塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

文字の大きさ
72 / 76

第74話 ライブ決定⑦

しおりを挟む
 アリーナ公演まで、残り一か月を切った。
 通しリハーサルで全体像は見えたが、むしろ本当の勝負はここからだ。
 細部の修正をどれだけ積み上げられるか──それが、ステージの完成度を左右する。

「黒宮さん、音響から修正リスト入りました!」
「ありがとうございます、すぐ確認します」

 受け取った分厚い紙束をめくりながら、私は会場スタッフと一緒にチェックしていく。
 曲間のフェード、マイク音量の揺らぎ、ステージ袖でのケーブル処理。
 一つひとつは小さなズレだが、放置すれば本番で致命的なミスになる。
 私は片手に赤ペンを持ち、ページの隅に数字を書き込みながら、テンポよく指示を飛ばした。

「二番の入り、ボーカルが少し埋もれてましたね。次はマイク+2デシベルで」

「了解です!」

「あと、スクリーンの切り替え。2曲目から3曲目にかけてワンテンポ遅れてました。そこは即時切り替えをお願いします」

「修正します!」

 スタッフが慌ただしく走り回る。
 けれど混乱はない。全員が的確に動いているのは、私が出す指示が具体的だからだ。
 やはり現場はスピードと明快さが命だ。



 夕方。
 メンバーが再びステージに集まってくる。

「じゃあ、午前中に出た修正を全部反映させて、もう一度やってみましょう」

 私はマイクを取り、にっこりと笑った。
 疲れの色を見せるわけにはいかない。マネージャーが余裕をなくせば、メンバーに伝染してしまう。

「大丈夫です、みなさんならきっともっと良くなります。安心してくださいね」



 リハーサル再開。
 1曲目から、明らかに空気が変わった。
 音量もライティングも、先ほどより数段クリアになっている。
 照明の切り替えが滑らかで、スクリーンの映像も楽曲の雰囲気にぴたりと重なった。

「……よし」

 思わず小さくつぶやく。
 確実に良くなっている。この積み重ねが本番での「奇跡」に繋がるのだ。



 控え室に戻ると、望月がぐったりソファに沈み込んでいた。

「はぁ~……もう足パンパン……」

「お疲れさまです。はい、差し入れのゼリーどうぞ」

「うわ、ありがとうございます! 黒宮さん、気がきくぅ~」

 受け取った瞬間、望月の顔がぱっと明るくなる。
 メンバーの体調や気分を保つのも、私の重要な役目だ。
 コンディションが崩れれば、せっかくの練習も台無しになる。

「黒宮さん、寝てます? 絶対あんまり寝てないでしょ」

「えぇ? ちゃんと寝てますよ。六時間くらい」

「いやいやいや!ってえ、微妙な時間じゃないですか!」

 



 翌日。
 リハはさらに細かい修正に入る。
 照明演出のタイミング、ダンサーの立ち位置、トークコーナーでの導線。
 私は客席を行ったり来たりしながら、インカムと紙にびっしりメモを取り続ける。

「黒宮さん、これって本番でも大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ただ、ここはもっと良くできるので、あと一回だけ調整させてください」

「……はい!」

 真剣な眼差しで頷くメンバーたち。
 その表情を見ると、やはり私が支えなければという思いが強くなる。




 スタッフルームでは、他のチームが半分寝落ちしている中、私だけはまだパソコンに向かっていた。
 スケジュール表と修正リストを突き合わせ、どこにどの調整を割り振るかを考える。
 頭の中は常にフル回転だ。

「黒宮さん、帰らなくていいんですか?」
「私は大丈夫ですから」

 笑顔で返すと、スタッフが苦笑する。
 でもその数分後には、彼らも私につられて再び集中し始める。
 現場の空気を変えるのも、マネージャーの大事な仕事だ。



 すべての修正が一巡し、演出の完成度は飛躍的に上がった。
 リハ後、全員がステージ中央に集まる。

「ここまでで、見違えるほど良くなりました」
 私は全員を見回し、はっきりと言った。
「本番はもっと緊張するし、予想外のことも起こるでしょう。でも、みなさんなら必ず乗り越えられます。私が保証します」

 メンバーの表情が一斉に明るくなる。
 誰もが疲れているはずなのに、不思議と笑顔がこぼれる。

「黒宮さんがそう言うなら、大丈夫な気がする!」
「うん、むしろ楽しみになってきた!」

 控え室に戻ると、望月がぽつりと言った。
「……ねえ、やっぱり黒宮さんってすごいよね。いなかったら絶対ここまで来れてないよ」

 私はにこっと、わざとらしく首をかしげる。
「えぇ~? そんなことないですぅ。私なんて、みなさんの努力のお手伝いしかしてないですよ~」

 もちろん、本心は「私がいなきゃ崩れてる」と分かっている。
 でも、それを口にする必要はない。
 笑顔で支えていれば、それで十分だ。




 こうして五日間の調整を終えた。
 まだまだ修正は続くが、方向性は完全に固まった。
 この先どんなトラブルがあろうとも、私は必ず立て直せる──そういう確信がある。

冷静な判断力で、このステージを成功に導くのは、私の使命だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

処理中です...