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ライブ決定⑤
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アリーナ公演まで残り二か月。
今日は演出面の大枠を固める日だ。場所は事務所の会議室。机の上には大判の資料とスクリーンが用意され、照明・音響・映像・舞台監督、それにメンバー本人たちも顔を揃えている。
「それでは──本日のテーマは演出効果です。スクリーン映像、照明、客席とのインタラクション、全体を通して方向性を決めたいと思います」
私は資料を配りながら進行役を務める。
大きな会場ほど、演出は観客に直結する。豪華にしすぎれば混乱し、地味すぎれば物足りない。そのバランスを取るのが私の仕事だ。
□
まず映像担当がスクリーンに試作映像を映した。
シルバーを基調にした未来的なモーショングラフィックス。曲のリズムに合わせて図形が踊り、色が変わる。
「これをオープニングに流し、メンバーがせり上がって登場する演出を考えています」
「わぁ、かっこいい!」
「映画みたい!」
メンバーが目を輝かせる。
だが映像だけで観客の注意を奪っては逆効果だ。
「素敵ですね。 ただ、 オープニングで映像が強すぎるとメンバーの存在感が霞んじゃう危険もあるのではないでしょうか。」
私は冷静に指摘した。
「ですから、登場の瞬間はシンプルにロゴだけを映して照明でシルエットを浮かび上がらせるのはどうでしょう?」
「……確かに」
「その方がインパクトありますね」
映像担当も頷き、案は即修正された。
□
続いて照明担当が説明に入る。
「曲ごとにカラーを変化させます。特にカバー曲のアニメソングは青と白のライトを基調に──」
「えっと……」
控えめに手が上がった。佐伯だ。
今日は珍しく声のトーンが柔らかい。
「どうぞ」
「その……青と白もいいけど、例えばラストのサビで一瞬だけ全部真っ赤にするとか、迫力出ないかなって。炎っぽいイメージで」
会議室が少しざわめいた。突拍子もなくはない。けれど実現性や流れの問題がある。
「佐伯さん♡ それもすっごく迫力ありそうですねぇ♡」
私は即座に肯定してから続けた。
「でもぉ♡ 照明の切り替えは観客の視覚に強く作用するので♡ 急に赤一色になると目が慣れなくって♡ 逆に混乱を招いちゃうんですぅ♡」
「……あ、そうなんだ」
「はい♡ ただぁ♡ サビの直前に“赤を差し込んで徐々に広げる”なら♡ ドラマチックな演出になりますよぉ♡」
「……なるほど」
佐伯は素直に引き下がった。
周囲から「いいアイデアだったね」「工夫次第で活かせる」とフォローも入り、空気は和やかだ。
□
次はファンとのインタラクションについて。
私は事前に用意していた資料を映した。
「ペンライトの公式カラーを使った“ウェーブ演出”を取り入れます。曲のサビでスタッフが合図を出し、観客に順番に色を変えていただく形です」
「すごーい!」
「絶対きれいだよ!」
メンバーが盛り上がる。
ここでまた、控えめに佐伯が口を挟んだ。
「えっと……その、ウェーブもいいけど、私思ったの。もし観客がちゃんと色を変えてくれなかったら、ちょっとグダグダにならない?」
どや顔、というほどでもない。むしろ心配しているような口ぶりだ。
「佐伯さん♡ ごもっともですぅ♡」
私はにっこり頷いた。
「だからぁ♡ 事前にSNSで告知動画を出すんですよぉ♡ メンバーが“こうやって色を変えてね”ってデモンストレーションするんですぅ♡」
「あっ、それなら!」
「俺たちが直接見せたらファンも分かりやすいよね!」
メンバーが食いつき、スタッフも「広報と連携できますね」と頷いた。
□
打ち合わせはさらに続く。
映像演出、MCタイムの配置、アンコール曲の照明シーン──。
私は各部署の意見を整理し、現実的な修正案を即座に提示していく。
気がつけば、机の上の資料にはびっしりとメモとチェック印が並んでいた。
□
会議が終わり、人が引いたあと。
佐伯がソファに腰を下ろし、コーヒーを片手にぼそっと言った。
「……なんか、今日は私あんまり出番なかったな」
「そんなことないですよぉ♡」
私は笑顔で隣に座った。
「佐伯さんの“赤の照明”も♡ “グダグダにならないか心配”って声も♡ すっごく大事な視点でしたよぉ♡」
「……そ、そうかな」
あざとい笑顔を向けると、佐伯はむっとした顔をしたけれど、それ以上は何も言わなかった。
──珍しく、大きな衝突もなく。
和やかに、演出の打ち合わせは終わった。
けれど私は知っている。
この先、本番が近づけば、また混乱や不満は噴き出すだろう。
そのとき誰が場を回すのか。
──もちろん、私の役割だ。
今日は演出面の大枠を固める日だ。場所は事務所の会議室。机の上には大判の資料とスクリーンが用意され、照明・音響・映像・舞台監督、それにメンバー本人たちも顔を揃えている。
「それでは──本日のテーマは演出効果です。スクリーン映像、照明、客席とのインタラクション、全体を通して方向性を決めたいと思います」
私は資料を配りながら進行役を務める。
大きな会場ほど、演出は観客に直結する。豪華にしすぎれば混乱し、地味すぎれば物足りない。そのバランスを取るのが私の仕事だ。
□
まず映像担当がスクリーンに試作映像を映した。
シルバーを基調にした未来的なモーショングラフィックス。曲のリズムに合わせて図形が踊り、色が変わる。
「これをオープニングに流し、メンバーがせり上がって登場する演出を考えています」
「わぁ、かっこいい!」
「映画みたい!」
メンバーが目を輝かせる。
だが映像だけで観客の注意を奪っては逆効果だ。
「素敵ですね。 ただ、 オープニングで映像が強すぎるとメンバーの存在感が霞んじゃう危険もあるのではないでしょうか。」
私は冷静に指摘した。
「ですから、登場の瞬間はシンプルにロゴだけを映して照明でシルエットを浮かび上がらせるのはどうでしょう?」
「……確かに」
「その方がインパクトありますね」
映像担当も頷き、案は即修正された。
□
続いて照明担当が説明に入る。
「曲ごとにカラーを変化させます。特にカバー曲のアニメソングは青と白のライトを基調に──」
「えっと……」
控えめに手が上がった。佐伯だ。
今日は珍しく声のトーンが柔らかい。
「どうぞ」
「その……青と白もいいけど、例えばラストのサビで一瞬だけ全部真っ赤にするとか、迫力出ないかなって。炎っぽいイメージで」
会議室が少しざわめいた。突拍子もなくはない。けれど実現性や流れの問題がある。
「佐伯さん♡ それもすっごく迫力ありそうですねぇ♡」
私は即座に肯定してから続けた。
「でもぉ♡ 照明の切り替えは観客の視覚に強く作用するので♡ 急に赤一色になると目が慣れなくって♡ 逆に混乱を招いちゃうんですぅ♡」
「……あ、そうなんだ」
「はい♡ ただぁ♡ サビの直前に“赤を差し込んで徐々に広げる”なら♡ ドラマチックな演出になりますよぉ♡」
「……なるほど」
佐伯は素直に引き下がった。
周囲から「いいアイデアだったね」「工夫次第で活かせる」とフォローも入り、空気は和やかだ。
□
次はファンとのインタラクションについて。
私は事前に用意していた資料を映した。
「ペンライトの公式カラーを使った“ウェーブ演出”を取り入れます。曲のサビでスタッフが合図を出し、観客に順番に色を変えていただく形です」
「すごーい!」
「絶対きれいだよ!」
メンバーが盛り上がる。
ここでまた、控えめに佐伯が口を挟んだ。
「えっと……その、ウェーブもいいけど、私思ったの。もし観客がちゃんと色を変えてくれなかったら、ちょっとグダグダにならない?」
どや顔、というほどでもない。むしろ心配しているような口ぶりだ。
「佐伯さん♡ ごもっともですぅ♡」
私はにっこり頷いた。
「だからぁ♡ 事前にSNSで告知動画を出すんですよぉ♡ メンバーが“こうやって色を変えてね”ってデモンストレーションするんですぅ♡」
「あっ、それなら!」
「俺たちが直接見せたらファンも分かりやすいよね!」
メンバーが食いつき、スタッフも「広報と連携できますね」と頷いた。
□
打ち合わせはさらに続く。
映像演出、MCタイムの配置、アンコール曲の照明シーン──。
私は各部署の意見を整理し、現実的な修正案を即座に提示していく。
気がつけば、机の上の資料にはびっしりとメモとチェック印が並んでいた。
□
会議が終わり、人が引いたあと。
佐伯がソファに腰を下ろし、コーヒーを片手にぼそっと言った。
「……なんか、今日は私あんまり出番なかったな」
「そんなことないですよぉ♡」
私は笑顔で隣に座った。
「佐伯さんの“赤の照明”も♡ “グダグダにならないか心配”って声も♡ すっごく大事な視点でしたよぉ♡」
「……そ、そうかな」
あざとい笑顔を向けると、佐伯はむっとした顔をしたけれど、それ以上は何も言わなかった。
──珍しく、大きな衝突もなく。
和やかに、演出の打ち合わせは終わった。
けれど私は知っている。
この先、本番が近づけば、また混乱や不満は噴き出すだろう。
そのとき誰が場を回すのか。
──もちろん、私の役割だ。
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