65 / 76
奢り
しおりを挟む
スケジュール調整、取材対応、移動管理。今日も分刻みの一日を終えて、やっと楽屋に腰を下ろしたときのことだった。
私は資料をまとめながら、タブレットで次週のスケジュールをチェックしていた。
「黒宮さん」
ひょっこりと顔を出したのは望月だった。その後ろから、やけにニヤニヤしている成瀬もついてきている。
「何?」
「今日空いてますか?」
「……一応、20時以降は何もないけど」
「よし! じゃあ決まりだ」
「決まり?」
なにが決まりなのか分からないまま見上げると、成瀬が得意げに胸を張った。
「俺たちが焼き鳥、奢ります。」
「えっ」
……。
私は思わず手元のタブレットを閉じた。
「いいの? 本当に遠慮しないけど」
「むしろしてほしくない」
「俺らの稼ぎからしたら焼き鳥くらい安い安い!」
望月は自信満々に笑う。成瀬も優しくうなずいている。
ここまで言われたら、断る理由はない。
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて」
「じゃあ、個室予約してあるから、すぐ行こう」
──数時間後。
私たちは駅前の隠れ家風居酒屋にいた。個室は木の引き戸で仕切られていて、落ち着いた雰囲気。通された席はすでに炭火の香りが漂っていて、胸が高鳴った。
「お飲み物どうされますか?」
「烏龍茶で」
「俺も」
「成瀬さんは?」
「俺も烏龍でいいや」
注文を済ませると、メニューを広げた。焼き鳥のページには、定番のねぎま、つくね、砂肝、ハツ……。さらに珍しい部位まで揃っている。
「じゃあまずは……全種類」
「え、いきなり?」
「いや、黒宮さんが好きって言ったんだろ? だったら一通り頼んだほうが早い」
「そうそう、気に入ったやつをリピすればいいし」
頼もしすぎる。私は思わず笑ってしまった。
やがて、串に刺さった焼き鳥が次々と運ばれてくる。炭火で香ばしく焼かれた匂いに、思わず深呼吸した。
「ほら、黒宮さんからどうぞ」
「じゃあ……」
私は最初にねぎまを手に取った。熱々の表面にかぶりつくと、肉汁がじゅわっと広がる。
「……おいしい」
「でしょ?」
「うまっ」
司と颯真も次々と串を取り、笑顔になる。
「マネって、普段こんな表情しないよね」
「なにそれ」
「いや、ほんとだって。顔がゆるんでる」
からかわれて、私は軽く咳払いをした。
「食べ物がおいしいと、自然にこうなるだけです」
「へぇ~、じゃあもっと食べてもらおうかな」
次に運ばれてきたのはつくね。黄身が添えられていて、絡めて食べると格別だ。私は夢中で串をかじりながら、頬がゆるむのを自覚した。
砂肝はコリコリ、レバーは濃厚、皮は香ばしい。
一つひとつの味を噛みしめながら、幸せを感じる。
「マネ、意外と食べるね」
「いや、これは止まらなくなります」
「いいぞいいぞ、もっといけ!」
私が串を次々と空にしていくと、望月が笑いながら追加注文を入れてくれる。
「……そういえば」
「なに?」
「黒宮さんって、いつも俺らのことを考えて動いてるじゃん。でもさ、自分の楽しみってどれくらいあるの?」
成瀬の言葉に、少しだけ箸を止めた。
考えてみれば、プライベートで外食することなんてほとんどない。仕事の効率を優先し、時間を節約し、簡単に済ませてしまうことが多かった。
「……あんまり、ないかもしれません」
「だよな。だから今日はマネの日なんだって」
「うん、俺らにとってもマネとこうやって食べるの、楽しいし」
二人の笑顔に、胸の奥がほんのり温かくなる。
──この子たちがいるから、私は頑張れるんだ。
気づけば串の山はどんどん高くなっていた。
鶏のもも肉、せせり、ぼんじり……。追加で頼んだ焼き鳥が机いっぱいに並ぶ。
「頼みすぎじゃない?」
「いや、まだ全然いける」
「マジか……」
こんな夜は、忙しい毎日の中でほんのひとときの休息になる。
個室の中、笑い声と焼き鳥の香りに包まれながら、私は心から幸せを感じていた。
