「おにいさんは顔が犬みたいで怖くないから一緒に行く」
誰が犬だ!
まあ、魔女の犬とか言われて後ろ指差される身ではありますが。
と、心の中のツッコミはおくびにも出さず、僕は笑顔を浮かべるとマヤちゃんを連れて火祭りに向かった。
幸いにして火祭りの行われている中央公園は目と鼻の先だ。
すぐに僕らは目的地に到着した。
「ここだここだ。すごい人の数だね」
街の中でも高台に位置する中央公園には多くの人々が詰めかけていて、この中からマヤちゃんの両親を探すのは大変そうだぞ。
でもマヤちゃんはすぐに公園の一角を指差して言う。
「ママだ!」
そこはお菓子職人の人たちが集まって人々に各種スイーツを振る舞っている一角で、甘くていい香りが漂っていた。
マヤちゃんは駆け出すと、その中にいる1人の女性の元へと駆け寄って行く。
白いエプロンに三角巾を身に付けたその女性はマヤちゃんの姿に驚きの声を上げた。
「マヤ! どうしてここに? おうちでお留守番してなさいって……」
「ママたちに会いに来たの」
「ええ? よくここまで来られたわね」
「迷子になっちゃったから、あのおにいちゃんが連れて来てくれたの」
マヤちゃんから紹介された僕は、彼女のお母さんにペコリと頭を下げて自己紹介をした。
「まあ。そうだったんですか。娘を助けて下さってありがとうございます。アルフレッドさん」
「いえ。マヤちゃんは誕生日をお母さんたちと一緒に過ごしたくて、1人で家から出てきちゃったみたいなんです」
僕の言葉を聞いたお母さんはキョトンとした表情を見せる。
「え? マヤの誕生日は明日ですけど……」
……ファッ?
僕とマヤちゃんは目を点にして互いに顔を見合わせた。
それからお母さんの話を聞く中で判明した事の真相はこうだ。
どうやらマヤちゃんのメイン・システム内の体内時計が狂ってしまっていたらしく、日付を一日早く認識していたようだった。
マヤちゃんのお父さんとお母さんは明日、マヤちゃんと誕生日を過ごす予定のため、今日のうちに仕事を終わらせようとフル稼働していたんだ。
それにしてもそんなことがあるのか。
お母さんの話によればマヤちゃんの体内時計は時々狂ってしまうことがあるらしい。
それもきっかり24時間遅れるんだって。
「そのたびにメンテナンスを受けているんですけれど、どうにも直らなくて」
口ぶりとは裏腹にあっけらかんとしたお母さんの隣で、マヤちゃんはすっかり安心した様子で笑顔を見せていた。
お母さんに会えたことで、気持ちが落ち着いたようだ。
「アルフレッドおにいちゃん。ありがとう」
「マヤちゃん。明日のお誕生日、お母さんたちと楽しんでね」
「アルフレッドさん。ありがとうございました」
「いえ。あ、そうだ。お母さんにお尋ねしたいことがあるんです」
そう言うと僕はアリアナの凍結チョコを取り出して事情を説明した。
お母さんは凍り付いたチョコを見て驚いていたが、他のお菓子職人の人達にも声をかけて何とか元に戻せないかやってみると言ってくれた。
後はもう専門家の知識と経験にお願いするしかない。
「少し時間かかるかもしれないから、その間にお祭りを見ていってはいかがですか?」
お母さんがそう勧めてくれたので、僕はお言葉に甘えてその場を後にした。
それから中央公園の中を歩き回っていたんだ。
すると……。
「アル様?」
ふいに背後から声をかけられて振り返るとそこにはジェネットがいたんだ。
彼女は祭りの関係者たちのために温かいスープを配って回っているところだった。
ううむ……さすが光の聖女ジェネット。
エプロンと三角巾の給仕姿がまたかわいらしい。
「ジェネット。寒い中、大変だね。お疲れさま」
「アル様がいらっしゃるなんて思いませんでしたよ。ミランダは? 何かあったのですか?」
予想外に現れた僕に驚いてそう尋ねてくるジェネット。
僕はそんな彼女にこれまでの事情を説明した。
「なるほど。ミランダは相変わらずですが、アリアナがそんなことを……」
高台の中央公園の中でも最も高い場所に設けられた座席に腰をかけ、2人でスープを飲みながら一通りのことを話し終わると、ジェネットが意外そうな顔でそう呟いた。
「うん。僕もビックリしたんだけど、せっかくくれたから何とかして食べたくて」
僕がそう言うとジェネットは三角巾とエプロンを外して居住まいを正した。
そしてアイテム・ストックから何かを取り出したんだ。
それは純白のリボンがかけられた綺麗な包みだった。
ま、まさか……。
「アル様。アリアナの先を越してしまうのは少し気が引けますが、私からも日頃の感謝を込めまして」
そう言うとジェネットはその包みを僕に差し出してはにかみながら微笑んだ。
「こ、これって……」
「ええ。私が作ったバレンタイン・チョコレートです。アル様だけのための特別製ですよ」
せ、聖女様のバレンタイン・チョコ!
