49 / 76
夏休み⑬
しおりを挟む
最終日の朝。
海から吹き込む風は、昨日よりも少し湿っていて、波の音が近く感じられた。
宿のテラス席に腰を下ろし、私は氷の浮いたレモンソーダをひと口。氷がグラスの中で小さく音を立てるたび、横顔を太陽が照らす。
水平線の向こうから昇り切った太陽が、海面をきらきらと金色に染めている。
「……今日で終わりか」
ひとりごとのように呟いた声は、潮騒にすぐ溶けていった。
私の水着は昨日までとは違う。深いネイビーの地に、肩紐と腰のサイドにだけ繊細なゴールドのラインが走っている。派手すぎず、それでいて目を引く。肩まで下ろしていた髪はまだ結んでいないが、波打ち際に行く前に束ねるつもりだ。大きめのサングラスを掛け、つややかなリップをひと塗り。まるで雑誌の撮影か何かのように、そこにいるだけで画になる。
「黒宮さん……なんで最後まで気抜かないわけ?めっちゃおしゃれなんだけど」
背後から聞こえてきた、少し湿った声。佐伯だ。
サングラス越しにゆっくりと振り返る。
「ふふ、いつも通りですよぉ?♡」
いつも通りの柔らかい笑顔。だがその返しは、相手の棘を軽く包み込み、逆に突き返すような響きを持っている。
佐伯は「ふん」と鼻を鳴らし、苦笑とも舌打ちともつかない音を残して去っていった。
やがて私はすっと立ち上がる。視線は浜辺の向こうに並んだ屋台だ。
まずは冷たいフラッペ。かき氷よりも細かく削られた氷が、口に入れるとすぐにとけていく。マンゴー、イチゴ、抹茶と色鮮やかなカップが並び、私はマンゴーを選んだ。
「……ん、美味しい」
自然と笑みがこぼれる。冷たい甘さが喉をすっと通り抜け、潮風で少し火照った頬を冷やしてくれる。
次に、たこ焼き。熱々のまま口に入れると、中のタコがぷりっとしていて、ソースの香りが鼻をくすぐる。頬をふくらませて食べる私を、いちごあめを持った成瀬は横目で見ながら苦笑い。
「なんか珍しいですね、そんな無防備に食べてるの」
「こういうときくらい、油断してもいいでしょう?」
「……まあ、そうですね。」
他にも揚げたてのポテト、焼きとうもろこし、チョコバナナと屋台を渡り歩き、すでに両手は食べ物でいっぱい。
「ふふっ、しあわせ」
私はこのために海に来たのだと錯覚するほど、自由だ。
食べ終わった私はグラスを置くと、腕のヘアゴムを取る。
両手で髪をすくい上げ、ひとまとめにして高めの位置でキュッと結ぶ。その仕草の途中、ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れたところで佐伯がこちらを見ていた。
視線が合うと、彼女はばっと顔を背ける。私は口角を上げ、髪先を整えてから立ち上がった。
裸足になり、足を砂に沈めながら波打ち際へ。
足首を洗う波は冷たく、そしてすぐに引いていく。海面は陽光を受けて白くきらめき、遠くではメンバー数人がすでに水鉄砲を手にして騒いでいる。
腰くらいまで海に入り、波を手ですくったりしていると、天城が私を呼ぶ。
「黒宮さーん!こっち来なよ!」
断ろうとした瞬間、飛んできた水しぶきが肩にかかった。
「……は?」
振り返ると、水鉄砲を持った霧島。
思えば、1日目もこんなことがあった気がする。
全力で波を霧島にかける。
気付けば他のメンバーも加わり、完全な水かけ合戦に突入していた。
私は霧島から奪った水鉄砲で、容赦なく水をかけていく。
特に、佐伯には2倍くらい水をかけた。
顔面に。
そう、顔面に。
その後も追いかけ、追いかけられ、大人顔負けの攻防が続いた。海に腰まで浸かりながら撃ち合う場面もあれば、砂浜を全力で駆け抜ける瞬間もあり、息が切れるほど笑い声が絶えない。
海と空の青さが、最後の一日を鮮やかに彩っていた。
