塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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ライブ決定②

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 会議室のホワイトボードに、仮のライブロゴが貼り出されていた。
 アリーナ規模の単独公演。今日はそのグッズとステージ構成の初期案を出す会議だ。

 机には各部署の担当が並び、メンバー本人たちも端に座って意見を聞いている。

 司会進行役は私。資料を片手に立ち上がり、全体を見回した。

「それでは──まずはグッズ展開について意見を集めます」

 宣伝担当が手を挙げる。

「Tシャツとタオルは定番として……他にアイディアを」

 そこで、案の定。

「はーい!」

 やる気満々で手を挙げる人物が一人。

 ……佐伯。

「グッズってさ、インパクト大事じゃん? だからさぁ──たとえば“メンバー全員の等身大抱き枕カバー”とかどう?」

 会議室が一瞬、静寂に包まれる。
 空調の音だけがやけに大きく響いた。

「……あの、それ、未成年ファンも多いんですが」

 宣伝が苦笑混じりに指摘する。

「え、でも喜ばない? 推しと寝られるんだよ? 最高じゃん!」

 佐伯は腕を組んで得意げ。

 ──はいはい。もう予想通りすぎてため息も出ない。

「佐伯さん♡ とっても大胆な発想ですねぇ♡」

 私は笑顔で受け止めつつ、すかさず補足を入れる。

「でもぉ~♡ 会場によってはグッズ審査が厳しくってですねぇ♡ “抱き枕カバー”は、倫理規定に触れる可能性が高いんですよぉ♡」

「え、マジ?」

「ですから、等身大は難しいですがぁ♡、たとえば“アクリルスタンド”にするのはいかがでしょう?♡ 手頃で持ち運びやすくって、人気アイテムなんですよぉ♡」

「……あ、そっか」

 佐伯は黙った。
 横で霧島がこっそり笑いを堪えている。




「他には?」

 今度は衣装担当が控えめに挙手する。

「ステージ構成についてですが、花道を伸ばして客席に近づける案が出ています。ただ予算が……」

「はいはい!」

 またも佐伯。

「むしろ花道じゃなくてさ! ステージの真ん中に“プール”作っちゃおうよ! 水しぶきでびしょ濡れ! 夏っぽくて最高じゃん!」

「……」

 沈黙。
 会議室全体が、今度こそ凍りついた。

「えっと……水回りを入れると電源系統や安全基準に抵触する可能性が」

 音響担当が青ざめた顔で説明する。

「えー、でも映えじゃん?」

 佐伯はまるで納得していない。

 ──やれやれ。

「佐伯さん♡ それもすっごく楽しそうな発想ですけどぉ♡」

 私は笑顔で、しかし即座に現実的な壁を並べる。

「水を使うと♡ 照明設備やスピーカーが感電する危険がありましてぇ♡ 保険料も跳ね上がるんですぅ♡」

「うっ……」

「その代わり、 “紙吹雪”や“シャボン玉”の演出なら、コストを抑えて安全に華やかさを出せますよぉ♡」

「……そ、そういうもん?」

「はい♡」

 淡々と切り替え案を提示する私に、スタッフたちは安堵の息を漏らす。

 ──この調子で場を回さなければ、会議が崩壊する。



 次にグッズ企画の新人が 挙手した。

「あの、予算内で“ペンライト”を改良したいんですが、色数を増やすと原価が……」

「だったらさ!」

 またも佐伯が割り込む。

「ペンライトじゃなくて“火炎放射器”とかどう!? こう、バーッて炎上がったらテンションMAXじゃん!」

「いやいやいや!」

 舞台監督が即座に否定した。

「火器類は絶対ダメです!」

「え、でも海外のフェスとかで見たよ?」

「それは専用の施設と設備がある場合だけで……」

 ──また混乱しかけている。

 私は柔らかく口を挟んだ。

「佐伯さん♡ すっごいスケール感ですねぇ♡ でも、日本のアリーナは消防法がとっても厳しいんですぅ♡」

「……マジで?」

「ですから♡ 火ではなくて光で“炎っぽい演出”を再現したらどうでしょう♡ 炎色LEDで赤からオレンジに変化するライトなら、安全で盛り上がりますよぉ♡」

「……へぇ」

 さすがに佐伯も押し黙った。
 会議室では小さな拍手が起こる。
 私は軽く会釈した。



 最終的に、グッズ案は
 ・ロゴ入りTシャツ
 ・マフラータオル
 ・アクリルスタンド
 ・炎色LEDの公式ペンライト
 に落ち着いた。

 ステージ演出は
 ・中央花道
 ・紙吹雪とシャボン玉の演出
 ・楽曲ごとに照明シーンを細かく組み込む
 方向で進行する。

 私はホワイトボードに要点を書き込みながら、会議の終わりを宣言した。

「それでは、本日の内容で進めます。 各担当の皆さん、よろしくお願いします。」

 安堵と共に会議が締まる。



 人が引けたあと。

 まだ不満げに資料をめくっている佐伯に、私はわざと甘ったるい声をかけた。

「佐伯さぁん♡ きょうもとっても斬新でしたねぇ♡」

「……なんかさ、私のアイディア全部潰されてない?」

「そんなことないですよぉ♡ “方向性を修正した”だけですぅ♡」

「……」

「次はぜひ♡ 実現可能性のあるプランを、 お待ちしてまぁす♡」

 私は満面のぶりっ子スマイルを浮かべ、会議室を後にした。

 背後で「ぐぬぬ……」と佐伯の声が聞こえたけれど──。

 それを耳にしながら、私は小さく笑みを噛み殺した。

 ──現場を動かすのは私だ。
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