も、もう見るだけで鼻血が出そうだよ。
今日は一体どうなってるんだ?
あまりにも幸運すぎて怖い。
もしかして僕、もうすぐ死ぬのか?
そんなことを考えて僕はオタオタしながらもジェネットにお礼を言う。
「あ、ありがとう。僕のほうがジェネットにお世話になりっぱなしなのに」
「いいえ。せっかくだから開けてみて下さい。アル様と2人で食べたいです」
そう言うジェネットに頷き、僕は開けるのがもったいないような綺麗な包装を開けた。
中には整った形をした犬の姿のチョコレートが1ダース入っていた。
い、犬……。
「アル様のことを考えながら作っていたらこうなりました」
いや、おかしいでしょ。
僕はどうしても犬のイメージなのか。
「あ、ありがとう。ジェネット」
「どういたしまして」
そう言うとジェネットはその犬型チョコを一つ手に取り、僕の口に運ぼうとする。
「はい。アル様。あ~ん」
「ええっ? い、いや。自分で食べられるよ」
「ダメです。これも含めて私の感謝の気持ちなんですから。はい。あ~ん」
ひええええっ。
な、何だこのリア充のような幸福なシチュエーションは。
照れ臭くて死んでしまいそうだよ。
僕は戸惑いながらもジェネットの指からチョコを食べさせてもらった。
「う……うまっ!」
とても口当たりの優しいチョコで、ゆっくりとカカオの香りが鼻に抜けていく。
口の中で溶けていくその甘さがちょうどよく、ジェネットらしい上品なチョコレートだった。
「す、すごくおいしくてビックリしたよ。ジェネットってこんな才能もあるんだね」
「良かった。喜んでいただけて嬉しいです。作った甲斐がありました」
そう言うジェネットのはにかんだ笑顔が西日に赤く染まっている。
夕暮れが近い。
僕らは高台から見下ろす街並みが夕陽に染まっていく光景を眺めながら、おいしくチョコを食べて談笑した。
でも幸せな時間は過ぎていくんだ。
「さて、アル様。私は夜までもうひと働きします。今日は帰りが少し遅くなるので、名残惜しいですがアル様は先にお帰り下さい」
そう言って立ち上がるジェネットに僕も頷いた。
「ありがとう。ジェネット。今度何か御礼をさせてね」
「もう。そんなこと言われると期待してしまいますよ。アル様。でも、楽しみにしています」
そう言ってかわいらしく笑いながら手を振り作業に戻っていくジェネットに、僕も手を振り返した。
さて、そろそろ戻らないと。
そうして僕が再び菓子職人スペースへ戻ると……。
「あっ……チョコが」
マヤちゃんがアリアナのチョコを手に持って僕を待っていてくれたんだけど、さっきまで凍結していたはずのチョコは完全に元通りの姿を取り戻していたんだ。
お菓子職人さんたちが何とかしてくれたのかな。
「す、すごい。包装も完全に元に戻ってる。さすがお菓子のプロ。専門家に相談して良かったです」
僕がマヤちゃんの背後に立つお母さんにそう言うと、なぜだかお母さんは困ったように笑い、マヤちゃんが少しムスッとした顔で頬を膨らませた。
「違うもん。マヤがやったんだもん」
「えっ?」
驚く僕にお母さんが苦笑しながら教えてくれた。
「本当なんですよ。私たちが何かをする前にこの子がチョコを手に取ったんですけど、そしたらあっという間にチョコが元の状態に戻っちゃったんです。正確に言うと24時間前の状態に」
「24時間前?」
「ええ。まさかマヤの体内時計の狂いがスキル発動によるものだったなんて」
そう。
僕は知らなかったんだけど、マヤちゃんの曾祖母が実力のある魔法使いだったらしく、彼女はその資質を強く受け継いでいた。
そのため、あるスキルに目覚めていたんだ。
時戻し。
非生物に限るけれど物質の状態を24時間前の状態に戻すことが出来る。
割れてしまったお皿や、破けてしまった服を元に戻せるらしい。
そのスキルに目覚めつつあったマヤちゃんは、その影響で時折体内時計が狂ってしまっていたんだって。
そして完全にスキルを会得したマヤちゃんの力の影響で、アリアナの凍結チョコはその状態が24時間前に戻ったんだ。
アリアナが作って包装したばかりの状態に戻ったために、凍結していたはずのチョコは包装紙が湿気でふやけることもなく、綺麗な状態で復活したという。
「ありがとう。マヤちゃん。おかげで大事な友達が作ってくれたチョコを元の状態に戻すことが出来たよ」
そうお礼を言うとマヤちゃんは誇らしげに胸を張って満面の笑みを浮かべてくれた。
僕はその場にいる皆さんにお礼をして、アリアナのチョコを手に中央公園を後にしたんだ。
こんな小さな女の子が1人でどうしたんだろう。
僕は女の子の前に屈み込んで目線を合わせた。
「大丈夫?」
「ううっ……グスッ」
すると女の子の目に見る見る涙がたまっていき、ついには泣き出しちゃったん だ。
ええええっ?
