塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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出張③

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朝八時。
 私はテレビ局の広報部と編成部が合同で集まる会議室にいた。

 壁際に設置されたスクリーンには、新曲の仮パッケージ映像が映し出されている。
 周囲を囲むスタッフの数は二十名以上。少しでも意見が食い違えば、たちまち収拾のつかない混乱になりかねない場だ。

 「こちらの映像、CM尺に合わせるなら十秒短くできますか?」
 編成部の課長が言った。

 「十秒……切り詰めれば歌詞の頭が崩れますね」広報部が渋る。

 視線が私に集まる。
 私はスライドを切り替えた。

 「十秒カットではなく、三秒と七秒に分けて調整してみてはいかがでしょうか」

 ざわ、と空気が動く。

 「まず冒頭三秒、イントロを短縮すれば歌詞の流れは崩れません。そして後半七秒、歌詞はそのままにエンディング映像を差し替える。視覚的な余韻を優先すれば、むしろ印象は強まります」

 スクリーンに修正後のラフ映像を映す。
 キャッチコピーと映像効果を加えた案だ。

 沈黙のあと、一斉にうなずきが広がった。

 「なるほど……!」「確かにその方が自然だ」
 「これならスポンサーも納得するだろう」

 会議が熱を帯び、前向きな声に変わっていく。
 私は涼しい顔で要点をまとめ、次の課題へ移した。

 ――こうして三時間の会議は予定より早く終わり、双方が満足する形で落ち着いた。

 「黒宮さん、本当に助かります。うちの部署だけでは絶対に収拾つかなかった」
 広報部長が頭を下げる。

 「いえ、皆さんが真剣に考えてくださったからです。私は整理しただけですから」

 私は一歩引いた微笑みを返した。

 ……その瞬間、ポケットでスマートフォンが震える。

 取り出すと、佐伯から。
 件名は「今日のメンバー」

 恐る恐る開く。

 《朝練のあと、みんなのテンション上げるために“体操”をやりましたー!》
 動画が添付されていた。

 再生すると……。
 リビングで、メンバーが半ば強制的に腕を振り回している姿。
 顔が死んでいる。笑顔どころか無表情に近い。
 その横で、佐伯だけが「はいもっと声出して! 元気にィ!」と叫んでいた。

 ……私は慌てて口元を押さえた。
 会議室にまだ人が残っている。
 だめだ、今笑ったら一瞬で印象が崩れる。

 「失礼、連絡が入ったので……」
 私は小さく会釈して廊下に出ると、声を殺して笑った。

 「ふふっ……あはははっ……! 体操って……っ」

 頬を押さえ、しばらく壁にもたれかかってしまう。
 あの動画、後で保存しておこう。

出張4日目――スポンサー会食

 夜。
 都心の料亭。
 タイアップ先の重役たちが並ぶ中、私は落ち着いて箸を進めていた。

 「黒宮さんは、どんなときも冷静ですな」
 専務が酒を片手に笑う。

 「恐縮です。ただ、緊張していても成果にはつながりませんから」

 料理の話題から芸能界の将来まで、会話は広がっていく。
 私は相槌を打ちながら、必要なときだけ核心を突く意見を差し挟む。

 「若い世代の支持を得るなら、従来のメディア露出だけでは足りません。SNS戦略を同時に走らせるべきです。たとえば今回の楽曲なら――」

 その一言で場が盛り上がり、重役たちの顔が明るくなる。
 私はその流れを自然に誘導していった。

 やがて会食が終わる頃、専務がぽつりと言った。

 「黒宮さん、あなたはまるで……一人で十人分の仕事をしているようだ」

 「そんなことはありません。皆さまが目標を共有してくださるから、私は道筋を描けるんです」

 やや謙遜気味に返し、席を立った。
 だが内心は冷静に、自分の手応えを確認していた。
 ――今日の交渉も完璧だ。

さすが大型スポンサーともいうべきか、会食もおいしかったし。

例えば、肉とか。あとは、お寿司とか。それから、肉料理とか。

 ホテルに戻ると、またスマホが震える。

 佐伯からだ。
 件名は「夜のケアタイム♡」

 《みんなで打ち上げやりました! お菓子食べ放題!》

 写真を見ると、テーブルいっぱいにスナック菓子。
 メンバーたちは笑顔……に見えるが、どこか引きつっている。
 目の下にうっすらクマまで。

いったい何の打ち上げなのか。私がいないことだろうか。

 続けて個別メッセージが届く。

 《黒宮さん、糖分でごまかされてます……》
 《胃もたれが……》
 《どうしたらいいですか!?》

 私はベッドに腰を下ろし、深呼吸してから返信した。

 「皆さん、あと二日ですぅ♡ 無理しないでくださいね♡」

 送信してから、思わず天井を見上げる。
 あぁ……こんなに楽しい出張は初めてだ。


その馬鹿な頭にダメージを与えられる日のことを私はずっと穏やかに考えていた。



出張5日目――地方ロケの立ち会い

 この日は地方の海沿いで行われる観光番組のロケ立ち会い。
 朝からスタッフがばたばたと動き、予定通りに進めるのは難しい状況だった。

 「カメラが一台、電源不調で……!」
 「現地許可がまだ……!」

 混乱するスタッフたちを横目に、私は一つひとつ整理した。

 「予備の電源ユニットはありますか? ……では交換して五分で復帰させましょう」
 「許可の件は私が確認します。担当者にすぐ連絡を。――はい、黒宮と申します、先ほどの申請ですが……」

 私が動くたびに、現場の混乱は整っていく。
 撮影開始予定から遅れることわずか十五分。
 スタッフたちは「奇跡だ」と口々に言った。

 私はただ微笑みを返し、カメラのファインダー越しに青い海を見つめた。
 ――仕事の達成感とともに、あの「もう一つの舞台」を思い出す。

 スマホを開くと、また佐伯さんから。

 《今日もメンバーの心のケア! 悩みを聞く会をしました!》

 添付された音声データ。
 再生すると――。

 『悩みとか、あるでしょ? ほら、なんでも言って! 遠慮しないで!大丈夫!』
 沈黙。
 『ねぇ、あるでしょ? なんで黙るの? 私に言っていいんだよ?ほら!ほら!』

 ……耐えきれず、私は吹き出した。
 部屋に誰もいなかったのが救いだ。

 「ふふ……っ、あはははっ……!」
 机に突っ伏し、肩を震わせながら笑い続ける。

 どうやら“ケア”という言葉が、佐伯にとっては「押し付け」になっているらしい。
 メンバーが心を開くどころか、逆に口をつぐむ姿が容易に想像できた。

 私は涙を拭い、スマホに返信を打った。

 「素敵ですねぇ♡ メンバーのために頑張ってくださって感謝ですぅ♡」

 ……これでいい。
 彼女は彼女なりに全力なのだ。
 私は出張をこなしつつ、遠くからその“自滅劇”を見届ける役。

 仕事は順調。佐伯は空回り。
 この二重構造が、私にはひどく心地よかった。



 (あー、帰る日が本当に気になる……!)
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