塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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第67話 マネージャーの日常

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 朝の楽屋。
 壁一面に鏡が並んだメイクルームに、私は資料を持ち込んで腰を下ろしていた。

 普段ならスキンケアと日焼け止め程度で現場に出るが、今日は少しだけ違う。軽くファンデーションを乗せて、髪もまとめずに下ろしている。

 ──別に気合いを入れたわけじゃない。
 外部のスタッフと打ち合わせが多い日で、最低限の“印象”は整えておいた方がスムーズに進むからだ。

「……やっぱり黒宮さん、ちょっと雰囲気違う」

 鏡越しに呟いたのは朝倉だった。帰国子女らしく、じっと観察する目が鋭い。

「いつもより柔らかい感じ。メイクしてる?」

「ほんの少し」

「へぇ~。綺麗なのに勿体ない」

「仕事で必要以上に目立つ必要はありません」

 即答すると、紫音は肩をすくめて笑った。
 そこへ成瀬が合流してきて、あからさまに驚いた顔をする。

「おお、マネ。なんか今日……違う」

「えっ、どこが」

「んー……普通にモデルいける感じ」

「からかわない」

 私は資料に視線を落としたが、周囲は「ほんとだよ」「もっと自覚したら?」と口々に言ってきて、正直落ち着かなかった。

 ──だが、そんな空気が一変したのは数時間後のことだ。






 今日の収録は、バラエティ番組だった。
 天城と望月が出演し、人気俳優のOと共演する。現場には多くの芸人やタレントが集まり、楽屋前は慌ただしい。

 私は出番前の二人にスケジュールを伝え、スタッフへ段取りを確認しに行った。

「お疲れ様です。ルーセントのマネージャーの黒宮さんですよね」

 背後から声をかけてきたのは、共演する俳優Oだった。年上で、業界でも実力派として知られている。

「お世話になります。本日はよろしくお願いします」

 私は一礼し、当たり障りのない笑顔を作った。
 だが、Oの目は妙に私の顔を値踏みしている。

「いやぁ、綺麗なマネージャーさんだね。メンバーが羨ましいな」

「……恐縮です」

「普段からこんな感じ? もし良かったら、今度ご飯でも──」

「失礼します。すぐ戻らないといけませんので。」

 私は深く頭を下げ、すぐにその場を離れた。

 声色はあくまで丁寧に、しかし瞳の奥には冷ややかな光を宿して。
 こういう時に感情的になるのは得策ではない。タレントの立場に影響が出ないよう、まずはやりすごす。

 ──ただし、やりすごすのは“その場”だけだ。

 収録が終わるとすぐに番組プロデューサーに報告し、詳細を記録に残した。コンプライアンスの厳しい今、証拠があれば十分に動いてくれる。

「黒宮さん、ありがとうございます。うちからも局側に話を通します。安心してください」

「お願いします」

 私は小さく一礼し、控室に戻った。
 メンバーには余計な心配をかけたくない。だから表情は普段通り、落ち着いたまま。






 控室に戻ると──そこには例の“サバサバ系女子”がいた。

「お疲れ様です、黒宮さん。今日、なんかやけに色気出してません?」

 唐突にそんなことを言う佐伯詩織。わざとらしい笑みを浮かべながら、メンバーの前で声を張った。

「やっぱりマネージャーも女なんですね~。私だったら絶対、共演者から言い寄られても悪い気しないですけど!」

 ──最悪だ。
 場を乱すだけでなく、暗に“私が媚びている”と匂わせる言い方。

 天城と望月が「え?」と目を丸くしている中、私はゆっくりと佐伯の方へ振り返った。

「えぇ♡ 佐伯さんったら冗談お上手ぅ~♡」

「えっ」

「私なんてただの地味なマネージャーですよぉ~♡ でもぉ、佐伯さんみたいに裏表なくてサバサバしてる女性って、男性からしたら一番モテそうですよねぇ~♡ ほんと尊敬しちゃいますぅ♡」

 にっこり。声を半トーン高めにして、完璧なぶりっ子スマイルをお見舞いする。

 佐伯の笑顔が一瞬で引きつった。
 ──こちらは余裕を崩さない。場を和ませる“ふり”をして、相手の言葉を丸ごと返す。

「……あ、えっと、まぁ……はい」

「黒宮さん、今のすご……」

 天城が小声で呟くのを聞きながら、私はさらりと話題を切り替えた。

「さて。次の現場に移動しますよ。立ち上がってください」

 メンバーたちはすぐに動き出し、佐伯だけが口をパクパクさせたまま取り残される。

 ──いい。
 私は無駄に争わない。けれど、必要なところではきちんと“処理”する。

 プロとして、そしてLUCENTを守るために。






 夜。
 すべての仕事を終えたあと、私の机には共演NGリストの控えが一枚増えていた。

 机上の書類を片付けながら、私は深く息をつく。
「……明日もまた忙しいな」

 だが心は不思議と軽かった。
 焼き鳥を頬張る夜も、共演NGを冷静に決める瞬間も──全部ひっくるめて、これが私の日常なのだ。
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