「ご、ごめんね。ぶつかって痛かったかな。どこか痛めてない?」
僕の言葉にも女の子は泣きべそをかきながら首をフルフルと横に振るばかりだった。
見たところケガはしていないみたいだけど。
でも親御さんもいないみたいだし、迷子なのかな。
「お父さんかお母さんは?」
僕がそう尋ねると女の子は涙で濡れた目元をゴシゴシとこすり、すすり上げながらも言葉を絞り出した。
「パパも……ママも……お仕事で」
女の子はたどたどしくも一生懸命に事情を説明してくれた。
僕は相槌を打ちながらじっと彼女の話を聞き続けた。
その女の子はマヤという名前で、彼女の父は鍛冶職人、母は菓子職人だという。
ご両親は今日開催されている『真冬の火祭り』に仕事で参加しているらしく、マヤちゃんは1人で家で留守番をしていた。
だけど1人で両親の帰りを待つうちに寂しくなってしまい、意を決して両親に会いに行こうとしたんだ。
そうして町中を歩き続けるうちに迷子になってしまったのだった。
「今日は……うっ。マヤのお誕生日なの。ママたちに……グスッ。お祝いしてほしかったの」
マヤちゃんは悲しみを堪え切れずにポロポロと涙をこぼしながらそう言った。
そっかぁ……誕生日なんだ。
ご両親に一緒にいて欲しかったんだろうな。
僕が何か力になれれば……よしっ。
「マヤちゃん。僕も火祭りの会場に行くところなんだ。良かったら一緒に行こうよ」
マヤちゃんは僕の言葉にわずかに期待を覚えるような表情を見せたけれど、すぐに不安げな顔に変わる。
むぅ……よく考えたらこれ、僕がもし誘拐犯だったら大変なことになるな。
人に見咎められて誘拐犯に間違われても困るぞ。
「そ、そうだよね。知らないオニーサンについていっちゃダメだもんね。じゃあ、あそこにいる憲兵さんのところに行こうか」
そう言うと僕は100メートルほど先の詰め所に立っている憲兵を指差した。
迷子の保護や道案内も彼ら憲兵の仕事の一環だ。
だけどマヤちゃんは首を横に振る。
「憲兵さんはお顔が怖いからイヤ」
た、確かに。
僕もこの街の憲兵たちはコワモテぞろいでちょっと苦手。
マヤちゃんは僕の兵服の袖をギュッと握ると僕を見上げて言った。
「おにいさんは顔が犬みたいで怖くないから一緒に行く」
誰が犬だ!
まあ、魔女の犬とか言われて後ろ指差される身ではありますが。
と、心の中のツッコミはおくびにも出さず、僕は笑顔を浮かべるとマヤちゃんを連れて火祭りに向かった。
幸いにして火祭りの行われている中央公園は目と鼻の先だ。
すぐに僕らは目的地に到着した。
「ここだここだ。すごい人の数だね」
街の中でも高台に位置する中央公園には多くの人々が詰めかけていて、この中からマヤちゃんの両親を探すのは大変そうだぞ。
でもマヤちゃんはすぐに公園の一角を指差して言う。
「ママだ!」
そこはお菓子職人の人たちが集まって人々に各種スイーツを振る舞っている一角で、甘くていい香りが漂っていた。
マヤちゃんは駆け出すと、その中にいる1人の女性の元へと駆け寄って行く。
白いエプロンに三角巾を身に付けたその女性はマヤちゃんの姿に驚きの声を上げた。
「マヤ! どうしてここに? おうちでお留守番してなさいって……」
「ママたちに会いに来たの」
「ええ? よくここまで来られたわね」
「迷子になっちゃったから、あのおにいちゃんが連れて来てくれたの」
マヤちゃんから紹介された僕は、彼女のお母さんにペコリと頭を下げて自己紹介をした。
「まあ。そうだったんですか。娘を助けて下さってありがとうございます。アルフレッドさん」
「いえ。マヤちゃんは誕生日をお母さんたちと一緒に過ごしたくて、1人で家から出てきちゃったみたいなんです」
僕の言葉を聞いたお母さんはキョトンとした表情を見せる。
「え? マヤの誕生日は明日ですけど……」
……ファッ?
僕とマヤちゃんは目を点にして互いに顔を見合わせた。
それからお母さんの話を聞く中で判明した事の真相はこうだ。
どうやらマヤちゃんのメイン・システム内の体内時計が狂ってしまっていたらしく、日付を一日早く認識していたようだった。
マヤちゃんのお父さんとお母さんは明日、マヤちゃんと誕生日を過ごす予定のため、今日のうちに仕事を終わらせようとフル稼働していたんだ。
それにしてもそんなことがあるのか。
お母さんの話によればマヤちゃんの体内時計は時々狂ってしまうことがあるらしい。
それもきっかり24時間遅れるんだって。
「そのたびにメンテナンスを受けているんですけれど、どうにも直らなくて」
口ぶりとは裏腹にあっけらかんとしたお母さんの隣で、マヤちゃんはすっかり安心した様子で笑顔を見せていた。
お母さんに会えたことで、気持ちが落ち着いたようだ。
「アルフレッドおにいちゃん。ありがとう」
「マヤちゃん。明日のお誕生日、お母さんたちと楽しんでね」
「アルフレッドさん。ありがとうございました」
「いえ。あ、そうだ。お母さんにお尋ねしたいことがあるんです」
そう言うと僕はアリアナの凍結チョコを取り出して事情を説明した。
お母さんは凍り付いたチョコを見て驚いていたが、他のお菓子職人の人達にも声をかけて何とか元に戻せないかやってみると言ってくれた。
後はもう専門家の知識と経験にお願いするしかない。
「少し時間かかるかもしれないから、その間にお祭りを見ていってはいかがですか?」
お母さんがそう勧めてくれたので、僕はお言葉に甘えてその場を後にした。
それから中央公園の中を歩き回っていたんだ。
すると……。
「アル様?」
ふいに背後から声をかけられて振り返るとそこにはジェネットがいたんだ。
彼女は祭りの関係者たちのために温かいスープを配って回っているところだった。
ううむ……さすが光の聖女ジェネット。
エプロンと三角巾の給仕姿がまたかわいらしい。
「ジェネット。寒い中、大変だね。お疲れさま」
「アル様がいらっしゃるなんて思いませんでしたよ。ミランダは? 何かあったのですか?」
予想外に現れた僕に驚いてそう尋ねてくるジェネット。
僕はそんな彼女にこれまでの事情を説明した。
「なるほど。ミランダは相変わらずですが、アリアナがそんなことを……」
高台の中央公園の中でも最も高い場所に設けられた座席に腰をかけ、2人でスープを飲みながら一通りのことを話し終わると、ジェネットが意外そうな顔でそう呟いた。
「うん。僕もビックリしたんだけど、せっかくくれたから何とかして食べたくて」
僕がそう言うとジェネットは三角巾とエプロンを外して居住まいを正した。
そしてアイテム・ストックから何かを取り出したんだ。
それは純白のリボンがかけられた綺麗な包みだった。
ま、まさか……。
「アル様。アリアナの先を越してしまうのは少し気が引けますが、私からも日頃の感謝を込めまして」
そう言うとジェネットはその包みを僕に差し出してはにかみながら微笑んだ。
「こ、これって……」
「ええ。私が作ったバレンタイン・チョコレートです。アル様だけのための特別製ですよ」
せ、聖女様のバレンタイン・チョコ!
も、もう見るだけで鼻血が出そうだよ。
今日は一体どうなってるんだ?
あまりにも幸運すぎて怖い。
もしかして僕、もうすぐ死ぬのか?
