塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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夏休み⑮

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足首に触れる水のひんやり感が、太陽に温められた肌をすっと冷ましていく。
 昼下がりの海は、午前のざわめきが一段落したように、どこか穏やかなだった。波は一定のリズムで寄せては返し、その白い縁取りが浜辺に幾重にも重なっていく。

 私はポニーテールをきゅっと結び直し、足元から海に踏み込んだ。
 遠くではメンバーがビーチボールで遊び、別の人は浮き輪を抱えて浅瀬で笑い合っている。けれど私は、とくに誰と約束するでもなく、波へ向かった。

 水面は陽光を反射して、ガラスの粒をばらまいたみたいにきらきらと光っている。膝まで浸かると、砂がふわりと舞い上がって足元をくすぐった。
 思い切って腰まで入ると、潮の香りが一層強くなる。背筋を伸ばして海を見渡せば、水平線が淡い青のグラデーションを描き、雲がそこにゆっくり溶け込んでいく。

 少し泳ぎたい衝動に駆られ、私はぐっと身体を前に倒してクロールで進んだ。
 水の中は思った以上に静かで、耳に届くのは自分の息と、泡が弾ける音だけ。肩や腕を滑らかに動かすたび、陽射しの粒が水面をくぐって私の肌に斑模様を描いた。

 沖に近いところまで来ると、波の揺れが大きくなる。そこでしばらく浮かんでみる。青い空が視界いっぱいに広がり、雲が流れる速度が、地上で感じるよりもずっとゆったりしている気がした。
 ――こういう時間、悪くない。

 ひとしきり泳いだあと、砂浜へ戻る途中、メンバーの一人が声をかけてきた。

「黒宮さん、めっちゃ楽しそうですね!」

「そう見えます?」

「はい! なんか……自由って感じします」
 
私は軽く腕を伸ばし、波打ち際をそのまま走り抜けた。濡れた足が砂を蹴るたび、細かい粒が陽光を弾き返す。

 テントのそばで軽くレモンソーダを飲み、次はサーフボードを抱えて海へ向かう。
 本格的なサイズではなく、レンタルのミドルボード。それでも、波をつかまえる瞬間の高揚感は変わらない。
 足元に寄せる波のタイミングを見計らい、腰の高さまで進んでからボードに乗る。軽くパドリングをして、背後から押し寄せる波を待った。

 「――来た」
 背中にぐっと水の圧を感じた瞬間、腕を強くかき、ボードの先端がスッと持ち上がる。立ち上がると同時に、風が頬を切る。視界の端で水しぶきが弾け、足元で波が砕ける感覚が全身に伝わった。

 短い時間でも、波に乗っている間はあらゆる雑音が消える。
 降りる瞬間、足首まで水を浴び、笑いがこぼれた。

 浜辺に戻ると、成瀬がタオルを肩にかけながらこちらを見ていた。
「黒宮さん……ほんと、誰より海楽しんでますね」

「せっかく来たんですから、満喫しないと」

「……なんか、見てるこっちまで気持ちいいです」
 
そんなことを言われ、私は照れ隠しに再び海へ視線を投げた。

 そのあとも、波の具合を確かめながらサーフィンを繰り返す。たまに失敗して派手に水に沈んでも、不思議とそれすら楽しい。海の塩気と、鼻の奥をくすぐる夏の匂いが、笑いを引き出す。

 午後の陽が少し傾きはじめ、海面の色が深くなってきたころ。
 私は最後の一本を終えて、濡れた足のまま砂浜に腰を下ろした。背後ではメンバーたちがそれぞれの遊びを続けている。波の音に混じって、遠くからかすかに音楽が聞こえてきた。

 腕をタオルで軽く拭きながら、私は胸の奥で小さく息をつく。
 ――この時間、この景色。この自由さ。
 忘れたくない夏の一幕が、またひとつ増えた気がした。
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