塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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奢り

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 スケジュール調整、取材対応、移動管理。今日も分刻みの一日を終えて、やっと楽屋に腰を下ろしたときのことだった。
 私は資料をまとめながら、タブレットで次週のスケジュールをチェックしていた。

「黒宮さん」
 ひょっこりと顔を出したのは望月だった。その後ろから、やけにニヤニヤしている成瀬もついてきている。

「何?」

「今日空いてますか?」

「……一応、20時以降は何もないけど」

「よし! じゃあ決まりだ」

「決まり?」

 なにが決まりなのか分からないまま見上げると、成瀬が得意げに胸を張った。

「俺たちが焼き鳥、奢ります。」

「えっ」


 ……。
 私は思わず手元のタブレットを閉じた。

「いいの? 本当に遠慮しないけど」

「むしろしてほしくない」

「俺らの稼ぎからしたら焼き鳥くらい安い安い!」

 望月は自信満々に笑う。成瀬も優しくうなずいている。
 ここまで言われたら、断る理由はない。

「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて」

「じゃあ、個室予約してあるから、すぐ行こう」

 ──数時間後。

 私たちは駅前の隠れ家風居酒屋にいた。個室は木の引き戸で仕切られていて、落ち着いた雰囲気。通された席はすでに炭火の香りが漂っていて、胸が高鳴った。

「お飲み物どうされますか?」

「烏龍茶で」

「俺も」

「成瀬さんは?」

「俺も烏龍でいいや」

 注文を済ませると、メニューを広げた。焼き鳥のページには、定番のねぎま、つくね、砂肝、ハツ……。さらに珍しい部位まで揃っている。

「じゃあまずは……全種類」

「え、いきなり?」

「いや、黒宮さんが好きって言ったんだろ? だったら一通り頼んだほうが早い」

「そうそう、気に入ったやつをリピすればいいし」

 頼もしすぎる。私は思わず笑ってしまった。

 やがて、串に刺さった焼き鳥が次々と運ばれてくる。炭火で香ばしく焼かれた匂いに、思わず深呼吸した。

「ほら、黒宮さんからどうぞ」

「じゃあ……」

 私は最初にねぎまを手に取った。熱々の表面にかぶりつくと、肉汁がじゅわっと広がる。

「……おいしい」

「でしょ?」

「うまっ」

 司と颯真も次々と串を取り、笑顔になる。

「マネって、普段こんな表情しないよね」

「なにそれ」

「いや、ほんとだって。顔がゆるんでる」

 からかわれて、私は軽く咳払いをした。
「食べ物がおいしいと、自然にこうなるだけです」
「へぇ~、じゃあもっと食べてもらおうかな」

 次に運ばれてきたのはつくね。黄身が添えられていて、絡めて食べると格別だ。私は夢中で串をかじりながら、頬がゆるむのを自覚した。

 砂肝はコリコリ、レバーは濃厚、皮は香ばしい。
 一つひとつの味を噛みしめながら、幸せを感じる。

「マネ、意外と食べるね」

「いや、これは止まらなくなります」

「いいぞいいぞ、もっといけ!」

 私が串を次々と空にしていくと、望月が笑いながら追加注文を入れてくれる。

「……そういえば」

「なに?」

「黒宮さんって、いつも俺らのことを考えて動いてるじゃん。でもさ、自分の楽しみってどれくらいあるの?」

 成瀬の言葉に、少しだけ箸を止めた。
 考えてみれば、プライベートで外食することなんてほとんどない。仕事の効率を優先し、時間を節約し、簡単に済ませてしまうことが多かった。

「……あんまり、ないかもしれません」

「だよな。だから今日はマネの日なんだって」

「うん、俺らにとってもマネとこうやって食べるの、楽しいし」

 二人の笑顔に、胸の奥がほんのり温かくなる。
 ──この子たちがいるから、私は頑張れるんだ。

 気づけば串の山はどんどん高くなっていた。
 鶏のもも肉、せせり、ぼんじり……。追加で頼んだ焼き鳥が机いっぱいに並ぶ。

「頼みすぎじゃない?」

「いや、まだ全然いける」

「マジか……」



 こんな夜は、忙しい毎日の中でほんのひとときの休息になる。

 個室の中、笑い声と焼き鳥の香りに包まれながら、私は心から幸せを感じていた。

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