塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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ライブ決定①

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 朝の会議室に、プロジェクターの光が差し込んでいた。
 テーブルを挟んで、私は関係各所のスタッフと向き合う。営業、宣伝、舞台監督、音響、照明──全員が一斉に資料へ視線を落としている。

「……つまり、次回ルーセント単独ライブの開催が決定しました」

 進行役のマネージャー長がそう告げると、会議室の空気が一瞬ざわめいた。
 その熱気に混じって、私の背筋はさらにすっと伸びる。

 ──やっと、この時が来た。

 ルーセントにとって、次の飛躍へ繋がる大舞台。数万人規模のアリーナ公演。
 準備の負担は尋常ではないが、同時に大きなチャンスだ。

「黒宮さん」

「はい。」

「具体的なスケジュール管理と現場オペレーション、あなたに一任します」

 全員の視線が一斉にこちらに注がれる。
 私は軽く頷いた。

「承知しました。各部門と連携し、最短で調整します」

 心臓の鼓動は少し早い。けれど、それを悟らせるわけにはいかない。




 会議を終えると、さっそく私はタスクを整理し始めた。
 スケジュール、リハーサル、衣装、音響、セットリスト。
 連携すべき部署は十や二十では済まない。

 ──こういうとき、頭の中は自然にフローチャートに変換される。

 段取りを考え、優先順位を割り出し、抜け漏れを潰していく。
 私にとっては呼吸のようなものだ。

「黒宮さーん!」

 その集中をぶち壊すように、明るすぎる声が廊下から飛び込んできた。

 ……自由すぎる自称・サバサバ女子、佐伯。

「聞いた聞いた! ライブやるんでしょ!? ヤバ~! テンション爆上がり!」

 廊下で飛び跳ねんばかりの勢い。
 私は深呼吸してから微笑をつくった。

「そうですねぇ♡ 佐伯さん、テンションが高いのはとっても素敵ですぅ♡」

「はぁ?……」

「でもぉ~♡ ライブ準備ってすっごく複雑なんですよぉ♡ 佐伯さんもぜひ、現場でサポートしてくださいねぇ♡」

「え、私が? ……まぁ、でも私だったら全部余裕だし? ほら、サバサバしてるから裏表ないし!」

 その横で、霧島と朝倉が引きつった笑みを浮かべていた。
 ──出た。「私ならもっと上手くやれる」発言。もはや恒例行事。

「じゃあ♡ ぜひぜひ♡」

 私は満面の笑顔で書類を差し出した。

「えっ」

「こちら♡ ケータリング発注のリストですぅ♡ すべてのメンバーとスタッフの食事希望を集計してくださぁい♡」

「えぇっ!? 地味すぎる!」

「現場は地味な積み重ねで成り立ってるんですよぉ♡」

「ぐぬぬ……」

 案の定、佐伯は目を白黒させた。
 ──これで、しばらくは私の邪魔をせずに済むだろう。



 数日後。
 ライブ準備は怒涛の勢いで進んでいた。

「黒宮さん、この日程で仮押さえしました!」

「ありがとうございます、音響リハの日程はこちらで確定させますね」

「照明のシーン転換ですが──」

 私は次々と飛んでくる要望に即座に対応していく。
 会議室と現場を行き来し、電話とメールを並行処理。

 ──この緊張感がたまらない。
 混沌を整理し、全員が同じ方向を向く瞬間。

 それができるのは私の役割であり、私の武器だ。

「すご……黒宮さん、全部覚えてる……」

 隣でメモを取る新人スタッフが、感嘆の声を漏らした。
 私は軽く笑って返す。

「慣れですよ。最初は頭が爆発しますから」

 ──だが、順調なのは私の管轄だけだ。



 楽屋。
 ケータリングの希望リストを握りしめた佐伯が、半泣きで突っ伏していた。

「無理! みんなわがまますぎ! “夜は炭水化物控えたい”とか“糖分は控えてるけどチョコはOK”とか意味不明!」

「……」

「誰だよ! “海外のグルテンフリー対応を用意してください”とか言ったの!」

「それ、朝倉さんです」

「えぇ~っ!」

 ──うん。知ってた。
 でもそれが現場の“当たり前”だ。

 私はにっこり笑って佐伯に近づき、横から見上げる。少し姿勢がキツい。

「佐伯さん♡ ケータリングは出演者のパフォーマンスを支える重要なお仕事なんですよぉ♡」

「えぇ、うぅ……」

「大丈夫♡ 慣れればきっと楽しくなりますよぉ♡」

 ──嘘だ。慣れても地味で大変だ。
 だが、ここで「ざまあみろ」とは言わない。あくまで私は“ぶりっ子”。

 その裏でこっそり笑みを噛み殺しながら、私は再び現場へ走った。



 夜。
 全員が帰ったあとの事務所。

 机に書類を積み上げたまま、私はケータリングの試作品をこっそりつまんでいた。
 照明プランを睨みながら、ひと口。ジューシーな唐揚げ。

「……ん」

 油の旨味が疲労を溶かしていく。
 誰にも見せられないけれど、これが私の小さなご褒美だ。

 明日もまた戦場のような一日になるだろう。
 でも構わない。

 ルーセントを輝かせるためなら、私は何度だって走り続ける。
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