私は資料をまとめながら、タブレットで次週のスケジュールをチェックしていた。
「黒宮さん」
ひょっこりと顔を出したのは望月だった。その後ろから、やけにニヤニヤしている成瀬もついてきている。
「何?」
「今日空いてますか?」
「……一応、20時以降は何もないけど」
「よし! じゃあ決まりだ」
「決まり?」
なにが決まりなのか分からないまま見上げると、成瀬が得意げに胸を張った。
「俺たちが焼き鳥、奢ります。」
「えっ」
……。
私は思わず手元のタブレットを閉じた。
「いいの? 本当に遠慮しないけど」
「むしろしてほしくない」
「俺らの稼ぎからしたら焼き鳥くらい安い安い!」
望月は自信満々に笑う。成瀬も優しくうなずいている。
ここまで言われたら、断る理由はない。
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて」
「じゃあ、個室予約してあるから、すぐ行こう」
──数時間後。
私たちは駅前の隠れ家風居酒屋にいた。個室は木の引き戸で仕切られていて、落ち着いた雰囲気。通された席はすでに炭火の香りが漂っていて、胸が高鳴った。
「お飲み物どうされますか?」
「烏龍茶で」
「俺も」
「成瀬さんは?」
「俺も烏龍でいいや」
注文を済ませると、メニューを広げた。焼き鳥のページには、定番のねぎま、つくね、砂肝、ハツ……。さらに珍しい部位まで揃っている。
「じゃあまずは……全種類」
「え、いきなり?」
「いや、黒宮さんが好きって言ったんだろ? だったら一通り頼んだほうが早い」
「そうそう、気に入ったやつをリピすればいいし」
頼もしすぎる。私は思わず笑ってしまった。
やがて、串に刺さった焼き鳥が次々と運ばれてくる。炭火で香ばしく焼かれた匂いに、思わず深呼吸した。
「ほら、黒宮さんからどうぞ」
「じゃあ……」
私は最初にねぎまを手に取った。熱々の表面にかぶりつくと、肉汁がじゅわっと広がる。
「……おいしい」
「でしょ?」
「うまっ」
司と颯真も次々と串を取り、笑顔になる。
「マネって、普段こんな表情しないよね」
「なにそれ」
「いや、ほんとだって。顔がゆるんでる」
からかわれて、私は軽く咳払いをした。
「食べ物がおいしいと、自然にこうなるだけです」
「へぇ~、じゃあもっと食べてもらおうかな」
次に運ばれてきたのはつくね。黄身が添えられていて、絡めて食べると格別だ。私は夢中で串をかじりながら、頬がゆるむのを自覚した。
砂肝はコリコリ、レバーは濃厚、皮は香ばしい。
一つひとつの味を噛みしめながら、幸せを感じる。
「マネ、意外と食べるね」
「いや、これは止まらなくなります」
「いいぞいいぞ、もっといけ!」
私が串を次々と空にしていくと、望月が笑いながら追加注文を入れてくれる。
「……そういえば」
「なに?」
「黒宮さんって、いつも俺らのことを考えて動いてるじゃん。でもさ、自分の楽しみってどれくらいあるの?」
成瀬の言葉に、少しだけ箸を止めた。
考えてみれば、プライベートで外食することなんてほとんどない。仕事の効率を優先し、時間を節約し、簡単に済ませてしまうことが多かった。
「……あんまり、ないかもしれません」
「だよな。だから今日はマネの日なんだって」
「うん、俺らにとってもマネとこうやって食べるの、楽しいし」
二人の笑顔に、胸の奥がほんのり温かくなる。
──この子たちがいるから、私は頑張れるんだ。
気づけば串の山はどんどん高くなっていた。
鶏のもも肉、せせり、ぼんじり……。追加で頼んだ焼き鳥が机いっぱいに並ぶ。
「頼みすぎじゃない?」
「いや、まだ全然いける」
「マジか……」
こんな夜は、忙しい毎日の中でほんのひとときの休息になる。
個室の中、笑い声と焼き鳥の香りに包まれながら、私は心から幸せを感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる