塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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夏休み⑳

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 夜の静寂を破るように、柔らかな朝日が水平線の端から顔を出した。
 空は淡いオレンジと薄い青が溶け合い、夜の名残を抱えた群青色から、少しずつ新しい色へと変わっていく。
 海面には黄金の帯がすっと伸び、まるで昨日の花火の余韻を静かに洗い流すようだった。

 私は一足先に浜辺へと降りていた。サンダルを手に持ち、裸足で波打ち際を歩く。水は朝の冷たさを含み、足首に触れるたびに意識が鮮やかに目覚めていく。
 背後では、まだ眠そうに髪を整えるメンバーたちの姿が見えた。笑い声と、スーツケースのキャスターが砂利道にこすれる音。旅の終わりを告げる音色が、浜辺に少しずつ広がっていく。

 テントの跡地には、昨夜の気配がまだ残っていた。風に舞う砂にうっすらと囲いの形が残り、遠くには花火の欠片が散った空の名残がある。けれど、全てが新しい朝の光に包まれていて、まるで一夜の夢だったかのように感じられた。




 「黒宮さーん! みんな揃いましたよ!」
 成瀬が声を張り上げる。カメラを首から下げ、すでに準備万端の様子だった。

 私が戻ると、全員が砂浜に集まっていた。まだ少し眠たげな顔もあれば、元気いっぱいにはしゃいでいる人もいる。だがどの顔も、夏を存分に楽しんだ余韻に包まれて柔らかかった。

 「じゃあ最後に、ここで記念撮影しましょうか」
 朝倉が三脚を立て、カメラをセットする。潮風に髪が揺れ、砂の上に小さな足跡が並んでいく。

 メンバーたちは自然と肩を寄せ合い、笑顔を作る。私は背が高いため後ろの位置に立っていたが、「黒宮さんも真ん中ですよ」と強引に引っ張られた。
 
「え、私まで?」

 「当たり前です」
 仕方なく中央に立つと、両脇からメンバーに軽く腕を組まれた。笑い声がこぼれる。

 「はい、じゃあ行きますよー。3、2、1――」
 シャッターの音が、朝の静かな海辺に響いた。

 瞬間、後ろの波がちょうど大きく寄せてきて、足元にしぶきが散った。メンバーたちは驚いて跳ね上がり、それを見てまた笑った。偶然にしてはできすぎていて、その瞬間の写真には、きっとこの旅のすべてが詰め込まれているに違いなかった。



 撮影を終えたあと、しばらく誰もがその場を離れなかった。
 海は穏やかに広がり、遠くの水平線には小さな漁船が点のように浮かんでいた。波のきらめきは、朝の光に照らされて一面の宝石のように輝いている。

 砂浜には、まだ朝の冷たさが残っていた。裸足で踏みしめると、しっとりとした感触が伝わり、夏の名残と同時に新しい一日の始まりを告げていた。
 潮の香りが深呼吸するたびに胸いっぱいに満ちて、体の奥まで清められていくようだった。

 立ち止まり、そっと目を閉じる。
 海鳥の鳴き声、波のささやき、遠くの笑い声――すべてが溶け合って、ひとつの大きな音楽のようになっている。

 この景色は、きっともう二度と同じ形では現れないだろう。
 だからこそ、今この瞬間を胸に焼き付けなければならない。そう思った。




 「そろそろ行きましょう」
 天城の声に、みんなが名残惜しそうに頷いた。

 荷物を抱えて振り返ると、朝の光に照らされた海が最後の別れを惜しむように輝いていた。
 その輝きは静かで、けれど確かに心に深く刻まれる。

 「また来られるといいですね」
 誰かがつぶやく。その声はすぐに潮騒に飲まれていったが、全員の心に同じ想いを残した。

 波の一つひとつが新しい時間を運び、過ぎ去った日々を優しく包み込んでいる。

 昨日までの喧騒も、笑い声も、儚い花火の光も――すべてがこの海に吸い込まれ、永遠の一部になる。

 私はその光景を胸に刻み込み、小さく息を吐いた。
 そして振り返り、仲間たちのもとへ歩き出す。

 新しい日常が待つ場所へ。
 けれど心の奥には、いつまでもあの海の色と、笑顔が残り続けるだろう。


 エンジン音が遠くで響き、夏の旅の終わりを告げる。
 けれど私は、不思議と寂しさだけではなく、満たされた気持ちを抱いていた。

 ――海と共に過ごした3日間。
 その全てが、確かに刻まれていた。




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