そんなことを考えて僕はオタオタしながらもジェネットにお礼を言う。
「あ、ありがとう。僕のほうがジェネットにお世話になりっぱなしなのに」
「いいえ。せっかくだから開けてみて下さい。アル様と2人で食べたいです」
そう言うジェネットに頷き、僕は開けるのがもったいないような綺麗な包装を開けた。
中には整った形をした犬の姿のチョコレートが1ダース入っていた。
い、犬……。
「アル様のことを考えながら作っていたらこうなりました」
いや、おかしいでしょ。
僕はどうしても犬のイメージなのか。
「あ、ありがとう。ジェネット」
「どういたしまして」
そう言うとジェネットはその犬型チョコを一つ手に取り、僕の口に運ぼうとする。
「はい。アル様。あ~ん」
「ええっ? い、いや。自分で食べられるよ」
「ダメです。これも含めて私の感謝の気持ちなんですから。はい。あ~ん」
ひええええっ。
な、何だこのリア充のような幸福なシチュエーションは。
照れ臭くて死んでしまいそうだよ。
僕は戸惑いながらもジェネットの指からチョコを食べさせてもらった。
「う……うまっ!」
とても口当たりの優しいチョコで、ゆっくりとカカオの香りが鼻に抜けていく。
口の中で溶けていくその甘さがちょうどよく、ジェネットらしい上品なチョコレートだった。
「す、すごくおいしくてビックリしたよ。ジェネットってこんな才能もあるんだね」
「良かった。喜んでいただけて嬉しいです。作った甲斐がありました」
そう言うジェネットのはにかんだ笑顔が西日に赤く染まっている。
夕暮れが近い。
僕らは高台から見下ろす街並みが夕陽に染まっていく光景を眺めながら、おいしくチョコを食べて談笑した。
でも幸せな時間は過ぎていくんだ。
「さて、アル様。私は夜までもうひと働きします。今日は帰りが少し遅くなるので、名残惜しいですがアル様は先にお帰り下さい」
そう言って立ち上がるジェネットに僕も頷いた。
「ありがとう。ジェネット。今度何か御礼をさせてね」
「もう。そんなこと言われると期待してしまいますよ。アル様。でも、楽しみにしています」
そう言ってかわいらしく笑いながら手を振り作業に戻っていくジェネットに、僕も手を振り返した。
さて、そろそろ戻らないと。
そうして僕が再び菓子職人スペースへ戻ると……。
「あっ……チョコが」
マヤちゃんがアリアナのチョコを手に持って僕を待っていてくれたんだけど、さっきまで凍結していたはずのチョコは完全に元通りの姿を取り戻していたんだ。
お菓子職人さんたちが何とかしてくれたのかな。
「す、すごい。包装も完全に元に戻ってる。さすがお菓子のプロ。専門家に相談して良かったです」
僕がマヤちゃんの背後に立つお母さんにそう言うと、なぜだかお母さんは困ったように笑い、マヤちゃんが少しムスッとした顔で頬を膨らませた。
「違うもん。マヤがやったんだもん」
「えっ?」
驚く僕にお母さんが苦笑しながら教えてくれた。
「本当なんですよ。私たちが何かをする前にこの子がチョコを手に取ったんですけど、そしたらあっという間にチョコが元の状態に戻っちゃったんです。正確に言うと24時間前の状態に」
「24時間前?」
「ええ。まさかマヤの体内時計の狂いがスキル発動によるものだったなんて」
そう。
僕は知らなかったんだけど、マヤちゃんの曾祖母が実力のある魔法使いだったらしく、彼女はその資質を強く受け継いでいた。
そのため、あるスキルに目覚めていたんだ。
時戻し。
非生物に限るけれど物質の状態を24時間前の状態に戻すことが出来る。
割れてしまったお皿や、破けてしまった服を元に戻せるらしい。
そのスキルに目覚めつつあったマヤちゃんは、その影響で時折体内時計が狂ってしまっていたんだって。
そして完全にスキルを会得したマヤちゃんの力の影響で、アリアナの凍結チョコはその状態が24時間前に戻ったんだ。
アリアナが作って包装したばかりの状態に戻ったために、凍結していたはずのチョコは包装紙が湿気でふやけることもなく、綺麗な状態で復活したという。
「ありがとう。マヤちゃん。おかげで大事な友達が作ってくれたチョコを元の状態に戻すことが出来たよ」
そうお礼を言うとマヤちゃんは誇らしげに胸を張って満面の笑みを浮かべてくれた。
僕はその場にいる皆さんにお礼をして、アリアナのチョコを手に中央公園を後にしたんだ。
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