海から吹き込む風は、昨日よりも少し湿っていて、波の音が近く感じられた。
宿のテラス席に腰を下ろし、私は氷の浮いたレモンソーダをひと口。氷がグラスの中で小さく音を立てるたび、横顔を太陽が照らす。
水平線の向こうから昇り切った太陽が、海面をきらきらと金色に染めている。
「……今日で終わりか」
ひとりごとのように呟いた声は、潮騒にすぐ溶けていった。
私の水着は昨日までとは違う。深いネイビーの地に、肩紐と腰のサイドにだけ繊細なゴールドのラインが走っている。派手すぎず、それでいて目を引く。肩まで下ろしていた髪はまだ結んでいないが、波打ち際に行く前に束ねるつもりだ。大きめのサングラスを掛け、つややかなリップをひと塗り。まるで雑誌の撮影か何かのように、そこにいるだけで画になる。
「黒宮さん……なんで最後まで気抜かないわけ?めっちゃおしゃれなんだけど」
背後から聞こえてきた、少し湿った声。佐伯だ。
サングラス越しにゆっくりと振り返る。
「ふふ、いつも通りですよぉ?♡」
いつも通りの柔らかい笑顔。だがその返しは、相手の棘を軽く包み込み、逆に突き返すような響きを持っている。
佐伯は「ふん」と鼻を鳴らし、苦笑とも舌打ちともつかない音を残して去っていった。
やがて私はすっと立ち上がる。視線は浜辺の向こうに並んだ屋台だ。
まずは冷たいフラッペ。かき氷よりも細かく削られた氷が、口に入れるとすぐにとけていく。マンゴー、イチゴ、抹茶と色鮮やかなカップが並び、私はマンゴーを選んだ。
「……ん、美味しい」
自然と笑みがこぼれる。冷たい甘さが喉をすっと通り抜け、潮風で少し火照った頬を冷やしてくれる。
次に、たこ焼き。熱々のまま口に入れると、中のタコがぷりっとしていて、ソースの香りが鼻をくすぐる。頬をふくらませて食べる私を、いちごあめを持った成瀬は横目で見ながら苦笑い。
「なんか珍しいですね、そんな無防備に食べてるの」
「こういうときくらい、油断してもいいでしょう?」
「……まあ、そうですね。」
他にも揚げたてのポテト、焼きとうもろこし、チョコバナナと屋台を渡り歩き、すでに両手は食べ物でいっぱい。
「ふふっ、しあわせ」
私はこのために海に来たのだと錯覚するほど、自由だ。
食べ終わった私はグラスを置くと、腕のヘアゴムを取る。
両手で髪をすくい上げ、ひとまとめにして高めの位置でキュッと結ぶ。その仕草の途中、ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れたところで佐伯がこちらを見ていた。
視線が合うと、彼女はばっと顔を背ける。私は口角を上げ、髪先を整えてから立ち上がった。
裸足になり、足を砂に沈めながら波打ち際へ。
足首を洗う波は冷たく、そしてすぐに引いていく。海面は陽光を受けて白くきらめき、遠くではメンバー数人がすでに水鉄砲を手にして騒いでいる。
腰くらいまで海に入り、波を手ですくったりしていると、天城が私を呼ぶ。
「黒宮さーん!こっち来なよ!」
断ろうとした瞬間、飛んできた水しぶきが肩にかかった。
「……は?」
振り返ると、水鉄砲を持った霧島。
思えば、1日目もこんなことがあった気がする。
全力で波を霧島にかける。
気付けば他のメンバーも加わり、完全な水かけ合戦に突入していた。
私は霧島から奪った水鉄砲で、容赦なく水をかけていく。
特に、佐伯には2倍くらい水をかけた。
顔面に。
そう、顔面に。
その後も追いかけ、追いかけられ、大人顔負けの攻防が続いた。海に腰まで浸かりながら撃ち合う場面もあれば、砂浜を全力で駆け抜ける瞬間もあり、息が切れるほど笑い声が絶えない。
海と空の青さが、最後の一日を鮮やかに彩っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる