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第74話 ライブ決定⑦
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アリーナ公演まで、残り一か月を切った。
通しリハーサルで全体像は見えたが、むしろ本当の勝負はここからだ。
細部の修正をどれだけ積み上げられるか──それが、ステージの完成度を左右する。
「黒宮さん、音響から修正リスト入りました!」
「ありがとうございます、すぐ確認します」
受け取った分厚い紙束をめくりながら、私は会場スタッフと一緒にチェックしていく。
曲間のフェード、マイク音量の揺らぎ、ステージ袖でのケーブル処理。
一つひとつは小さなズレだが、放置すれば本番で致命的なミスになる。
私は片手に赤ペンを持ち、ページの隅に数字を書き込みながら、テンポよく指示を飛ばした。
「二番の入り、ボーカルが少し埋もれてましたね。次はマイク+2デシベルで」
「了解です!」
「あと、スクリーンの切り替え。2曲目から3曲目にかけてワンテンポ遅れてました。そこは即時切り替えをお願いします」
「修正します!」
スタッフが慌ただしく走り回る。
けれど混乱はない。全員が的確に動いているのは、私が出す指示が具体的だからだ。
やはり現場はスピードと明快さが命だ。
□
夕方。
メンバーが再びステージに集まってくる。
「じゃあ、午前中に出た修正を全部反映させて、もう一度やってみましょう」
私はマイクを取り、にっこりと笑った。
疲れの色を見せるわけにはいかない。マネージャーが余裕をなくせば、メンバーに伝染してしまう。
「大丈夫です、みなさんならきっともっと良くなります。安心してくださいね」
リハーサル再開。
1曲目から、明らかに空気が変わった。
音量もライティングも、先ほどより数段クリアになっている。
照明の切り替えが滑らかで、スクリーンの映像も楽曲の雰囲気にぴたりと重なった。
「……よし」
思わず小さくつぶやく。
確実に良くなっている。この積み重ねが本番での「奇跡」に繋がるのだ。
控え室に戻ると、望月がぐったりソファに沈み込んでいた。
「はぁ~……もう足パンパン……」
「お疲れさまです。はい、差し入れのゼリーどうぞ」
「うわ、ありがとうございます! 黒宮さん、気がきくぅ~」
受け取った瞬間、望月の顔がぱっと明るくなる。
メンバーの体調や気分を保つのも、私の重要な役目だ。
コンディションが崩れれば、せっかくの練習も台無しになる。
「黒宮さん、寝てます? 絶対あんまり寝てないでしょ」
「えぇ? ちゃんと寝てますよ。六時間くらい」
「いやいやいや!ってえ、微妙な時間じゃないですか!」
□
翌日。
リハはさらに細かい修正に入る。
照明演出のタイミング、ダンサーの立ち位置、トークコーナーでの導線。
私は客席を行ったり来たりしながら、インカムと紙にびっしりメモを取り続ける。
「黒宮さん、これって本番でも大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ただ、ここはもっと良くできるので、あと一回だけ調整させてください」
「……はい!」
真剣な眼差しで頷くメンバーたち。
その表情を見ると、やはり私が支えなければという思いが強くなる。
スタッフルームでは、他のチームが半分寝落ちしている中、私だけはまだパソコンに向かっていた。
スケジュール表と修正リストを突き合わせ、どこにどの調整を割り振るかを考える。
頭の中は常にフル回転だ。
「黒宮さん、帰らなくていいんですか?」
「私は大丈夫ですから」
笑顔で返すと、スタッフが苦笑する。
でもその数分後には、彼らも私につられて再び集中し始める。
現場の空気を変えるのも、マネージャーの大事な仕事だ。
すべての修正が一巡し、演出の完成度は飛躍的に上がった。
リハ後、全員がステージ中央に集まる。
「ここまでで、見違えるほど良くなりました」
私は全員を見回し、はっきりと言った。
「本番はもっと緊張するし、予想外のことも起こるでしょう。でも、みなさんなら必ず乗り越えられます。私が保証します」
メンバーの表情が一斉に明るくなる。
誰もが疲れているはずなのに、不思議と笑顔がこぼれる。
「黒宮さんがそう言うなら、大丈夫な気がする!」
「うん、むしろ楽しみになってきた!」
控え室に戻ると、望月がぽつりと言った。
「……ねえ、やっぱり黒宮さんってすごいよね。いなかったら絶対ここまで来れてないよ」
私はにこっと、わざとらしく首をかしげる。
「えぇ~? そんなことないですぅ。私なんて、みなさんの努力のお手伝いしかしてないですよ~」
もちろん、本心は「私がいなきゃ崩れてる」と分かっている。
でも、それを口にする必要はない。
笑顔で支えていれば、それで十分だ。
こうして五日間の調整を終えた。
まだまだ修正は続くが、方向性は完全に固まった。
この先どんなトラブルがあろうとも、私は必ず立て直せる──そういう確信がある。
冷静な判断力で、このステージを成功に導くのは、私の使命だ。
通しリハーサルで全体像は見えたが、むしろ本当の勝負はここからだ。
細部の修正をどれだけ積み上げられるか──それが、ステージの完成度を左右する。
「黒宮さん、音響から修正リスト入りました!」
「ありがとうございます、すぐ確認します」
受け取った分厚い紙束をめくりながら、私は会場スタッフと一緒にチェックしていく。
曲間のフェード、マイク音量の揺らぎ、ステージ袖でのケーブル処理。
一つひとつは小さなズレだが、放置すれば本番で致命的なミスになる。
私は片手に赤ペンを持ち、ページの隅に数字を書き込みながら、テンポよく指示を飛ばした。
「二番の入り、ボーカルが少し埋もれてましたね。次はマイク+2デシベルで」
「了解です!」
「あと、スクリーンの切り替え。2曲目から3曲目にかけてワンテンポ遅れてました。そこは即時切り替えをお願いします」
「修正します!」
スタッフが慌ただしく走り回る。
けれど混乱はない。全員が的確に動いているのは、私が出す指示が具体的だからだ。
やはり現場はスピードと明快さが命だ。
□
夕方。
メンバーが再びステージに集まってくる。
「じゃあ、午前中に出た修正を全部反映させて、もう一度やってみましょう」
私はマイクを取り、にっこりと笑った。
疲れの色を見せるわけにはいかない。マネージャーが余裕をなくせば、メンバーに伝染してしまう。
「大丈夫です、みなさんならきっともっと良くなります。安心してくださいね」
リハーサル再開。
1曲目から、明らかに空気が変わった。
音量もライティングも、先ほどより数段クリアになっている。
照明の切り替えが滑らかで、スクリーンの映像も楽曲の雰囲気にぴたりと重なった。
「……よし」
思わず小さくつぶやく。
確実に良くなっている。この積み重ねが本番での「奇跡」に繋がるのだ。
控え室に戻ると、望月がぐったりソファに沈み込んでいた。
「はぁ~……もう足パンパン……」
「お疲れさまです。はい、差し入れのゼリーどうぞ」
「うわ、ありがとうございます! 黒宮さん、気がきくぅ~」
受け取った瞬間、望月の顔がぱっと明るくなる。
メンバーの体調や気分を保つのも、私の重要な役目だ。
コンディションが崩れれば、せっかくの練習も台無しになる。
「黒宮さん、寝てます? 絶対あんまり寝てないでしょ」
「えぇ? ちゃんと寝てますよ。六時間くらい」
「いやいやいや!ってえ、微妙な時間じゃないですか!」
□
翌日。
リハはさらに細かい修正に入る。
照明演出のタイミング、ダンサーの立ち位置、トークコーナーでの導線。
私は客席を行ったり来たりしながら、インカムと紙にびっしりメモを取り続ける。
「黒宮さん、これって本番でも大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ただ、ここはもっと良くできるので、あと一回だけ調整させてください」
「……はい!」
真剣な眼差しで頷くメンバーたち。
その表情を見ると、やはり私が支えなければという思いが強くなる。
スタッフルームでは、他のチームが半分寝落ちしている中、私だけはまだパソコンに向かっていた。
スケジュール表と修正リストを突き合わせ、どこにどの調整を割り振るかを考える。
頭の中は常にフル回転だ。
「黒宮さん、帰らなくていいんですか?」
「私は大丈夫ですから」
笑顔で返すと、スタッフが苦笑する。
でもその数分後には、彼らも私につられて再び集中し始める。
現場の空気を変えるのも、マネージャーの大事な仕事だ。
すべての修正が一巡し、演出の完成度は飛躍的に上がった。
リハ後、全員がステージ中央に集まる。
「ここまでで、見違えるほど良くなりました」
私は全員を見回し、はっきりと言った。
「本番はもっと緊張するし、予想外のことも起こるでしょう。でも、みなさんなら必ず乗り越えられます。私が保証します」
メンバーの表情が一斉に明るくなる。
誰もが疲れているはずなのに、不思議と笑顔がこぼれる。
「黒宮さんがそう言うなら、大丈夫な気がする!」
「うん、むしろ楽しみになってきた!」
控え室に戻ると、望月がぽつりと言った。
「……ねえ、やっぱり黒宮さんってすごいよね。いなかったら絶対ここまで来れてないよ」
私はにこっと、わざとらしく首をかしげる。
「えぇ~? そんなことないですぅ。私なんて、みなさんの努力のお手伝いしかしてないですよ~」
もちろん、本心は「私がいなきゃ崩れてる」と分かっている。
でも、それを口にする必要はない。
笑顔で支えていれば、それで十分だ。
こうして五日間の調整を終えた。
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この先どんなトラブルがあろうとも、私は必ず立て直せる──そういう確信がある。
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